天才の臨床心理学研究──発達障害の青年と創造性を伸ばすための大学教育

天才の臨床心理学研究──発達障害の青年と創造性を伸ばすための大学教育

名古屋大学創造性研究会編(代表:松本真理子)
定価2,000円(+税),230頁,四六判並製
ISBN978-4-86616-193-8 C0011
2024年5月刊行


 

この本は,ノーベル賞を受賞した天才研究者をはじめとした,世界的な業績のある理系の研究者たちの協力を得て,彼らの中にある「創造性」を心理アセスメントや心理面接等で解き明かそうとしたものです。
天才たちの多くは,ちょっと社会の枠組みからはみ出した変わり者。発達障害と診断される可能性もあります。一方,その天才たちは,その社会性のなさから社会からつまはじきにされ,空気が読めないと周囲の理解を得られません。
現代社会においては,天才たちをつぶすのも,創造の翼を広げさせるのも大学教育にかかっています。天才たちの個性と周囲のあり方を考えた1冊です。

名古屋大学の臨床心理学研究者たちが探ったノーベル賞クラスの「天才」研究者の創造性の原点とは──


目 次
プロローグ
第1章 発達障害と個性(は違う?)
第2章 (何かと楽しくない)発達障害の学校生活
第3章 創造性という言葉は難しい
第4章 天才と創造性と障害
第5章 理系研究者たちの個性的な創造性4タイプ
第6章 ロールシャッハ法からみるパーソナリティ・認知・思考
第7章 「実のなる木」描画検査に創造性は表出されるか?
第8章 文章完成法からみる心理・社会的安定性と創造性
第9章 ロールシャッハ法とバウムテストの事例から考える創造性
第10章 子ども時代から現在までの個性的人生
第11章 創造性の3本柱を育てる
第12章 知能検査にみる凸特性を育てる
第13章 対人関係という難問

コラム①今どきの大学生の幸福感
コラム②今どきの子どもたちの幸福感と不幸感
コラム③コレクション自慢の会にみる創造性
コラム④学生相談のすすめ
コラム⑤生きづらさを糧にして生きる道
エピローグ


編著者略歴
名古屋大学創造性研究会(代表:松本真理子)
本研究会は名古屋大学内外の臨床心理士(公認心理師)兼大学人からなる集団です。主に創造性育成と発達障害圏学生のウェルビーイング向上について考える研究会です。大学構内の片隅で,細々とながら尽きぬ議論をしています。東海大学機構(名古屋大学)が公的に関与しているものではないことをお断りしておきます。

代表=松本真理子:静岡県生まれ,名古屋大学名誉教授,博士(心理学),公認心理師・臨床心理士。主な著書に「子どもにとって大切なことは何か─フィンランドの学校環境と心の健康」(編著,明石書店,2013),「児童・青年期に活きるロールシャッハ法」(編著,金子書房,2013),「心の発達支援シリーズ全6巻」(監修,明石書店,2016),「日本とフィンランドにおける子どものウェルビーイングへの多面的アプローチ─子どもの幸福を考える」(編著,明石書店,2017),「公認心理師基礎用語集 改訂第3版」(編著,遠見書房,2022),「外国にルーツをもつ子どもたちの学校生活とウェルビーイング─児童生徒・教職員・家族を支える心理学」(編著,遠見書房,2023)ほか多数。

執筆者一覧(執筆順)
松本真理子(まつもと・まりこ:名古屋大学名誉教授) プロローグ,第1章,第2章,第3章,第4章,第10章,第11章,第12章,エピローグ
山内 星子(やまうち・ほしこ:中部大学人文学部心理学科 准教授) 第5章,第13章,コラム①
田附 紘平(たづけ・こうへい:名古屋大学大学院教育発達科学研究科 准教授) 第6章
松浦  渉(まつうら・わたる:愛知医科大学病院 こころのケアセンター) 第7章
野村あすか(のむら・あすか:名古屋大学心の発達支援研究実践センター 准教授) 第8章,コラム②
髙橋  昇(たかはし・のぼる:愛知淑徳大学心理学部心理学科 教授) 第9章
古橋 忠晃(ふるはし・ただあき:名古屋大学総合保健体育科学センター 准教授) コラム③
鈴木 健一(すずき・けんいち:名古屋大学学生相談センター 教授) コラム④
佐々木 閑(ささき・しずか:花園大学 特別教授) コラム⑤


エピローグ──天才たちの未来

解氏の日常は現在の研究室に移って以来、判で押したような日々です。変わったことと言えば、50代後半にさしかかって会議が増えたことぐらい。いついかなる場面でも礼儀正しく、感情を交えることなく淡々と会議に出席する解氏です。一方、仲間の研究者からは「解氏と研究の話をしていると、何を話しているのかついていけないことがあったけど、最近、話が飛びすぎる度合いが激しくなった気がする……」と言われることもあります。しかし本人は一向に意に介しません。あくまでも彼にとっては「自己の論理」が優先です。そんな解氏が笑顔を見せるのは、お気に入りの「アイドル」の話をするときです。情報収集は常に完璧、次回のコンサートを心待ちにしつつ「あと一つ、世界を驚かす発見をする予定です」と未来を淡々と語ってくれる解氏です。
創氏は相変わらず多忙で国内外を飛び回る生活をしています。つい先日は、新たな5つ目のベンチャーを後進の元院生とともに立ち上げたところ。「チームで動くと創造的な仕事がいくつもできる」ということに喜びを感じながら、一方で、研究者駆け出しのころ、ひたすら一人の世界にこもって研究に没頭してきた「孤高の自分」が、ふと懐かしく思いだされたりもします。しかし、それも一瞬のこと、10年後の未来図の実現に向けてひた走る創氏です。
40代が見えてきた折氏の日常は「一人で研究に没頭すること」が楽しく、一年中自分の研究室で生活していると言っても過言ではない生活をかわらず楽しんでいます。実は苦手な会議や後進の指導も、以前のようにストレスを感じることがなくなった、と言います。昨年には学会で優れた研究者に贈られる賞を受賞したことが折氏の大きな自信につながり、いずれノーベル賞級の受賞をする、という大きな夢と自負をもって研究室にこもる日々です。
創造性と人生
現代の当該分野をリードする創造的研究者に対する心理検査やインタビューを重ねる中で実感したことは、彼らの秀でた創造性の基盤には、現代の「障害」概念で言うならば「発達障害圏」に共通する特性があるのではないか、ということです。彼らの多くにおいて、子ども時代や家庭での親子関係は必ずしもハッピーではありませんでした。一方、現在では、一流の研究者として活躍し、それぞれの個性的なスタイルの人生に満足しています。そこから、われわれはとても大切なことを教えてもらいました。すなわち、客観的に見れば「普通ではない特性」ゆえに苦労した子ども時代であっても、そうした特性を守り育て、成長して優れた創造的研究者として幸福な人生を歩むことは可能である、という事実です。育ちの中に苦労があったからこそ、それが、創造性のエネルギー源になった可能性もあるのかもしれません。
そして、現在の幸福感、すなわちウェルビーイングのあり方は、それぞれに個性的だということです。

自由な発想は人の特権か
これは二〇二三年四月二〇日の日本経済新聞の一面特集「AI Impact」の見出しです。「創造性とは何か」という定義に戻りますが、この記事の中でノーベル化学賞受賞者であるドイツのベンジャミン・リスト教授の話として「研究とは非常に創造的なものだ。今のAIは完全に自律的に動くとは思えない」と紹介しています。将来の「創造性」はどのような形になっていくのでしょうか。人間の創造性もAIの創造性も同じ地平に立つ時代になるのでしょうか。
そして、発達障害圏を巡る動きはどうでしょうか。同じく日本経済新聞に「特異な才能の子、どう指導」というタイトルの特集記事がありました(二〇二二年一〇月四日)。文部科学省が「日本の才能教育の充実に向けた施策」の提言を受けて、中教審が「令和の日本型学校教育」において「個別最適な学び」を提唱したことが報告されています。米国では「ギフテッド教育」は当然のように行われていますが、日本でも、社会の関心が高まってきたと言えるでしょう。こうした才能教育の対象の一部に、発達障害圏の子どもたちが想定されていることは間違いありません。こうした社会の動きは発達障害圏の子どもや青年にとって、生きやすくなるものであることを願いたいものです。
人間の想像性と創造性とは何か、AIにとって代わられるものなのか、といった新たな問題が提起される現代において、本書で紹介してきた「普通とは違う極めて個性的な人間の特性」は、創造的な発明や発見につながり、幸福を生み出す源流なのではないか、と筆者らは調査を通して実感してきました。そしてその源流を特に大学教育の中で、見い出し育てることこそ、彼らのウェルビーイングな人生を実現するものだと考えています。

謝  辞
本書の刊行は多くの皆様のご協力あってのものです。
まずは、本書で紹介したわれわれの調査において、多忙な研究生活の合間に惜しみなくご協力いただいた天野浩先生(名古屋大学特別教授)、宇治原徹先生(名古屋大学教授)はじめ研究仲間である理系研究者および理系大学院生の皆様に、深く感謝申し上げます。皆様のご協力がなければ、創造性研究も本書もありえませんでした。本当にありがとうございました。皆様のますますの創造性の発現とご活躍を、そしてウェルビーイングな人生を心よりお祈りしております。
また学会発表や論文投稿において、多くの皆様からのご指導を賜りました。特に、辻敬一郎先生(名古屋大学名誉教授)には、心理学研究の方法論をはじめさまざまな視点からご指導いただきました。小川俊樹先生(筑波大学名誉教授)には、いつものようにロールシャッハ法と投映法研究について多くのご指導を賜りました。記して深謝申し上げます。
また本書には、名古屋大学創造性研究会メンバーの他に、各分野の第一人者である専門家──仏教学の佐々木閑先生(花園大学特別教授)、学生相談の鈴木健一先生(名古屋大学教授)、精神医学の古橋忠晃先生(名古屋大学准教授)──に寄稿していただき、本書の中身を濃くしていただきました。財満鎭明先生(名城大学教授、名古屋大学名誉教授)には、理系研究者について興味深いお話を聴かせていただきました。先生方のご支援に深謝申し上げます。その他にも多くの皆様からのご支援ご鞭撻をいただきましたことを深謝申し上げます。
本書における調査は、JSPS(日本学術振興会)「投影(映)法とナラティヴ・アプローチによる創造性の基盤解明に向けた統合モデル構築」(基盤C、研究代表 松本真理子)研究助成による研究の一部です。この場を借りて御礼申し上げます。
そして、本書の企画段階から、貴重で斬新なご意見やご指導を賜りました遠見書房の山内俊介社長に深く感謝申し上げます。臨床心理学領域において、新たな視点の提起となる本に仕上がったのも、ひとえに山内社長のお陰です。山内社長のいつもながらの創造的でアクティブなご支援は本書の事例に重なるものでもありました。
最後に、本書のキーワードとなる「発達障害」「創造性」「ウェルビーイング」、これらの用語は定義の難しい曖昧さや幅のある概念です。これらの概念を本書で扱うことについてはわれわれも企画の段階から検討をかさねてきました。そして結論として、それでもなお読者皆様に「発達障害」と「創造性」と「ウェルビーイング」に関心をもっていただく機会にしたいという思いがありました。
本書を通して、特に大学関係者皆様が、発達障害圏学生の創造的能力を含めた潜在する可能性の育成を改めて考えてくださる機会になれば、筆者一同これ以上の喜びはありません。
そして、発達障害圏かもしれない、と秘かに悩んでいる若い皆様に対して少しでも本書が力になれたのならば、なお一層の喜びです。皆様のウェルビーイングな人生を祈ってやみません。
令和6年春 名古屋大学創造性研究会一同

(プロローグは,以下で全文が読めます)
https://hanmoto9.tameshiyo.me/9784866161938

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