関係性の医療学──ナラティブ・ベイスト・メディスン論考

関係性の医療学
ナラティブ・ベイスト・メディスン論考

富山大学保健管理センター長・教授 斎藤 清二

定価3,400円(+税)、252頁、A5版、並製
C3047 ISBN978-4-904536-72-8

患者と医療者の関係性を中心におく,間主観的な実践の体系

本書は,臨床実践と臨床理論の第一人者によって書かれた「医療へのナラティブ・アプローチの導入により,医療はどこまで変わるのか?」「現に変わって来たのか?」という問いに答える一冊です。
ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)の概念や理論,医療コミュニケーション,医療者・患者関係,医療面接,プロフェッショナリズム教育などについて具体的に論考がまとめられ,今後のNBMやナラティブ・メディスンの展開や応用について提言がなされています。
「患者を客体と見なす,診断-治療の体系」から「患者と医療者の関係性を中心におく,間主観的な実践の体系」へと医療が変容すべきであると考える著者による,医療の本質を問い直す書となっています。

関連書:斎藤清二著「医療におけるナラティブとエビデンス」
      斎藤清二ら著「発達障害のある高校生への大学進学ガイド」
斎藤清二編「N:ナラティヴとケア 第1号」

本書の詳しい内容


おもな目次

第Ⅰ部 理論的考察
第1章 ナラティブ・ベイスト・メディスン再論
第2章 NBMは新しいパラダイムたり得るか?
第3章 NBMの理論
第4章 NBMと臨床知
第5章 物語と対話に基づく医療(NBM)と構造構成主義
第6章 医療実践における主観と客観
第7章 物語的思考と医療

第Ⅱ部 NBMの技法と教育
第8章 NBMと医療面接法
第9章 ナラティブ・アプローチとカウンセリング
第10章 医療面接の訓練法
第11章 医療コミュニケーション教育とナラティブ
第12章 医療プロフェッショナリズム教育における物語能力の訓練

第Ⅲ部 NBMの応用と展開
第13章 神経性過食症へのナラティブ・アプローチ
第14章 Web支援によるNBMの実践──慢性の嘔気を訴える女子大生の事例を通じて
第15章 NBMからみた機能性身体症候群(FSS)
第16章 アルコール性慢性膵炎の物語
第17章 ナラティブと医療メディエーション
第18章 医療情報とナラティブ・アプローチ
第19章 消化器心身医療におけるEBMとNBM
第20章 「語りの医療学」(Narrative Medicine)と物語能力


はじめに

ナラティブ・ベイスト・メディスン(Narrative Based Medicine;NBM,邦訳「物語と対話に基づく医療」)が,Trisha Greenhalgh教授らによって初めて英国で提唱されたのは,1998年にBMJ Booksから発行された同名の書籍によってである。2001年には同書が日本語訳され,それ以来,NBMの概念は,本邦の医学,医療およびその関連領域 において着実に浸透していくこととなった。
著者は2003年に『ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践』(岸本寛史先生との共著)を上梓し,その後も幅広い観点からNBMを論じることを試みてき た。2006年には,米国のRita Charon教授によりナラティブ・メディスン(Narrative Medicine;NM,邦訳「物語医療学」)が提唱され,本邦にも紹介された。近年,両者を包含する形で,医療におけるナラティブ・アプローチ (Narrative Approach in Medicine;NAM)が,実践,研究,教育,倫理などの幅広い観点から論じられるようになった。このような動きは全世界的にも拡大しており,特に中 国および台湾では,「叙事医学」と名付けられ,盛んに論じられているようである。
本書は,著者がこの10数年の間に,医療におけるナラティブ・アプローチについて論じてきたものを,一冊の本としてまとめたものである。これらのほとんど は,『ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践』以降に執筆されたものであり,同書以降の著者の経験や考察を反映するものである。しかし,内容的には重複 する部分もあり,また初期の論考は,今から見ると考えの足りない点もあるが,その点についてはご批判をいただければと思う。例外的に第16章の『アルコー ル性慢性膵炎の物語』は,著者がまだNBMの概念に触れる以前のものであるが,その時期の臨床姿勢がよく現れていることと,その後の著者自身の姿勢の変化 へのつながりが描写されていると考え,本書に再録した。
本書は三部構成となっており,各章は必ずしも執筆年代順ではなく,内容的に関連のあるものをまとめるように配列されている。第Ⅰ部(理論編)には,NBM の概念や理論的考察を中心とした論考がまとめられている。同時にNBMと関連の深い他の概念やムーブメント,例えば,「臨床の知(第4章)」「構造構成主 義(第5章)」「POS(第6章)」などとNBMとの対比や関連についての考察が述べられている。第Ⅱ部では,NBMの中核的な重要事項である医療コミュ ニケーション,医療者・患者関係,医療面接などについて,それらの理論,技法論,教育法などについての論考がまとめられている。またNMの中核概念である 物語能力とプロフェッショナリズム教育についての最新の状況についても触れられている(第12章)。第Ⅲ部は,幅広い分野の医学・医療領域におけ る,NBMやNMの展開や応用についての論考が集められている。特に「医療メディエーション(第17章)」,「医療情報(第18章)」などのトピックとの 関連や,「Webを利用したNBMの実践の試み(第14章)」などは,今まであまり論じられてこなかったジャンルではないかと思われる。
今から10年ほど前,著者はいくつかの書籍や論文において,以下のような主張を行った。

Narrative Based Medicine;NBMは,医療における生物医学的方法論の過剰な重視への警鐘であるとともに,元来医療が本質的に保ち続けてきた「医のアート」の再認 識と再発掘であると言える。やや楽天的に過ぎるかもしれないが,NBMが浸透することによって,現状の医療/医学は著しく変容することが期待される。ま ず,第一に患者と医療従事者の関係が大きく変化するだろう。患者の語る物語を最大限に尊重することを通じて,医療現場において患者が人間的に疎外されると いう現代医療の陥穽を,根本的に打開する端緒が開かれるであろう。次いで,医療現場において医療従事者が不可避的に悩まされてきた「概念(医学知識など一 般的な真実とされているもの)と現象(目の前で実際に起こること)の不一致」,「客観性と主観性の乖離」といった認識論的な葛藤に一つの和解がもたらされ るであろう。さらに,医療における複数の理論や学派が相争うのではなく,多様性を認めつつ対話を重ねながらお互いを高めていくための方法論が確立されるだ ろう。また,ナラティブという共通のツールを用いて,隣接の諸領域の専門分野との交流をより有効に行うことができるようになるし,現場の実践に密着した研 究法や教育法の開発にも結びついていくものと思われる。

実際のところ,医療へのナラティブ・アプローチの導入により,医療はど こまで変わるのか? 現に変わって来たのか? という問いに答えるためには,上記に挙げられているさまざまな観点からの評価が必要である。その最も中核となるのは,医療そのものが「患者を客体と見な す,診断-治療の体系」から,「患者と医療者の関係性を中心におく,間主観的な実践の体系」への変容がなされたかどうかであると著者は考える。本書のタイ トルを『関係性の医療学』とした最大の理由もここにある。本書の内容は,これらの問いへのできる限りの応答を試みた著者なりの努力の産物であるとも言える が,まだまだ多くの課題が残されており,今後さらに努力を続けたいと思う。
本書の編集を担当してくださった遠見書房社長 山内俊介氏は,NBMに関する著者のこれまでの一連の書籍の編集の労をとってくださった方である。今回も社長自ら編集の労とっていだだき,深く感謝申し上 げる。また本書の最終校正の労をとっていただいた同社駒形大介氏にも感謝する。
なお,各論文の初出時の各出版社に対して,転載を許可されたことについて厚くお礼申しあげたい。

平成26年5月25日
斎藤 清二


著者略歴

斎藤清二(さいとう・せいじ)
富山大学保健管理センター長・教授。
1975 年新潟大学医学部卒業。県立がんセンター新潟病院,東京女子医科大学消化器病センターなどでの臨床研修を経て,1979 年富山医科薬科大学医学部第3内科助手。1988 年医学博士。1996 年富山医科薬科大学第3内科助教授,2002 年より富山大学保健管理センター長・教授。専攻は消化器内科学,心身医学,臨床心理学,医学教育学。最近は大学生へのコミュニケーション支援に力を入れて いる。
主な著訳書に『医療におけるナラティブとエビデンス』(単著,遠見書房),『はじめての医療面接─コミュニケーション技法とその学び方』(単著,医学書 院),『事例研究というパラダイム─臨床心理学と医学を結ぶ』(単著,岩崎学術出版社),『発達障害のある高校生への大学進学ガイド─ナラティブ・アプローチによる実践と研究』(共著,遠見書房),『発達障害大学生支援への挑戦─ナラティブアプローチとナレッジマネジメント』(共編,金剛出版),『ナラ ティブ・ベイスト・メディスンの実践』(共著,金剛出版),『ナラティヴと医療』(共編,金剛出版),『ナラティブ・メディスン─物語能力が医療を変え る』(監訳,医学書院)ほか多数。

「遠見書房」の書籍は,こちらでも購入可能です。

最寄りの書店がご不便、あるいはネット書店で在庫がない場合、小社の直販サービスのサイト「遠見書房⭐︎書店」からご購入ください(store.jpというECサービスを利用しています)。商品は在庫のあるものはほとんど掲載しています。