こころの原点を見つめて──めぐりめぐる乳幼児の記憶と精神療法

こころの原点を見つめて──めぐりめぐる乳幼児の記憶と精神療法

(クリニック小倉)小倉 清・(西南学院大学)小林隆児著

定価1,900円(+税)、160頁、四六判、並製
C3011 ISBN978-4-904536-99-5

乳幼児期のことを思い出して、ああだったこうだったと言って興奮したり
涙を流したりすること自体が治療だと思う

治療の鍵は,乳幼児期の記憶。その記憶は,人間の一生に深い影響を与える。本書は,児童精神科医として稀代の存在である小倉と,発達障碍の臨床実践・臨床研究において第一人者である小林による論文・対談を収録した1冊である。「乳幼児期のことを思い出して、ああだったこうだったと言って興奮したり涙を流したりすること自体が治療だと思う」とする小倉と,臨床実践や調査・研究から母子の関係性と病理を解明してきた小林による治療論。子どもから成人まで多くの事例をもとに,こころが形作られる原点をめぐる治癒を探る。

小倉 ケースバイケースで、そのときの勘でもって決めればいいんじゃないかと思う。自分の勘を信じて。
小林 小倉先生。それはとってもよくわかるんですけど……その、勘でとかいうふうになっちゃうとそれ以上に議論が進まなくなって。ああ、やっぱり名人は違うなっていう感じになっちゃうわけですよ。
小倉 そうかあ。
小林 だから、勘があんまりよくない人間にとっても、ああそういうことでそうなるのかっていうふうに、わかるようにしていかないといかんなという感じで、今日は先生からいろいろ話を探ろうとしているわけですよ。

関連本,
『甘えとアタッチメント:理論と臨床』(小林隆児・遠藤利彦編)
『子どものこころを見つめて─臨床の真髄を語る』(小倉清・村田豊久・小林隆児著)


おもな目次

はじめに──本書が生まれた経緯

1
乳幼児期の母子関係からみたこころの病の成り立ち
関係に着目するようになったのはなぜか/母子関係の観察をどのように行なったか/「行動」ではなく「情動(甘え)」に着目すること/一歳台にみられる母子関係の様相/母親から見た子どもと母子関係からみた子ども/甘えのアンビヴァレンス/アンビヴァレンスによる子どもの反応の多くは誰にでも理解できる/二歳台にみられる母子関係の様相──アンビヴァレンスによる不安と緊張への対処法/アンビヴァレンスを捉えることによって治療は展開する

2
患者の面接で語られる乳幼児体験
大学も教科書も、まるで面白くない/犯罪者の幼少期体験/子育てを勉強するためにアメリカに行ったところ……/医学部に入るための二歳塾?/赤ちゃんを観察して思うこと/親たちの世代の時代環境と子育て/さいごに

3
対談 乳幼児体験とこころの臨床
写真を見る/幼い頃の記憶が蘇る/治療のターニングポイント/土居のカルテ・日本語/ジェノグラム/観察の大切さ/乳幼児体験/親への怒りをどう扱うか/負の世代間伝達について/生まれる前の記憶/まとめ

4
患者の面接で語られる乳幼児体験
はじめに/Ⅰ 思春期症例の臨床/Ⅱ 思春期の特徴とその家族との関係性/Ⅲ 症例の提示/Ⅳ 治療戦術について/おわりに

5
罪を犯した人との面接でみられる「甘え」のアンビヴァレンス
はじめに/詐欺事件を起こした人との面接を通して感じたこと/犯罪者の生育史からうかがわれる幼少期体験/罪を犯した人の対人的構えを「発達」という視点から考える/「甘え」とアタッチメント/犯罪者との面接で大切なこと/乳幼児期の母子臨床からみた「甘え」のアンビヴァレンス/彼の変化にどう応じたか/面接で「関係」をみるコツ/おわりに

ほか


はじめに──本書が生まれた経緯

精神科の医療現場で遭遇するこころの病の大半に乳幼児期のそだちが深く関係していることは、フロイトや土居健郎に代表されるように、多くの研究者が認めるところです。精神病の病因仮説にもそのことが必ずと言っていいほど取り上げられるようになっています。
そしてさらに、今日のこころの病は大きく変貌を遂げつつあります。その象徴的な現象が新型うつ病と発達障碍の急速な広がりです。数十年前には診断困難な事例の多くがボーダーラインと診断されていましたが、今ではそれが発達障碍に塗り替えられつつあるほどです。この発達障碍ブームは、ある意味ではその存在を多くの臨床家に気づかせ、成育史の重要性に着目する契機となっていることは確かでしょう。しかし、そこで論じられている「発達障碍」は、子ども(から大人まで)の個体内部(主に脳)にその原因を求め、その障碍(impairment)が発達途上で能力障碍(disability)として顕在化するものと考えられています。そのことを象徴的に示しているのが、発達障碍の障碍特性を踏まえた発達支援という考え方です。
発達障碍の脳障碍仮説で問題としなければならないのは、乳幼児期に発達障碍とみなされる子どもたちが養育者とのあいだでどのような体験をしているのか、その実態についてなんら検証することなく、そこはブラックボックス化したまま通説のごとく広まっていることです。
今日主流となっているこの考え方に、私は異議を唱え、一貫して「関係」という視点から子どもの発達とその障碍をみていくことの必要性を主張してきました。
生物学的に「ヒト」として生まれた存在は、養育者を中心とする大人の手によって、手厚く保護されながら育てられることによって、初めて「人」らしくなってゆくものです。このことは今さら言わずもがなであるにもかかわらず、発達障碍研究においてはまるで子どもの脳に原因があるという前提でもって、その究明のための研究がいまだに盛んです。
私は脳研究者ではありません。一臨床家としてこれまで臨床実践活動の蓄積を通した臨床研究を積み重ねてきた人間ですが、乳幼児期に子どもは養育者とのあいだでどのような体験をしているのか、その内実を自分自身の目で確かめ、それをもとに臨床活動を実践したいと強く願ってきました。それを具現化したのが母子ユニット(MIU)での臨床研究活動でした。そこで得られた知見は膨大なもので、いまだに整理途上ですが、今現在確かなものとして主張できるのは、拙著『「関係」からみる乳幼児期の自閉症スペクトラム』(ミネルヴァ書房)で述べたように、乳幼児期早期に母親とのあいだで体験した「甘え」の質がその後の生涯発達過程を左右するほどに大きな意味を持つことでした。その中心にあるが「甘え」のアンビヴァレンスという心理機制です。
私が乳幼児期に直接確認した乳幼児期の子どもの現実の体験がその後の生涯にわたって起こるこころの病においてどのように作用しているのか、私はぜひともそのことを明らかにしたいという願いを抱くようになりました。そのためには、青年や成人の患者たちが過去の乳幼児体験を面接の中でどのように回想するのかを知りたいと思いました。そこで乳幼児体験を重視した臨床を実践されている小倉清先生にそのあたりのことを教えて頂きたいと念願し、昨年十一月十六日にその企画が実現する運びとなりました。それが西南学院講座in Tokyo『乳幼児期体験とこころの臨床――現実と記憶の中の乳幼児期』でした。
私は三年半ほど前に西南学院大学に転職したのですが、その後まもなくしてこの講座を運営している西南学院東京オフィスが東京駅に隣接したサピアタワー十階に開設されました。東京オフィスの主な目的のひとつに東京からわれわれ学院の活動や情報を発信するということが謳われていました。そこで私はかねがねやってみたいと考えていた企画を学院に相談したところ二つ返事で了解をいただき、その皮切りとして一昨年(二〇一三年)九月に「臨床と哲学のあいだ――人間科学の復興をめざして」と題した西南学院講座 in Tokyoを開催しました。その翌年に開催したのが本書の生まれる契機となったこの講座です。
今回、この講座内容を一冊の書にするにあたり、もう少し内容を充実させるために、同じようなテーマで両名が他のところで行なった講演内容を追加することにしました。このことによって、多少なりとも、講座の内容がより深まったのではないかと期待しております。転載の許可をいただきました日本精神神経学会と言視舎に御礼申し上げます。
本書がこころの病とその臨床において、乳幼児体験の重要性に光が当たるひとつの契機となれば、著者としてそれに勝る喜びはありません。読者のみなさんの忌憚のないご意見、ご批判をお待ちしています。
最後になりますが、講演の文字起こし作業に協力していただいた「発達と臨床を考える会」の佐川眞太郎氏と木村祐里氏に感謝します。また、本書の出版にあたり、今回も遠見書房社長山内俊介氏にお世話になりました。こころより御礼申し上げます。

平成二十七年六月吉日
著者を代表して 小林隆児


著者略歴

小倉 清(おぐら・きよし)
1932年和歌山県新宮市生まれ。児童精神科医,クリニックおぐら(院長),元
日本精神分析協会会長。1958年慶應義塾大学医学部卒業。1959年~1967年,米国留学。ニューヨーク州グラスランド病院,フェアフィールド州立病院,イエール大学精神科,メニンガークリニックなどで主に児童精神医学を専攻。1967年関東中央病院精神科勤務。1996年クリニックおぐら開設,2014年クリニック移転に伴い,初めての試みとなる,親と子のデイケア「れんと」を開始。

小林隆児(こばやし・りゅうじ)
1949年鳥取県米子市生まれ。児童精神科医,医学博士,日本乳幼児医学・心理学会理事長。1975年九州大学医学部卒業。福岡大学医学部精神医学教室入局後,福岡大学講師,大分大学助教授,東海大学教授,大正大学教授などを経て,2012年より西南学院大学人間科学部教授。

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