発達障害のある子どもたちの家庭と学校

発達障害のある子どもたちの家庭と学校

辻井正次 著

定価1,800円(+税)、168頁、四六版、並製
C3011 ISBN978-4-904536-59-9

援助職や臨床家が変われば,子どもたちは変わっていく

小さなネットワークができれば,いつしか社会を変える原動力につながる。発達障害の当事者団体「アスペ・エルデの会」を組織し,多くの発達 障害のある子どもたちの笑顔を取り戻してきた著者による臨床・教育支援論。発達障害のある子どもたちにとって,最良の教育とは,家庭とは,学校とは,社会とは何か? こころの支援から教育支援,環境調整,生活支援,就労支援にいたるまで,多くの事例をもとに明快に解説しました。

本書の詳しい内容


おもな目次

1 発達障害があるということ

2 発達障害が理解されないことで困ること

3 問題行動がなくてもたいへんなことがあること

4 進路選択が目の前になって気づくこと・気づかないこと

5 特別支援学級に在籍すること・通常学級に在籍すること

6 ペアレント・トレーニングを活用する

7 家庭や学校から離れてみてわかること──日間賀島合宿での支援から

8 家庭と学校の現実を変えるためにできること


はじめに──推薦にかえて

本書を一言でいうなら、発達障害者本人たちの感じている「困った感」に、どのように向き合うかということを読者とともに考えていく本である。
かつて私は拙著『変光星』『平行線』(いずれも絶版中だが、近く遠見書房で復刊予定)のなかで、発達障害当事者の一人として自らの学校体験に ついて記したが、当時はまだ発達障害という言葉すらなく、自分のような特性を持つ者への支援は学校の中でも外でも、そもそもありえないこと だった。
例えば、中学校では(例えばいじめなどの)困った問題が生じても、学校の中で相談できるような人たちは先生たちを含めていなかったし(むしろ 先生がいじめに加担していたりする)、高校に入ってからは比較的良心的な先生には恵まれたものの、障害に対する無理解(当時は時代背景ゆえに 仕方のないことだが)のために、せっかくの先生たちの善意も結局は生かされなかった。その後学校に行けなくなり校外の相談機関や専門家に頼っ ても、カウンセラーたちとの大喧嘩になり、そのために混乱して精神的に非常に不安定となり、それが学校での不適切行動のトリガーとなり、高校 を実質中退同然の状態になったりもした(その辺の詳細については前述『平行線』の61~88頁を参照)。またその後に関わった、不登校支援の 関係者や今でいうNPOにも相談しようとしたが、そこでも「手に負えない」「期待のし過ぎ」などと言われ、必ずトラブルになったものだった。
そもそも私のようなものが誰かに相談するということは、本来はとてもハードルの高いことなのだが、というのも、(本書の中でも何度も指摘され ているように)そもそも本人が「困った感」を自覚できていないことが多いし、また、本人の周りの状況の認識がなかなかうまくいかないこともあ るし、「困った感」を本人が自覚している場合でも、どのように他者に助けを求めたらよいのかがわからない場合も多く、また本人自身が抱えてい るコミュニケーションの困難さもあるからである。
だからまず、そのあたりに支援が必要になるわけだが、つまり発達障害の本人たちには「助けを求めるための助け」(メタ助け)が必要ということ であり、その上で、「うまくいくやり方」がわからないで困っている本人たちに、「現実的な困ったときの対応の仕方を教える」(本書99頁)こ とである。 本書はそのための参考として、主に教師や養護教諭またスクールカウンセラーを対象にして書かれている。
発達障害者への支援については、私が学生時代を過ごした当時は、当人も支援者たちも暗中模索だったが、近年では(生物学的な知見を含む)発達 障害研究の急速な進展に伴い、専門家たちや支援者たちなどの努力によるノウハウも徐々に蓄積されつつある。本書はそうした成果の一つである が、もし私が在学中のときに本書があったなら、どれだけ救われただろうかという感はある。
例えば、かつて私は先生たちや不登校の支援者などから、「性格を変えなさい」としつこく言われ続けてきて、(本書でも言われている)「うまく いくやり方」がわからないために方法論的に困っていることが、あたかも本人の性格や人格の問題に転嫁され続けてきたのだが、本書は「実は、性 格というのは行動特徴の集合体ですので、要は行動の問題なんです。そして、行動は変えられます」(41頁)と書かれているのを読んで目から鱗 だったりもした。
本書には、「困った感」を持つ発達障害の当事者たちを助けるための具体的な支援の方法について共に考え、工夫していくためのヒントが書かれて いる。本書に扱われているのは、主に学齢期にある本人たち(とその親)を支援するためのものであるが、同様の原則は、学齢期を終え、成人に なった発達障害の本人たちへの支援にも当てはまるだろう。とくに老齢期にある当事者とその親(本書14頁)への支援は、急ぐべき課題でもある だろう。
森口奈緒美(作家)


あとがき

この本の内容は、『子どもの心と学校臨床』の創刊号から第八号まで四年間連載してきたものに加筆修正したものです。発達障害の世界の四年間 は、かなり長い時間です。発達障害に関する科学的解明は日進月歩で、進歩が著しく、四年前の知見の多くは古くなっています。そして、本書も、 時代のなかで内容が古くなっていくものだと思います。ただ、現時点で、私たちの世代が若い臨床家や意欲ある教師に向けて提供する基本的な考え 方としては、一定の意味はあると思っております。発達障害の子どもたちの学校や家庭での支援に関しては、「基本」そのものが変化していきま す。残念ながら、多くの先駆的な支援に取り組んでこられた先生方の○○療法が、時代のなかで色あせていくのを見るにつけ、それは学問の進歩が そこにあるわけで、とても健全なことだと思います。この本の内容も、これからの飛躍的な学問の進歩の中で、埋もれていくのだと思いますが、そ れでも今の時代のなかで一定の土台作りの役に立てばいいかと思います。
現在のNPO法人アスペ・エルデの会の前身となる活動を始めたとき、その後も取り組んでいくことになるとは思っていませんでした。発達障害の 子どもたちの支援も、子どものことだけを考えて親御さんと喧嘩になったり、家族の言い分だけ聞いて学校に文句を言って喧嘩になったり、若気の 至りでした。発達障害の子どもたちが、わが国のなかでどのような現実を生きているのか、あまり十分に考えられず、生活の基盤となる社会福祉制 度の未整備や、位置づけのなさ等、新しい観点での支援が遠いことに気づくこともありませんでした。しかし、発達障害の子どもたちが次々としで かしてくれるトラブルのお蔭で、社会のなかで支援が必要な人たちを支えるサポートネットに大きな穴がたくさん空いている事実を知るようになり ました。そして、多くの社会を前向きによくしていこうと考える人たちとの出会いの中で、現実が変えられることも信じられるようになりました。
そしてまた、「発達障害」と診断を受けて支援につながっている人は、ほんの一握りで、平均的に家庭的基盤に恵まれないと、診断を受けることも なく、子ども虐待を受けたり、いじめられたり、周囲からの無理解のなかで被害的なスタンスや、社会全般に対する大きな不安や、ひどい体験のな かでのフラッシュバックに苦しんだり、学校に行けなくなって不登校になったり、引きこもり続けたり、他の精神疾患を合併したり……、多くの発 達障害当事者が厳しい現実を生きていかなければならない実態を重く考えるようになりました。そして、少なくとも多くの子どもたちが学校という 場所で、多くの教師とつながりながら生きているという肯定的な側面を考えると、少なくとも学校という場所で、発達障害特性があって指導に工夫 が必要なことや、そこには効果的な指導方法が常にあること、将来的な方向性や(必要な場合には)福祉的な支援へのつながりを考える必要がある ことなど、支援の必要な人の支援ニーズとそうした前向きの現実と、スクールカウンセラーなどの「専門家」と呼ばれる支援者が、子どもたちの生 きやすさのために〈つなげる〉ことが大事な役割になります。支援者の側がつながる力量が足りないと、支援が途絶し、当事者の不利益になってし まいます。実際、『変光星』『平行線』というわが国の当事者手記の先駆けとなる歴史的名著を記している森口奈緒美さんは、社会や学校の無理解 に苦しみ、精神科疾患の合併のなかで、厳しい現実を生きてこられました。今回、森口さんに「はじめに」を書いていただきました。当事者の手記 に専門家のまえがきというのはよくありますが、逆もまた、この本には必要なことかなと思います。
この本は、私の単著として出されますが、基本的にNPO法人アスペ・エルデの会で一緒に支援に取り組んできた多くの仲間たちと、支援に継続し て参加し続けてくれている発達障害当事者や家族との共同の成果です。あまりに多くの若い人たちと一緒に活動してきていますので、個々の名前を 挙げることはしませんが、ここに感謝の意を記します。表紙の素敵な絵は二十年近くもご一緒してきているアウトサイダー・アーティストの星屋太 一君に依頼しました。いろいろな子どもたち・青年たちの成長がこの本の原動力です。
最後に、連載段階からお世話になってきた遠見書房の山内俊介さんに感謝の意を表します。この時代に新しい雑誌を発行し続ける熱意に心より感謝 いたします。

辻井正次


著者略歴

辻井正次(つじい・まさつぐ)
中京大学現代社会学部教授。名古屋大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。臨床心理学のなかでも、主に、幼児、児 童、青年期の方の心理臨床のトレーニングを受ける。
1992年より聖徳学園岐阜教育大学専任講師、助教授を経て、2000年より中京大学社会学部助教授、2006年より現職(中京大学現 代社会学部教授)。
また、浜松医科大学子どものこころの発達研究センター客員教授も兼務。
2002年よりNPO法人アスペ・エルデの会のCEO・統括ディレクター。
その他、日本小児精神神経学会理事、日本乳幼児医学心理学会評議員。日本発達障害学会評議員。

発達障害児者の発達支援システムの開発、発達支援技法の開発・専門家養成などに取り組んでいる。発達障害、なかでも自閉症スペクトラムの発 現メカニズムに関する生物学的精神医学研究を浜松医科大学において取り組む。
同様に、コホート研究において、子どもたちの長期にわたる追跡のなかで発達傾向や必要な支援ニーズの把握と対応策の開発に取り組んでいる。
発達障害のアセスメント手法の開発、ペアレント・トレーニング等の家族支援技法の開発、成人期以降の適応支援モデルの開発等、当事者・家族に 必要なプログラムを開発し、実際に運用できる基礎的な仕組みづくりに取り組んでいる。
主な著書:『特別支援教育で始まる楽しい学校生活の創り方』(単著、河出書房新社)、『楽しい毎日を送るためのスキル:発達障害ある子のス テップアップ・トレーニング』(辻井正次・アスペ・エルデの会編著、日本評論社)ほか多数。

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