自衛隊心理教官と考える 心は鍛えられるのか ――レジリエンス・リカバリー・マインドフルネス

自衛隊心理教官と考える

心は鍛えられるのか

――レジリエンス・リカバリー・マインドフルネス

藤原俊通・内野小百合・佐々木 敦・田中敏志・脇 文子 著

2200円(+税) 46判並製 216ページ C0011 ISBN978-4-86616-106-8 

強い心を作るには

現代社会に生きる私たちは日々さまざまなストレスにさらされている。そんな中で,誰もがストレスに勝つ方法を模索し,ストレスに負けないように心を鍛えたいと思っている。だが,簡単なスキルを取得するだけで,あるいはやみくもに負荷をかけ続けるだけで,強い心を手に入れることはできない。
本書は,自衛隊という強くあることが求められる組織で,長年心理教官として活動してきた著者が,「心は鍛えられるのか」をテーマにまとめたものである。心を強くするとはどういうことなのか。どうすれば強くなるのか。しなやかに,したたかに生きるためのヒントが詰まった一冊。


目  次
第1部 心の強さとは何か
第1章 ストレスに向き合う
第2章 心の強さを求める社会
第3章 事例による心の強さの検討
第4章 心の強さとは
第2部 心の強さを手に入れる
第5章 救助者のレジリエンス―現象学を援用して
第6章 精神科臨床から考える「心を鍛える」とは
第7章 「心を鍛える」その前に―組織とそこに属する個人が見失ってはならないもの
第8章 組織と心の強さ
第9章 心の強さを手に入れるために―マインドフルネスに学ぶ
第10章 心は鍛えられるのか


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はじめに
経済、安全保障、そして科学技術の進歩など、私たちを取り巻く社会が激変するなかで人々は翻弄され、かつてないほどのストレスの影響を受けている。このようなストレス社会のなかで、多くの人が苦しみながら「ストレスに勝つ方法」を模索し、ストレスに負けない強い心を鍛えたいと思っている。
筆者が所属する陸上自衛隊は、任務達成のために強くあることが求められる組織であり、そこでは日々その目標に向けて厳しい訓練が行われている。筆者はこの組織のなかで臨床心理士資格をもつ自衛官として、組織のメンタルヘルス、自殺予防、復職支援、惨事ストレス対処そして有事対応のためのレジリエンス向上など、さまざまな事業に関わり活動してきた。これらの活動を通して筆者は、心を鍛えることは単に我慢強さや便利なリラクセーションスキルを身につけることではなく、より深く考察すべきテーマであると考えるようになった。レジリエンスを単純に理解し、簡単なスキルの習得ややみくもに負荷をかけることで心を鍛えようとすることは、効果が上がらないばかりでなく時に危険ですらある。職業として強さを求められる組織の専門家として、この問題に向き合うなかで、筆者は本書をまとめる必要性を強く感じた。
本書の出版を決意させたもう一つの動機、それはこれまでに積み重ねてきた臨床経験によるものである。現代社会において、とりわけ組織で求められるメンタルヘルスは、疾患発生時の対処から未然防止へと関心が移っている。長く続くストレス社会のなかで、急増する精神疾患等の問題に、未だ十分に対処できていないことへの苛立ちや反発もあり、そもそもストレスの影響を受けない強い心を鍛えることへの要望が高まっている。
近年、心理学において大きなうねりとなっているポジティブ心理学の主張は、従来の心理学の関心は心の弱い部分に向けられ、ポジティブな部分を扱っていないということにある。しかし筆者はこれまで長年心理臨床の現場で活動してきた経験から、これまでの心理学がポジティブな部分に光を当ててこなかったという主張は間違っていると考えている。
確かに私たちが心理臨床の現場で出会うクライエントは、さまざまな問題を抱え、心が傷つき、弱った状態であることが多い。しかし彼らは治療やカウンセリングを受ける過程で、回復し最終的には自らの力で立ち上がっていく。そこではただ傷が治るだけでなく、クライエントが心理的に成長するようなポジティブな変化が見られることが多い。筆者はうつ病などの精神疾患、自殺未遂、復職支援、惨事ストレス等、さまざまなケースで対応(支援)した多くのクライエントが、成長し立ち上がっていく姿を見てきた。
信じられないかもしれないが、筆者は彼らのうちの少なくない人が支援終了時に、「病気になって(この体験をして)良かった」というのを聞いた。
この体験を通して筆者は、ストレス社会のなかでともすれば弱者とみなされるクライエントの事例から、本当の強さについて学ぶことができるのではないかと考えたのである。
本書では「心は鍛えられるのか」をテーマにさまざまな角度から考察を進めていく。
第1部では私たちが求める心の強さとは何かについて考える。
まず第1章では私たちを取り巻くストレスについて整理し、理解を深めていく。ストレスの本質を理解し、その対処方法についても考察を加える。すでに述べたようにレジリエンスを単純に理解し、スキルの習得により心を鍛えようとする考え方の背景には、間違ったストレスの理解とそれに基づく対処法があると思われる。
第2章ではストレス社会が投げかける課題に焦点を当てることで、社会や組織が求める心の強さについて考察する。
そして第3章では、筆者の臨床経験のなかから四つの事例を紹介して、心の強さについてさらに考察を加え、第4章で筆者の定義としてまとめたい。
第2部では心の強さを手に入れるための方法について考察する。第5章から第8章では防衛省で長年筆者と共に活動してきた四名の分担執筆者が、それぞれの現場でこの問題に向き合ってきた結果得られた生きた体験を基に、心の強さを多角的な視点でとらえ、わかりやすく解説する。そして第9章では筆者自身の取り組みを紹介し、第10章で本書の結論を述べる。
本書は一部の専門家や研究者を対象とした専門書ではなく、人に関わる全ての領域で、心の健康や心の強さに向き合う人々を思い浮かべながらまとめた本である。人の心に関する問題は形が見えず、つかみどころがないため、どうしても難しい表現や専門用語が多くなってしまう。しかしながら筆者らは長年にわたり、陸上自衛隊の隊員を主な対象として活動してきた。組織のメンタルヘルスに貢献するためには、難しいことを一般の人にもわかりやすく伝える努力と工夫が求められる。本書ではそれらの成果を十分に発揮しながら、よりわかりやすく役に立つ説明ができるように努力した。
そして筆者は、心理臨床に関わるものが人に関わるあらゆる領域を巻き込み、組織や社会に働きかけていく存在になるべきであると考えている。本書は防衛省・陸上自衛隊という限られた組織内での取り組みを基にまとめられているが、現場での実践を通して練り上げられたものには一定の真実が含まれていると信じている。それらの知見が広く一般の人々の心の健康に役立つことを願っている。


編著者紹介
藤原俊通(ふじわら としみち)
自衛隊中央病院診療科 心理相談班長(臨床心理士,公認心理師)
1965年大阪府生まれ。防衛大学校人文社会科学管理学科にて,組織管理やリーダーシップを学ぶ。
1989年同校卒業後,陸上自衛隊入隊。戦車大隊にて小隊長,中隊長などとして勤務。
2002年筑波大学大学院修士課程カウンセリングコース修了後,自衛隊中央病院精神科,陸上自衛隊衛生学校等で心理臨床及び教育業務に従事。この間,イラク復興支援活動及びハイチPKO派遣部隊に対するメンタルヘルス支援,東日本大震災災害派遣部隊に対するメンタルヘルス巡回支援活動などに参加してきた。
主な著書に,『組織で活かすカウンセリング』(金剛出版,2013,単著),『自殺予防カウンセリング』(駿河台出版,2005,共著),『自殺のポストベンション』(医学書院,2004,分担執筆),『働く人へのキャリア支援』(金剛出版,2015,分担執筆)『災害支援者支援』(日本評論社,2018,分担執筆),『公認心理師の基礎と実践⑳産業・組織心理学』(遠見書房,2019,分担執筆)などがある。

執筆者紹介

内野小百合(うちの さゆり)
防衛医科大学校医学教育部看護学科。
佐々木 敦(ささき あつし)
自衛隊札幌病院診療科。
田中敏志(たなか さとし)
自衛隊中央病院診療科。
脇 文子(わき ふみこ)
防衛医科大学校 防衛医学研究センター行動科学研究部門。

*所属は本書発行時

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