自分描画法マニュアル──臨床心理アセスメントと思いの理論

自分描画法マニュアル
──臨床心理アセスメントと思いの理論

(北海道千歳リハビリテーション大学)小山充道 著

2,800円(+税) A5判 並製 158頁 C3011 ISBN978-4-86616-137-2

自分の姿(ポートレート)を描く「自分描画法」はそのこころの内や置かれた環境などがよくわかる描画法として注目を浴びています。この本は,自分描画法の創案者である著者の小山充道による手引き書です。数千を超える「自分描画法」の記録を持ち,臨床家として心理相談でも活躍中の著者のライフワークとも言える一冊で,バウムテストなどの臨床描画法との比較や色彩論など多様な考察がなされています。 付録のDVDには,初学者でもわかりやすい動画教材も収録されています。

 

自分描画法記録用紙(PDF)→SPMkiroku (クリックするとPDFがダウンロードできます)


主な目次

第1章 自分描画法の周辺
第2章 思いの理論
第3章 自分描画法
第4章 自分描画法とバウムテスト
第5章 自分描画法事例
第6章 自分描画法Q&A


著者略歴

小山充道(こやま・みつと)
1952 年3月生まれ。臨床心理学専攻
1983 年3月 北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学
教育学博士(北海道大学;1990 年),臨床心理士(1989 年1月登録)
公益財団法人臨床心理士資格認定協会理事

職歴:信州大学教授,名寄市立大学教授などを経て,現在,北海道千歳リハビリテーション大学教授(保健管理センター内” ほっとルーム” カウンセラー兼任)。著書:単編著として,『脳障害者の心理臨床』『病の心理学』『失語症・回復への声:編著』(以上,学苑社),『脳障害者の心理療法』(北海道大学図書刊行会),『思いの理論と対話療法』(誠信書房),『学校における思春期・青年期の心理面接』『必携 臨床心理アセスメント(編著)』(以上,金剛出版),『自分描画法の基礎と臨床』(遠見書房)
共著として,『心理臨床大事典』(培風館),『行動科学(系統看護学講座基礎分野)』(医学書院),『家族と福祉領域の心理臨床』(金子書房),『臨床心理学全書第13 巻 病院臨床心理学』(誠信書房),『臨床心理検査バッテリーの実際』(遠見書房)ほか多数。




序   文

 

自分描画法は心理療法のひとつとして開発され,「思いの理論」(小山;2002)を背景にしています。自分描画法で思いを表現する道具は,クレヨン,色鉛筆,鉛筆,ボールペンほか何を使ってもかまいませんが,その目的は「描画をとおして思いを浮かび上がらせる」ことにあります。絵を上手に描きあげることは自分描画法の目的ではないので,自分描画法は描画技術法ではありません。自分描画法では,「自分の心の中に潜む真の思いをつかみとれば,人は安心感を覚えるはず」という心の仮説が横たわっています。臨床心理士として筆者が対面した多くの方々は,面接場面でそれぞれの「思い」を語ってくれます。人間には同じ思いは一つもない,というのが私の率直な実感です。あるときはその「思い」に傷つく,反対にあるときはその「思い」に癒される……。思いの内容が人を困らせるのではない,「その思いを受けとめられない……という思い」が人を苦しめるのだ,そう言いたい気持ちになります。
本書では「思い」に傷つく過程と,「思い」の修復または未来に向けての「思い」の獲得の様相を取り上げ,自分自身を高めるはずの「思い」の獲得をめざす道を提示します。「傷つく」という言葉ですが,思いの心理療法は,傷つくのを無いものとしたり,避けたり,消したりすることを意図しているわけではありません。人の心は傷つきやすいけれど,心がそれだけ柔らかいものであるからこそ,人の優しさに気づけるのだという点を重視します。本書では普段意識することがあまりない「思い」に焦点をあて,「思い」の構造,思いの振る舞い,そして思いの変容について図表をもとに明らかにしていきます。
ところで1890年に『心理学原理』を出版したウイリアム・ジェームズ(James, W. )は,重要なことを指摘しました。思いに関わる部分を次に記します。

①思考はパーソナリティ形成に貢献する(Thought tends to personal form.)。
②思考は個人的意識の一部分である(Every thought is part of a personal consciousness.)。
③思考は耐えず変化している(Thought is in constant change.)。
④その変化とは,思考の流れ(the stream of thought),意識の流れ(the stream of consciousness),主観的生活の流れ(the stream of subjective life)と呼ばれ,喩えると川(river)や流れ(stream)のイメージに置き換えることができる。

ジェームズは翌年の1891年,わかりにくかった前掲書を整理し直し,『心理学教科書』を出版。本書で意識の性質を次の4点に集約しました。

①人格的意識の一部分が,今の心理的状態を構成している(心理的状態の構成)。
②人格的意識の中において,心理的状態は常に変化している(変化性)。
③人格的意識は連続していると感じられる(連続性)。
④人格的意識はある対象のある部分に関心をもち,他の部分は意識から除外しようとする選択性をもつ(選択性)。

ジェームズの見解によれば,「思い」はある人格の中で選択された意識の中にあって,常に変化し,また連続性が認められる。その思いは24時間,刻々と変化しています。それは意識の流れにある,ある思いを抱いた船の航行のようです。凪あれば時化のときもあります。船は風の影響で揺れたりします。自分は意識という流れの中にあり,日々凪や時化の影響を受けて一日を過ごしている。「船は頑丈か……」が気になるところです。
思いというものは,最も身近にありながら最も気づかれにくい心理的様相です。その思いを意識化させる必要があるときは,他者(セラピストら)の心理的援助のありようが鍵となります。「あなたは今何を考えていますか?」,「今何を感じていますか?」といった他者からの問いかけは,思いに気づくきっかけとなることもあります。他者が介在しない状況でも,日記や手紙を書く,メールを送信する行為などは,自分自身の思いに気づくきっかけを与えてくれたりします。つまり思いに気づくためには,イメージを動かす,思考や言語を活性化させる,感情をわき立たせるなど,何らかの心理的動きが必要となります。
思いの理論からみれば,心理的に健康な人とは,「自分の思いにとらわれずに,無心に一日を過ごすことができる人」と言えるでしょう。一方,心理的に不健康な人とは,「思いを構成する4つの要素(自分,気づき,背景,隠れている何か)のいずれかに停滞が認められ,先に進めない状態にある人」と定義できるでしょう。思いの変容にあたっては,停滞している要素の治療的な心の更新が必要となります。たとえば,「気にすると気になってしまう気づき過ぎる人」の場合は,その気づきの対象について,思いの更新をセラピィとして行います。思いの更新は,通常は思いの4つのプロセス,つまり「苦しむ→ふれる→つかむ→収める」過程に沿って展開します。心理的に健康な人は,この4つの過程を意識することなく通り過ぎる。逆に心理的に不健康な人は,4つの要素の展開順序が乱れている,いずれかの過程で停滞している,どこかの過程を飛ばして次に行こうとしているなど,行き方として適切でない行動が認められます。最終的には「今の私はどうあるのか?」について考え,今後の生き方を見つけていきます。
思いの心理療法は,個々の思いを深めながら,同時に全体を眺め把捉するという全体論的アプローチの観点に立っています。私の研究者としての始まりは,神経学者ゴールドシュタイン(Goldstein, K.; 1957)の『生体の機能』(みすず書房)に遡ります。彼は脳損傷者の破局反応について全体論的アプローチで迫りました。その流れの中に,カウンセリングを開発したロジャーズ(Rogers, C. R.; 1942)がいました。両者に共通する言葉は「自己実現」です。自己実現という言葉は私にとってあまりにも崇高な概念であり,届きそうにもありません。ただ日々わき起こる思いを感じ,それは何かとふれ,それをつかみ,そしてその思いを私の中で収める……その積み重ねです。買い物でスーパーへ行き,真っ赤でおいしそうなリンゴを見つけると,リンゴ好きの私はついふれたくなります。手を出すと妻に叱られます。「売り物にはやたらにさわってはいけません」と。“ふれる”にも注意が必要です。
本書は自分描画法に関する評価法がテーマとなっています。セラピストが自分描画法を実施した後の手順を示しました。なお自分描画法の実施方法については前著『自分描画法の基礎と臨床』(遠見書房)を参照して下さい。本書の特徴ですが,自分描画法の評価に必要な事項について,どこから読んでも,どんなふうに読んでいただいてもかまいません。必要なときに必要な事柄について必要なだけ参照していただければ幸いです。

2021年春 雪解けがすすみ春を待つ北海道にて……
小山 充道

 

 

 

「遠見書房」の書籍は,こちらでも購入可能です。

最寄りの書店がご不便、あるいはネット書店で在庫がない場合、小社の直販サービスのサイト「遠見書房⭐︎書店」からご購入ください(store.jpというECサービスを利用しています)。商品は在庫のあるものはほとんど掲載しています。