働く人びとのこころとケア──介護職・対人援助職のための心理学

働く人びとのこころとケア
介護職・対人援助職のための心理学

日本福祉大学教授 山口智子編

定価2,600円(+税)、192頁、A5判、並製
C3011 ISBN978-4-904536-76-6

新しい産業心理学をひらく

人の役に立ちたい,人を育てたいと思って,専門職を志し,時間と労力をかけて,資格を取得し,職に就いたにもかかわらず,仕事が続けられない状況に追い込まれるのは,なぜなのだろう?

本書は,産業心理学の理論と臨床実践を紹介しながら,人びとが生き生きと働くためには,どのようなことが役立つのかを考えたものです。
人と人とが支援というサービスをする者と受ける者に分かれる「対人援助職」。特に,現代社会では「ケアの外注化」が進み,医療・福祉,介護に対するニーズ が高まり,巨大な産業となっていますが,離職率も高く,うつや燃え尽きなど心理的な問題を抱えることも少なくありません。
こうした課題にどう向かっていけばいいのか。対人支援の現場を中心にした,新しい産業心理学を模索します。

本書の詳しい内容

関連書 乾佳佑著『働く人と組織のためのこころの支援』
    山口智子編『老いのこころと寄り添うこころ』


おもな目次

序 章 キャリアデザインとメンタルヘルス──働くこととケアすること ◆ 山口智子

トピックス ケアと死生学 ◆ 片山善博

第Ⅰ部 産業組織心理学の基礎理論を学ぶ

第1章 職場のストレスと職務満足感 ◆ 松本みゆき

トピックス 職場のストレスの対処方法 ◆ 松本みゆき

第2章 職場のコミュニケーション ◆ 加藤容子

トピックス 対人援助の場における転移関係 ◆ 加藤容子

第3章 キャリア発達 ◆ 金井篤子

トピックス キャリア・カウンセリング ◆ 金井篤子

第4章 ワーク・ライフ・バランス ◆ 富田真紀子

トピックス 育児・介護休業法 ◆ 富田真紀子

第Ⅱ部 働く人びとのメンタルヘルスを考える

第5章 働く人びとのこころの問題──うつ・適応障害・ストレス疾患 ◆ 堀 有伸

トピックス 災害精神医学について――心理学的デブリーフィングからPFAへ ◆ 堀 有伸

第6章 心の健康対策──4つのケアと相談体制作りの工夫 ◆ 茂木七香

トピックス アメリカにおける対人専門職のメンタルヘルスマネジメントについて ◆ 茂木七香

第7章 医療におけるリワークプログラムを通しての復職支援 ◆ 早川 徹

トピックス DV相談における危機管理 ◆ 石田ユミ

第8章 組織のアセスメントとコンサルテーション──「組織臨床」の基本と実践 ◆ 廣川 進

トピックス 自殺防止の心構え ◆ 廣川 進

第Ⅲ部 対人援助職を対象とした心理学研究と実践を理解する

第9章 感情労働,バーンアウト,代理受傷,トラウマケア ◆ 西村もゆ子

トピックス 災害と津波てんでんこ ◆ 西村もゆ子

第10章 児童養護施設の職員を支えるコンサルテーション ◆ 中林恭子

トピックス 文学の中の児童養護施設の職員 ◆ 中林恭子

第11章 介護職のキャリア発達を促す統合的な取り組み ◆ 山本さやこ

トピックス 対人援助職に関わる責任について ◆ 榊原尚之

第12章 対人援助職に役立つ認知行動療法 ◆ 竹田伸也

トピックス 援助者としての理想の自分はどこから生まれるか ◆ 竹田伸也


まえがき

対人援助,人を助けるとはどのようなことでしょうか? あなたは,人を助けることを仕事にしたいと思いますか? 対人援助の仕事には,どのようなやりがいや困難さがあるのでしょうか? どのような対処ができるのでしょうか?
超高齢社会を迎え,高齢者の介護や看護などの必要性は高まり,介護者不足が危惧されています。また,介護職や看護職だけでなく,教師,保育士,ソーシャル ワーカー,心理士など,人を相手にする専門職(対人援助職)として働く人びとの中には,自分自身の仕事にやりがいや魅力を感じているにもかかわらず,過重 な負担から,心身の調子を崩してしまい,働き続けることができなくなり,離職してしまう場合もあります。今,このような対人援助職の燃えつきやうつによる 休職や離職,自殺の問題が社会問題になっています。人の役に立ちたい,人を育てたいと思って,専門職を志し,時間と労力をかけて,資格を取得し,職に就い たにもかかわらず,仕事が続けられない状況に追い込まれるのは,なぜなのでしょうか? 何か工夫できることはないのでしょうか?
本書は,このような問題意識に基づき,人びとが生き生き働くこと,特に,対人援助職として働くことについて,産業組織心理学,精神医学,産業心理臨床の知 見や実践をまとめました。特に,近年,問題になっている,働く人びとのメンタルヘルス対策に重点を置いて,理論や臨床の知を伝えたいと思っています。これ らの内容は,対人援助職として働く自分自身や同僚の状況を理解し,メンタルヘルスの維持,向上に役立つだけでなく,援助の対象となる人やその家族を理解す ることにも役立ちます。さらに,執筆者は皆,臨床実践にかかわっており,理論の紹介を行う章でも,臨床の息づかいを伝えたいと思い,臨床実践で感じている 想いやコツなども書いていただいています。これが本書の特徴です。
読者としては,心理学を専攻する学生,臨床心理士をめざす大学院生,社会福祉士,介護福祉士,教員など対人援助職をめざす学生,すでに,対人援助職として 働いている人を想定しています。実は,徐々に集まってくる原稿を読んでいると,「現場で役に立つんじゃないかな。いい本ができそう」とワクワクしました。 今は,介護現場などの職員研修で,皆で,キャリア発達や職場のストレスなどについて学び,日頃の仕事を振り返り,職務や職場環境を客観視し改善する題材に も使ってもらえればいいなあと思っています。問題意識を共有し,チーム作りに役立てるには,1回限りの研修ではなく,継続研修にした方がよいでしょう。
序章は,超高齢社会を生きる人びとの状況を俯瞰することを目的として,生涯発達心理学の視点から,キャリアデザインとメンタルヘルスについて,働くことと ケアすることを軸にまとめています。家庭や職場でケアする力が育ちにくくなり,対人援助サービスへのニーズが高まり,人びとが対人援助職に求めるケアは過 大な要求になっているのかもしれません。
第1部は「産業組織心理学の基礎理論を学ぶ」です。第1部の目的は,働くことに関する心理学の理論や知識を理解することです。第1章では,職場のストレス について,いくつかの理論を学びます。介護職・対人援助職になろうとする人は,もともと共感性や責任感が強いだけでなく,周囲からもそのようにふるまうこ とを期待されるため,ストレスをかかえやすいことがわかります。第2章は,職場のコミュニケーションとして,職場の人間関係やリーダーシップについて理解 します。対人葛藤が必ずしも悪いものではなく,メンバー間の信頼や目標を共有できている場合は創造性など,ポジティブな成果につながるという知見は,職場 改善において重要です。第3章は,キャリア発達についてです。キャリアにはいくつかの節目があること,メンターとの出会いの重要性,偶然のキャリアについ て理解することができます。第4章は,ワーク・ライフ・バランスです。フランスなどの例を見ると,女性が多様な生き方,働き方ができる環境を整備すること が少子化問題の改善には有効です。そのためには,仕事と家庭生活のバランスを考えることが重要です。また,イクメンの子育て,過労死,仕事と介護の両立 も,ワーク・ライフ・バランスの重要なテーマです。第1部で,これらの知識や理論を学ぶことは,「仕事のうまくいかなさ」や「職場の人間関係の難しさ」を 考えるためのツールになります。
第2部の「働く人びとのメンタルヘルスを考える」では,産業心理臨床の柱となる事柄を紹介します。働く人びとのメンタルヘルスの問題を考えるには,医療機 関や相談機関で行う個人心理療法の知識だけではうまくいきません。そこで,第2部では,「働く=労働負荷がかかる」人びとへの援助として役立つ精神医学的 な知識,厚生労働省の労働者のメンタルヘルス対策,リワーク,組織アセスメントとコンサルテーションを取り上げます。第5章では,こころの問題と働くこ と,励ますことをどのように理解すればよいのかがわかりやすく説明されています。第6章は,心の健康対策です。それぞれの職場は,厚生労働省のメンタルヘ ルス指針をもとに,「心の健康づくり計画」を策定することが求められています。この章では,心の健康対策の概要と「心の健康づくり計画」における配慮や留 意点を理解することができます。第7章のリワーク,第8章の組織のアセスメントとコンサルテーションでは,事例を基に,働く人びとをどのように援助してい くのかを理解することができます。個人のパーソナリティだけでなく,個人の集団場面での行動特徴を援助にどのように活かすことができるのか,組織の文化や 状況をどのように理解し,コンサルテーションを行うのかを理解します。
第3部は「対人援助職を対象とした心理学研究と実践を理解する」です。第9章は,対人援助職を感情労働という視点から理解し,対人援助職に生じやすいバー ンアウトや代理受傷とトラウマケアを取り上げています。第10章は,虐待によるトラウマをかかえる児童が入所している児童養護施設について,その職員の悩 みや問題を明らかにし,コンサルテーションの意義について論じています。第11章は,事業者ができる介護職のキャリア発達を促す取り組みを取り上げまし た。働くことについては,個人の能力,資質,努力だけでは改善できない要素が多く,国の政策や制度,事業者の施設運営の視点から,対人援助職のメンタルヘ ルスやキャリア発達を考えることは重要です。第12章は,近年,さまざまな領域で活用されている認知行動療法を取り上げています。認知行動療法の考え方 は,援助対象者の理解やセルフケアに役立ちます。小さな失敗で自信をなくして,意欲が低下していませんか? 対人援助職はストレスがかかりやすい職種であ り,セルフケアは重要です。セルフケアとして,認知行動療法は役立つと思います。
また,トピックスでは,災害やリスクマネジメントに関連するものを多く掲載しました。また,哲学,法学,精神医学の立場からもご執筆していただきました。是非,読んでいただきたいと思います。
そして,すべての章は,執筆者が臨床実践から得た,配慮,留意点など,臨床実践に役立ち,かつ,自分自身のセルフケアや同僚のサポートにも役立つコツがち りばめられています。何か一つでも,あなたに役立つコツを見つけていただければ幸いです(一度に,多くのコツを見つけようと頑張りすぎないようにしてくだ さい)。
最後に,出版にあたり,執筆を快諾してくださった皆様と企画から出版にいたるまで支えてくださった遠見書房の山内俊介氏に感謝します。

2014年8月 山口智子


編者略歴・執筆者一覧

編者略歴
山口智子(やまぐち・さとこ)
広島県尾道市生まれ。名古屋大学大学院教育学研究科発達臨床学専攻博士課程単位取得満期退学。現在,日本福祉大学社会福祉学部教授。博士(教育学)。臨床心理士。

主な著書
『人生の語りの発達臨床心理』(単著,ナカニシヤ出版,2004年)
『老いのこころと寄り添うこころ─介護職・対人援助職のための心理学』(編著,遠見書房,2012年)
『はじめての質的研究―事例から学ぶ(生涯発達編)』(共著,東京図書,2007年)
『ナラティヴと心理療法』(共著,金剛出版,2008年)など。

執筆者
序章 山口 智子(日本福祉大学社会福祉学部)*編者
1章 松本みゆき(名古屋大学評価企画室)
2章 加藤 容子(椙山女学園大学人間関係学部)
3章 金井 篤子(名古屋大学大学院教育発達科学研究科)
4章 富田真紀子(独立行政法人国立長寿医療研究センター・独立行政法人日本学術振興会
特別研究員PD)
5章 堀  有伸(雲雀ヶ丘病院/NPO法人みんなのとなり組)
6章 茂木 七香(Augustana College Department of Asian Studies[オーガスタナ大学アジ
ア学部])
7章 早川  徹(衣ヶ原病院・みよしメンタルクリニック)
8章 廣川  進(大正大学人間学部)
9章 西村もゆ子(臨床心理士[ベルギー在住])
10章 中林 恭子(愛知みずほ大学人間科学部)
11章 山本さやこ(社会福祉法人サンライフ/社会福祉法人サン・ビジョン)
12章 竹田 伸也(鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学専攻)

トピックス執筆者
片山善博(日本福祉大学・哲学)
石田ユミ(金城学院大学・臨床心理士)
榊原尚之(弁護士法人アール総合法律事務所・弁護士)

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