働く人と組織のためのこころの支援 ──メンタルヘルス・カウンセリングの実際

『働く人と組織のためのこころの支援』
──メンタルヘルス・カウンセリングの実際

(専修大学教授)乾 吉佑 著

定価3,200円(+税)、208頁、A5版、並製
C3011 ISBN978-4-904536-28-5


働く人びとを支える心の専門家のために

本書「働く人と組織のためのこころの支援」は,産業心理臨床・産業カウンセリング領域において,20年以上におよぶ豊富な経験をもつ著者による臨床書である。
一対一の個人への相談から,環境調整などの組織への関与,会社全体へのコンサルテーションなどこの分野全般を網羅しており,男女と問わず若手からリタイア直前の職員までの多彩な事例研究を核として,この分野の専門家のためにさまざまな示唆・提言がされているものである。
本書は,産業カウンセラーや産業分野で活躍する臨床心理士をはじめとして,保健師や産業医療関係者,人事の担当者など,多くの専門家にとって必読書である。

乾先生の関連書(『思春期・青年期の精神分析的アプローチ』

産業関連の書籍「働く人びとのこころとケア」(山口智子編)

本書の詳しい内容


おもな目次

第 I 部 産業における心理臨床の展開
第1章 産業心理臨床事始め
第2章 産業における心理臨床の展開
第3章 C社での心理臨床活動の実際

第 II 部 メンタルヘルス・カウンセリングで見たサラリーマン人生の諸相
第4章 一過性のストレスや不適応反応のあらわれ方
第5章 パーソナリティと役割適応
第6章 サラリーマンとアイデンティティ形成──新人・若手社員の心的状況
第7章 中年期のこころ模様──40歳から60歳のメンタルヘルス
第8章 カウンセリングから見た中年期のこころ模様

第 III 部 メンタルヘルス・カウンセリングの構造特性と技法
第9章 カウンセリングに影響する企業内の構造特性
第10章 産業場面でのカウンセリングにおける精神分析技法
第11章 産業場面におけるコンサルテーション・リエゾン機能
第12章 カウンセリングに示された社員の心的世界

第 IV 部 産業心理臨床家の養成
第13章 産業心理臨床と養成の課題──産業心理臨床を実践するために
第14章 心理療法の教育と訓練


まえがき

40余年になる私の心理臨床の歩みの中で,クライエントさんとの出会いから学び教えを受けた課題から,これまで2冊の本(『医療心理学の実践の手引き』(2007年,金剛出版),『思春期・青年期の精神分析的アプローチ』(2009年,遠見書房)を上梓させて頂きました。それらは,主に医療・保健や教育領域についてでした。この度は,それらの領域に加えて私の心理臨床活動をさらに豊かに基礎づけて頂くことになった産業領域での臨床経験を取り上げました。
『働く人と組織のためのこころの支援』として,今回上梓することは,以下の2つの理由でことのほか嬉しいことです。第1は,臨床心理士の小さな心理臨床活 動が,やがてその企業の社員および職場組織に受け止められ,その2万人規模の企業のメンタルヘルス支援体制に深く寄与できることが証明されたことです。こ のことは,心理臨床活動が市民にとって,安心安全でしかも有効であることを意味していると思います。私が真剣に取り組んだ企業での心理臨床をこの領域の臨 床家に是非共有して頂きたいと願います。
第2は,産業領域での実際では,心理臨床実践のトータルパッケージとでも呼べる力動的な臨床実践を活動できたことを後輩に伝えたいと考えたからです。心理 臨床実践のトータルパッケージとは聞きなれないコトバと思います。後述するように,単に社員への相談の役割に留まらず,職場コンサルテーション,そして職 場の環境調整そして予防や予後対応まで,必要に応じて臨床家が関与できることです。
これまで,私自身医療と教育での実践では,個人や家族へのこころの悩みへの個別的で内面的な治療が主な役割でした。他方リエゾン・コンサルテーションのような他科依頼での比較的教育指導的な業務内容の2つの異なった役割を心理臨床家としては体験していました。
それに対して産業場面では,びっくりしたことに,心理臨床実践のトータルパッケージの活動ができたのです。企業からの依頼要請を取り組み工夫しながら応じ てゆくと,また新たな心理臨床の課題が生み出されて,職場から今度は人事労務から,はたまた医療スタッフから提案され,それに協働するという力動的な展開 が終わりなく進展していったのです。私自身が提案するメンタルヘルスの種々な活動が,十分に受け止められ,かつお役に立てていると実感できるものでした。 これは誠に恵まれた心理臨床経験であったと思います。多くの職場関係者や医療スタッフの皆さまと協働できた貴重な経験と思います。
専修大学への就任まであっという間の20年間でした。気づけば,そこにはカウンセラーとしての社員相談の役割と共に,その企業職場の社員および組織の精神 健康(メンタルヘルス)の組織作りに参画するコミュニティ・コーディネータ機能までも併せ持つ心理臨床家としてサポートされていたのです。
具体的には,以下の3つの機能と役割のトータルパッケージが要請されることになりました。?@実際の社員や組織に不調が生じた時のメンタルヘルス・カウン セリングの実践機能。また職場組織へのコンサルテーションの役割。?A予防対策としての一般社員・新人・管理職研修,人事労務部門研修への企画と実施の役 割。役員への年間2回の報告と提言機能。電話相談・職場訪問の実施とその担当者へのスーパーヴィジョン機能。?B私にとって初めて経験する予後対策への関 与,具体的には復職判定への関与と復職後のフォロー,職場訪問などの役割。もちろん,私が単独で対応するのではなく,産業保健師や産業医と協働して,復職 後の心理教育や家族指導への役割でした。
これらの役割に専務させて頂く過程では,正直に申し上げれば,臨床心理士としての工夫や苦労もありました。これについては,乾(2010)「治療ゼロ期の精神分析」(『精神分析研究』Vol. 54, No.3  日本精神分析学会誌)をご参照願いたいと思います。

本書は以下の4部と「女性相談室から」のコラムによって構成されています。4部の構成は,同上で述べた心理臨床のトータルパッケージの各論となって います。つまり,第?T部「産業における心理臨床の展開」,第?U部「メンタルヘルス・カウンセリングで見たサラリーマン人生の諸相」,第?V部「メンタ ルヘルス・カウンセリングの構造特性と技法」,第?W部「産業心理臨床家の養成」です。なお,「女性相談室から」のコラムは,私の著書『こころの付き合い 方』(1994年,廣済堂出版)から,今日でも通じる「女性と仕事」のさまざまな悩みや関わりを転載し,大幅に書き直し,構成に加えたものです。
本書4部について若干以下に紹介して置きます。
?T部の「産業における心理臨床の展開」では,文字通り心理臨床家が企業でどんな役割や機能を持って,社員と職場組織に貢献しているかを,その歴史的な展望や定義をもとに論じ,「心理臨床の展開」のあらましを以下のように述べました。
職場での心理臨床家の基本的な業務は,精神健康(メンタルヘルス)カウンセリングです。この相談を起点に2つの職場不適応を私は認識しました。特に第2の 職場不適応の検討から,職場に共通する「ストレス要因」や「不適応階層」を見出して,抽出した問題点を「企業社会での予防対策/予後対策」へと展開する過 程に進んでゆきます。それらの心理臨床活動の集積から,やがて産業心理臨床家の役割や位置づけ,そして「学としての産業心理臨床学」の考えを,実践的な事 実から導きだして検討しました。そして3章ではC社(2万人)での具体的な心理臨床の活動の実際を例示しました。
?U部「メンタルヘルス・カウンセリングで見たサラリーマン人生の諸相」では,私たちにとって働くことは,愛することと同様に大切なことであることを,事 例を通して検討できたと思います。昨今は働く形態が変わったとはいえ,今なお25年~30年の長期間,企業組織の一員として仕事に従事することは,いわゆ るサラリーマン人生の生成と発展(挫折)そして栄光(衰退)の歴史をつくってゆきます。
職業人としての社員の歴史は,社員自身の個人史(自己実現や成長)とともに,その時々の経済・社会・政治・文化の変動あるいは職場の経営方針,職場環境や 雰囲気,対人関係などの変化と影響を色濃く受けています。すなわち社員が示す問題点には,この職業人としての歴史に示されるようなさまざまな層構造を有し ています。新人から中高年に至るサラリーマン人生の諸相を描き,社員の問題点の所在と発生の力動的な理解(メカニズム)を明らかにしました。
?V部の「メンタルヘルス・カウンセリングの構造特性と技法」では,近年,企業の職場環境は大幅に変革されています。国内での経済動向からグローバリゼー ション,IT技術革新と世界規模での新たな経済機構の変革で,情報,流通,経済の動きが,それまでより一層加速され,仕事の質や量に変化を与えています。 企業はこれらに対応した,健全経営を目指して努力を積み上げています。しかしながらその努力にもかかわらず,その流れは,職場内の人間関係にも大きく影響 を与えています。
たとえば,コスト削減の施策は,すぐに人材養成にも響き,新人教育への手不足として示され,中途半端な新人の輩出は企業モラルの低下ばかりでなく,新人の 働く希望と意欲をそぎ,結果的に中途退職・転職を促進するもととなっています。一方,即戦力の増強は一見コスト削減に貢献しているかに見えて,かえって成 果主義のみを追求する職場環境を生み出し,結果的には刹那的で即物的な潤いのない職場内人間関係が形成される基盤となり,「うつ」をはじめ種々の職場不適 応状況を出現させる原因ともなりかねません。
このような,企業内の構造特性によって生じてくる不適応にどう対応するか,特に喪失感情体験(職場異動や配置替え,昇進,昇格,降格などによって引き起こ される喪失体験)をmourning workの観点から焦点化する精神分析的心理療法の実際を提出したり,コンサルテーションの実際を例示しました。
?W部「産業心理臨床家の養成」では,産業場面での心理臨床活動を実践するには,多くの人材を輩出することが必要です。そのための教育は何にもまして重要 です。私は,臨床心理士として基礎的な臨床活動の枠組みが十分に備わっていること,さらに望むなら,少なくとも3~5年の精神科関連での臨床経験をもって いることが産業心理臨床家の大前提と考えています。その上で以下の3つの枠組み,?@どんなカウンセリングを準備し使用するか知っていること。?A企業・ 職場の構造特性を十分に理解し心理臨床活動に役立てること。?Bコンサルテーション・リエゾンの知識と実際を応用できることなどを,実践的に是非身につけ て欲しいと願って養成の課題を述べました。なお,14章は心理療法の教育訓練について,現時点での私の考えを養成の参考資料として補足的に加えておきまし た。

以上,あれこれ「まえがき」で述べすぎたきらいがありますが,ともかく産業領域での心理臨床の面白さ,遣り甲斐などが本書を通して十分に読者に喚起されれば幸いです。
また,一般読者の方々は,むしろ?U部からお読み頂き,?V部の10章,12章での各社員の個別的な職業人としての悲喜こもごもの心的世界や,コラムの「女性相談室から」などは,ご自分のサラリーマン体験と結びつきお役に立てると思います。
最後になりましたが,終始変わらず私の心理臨床実践を側面から支援し,本書を含めた「出会いと心理臨床」シリーズの刊行の後ろ盾となって頂いている,遠見書房 山内俊介氏に深く感謝致します。

2011年8月
第30回日本心理臨床学会秋大会を前にして
乾 吉佑


著者略歴

乾 吉佑(いぬい・よしすけ),臨床心理士

東京都出身。1966年 上智大学理工学部卒業,1969年 早稲田大学文学部卒業。1966年より慶應義塾大学医学部精神科入局。武田病院,明治大学学生相談室,赤坂アイ心理臨床センターなどをへて,1997年よ り専修大学文学部心理学科教授。元日本臨床心理士会副会長,国際精神分析学会準会員,精神分析家。

主な編著書:『思 春期・青年期の精神分析的アプローチ』(遠見書房,2009),『〈出会いと心理臨床〉医療心理学実 践の手引き』(2007,金剛出版),『こころのつき合い方』(1994,廣済堂出版),『医療心理臨床』『開業心理臨床』『産業心理臨床』(1993, 星和書店,共編),『心理療法ハンドブック』(2005,創元社,共編),『臨床心理士になるには』(2004,ぺりかん社,編),『心理療法がうまくい くための工夫』(2009,金剛出版,共編)ほか多数

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