学校におけるトラウマ・インフォームド・ケア――SC・教職員のためのTIC導入に向けたガイド(BL子どもの心と学校臨床9)

学校におけるトラウマ・インフォームド・ケア
――SC・教職員のためのTIC導入に向けたガイド(BL子どもの心と学校臨床9)

卜部 明 著
1,700円(+税) A5判 並製 120頁
C3011 ISBN978-4-86616-174-7
2023年8月発行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本書は,スクールカウンセラーとして長年トラウマケアの実践や研究に携わってきた著者による,学校における「トラウマ・インフォームド・ケア(トラウマの理解に基づいた支援)」導入のための手引書です。

疫学的調査の結果から,わが国でもトラウマ体験をする子どもが少なくないことがわかっています。すべての子どもたちにとって安全安心な学校をつくるため,学校関係者がトラウマに関する知識や適切な対応方法,そして予防開発的支援について学ぶことが求められます。米国ではトラウマ・インフォームド・スクールとして実践されています。

本書では,トラウマとそのケアの基礎知識,学校における危機対応,トラウマ・インフォームド・ケアの導入について,多くの事例や先行研究を通してわかりやすく解説しました。トラウマに関する知見をスクールカウンセリングや学校経営に生かすヒントが盛り込まれています。

子どものこころの傷を癒し,その成長発達を促すために,SC,教師,養護教諭をはじめ学校教育に携わるすべての人々に読んでいただきたい一冊です。ダウンロード可能な教職員向けの心理教育資料付き。


目次

はじめに
第1章 トラウマ体験とトラウマ反応
第2章 トラウマケア
第3章 学校におけるこころのケア
第4章 トラウマ・インフォームド・ケア
第5章 Q&A:しばしば聞かれる質問
第6章 資料
あとがき


著者略歴
卜部 明(うらべ・あきら)

明治学院大学大学院文学研究科修了(心理学修士)。
これまで主に教育領域で勤務。
元大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター共同研究員。
現在の所属は,相模原市教育委員会および国立音楽大学。
公認心理師・臨床心理士。
日本トラウマティック・ストレス学会会員。


はじめに

1995年の阪神・淡路大震災のあと,PTSDという診断名が一般に知られるようになり,「こころのケア」という言葉がしばしば使われるようになった。現在,こころのケアという言葉の意味は広くなり,心理的支援とほぼ同義で使われることがあるが,当初は事件・事故,災害などに遭遇したために生じる心身の健康に関する問題を予防したり,その回復を援助したりする活動を指すものであった。
その後,学校におけるこころのケアが注目されるようになった出来事として,2001年大阪教育大学附属池田小学校での事件がある39)。事件の発生を知った多くの精神保健の専門家が,事件当日池田小学校に向かった。この事件のニュースをみたある精神科医の発案により,山口県でクライシスレスポンスチームが発足した。これは精神科医をトップとした多職種から構成されたチームを,事件や事故の直後3日間程度,学校に派遣するものである。また,池田小学校の事件とは別に,福岡県では生徒の自殺があった中学校に,直後の3日間支援を行ったことをきっかけとして,重大な出来事のあとに臨床心理士が学校に派遣されるシステムが整い,緊急支援と呼ばれるようになった43)。緊急支援はその後,広く学校関係者の間で知られる言葉になった。
危機は最前線の人によって即座に対応されれば小さく収まるのであり119),緊急支援はその手助けをするものである。一方,重大な出来事のあと,3日間で支援のニーズがすべてなくなるわけではない。トラウマの影響は長く続く可能性があり,その後は学校の教職員が中心となって対応にあたることになる。また,何か出来事が起きたとしても,すべてのケースで外部から支援者が派遣されるわけではない。その場合はもちろん教職員が支援を行うことになる。緊急支援として学校外から支援者が派遣されるか否かに関わらず,学校として危機への備えが必要である。

学校におけるこころのケアについては以上のような経緯があったが,それとは別の新しい流れが生まれている。それはトラウマ・インフォームド・ケア(Trauma-Informed Care; TIC)である。これは,病院,施設,学校などにおいて,その職員がトラウマについて学び,その影響を理解したうえで,運営にあたるという考え方である。すでに米国ではTICに関する法律ができており,実践,普及の段階に入っているという59)。この考え方が生まれた背景には,疫学的調査の結果,多くの人がトラウマ体験をしており,その影響が後のさまざまな問題に関わることが明らかになったことがある。そして,わが国で行われた調査でも,トラウマ体験は決して珍しいものではないことがすでにわかっている。
だが,トラウマは精神保健の領域でも比較的新しいテーマであり,これまで十分に目が向けられてこなかった。子どもたちがどのようなトラウマ経験をして,どのような影響を受けているのか。それが日常にどのような形であらわれているのかについて学校関係者が学ぶ機会は少なく,あまり理解されていない。
これまで「指導が難しい」とされた子どもの中には,トラウマが影響しているケースが含まれていると考えられる。TICの考えが広まり,トラウマの理解が深まることによって,これまで指導困難ケースとされた子どもへ効果的な対応ができるようになることが期待される。
TICにおいて,まずはトラウマについて学び,その影響を把握することが適切な対応を行うための前提となる。第1章ではトラウマ体験とトラウマ反応について,第2章ではトラウマケアについて概説した。TICを実践するための前提として知っておきたいトラウマ概論である。そして第3章では学校におけるこころのケアについて述べた。緊急事態への対応はトラウマ・インフォームド・ケアにも含まれる。緊急支援が必要となるような出来事のあと,学校という場で,どのようにケアを展開していくのか。基本となる考え方,留意点を記した。すでに緊急支援は行われてきたことだが,そのような事態が起きたときの対応に関する学校関係者の理解は必ずしも十分とはいえないのが現状である。第4章ではトラウマ・インフォームド・ケアを実践していくために重要な考え方を解説した。本書は,学校においてトラウマ・インフォームド・ケアを実践していくために,その準備として学んでおきたい内容をまとめることを意図した。ここで示す情報は限られたものであり,まさに基礎知識というべきものと考えている。より詳しい情報は各種文献をご覧いただければ幸いである。
なお,どのページからでも読めるように記述したため,内容が重複している箇所がある。ご了解いただきたい。

筆者は20年あまりカウンセラーとして学校に勤務してきた。その中で,学校現場における支援の重要性と難しさをしばしば経験した。本文中にいくつかのエピソードを記した。それは実際のケースをもとに一部改変したものであるが,知識が単なる知識にとどまらず,現場で役立つものになることを願って記したものである。

卜部 明

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