発達障害のある高校生への大学進学ガイド──ナラティブ・アプローチによる実践と研究

『発達障害のある高校生への大学進学ガイド』
──ナラティブ・アプローチによる実践と研究

斎藤清二・西村優紀美・吉永崇史・桶谷文哲・水野 薫 著

定価2,200円(+税)、168頁、四六版、並製
C3011 ISBN978-4-904536-36-0

発達障害の高校生を支援する!

本書は,発達障害のある高校生で大学進学を目指す本人,家族,教師,進学先の大学教官などのために書かれた「大学進学ガイドライン」です。
こうした高校から大学への移行支援は,現在の受験制度のなかでは実現が難しいものがありますが,継ぎ目のない支援こそが教育機関のテーマになっています。能力のある発達障害のある青年たちが社会で活躍するためにも,こうした支援は広がっていくべきでしょう。
本書では,こうした移行支援の実際と今後の展望を中心に,発達障害のある学生や卒業生,高校教員らへのインタビューなども交え,支援の実情を知ることができるものです。高校,大学の教員や学生相談室の実務者など,必読の1冊となっています。

関連書:斎藤清二著「医療におけるナラティブとエビデンス」
    斎藤清二著「関係性の医療学」
    斎藤清二編「N:ナラティヴとケア 第1号」

本書の詳しい内容


おもな目次

はじめに

第1章 発達障害学生と大学進学――高大移行支援の実態と展望
斎藤清二・西村優紀美
1.富山大学における発達障害大学生支援
2.社会参入支援としての高大移行支援
3.大学からの視点と大学への視点を連結する
4.高大移行支援に関する研究調査
5.大学入試センター試験における特別措置

第2章 高機能自閉症の大学生と保護者の語りから見えてくる支援の方向性
西村優紀美・桶谷文哲・吉永崇史
1.はじめに
2.方  法
3.結果と考察
4.総合考察

第3章 高等学校での進学指導における発達障害生徒への支援ニーズ──アンケート調査の結果から
桶谷文哲・吉永崇史
1.はじめに
2.発達障害生徒の持つ学校生活上の困難さ
3.発達障害生徒への進学指導に伴う支援内容
4.発達障害生徒の進学指導に伴う支援の困難さ
5.発達障害生徒の進学指導に必要な大学側からの情報提供
6.まとめ

第4章 英国における自閉症スペクトラム学生への支援
吉永崇史
1.はじめに
2.調査概要
3.ハートフォードシャー大学での支援
4.シェフィールド・ハラム大学での支援
5.ケンブリッジ大学での支援
6.英国でのASD学生支援の考察
7.まとめと今後の課題

第5章 富山大学における高大移行支援体制の構築
桶谷文哲
1.はじめに
2.方  法
3.結果と考察
4.総合考察

第6章 入学直前直後の移行支援──事例研究
西村優紀美・水野薫・桶谷文哲
1.はじめに
2.移行支援事例1:D君(自閉症スペクトラム障害)
3.移行支援事例2:B君(高機能自閉症の疑い)

第7章 総合考察と今後の課題
吉永崇史
1.はじめに
2.発達障害のある高校生が抱く大学進学への不安を解消するために
3.高校・大学間における情報共有
4.大学入試における問題の克服
5.教職員に対する障害学生支援についての情報提供と理解・啓発の促進
6.まとめと今後の課題

付録 発達障害のある高校生のための大学進学ガイド

あとがき


はじめに

この数年「発達障害」という言葉は,もはや誰の耳にも珍しいとは感じられないものとして,社会に受け入れられつつある。しかし同時に,「発達障害と は本当のところ何を意味しているのか」という問いの答えもまた,この数年大きく変容し,私達自身の意識のあり方に影響を与えている。「発達障害とは,生ま れてまもなくから問題になる,ある特定の子どもだけにみられる特殊な現象である」という考え方は,大きく揺らいでいる。大学,短大,高等専門学校などの高 等教育機関にも「発達障害があると考えられる学生」が多数在籍することは紛れもない事実であり,彼らの抱える「生きにくさ」,彼らを支援しようとする教職 員の「とまどい」の実態が急速に明らかになりつつある。その中で,「そもそも発達障害のある人への支援とはどうあるべきか」という問題が,あらためて真剣 かつ多様な視点から見直され,議論されるようになってきた。
私達は,高等教育機関における「発達障害のある学生」への支援を,「本人およびその家族,支援者などの複数の当事者が,毎日刻々と経験することの語りを, 語る/聴く,書く/読むことを通じて,最大限に尊重することから始める」という姿勢を採用してきた。このような姿勢を私達は,ナラティブ・アプローチと呼 び,その理論・方法論を共有することによって,高等教育機関における発達障害学生支援の質を高め,持続可能性のある支援システムを構築する努力を続けてい る。
また私達は,発達障害のある学生への支援のビジョンとして,「発達障害大学生が大学や社会の財産として広く認知され,彼女/彼らのもつ豊かな才能が社会全 体の発展に寄与する」という将来像を描いている。私達は彼らを,「なんらかの欠陥をもつ存在」であるとは考えず,むしろ「能力の発達に不均等 (imbalance)をもつために,社会的行動に苦手な部分をもつが,ある特定の部分においては高い能力と発達可能性をもつ存在」として理解している。 彼らが日々体験している「生きにくさ」を軽減し,彼らのもつ能力,個性が開花できるような,多様な環境へのアクセスを保証することが,高等教育機関の使命 であると考えている。
そのようなミッションの遂行過程において,高校(あるいはそれに相当する環境)から,大学への移行における支援は,彼らが大学という新しい環境に参入し, 初期の適応を果たし,自らの能力を発揮できる場としてのキャンパスライフを有意義なものにするための,非常に重要な機会であると私達は確信している。
本書は,発達障害のある生徒の高校から大学への移行支援についての,私達の実証的研究の経験に基づいて書かれている。実はこのような研究は未だ端緒につい たばかりであり,まだまだ明らかでないことの方が多く,支援法の確立への課題は多い。しかし私達は暫定的な成果しか示し得ない現状を十分に理解しつつも, 大学で学びたいという意志をもつ彼らの真摯な知的好奇心,学問的向上心を生かすための助けとなる,暫定的な大学進学ガイドを本書において公開することにし た。
本書が,大学で学ぶことを意志する生徒,その夢をかなえたいと願っている保護者,その過程を支援したいと望んでいる高等学校の教員,さらには大学など高等 教育機関に彼らを受け入れ,彼らが自己を変容させ成長しつつ社会へ参入していくことに寄り添いたいと望む教職員など,多くの方々の手にとられることを願っ ている。

2012年2月
著者を代表して 斎藤清二


あとがき

本書は,大学で発達障害のある学生支援を行なっている支援者の立場から,高等学校での発達障害のある生徒の進学に関するガイドラインを示したもので ある。私たちが関わった学生へのインタビューと保護者・高等学校への聞き取り調査をまとめ,そこから見えてくる問題や重要課題を拾い上げ,大学進学を目指 す高校生が求めている情報を網羅したガイドラインを作成した。また,本書のガイドライン作成には,大学入学直前まで支援していた高等学校の先生方の支援か ら多くの示唆をいただくことができた。一人ひとりの学生の体験に埋め込まれているさまざまな人々の智恵と実践を本書に書きあらわし,今後,進学を希望する 高校生に役立つ情報が提供できればと考えている。
さて,富山大学で発達障害大学生の支援を本格的に始めてから今年度で6年目に入った。当初,学生支援GPにおいて「オフとオンの調和による学生支援」を テーマに採択され,発達障害学生を中核とした支援を開始し,現在では大学内で発達障害大学生の支援の重要性が認識され,支援体制の継続を認めてもらうこと となった。この間,富山大学では,「発達障害の医学的診断の有無にかかわらない支援」を行なうと宣言したものの,当時の特別支援教育の中では,「まずは医 学的診断を」という支援スタイルがあり,私達の考え方は,かなりインパクトのある支援方法として受けとられたように思う。「診断にこだわらない」という方 法をとった第一の理由は,支援者につながった学生の支援の機会を逃さないこと,そして,すぐに支援を開始することが最重要課題だったからである。「診断」 を支援のよりどころにするのではなく,「本人が困っていること」を支援の基本に置くことを最優先にした結果,つながりの入り口で支援がとぎれてしまうとい う不幸は最小限に食い止められたと思っている。
そして出会った学生達。学生は困った状況で私たちの目の前に現れるわけだが,私の中では,「出会えてよかった。よくここまで頑張ってきたね」という思いで いっぱいになる。へとへとになって大学に進学してくる学生や人が怖くて不安でいっぱいな気持ちを抱えて進学してくる学生がいる。一方で,天真爛漫でピュア な心のままで進学してくる学生,保護者と一緒ににこやかに談笑しながら挨拶に来る学生もいる。彼らと対話し,保護者と対話する中で,彼らのこれまでの人生 に思いを馳せ,幼かった頃の彼らを想像し,彼らの笑顔や行動を頭に思い巡らせてみると,より一人ひとりの学生の内的世界に近づける気持ちになる。「きょう だいの中で一番私に優しい言葉をかけてくれるんですよ」と我が子の横顔を見ながら話してくれる母親。「学校から連絡があり両親で話し合っていると,『お母 さん,僕が生まれてきて良かった? 困ってる? ごめんね』と心配そうに顔をのぞき込んできたんですよ。私たちがしっかり守ってあげなければ! と心に誓いました」と当時を思い出し,つらいながらも決意を込めた表情で語ってくれる母親もいる。
私たちは,目の前にいる大学生の支援をしているのだが,決して「今」だけを見るのではなく,「これまでの彼らの人生を含めた全体」を想像し眺めていかなければ,本当の支援にはならないと考えている。こういう思いは,多くの保護者の方との対話の中で確信に変わっていった。
最初の事例Aさんは,支援室ができる前に富山大学に入学し,ほとんど大学のフォーマルな支援を受けずに卒業された方である。幼少期に診断を受け,義務教育 からずっと保護者が支援者の役割を担いつつ,さまざまな障壁に一つひとつ対処してきた方たちであった。Aさんは,母親同席のインタビュー場面では,一人で 会うときの少し硬い表情とは違った表情を見せてくれた。明るくてお茶目で,冗談が好きな女子学生なのだ。いじめの思い出を語る母親のつらい表情を誰よりも 素早く見つけ,そっと母親の背中に手を当てて顔をのぞき込む姿は,当時の家族が寄り添いながら何とか凌いできた姿を彷彿させた。「大丈夫よ」と言いつつ, その晩はなかなか寝つけなかったという母親に,私たちは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。大学で,日常的に困ることが多いAさんをサポートするため に,母親は一日中携帯電話を離さずにいたという。我が子からのSOSを待ち続けなければならない保護者の不安は計り知れない。Aさんの母親がAさんに行 なったサポートは,本来,大学が支援するべきことではなかったか……そういう思いが本書の執筆に至る原動力となっている。

支援学生の中に は,高等学校在籍中にオープンキャンパスで進路指導担当の教員から紹介されたケースもあり,その場合,入学式前の3月から支援を開始 している。入学前後の膨大な量の情報を早めに整理するためだ。興味深いことに,先ほどの天真爛漫でピュアな心のままで入学してくる学生は,このような流れ で支援につながった学生であることが多い。高校まではどのようなサポートがされてきたのだろうか,進路指導はどのようにされたのか,どのように受験を乗り 越えられたのだろうか……さまざまな疑問が私たちの中に芽生えてきた。その疑問が,今回の高等学校へのインタビューを実現させた。インタビューを通じて一 番印象に残ったのは,非常に温かなまなざしの中で彼は3年間過ごしてきたということである。彼が高等学校に入学する時は,学校として大きな心配もあったよ うだが,次第に彼の「特性」が彼の「個性」になっていき,「B君はこんなところがあるからと,みんなもそれがわかって付き合っているんです」という表現に 象徴されるように,温かいまなざしで満たされた環境になっていったようだ。「うちにはいろいろなタイプの生徒がいますからね」と,にこやかに話す先生方の 表情がとても自然であることに小さな感動を覚えた。このような雰囲気の中で彼は教師集団に支えられ,クラスの仲間に支えられて高校生活を送っていたのだと 確信した。「彼も良い味を出していましたよ。抜群の成績を取る科目については他の生徒に頼まれて教えていましたからね」と元担任が素敵なエピソードを教え てくれた。そう……いつも支えてもらうのではなく,彼もクラスメートを支えていたんだ……小さなエピソードが私たちの心を揺さぶり,そして,それを大事に 引き継がなければという思いを新たにした。
私たちが推進している「ナラティブ・アプローチ」は,本人の語りに耳を傾け,本人と支援者が対話を重ねることによって,新しい物語を創り出していくという 考え方を採用するのだが,私たちがインタビューをさせていただいた高等学校では,同じようなスタンスで特別支援教育が実践されているように感じた。先生方 は発達障害について学ぶだけでなく,目の前の生徒に向き合い彼を理解した上で,自分としてできること,そして,教師集団でできることを模索し,話し合いを 重ねながら適切な支援を実践されたのだと思う。

私たちは2010年2月に,ASD学生への支援を積極的に行なっている英国内の3つの総合 大学,ハートフォードシャー大学,シェフィールド・ハラム 大学,ケンブリッジ大学を訪問し,聞き取り調査を行なった。聞き取り対象の大学選定にあたっては,英国自閉症協会からのアドバイスを受けたのだが,ここで は通訳案内士の鈴木正子氏の全面的な協力を得た。英国における鈴木氏の幅広い交流が,この視察の成果につながっている。心より感謝申し上げる。

今後,高等学校までの特別支援教育から大学等高等教育機関における障害学生支援へと引き継がれ,サポートを受ける学生は増えていくと思われる。高等 学校から大学へのトランジション・リエゾン支援のあり方はこれからますます検討していく必要があるだろう。大学で支援を行っている者として,幼少期から特 別支援教育を受けてきた子ども達が大学へ進学したときに,戸惑うことなく教育を享受できる環境を作っていく必要性を強く感じている。本書が少しでもその道 しるべになることを願う。

本書は,インタビューを快く引き受けてくださったAさんとお母様のご協力があっての企画であった。私たちは,お 二人がほほえみ合いながら,あるいは 涙ぐみながら語られた言葉を胸に,一言ひとことを大切にして本書の執筆にあたった。また,高等学校の先生方には,お忙しいなか,長時間にわたり卒業した学 生の話をお聞きすることができた。彼らのエピソードは先生方の思い出の中で生き生きと残っていることを実感した。温かな気持ちにさせていただいた先生方に 深く感謝したい。とぎれることのない毎日の面談の中で,5人の著者が分担して書くことができたのも,私たちを常に支えてくれる仲間がいるからこそである。 学生支援センターの松谷聡子氏,米島博美氏,石村恵理氏に感謝したい。また本書の出版にあたって,快く企画を受け入れていただき,細かなアドバイスをして いただいた,遠見書房の山内俊介さんには最大の感謝を捧げたい。

2012年2月
著者を代表して 西村優紀美


著者略歴

斎藤清二(さいとう・せいじ)
1975年新潟大学医学部卒業。医学博士。富山医科薬科大学第3内科助教授を経て2002年より富山大学保健管理センター長・教授。専攻は消化器内科学,心身医学,臨床心理学,医学教育学。
主な著訳書に『医療におけるナラティブとエビデンス』遠見書房,『はじめての医療面接─コミュニケーション技法とその学び方』医学書院,『ナラティブ・ベ イスト・メディスンの実践』金剛出版,『ナラティヴと医療』金剛出版,『発達障害大学生支援への挑戦─ナラティブアプローチとナレッジマネジメント』金剛 出版,『ナラティブ・メディスン─物語能力が医療を変える』医学書院他。

西村優紀美(にしむら・ゆきみ)
1984 年金沢大学大学院教育学研究科障害児教育専攻修了。教育学修士。金沢大学教育学部附属養護学校文部教官,石川県立明和養護学校 教諭を経て,1995年より富山大学保健管理センター専任講師,2000年より同センター助教授。現在同センター准教授。石川県高等学校生徒指導・発達障 害サポートチーム委員。専攻は障害児心理学,発達障害児・者支援臨床,臨床心理学。
主な著書に『子どもの興味からはじまる総合的な学習』明治図書,『発達障害大学生支援への挑戦─ナラティブアプローチとナレッジマネジメント』金剛出版他。

吉永崇史(よしなが・たかし)
1998 年青山学院大学国際政治経済学部卒業。中央三井信託銀行勤務を経て,2007年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科博士 後期課程修了。博士(知識科学)。北陸先端科学技術大学院大学21世紀COEプログラムポスドク研究員を経て,2008年より富山大学学生支援センター特 命准教授。専攻はナレッジ・マネジメント(知識経営)。
主な著書に『発達障害大学生支援への挑戦─ナラティブ・アプローチとナレッジ・マネジメント』金剛出版。

桶谷文哲(おけたに・ふみのり)
1998年芝浦工業大学システム工学部卒業。建設コンサルタント会社勤務を経て,2003年より小松市教育センター教育相談員(主に発達相談担当)。2008年より石川県スクールカウンセラーを兼任。2009年より富山大学学生支援センターコーディネーター。

水野 薫(みずの・かおる)
1987年金沢大学教育学部養護学校教員養成課程卒業。富山県立高岡ろう学校教諭,富山県立富山養護学校教諭,射水市立中太閤山小学校教諭を経て,2009年より富山大学学生支援センターコーディネーター。

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