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『ナラティヴ,あるいは コラボレイティヴな臨床実践をめざすセラピストのために』

(開業セラピスト,臨床心理士)高橋規子×(駒澤大学教授)八巻 秀 著

定価3,400円(+税)、240頁、A5版、並製
C3011 ISBN978-4-904536-27-8

一流のセラピストのセラピーを体験する

セラピーとは,どういう営為なのだろうか? クライエントと会話をしながら,一流のセラピストは何を考え,感じているのだろうか?
本書は,ナラティヴ・セラピスト 高橋規子のセラピー(初回面接)のVTRを見ながら,高橋規子と八巻秀が,その細かい介入技法から,セラピー中の思考・感情,ナラティヴ・アプローチの方 法論,背景にある思想,セラピーそのものの本質などについて,さまざまに語り合ったものである。
ナラティヴ・アプローチに詰まっている知恵は,多くのセラピー技法に普遍的な考え方であり,実践である。本書は,ナラティヴ・セラピストだけでなく,他のすべてのセラピストたちにとって,重要な一冊となるだろう。

本書の詳しい内容


おもな目次

はじめににかえて──ここにいたるまでの物語
 ナラティヴ以前――家族療法,ブリーフセラピー,システムズアプローチ
Not-Knowing──立ちはだかるコラボレイティヴ・アプローチ
ワークショップ「前夜」
何をどうダメ出しすべきか?
謝辞

ワークショップ・パート1──ナラティヴ・セラピーを知る
 困りごとの周辺を聞く
困りごとの焦点を見つける
質問の仕方について心がけていること
相手の話の続きを語ることで困りごとの現実構成を習得する
折り返し地点
今後の方針を探る
セラピスト,「外在化」のアイデアを語る
クライエント,「再著述」の効果を語る
外在化を推し進める
外在化の工夫――視覚化しよう
「焦り撃退生活」のすすめ
参加者からのフィードバック
ナラティヴ的とは――洞窟の比喩

ワークショップ・パート2──外在化を生かすアプローチ
 はじめに
イントロダクション
来談の経緯を聞く
面接のやり方で以前のケースとの違いはある?
困りごとのストーリーを聞く
困りごと解決の方向性を見定める
外在頭で非現実の側にパワーを与えよう
「現状変更」言説をオルタナティヴ・ストーリーに育てる
ポストモダンの文法──言説は本来対等である
「別居計画のすすめ」――提案がヒットする
2人でストーリーを育てる
外在化と外在文化の違い
新しいストーリーに導く
「束縛の中にも自由を」
参加者からのフィードバック
面接のしめ方――人生全体の記述をして終わる
セラピーは政治的行為である
外在文化にいるためにはどうしたらいいの?
ナラティヴ文化にもいろいろある
セラピストが外在文化にいるメリット
これからナラティヴを学ぶ人へ
ナラティヴ・アプローチを用いるときの指標
実際のセラピーで技法を選ぶときの基準
共同研究――ナラティヴ全般の課題

ワークショップ・アペンディックス──コラボレイティヴ・アプローチを知りたいひとのために
 イントロダクション
情報収集は文脈を共有できるように
困りごとの探索──ショックの文脈を探る
困りごとの探索続き――リソース探しではなくナラティヴの状況を探る
涙のわけを問わなかったわけ
スケーリング・クエスチョン
苦しみの状況が明確になる
質問する内容はどのような基準で決めているのか
涙のわけを聞かなかったわけ(補足)
キーワード「1人に備える」
質問の工夫──質問の抽象度を下げすぎない
涙のわけをきく
クライアントの気持ちを聞く
ネーミングを共有する
脱孤軍奮闘――人とのつながりを模索する
今後の方針──共同研究
ロールプレイを振り返って──ナラティヴは社会運動?!

おわりにかえて──外在文化人の広がり


はじめににかえて──ここにいたるまでの物語


ナラティヴ以前――家族療法,ブリーフセラピー,システムズアプローチ

私が「ナラティヴ・セラピー」というものの存在を知ったのは1993年頃のことだと思う。そのころ私は民間相談所の心理士として勤めていて,家族療法の学習に精を出していた。当時家族療法は現在よりもっとマイナーで日本語で読める著書も限られていたが,私の勤務先を訪れる来談者は子のひきこもりや不登校に 悩む両親が多く,当時ひきこもりや不登校もまた,現在よりずっと社会的認知度が低かったためどこにどう相談したものやらという段階から非常に悩まなければ ならず,疲労困憊した状態で来談されることがよくあった。しかもひきこもりや不登校の当事者は家から出にくいこと,対人過敏状態であること,未成年者が多 いことなどのために両親のみで来談するか,母親が子を連れて来談することが圧倒的であった。そのため複数人の来談者が同席した形態(以下複数人面接と呼ぶ)で面接をおこなうことが多く,そこでは当時心理療法の主流であった個人面接(来談者と面接者が一対一でおこなう形態)における面接者の所作振る舞いを していては立ち行かない場面が頻繁に生じた。例えば,子に対して異なる意見を持つ両親が来談した場合,面接者が母親の話を傾聴するうちに父親が怒り出し, 父親の話を傾聴するうちに母親が怒り出し,板ばさみとなった面接者の態度に両親双方が怒り出し,面接が継続不能になることなどは典型例と言えるだろう。当時個人面接の所作しか知らなかった私はしばしばこのような展開をしてしまい,複数人面接における所作振る舞いを学習する必要性を痛感したのである。
そんなわけで家族療法の学習に精を出す私の耳に,やがてブリーフセラピーというものの情報が入ってきた。1980年代に家族療法が日本に輸入された際もそ うであったと聞いているが,(吉川,2006)このときも「ブリーフセラピー」と称される,しかしその実雑多な方法論(宮田,1994)の情報が未整理の まま一斉に耳に入ってきたために,それらの差異を分別整理しながら学習することは私には困難であった。その中に「物語モデル」という一領域が含まれてお り,それは『物語としての家族』(White, M. & Epston, D. , 1990)の著者名をとって「ホワイト=エプストン・モデル」とも呼ばれていた。つまりは「ブリーフセラピーの一種」という理解が,私の「ナラティヴ・セ ラピー」に対する最初の認識だったことになる。日本におけるブリーフセラピーの普及活動はほどなく「解決志向アプローチ」(宮田,1997)という一領域 が突出するかたちで進行するようになった。当時の「解決志向アプローチ」はごく簡便な解決志向的質問を繰り出すことで短期間のうちに有効な面接が展開でき るという手軽さが売りで,一部の心理士や教育関係者などによって全国的に広まり,ブリーフセラピーとは技法主体であり方法論に特徴があるものというイメー ジの定着に一役買ったと思われる。そういった「ブリーフセラピー」の文脈の中に位置づけられた「物語モデル」は,外在化技法主体であり「ドミナント・ス トーリー」を書き換える方法論に特徴があるものとして理解されていたと思う。実際私はそのように理解していた。
ともあれブリーフセラピーを学び出した私は,家族療法の学習によって身につけはじめた複数人対応の所作振る舞いに加えて,各種ブリーフセラピーのさまざま な「技法」を使用することにより,短期で効果的に終結する面接を志すこととなった。「解決志向的質問」と「外在化」は私にとって同じように「ブリーフセラ ピーの技法のひとつ」であったため,同時に使用することにも何の疑問も持たなかった。「本人に内在すると考えられている事柄に名前をつけて対象化する」と いう「外在化技法」はそれなりに効果もあったし,使い勝手もよかったと思う。特に未成年の当事者たちは楽しんで取り組んでくれたし,私も満足だった。た だ,ホワイトやエプストンの言う「ストーリーが書き換えられる」という意味は腑に落ちてはいなかった。しかし当時の私には,それはたいして重要なことでは なく,「物語モデル」はその輪郭がはっきりしないまま,私の意識の中ではブリーフセラピーの雑多な技法群のなかに紛れていった。
その後私は心理相談室を独立開業し,時間ができたことを機にシステムズアプローチの修行に精を出すことになった。家族療法とシステムズアプローチはイコー ルではなく,重なるところもあるが差異もある。1996年時点での大きな違いは,家族療法が「家族システム」を治療対象としてみることに対して,システム ズアプローチは「治療システム」を治療対象としてみることであったと思う(吉川,1993)。「治療システム」とは面接者自身を含むシステムであるので, 例えば面接者は面接中の自分自身を,来談家族同様,面接を構成する一員としてその言動を常にモニタリングする必要がある。したがって面接者は仮想的に鳥瞰 的観点(メタポジションと呼ばれる)を確保し,自分自身を含む複数人の相互作用を見立てながら,自分自身の言動を変化させることを通じて「治療システム」 全体の変化を意図する。それが結果的に「家族システム」に変化をもたらし,治療成果が得られるものと考える(吉川,1993)。この修行に励むということ はすなわち,自らの立ち居振る舞いを逐一意識化することを含んでおり,最終的には脳で感知したことがらが瞬時に言語選択や身体の動きに反映されるような回 路を形成することが目標となる。その結果として面接者は,自分自身を含む面接場面を治療的に制御することが可能になる。
制御ということがらについて言えば,家族療法は当初から,心理療法界の「主流派」たる個人療法から「操作的である」といった批判を受け続けてきた経緯があ る(楢林,2003b)。家族療法の立場からすれば,言ってみれば「複数人面接仕様」の認識論と方法論が「単数人仕様」のそれらと異なるのは至極当然であ る。そして「複数人面接」では上に例示したような来談者同士の対立等により面接継続が不能になる可能性が常にあり,面接継続の不能は治療的な成果として考 えにくいことから,徒な対立等の激化が生じないような,あるいは生じた対立等を治療的に活用するような道筋を考慮するのが家族療法での基本動作となる。そ のため家族療法にとっては操作的であることは面接者として必須の技量であり,それはあくまでも「治療的な操作」であって,個人療法における「操作」の意味 合いと同様に考えてもらっては困るといった事情を主張してきたものと思う。システムズアプローチではこの事情に関してもっと踏み込み,語用論や語彙論の観 点から「人のコミュニケーション活動とは基本的に操作的である」「心理療法という行為が治療者の意図を前提とする以上,個人療法であっても操作的であるこ とをまぬがれるものではない」という見解を示し,その上で「来談者にとってより負担のない操作であることが必要」としている(吉川,1993)。しかしそ の後も制御の問題が家族療法から消失することはなく,1980年代に米国で生じた家族会による家族療法バッシング運動(楢林,2003a)などを契機とし て家族療法はその認識論を,システム論から社会構成主義へと転回することとなった。
この件については後述することとして,私の事情に戻すが,システムズアプローチ修行中の私はすなわち「来談者にとってより負担のない操作」を実施できるよ うに自らの言動を逐一意識化し,自らの制御下に置くための訓練に励んでいたということができる。私にとってそれこそがプロの仕事であり,それでこそ,決し て安くない面接料金を頂戴するに値する心理士であると感じていた。つまりは「ブリーフセラピー」よりも「システムズアプローチ」に心理士の理想を見たので あり,自らの目標とし,アイデンティティとして採用したといえるだろう。そのため「物語モデル」はより一層,私の関心事から遠ざかっていった。しかしシス テムズアプローチが家族療法と同様,システム論をその認識論的基盤とする以上,家族療法の動向と無関係ではいられない。前述した家族療法の認識論的転回の 件は,1997年頃「リン・ホフマンがセカンド・オーダー サイバネティクスなる概念を提唱している」という情報として私の耳に入ってきた。ホフマンという人は家族療法の認識論的オピニオンリーダーのような重要人 物である。彼女の命名するところのファースト・オーダー サイバネティクス,すなわち家族療法がこれまで基盤としてきた認識論は,面接者の客観性を前提としている。しかし面接者は実際には客観的な立場を取ること ができない。つまりは認識論と実践が乖離しており,実践に即した認識論に変更する必要がある,といったことから来るべきセカンド・オーダーのサイバネティ クスとして「1.Observing systemのスタンスを取り,治療者自身のコンテクストをも含むこと。2.治療者-来談者関係はヒエラルキー構造であるよりも,共同的であること。3. ゴールには変化を起こすことではなく,変化のためのコンテクストを設定することに力点を置く。4.操作的でありすぎないような方法をとる。5.問題の円環 的な評価をおこなう。6.来談者に対する非難的でも判定的でもない見方をする」との論を展開した(Hoffman, 1985)。「1.Observing systemのスタンスを取り,治療者自身のコンテクストをも含むこと」について私は,今まさに修行中のシステムズアプローチにおける「治療システムを治 療対象とする」「来談者にとってより負担の少なくかつ治療的に有効と思われる制御をおこなう」こととほぼ同意として理解し,「システムズアプローチもつい に家族療法の主流になる日が来たか」と我が意を得た心持ちになっていたものだ。しかしそれは早計であったことをほどなく知ることになる。

Not-Knowing──立ちはだかるコラボレイティヴ・アプローチ

家族療法がその基盤とする認識論をシステム論から他に求め,構造主義やオートポイエーシス等の試用を経て社会構成主義に落ち着きどころを見出したことを, 私は『ナラティヴ・セラピー─社会構成主義の実践(McNamee&Gergen, 1992)』の中の「家族療法のための再帰的視点(Hoffman)」によってはっきりと知った。そしてやはり同書に寄せられている「クライアントこそ専 門家である」(Anderson & Goolishian)によって,「Not-Knowing」なる「スタンス」がセラピストの新たな専門性として提示されていることに直面させられる事態 となってしまった。その少し前に,社会構成主義による新たなセラピーのありかたとして,ホワイトとエプストンによる「ナラティヴ・セラピー」,グーリシャ ンとアンダーソンによる「コラボレイティヴ・アプローチ」,アンデルセンによる「リフレクティング・チーム」が挙げられており,これらが総じて「ナラティ ヴ・セラピー」と呼ばれる現状であるという情報を耳にしてはいた。しかし,私は,なぜ,こんなところにホワイトとエプストンが出てくるのかといぶかり(前 述したように私の中ではすっかりブリーフセラピーの一種として整理されていたので),「Not-Knowing」などという曖昧模糊とした「スタンス」で は面接料金を頂戴するわけにはいかないと憤り,リフレクティング・チームのような人件費のかかる面接は現実的ではないと考えるばかりで,要するにそれらの 価値を認めず頭の隅に追いやる一群として片付けようとしていた。しかし周囲の諸先輩方からホフマンやガーゲン(Gergen, K. J., 1994)等を読むように諭され,渋々紐解いてみるだに,これは無視するわけにはいかないらしいと腹をくくる羽目になった。そんなふうにして無理やり直面 させられた腹立ちのせいかもしれないが,私はどうせ取り組むなら最もラディカルそうなコラボレイティヴ・アプローチから手をつけようと考えた。コラボレイ ティヴ・アプローチ(Anderson, 1997)では「スタンス」のみが示され,方法論はほとんど提示されていないと言ってよい。ホワイトらのアプローチには「外在化」,アンデルセンでは「リ フレクティング・チーム」(Andersen, 1991)といった明確な方法論が提示されていることに比して,社会構成主義から導き出される「スタンス」のみを手がかりとして面接を実践していくグーリ シャンらのアプローチはいかにもラディカルに思えたのである。それだけに,その所作振る舞いを身につけるには大変な困難が伴うであろうことも予測された。
予測に違わず,その後私は四六時中社会構成主義について考え続ける生活を送ることになる。「システムズアプローチ仕様」になっている頭と身体を,全く異な る認識論の実践仕様に組み替えていくには,日常生活レベルでのものごとの捉え方からしてチェックする必要があった。「人々の相互作用の連鎖をシステムとみ なすことができる」という認識論から見えてくるものごとと,「人は人々の中で社会構成され続ける存在である」という認識論から見えてくるものごとでは同じ 現象についてであっても大きく異なる。とにかく何事も「ものごとは人々の中で社会構成された言説によって構成され続けるのである」という目つきで眺めるこ とを課題とした。その間,私の主たる業務である心理面接の調子が非常に乱れたことはいうまでもない。それでもめげずに続けるうちに,私なりのコツのような ものがつかめてくる気がしてきた(高橋,1999, 2002, 2007)。それらを学会等の機会にしばしば発表するうち,私はいつの間にかシステムズアプローチではなくナラティヴ・アプローチ(野口,2002)領域 の心理士としてみなされることが多くなった。「人は人々の中で社会構成され続ける」とはよく言ったもので,そうなってくると私もますますその気になり,一 度は「ブリーフセラピーの一種」として整理してしまったホワイトらの「ナラティヴ・セラピー」の再学習に取り組むようになった。「社会構成主義」という目 つきで『物語と家族』を再読し,さらに関連著書を読み進むうちに,「外在化」とはその対象になったものごとの影響力を描写し「外在物に影響されてきた当事 者の人生」をストーリー立てるための「仕掛け」であるという理解が生じてきた。そうすると「ナラティヴ・セラピー」の重点は「外在化」というよりそれに引 き続いてなされる「影響の相対化質問」(White, M. & Epston, D., 1990)の方にあると考えた方がよさそうである。さらに,「リ・メンバリング」(White, 1997)や「定義的祝祭」(White, 1997)を学習してみると,「ナラティヴ・セラピー」の目指すところは「オルタナティヴ・ストーリーの分厚い記述」(White, 1997; Russell, S., Carey, M., 2004)にあるようだと理解するようになり,ここで初めて「ナラティヴ・セラピー」が社会構成主義の領域にあることを納得することができた。

ワークショップ「前夜」

この段階でひとつ生じた問題といえば,私の日頃の心理面接が「システムズアプローチ」「コラボレイティヴ・アプローチ」「ナラティヴ・セラピー」のちゃん ぽんになってきたということであるが,来談者の立場からすれば来談の目的が達成されさえすれば,面接者がどのアプローチをとるのか自体はさして重要な事柄 ではなかろうという考えから,私自身はたいして問題視してはいなかった。しかし同業者から「システムズアプローチとコラボレイティヴをどう使い分けている のか」などと尋ねられて返事に窮する自分自身をしだいに問題視するようになり,「社会構成主義を標榜するからにはしっかり分別できなければなるまい」と考 えつつも,その煩雑さを思っては先送りにする事態となった。
いくつかの心理療法的アプローチに通じた面接者であれば誰でもそうなのではないかと想像するが,面接の事前あるいは開始時から,「今回はこのアプローチで 行こう」と考えていることは滅多にない。来談者と会ってみて,話をするうちに,言ってみれば手持ちの道具と相談してよさそうかなと思える筋道を選んでいく のが通常である。ただし修行中の身であれば事前からそのアプローチを採用する気で面接に臨むのがまた通常であろう。私の場合,「修行中の通常」と「通常の 通常」が入り混じったようなおかしな状態が生じており,例えば面接当初なんとなく「システム」としてものごとを捉えていたものが,気がつくと「言説」を重 視しながら話を進めていて,終いには「外在化」によって「オルタナティヴ・ストーリー」の記述を促す,ような進行をあまり違和感なくおこなっていた。面接 実践だけのことを考えれば特に支障はないのであるが,「社会構成主義の実践とは~」などと語る立場をとるとなると,また話は別であった。
そんな折に,このワークショップの計画が立ち上がった。私にとっては長いこと先送りにしてきた問題に直面せざるをえない機会である。なにしろワークショッ プのために面接をビデオ録りすることになる。しかも社会構成主義で進行した面接を。できれば,システムズアプローチとの差異が見ていてわかるような進行が 望ましい。さらに,「ナラティヴってなんだろう」ということが知りたくて参加されるであろう方々にとって腑に落ちる結果がついてくるような進行でなけれ ば,ワークショップの意義がなくなる。そんなふうに考え詰めるとなおさら,先送りしてきた問題が重くのしかかる。とにかく今の私が自由に面接してはワーク ショップの材料にならないことは明白だ。「システムズアプローチ」や「ブリーフセラピー」に転んでいかないように,相当な縛りをかけなければならない。そ もそもそんな状態の私が「ナラティヴ・セラピー」を標榜し,ワークショップを開催する資格などあるのか。ワークショップそのものを先送りにすべきではない のか。などと悩んだ末,私はこの機会を「外圧」として先送り問題にケリをつけるべきであるとの結論に至った。そのため同業関係者に声をかけ,できるだけ多 くのクライアント役ボランティアを募った。「修行中の通常」の意識をもって,短期間のうちに連続的に面接を重ねることにより,先送り問題にケリをつける糸 口が見えてくるのではないかと考えたのである。

コ ラボレイティヴにせよナラティヴにせよ,特に「複数人面接仕様」というわけではないから今回のワークショップ用のビデオの来談者はとりあえず1人 ということになった。しかし来談者が1人であっても,面接者と来談者を取り巻く不可視の領域に「システム」を見るのが「システムズアプローチ」の所作振る 舞いである。すでに自動的に作動するようになっているこの所作振る舞いを,私はまず遠ざける必要があった。さもなければなだれ込むように「システムズアプ ローチ」の進行になってしまい,ワークショップの材料にはならない。そのため私は録画面接の開始5分程度の段階で,何が「ダメ」な進行で,何が「ダメでな い」進行なのかを自分で分別する必要にかられた。ただし,せっかく時間をとって協力してくれるクライアント役ボランティアに無駄足を踏ませてよいというも のでもない。そのため,録画活動を始める前に自分なりに「ダメ」と「ダメでない」の判断基準をある程度は明確にしておくべきである,と考えた。そこで,私 はしばらくの間,頭の中でこんなふうなシミュレーション活動にいそしんでみることにした。

何をどうダメ出しすべきか?

例えば32歳の男性がうつ状態を呈して神経科クリニックを受診し,主治医からカウンセリングを勧められて当所に来談したとする。

バージョン1
Th 1「こんにちは。今日はどんなご相談でおいでですか」
Cl 1「朝起きられなくなってしまいまして……会社に行くと思うと気が重くて……」
Th 2「なにかきっかけがあったんですか」
Cl 2「実は昇進試験に落ちてしまいまして……上司には太鼓判を押されていたのですが,何が悪かったのか……上司に聞いても教えてくれませんし……」
Th 3「そうですか……どんなお仕事なんですか」
Cl 3「メーカーの経理関係なんですが,配属になって3年目から5年目の社員で課長推薦があると,係長昇進の試験を受けられるんですね。私は5年目なので……ラストチャンスということで……」
Th 4「それはショックでしたね……落ちたことだけでなくて,なぜかわからないことでよけい気が重くなっていますか」
Cl 4「それもあるんですけど,会社のひとの視線がしんどくて……」
Th 5「何人くらいいらっしゃるんですか」
Cl 5「今うちの部署は12人くらいですかね……直接仕事に関わるのは5人くらいですけど」
Th 6「どういう方々ですか」
Cl 6「事務の女性がひとりと,後輩がふたり,あとは先輩の係長がひとりです」
Th 7「その方々の視線がしんどい? どんな感じなんですか?」
Cl 7「課長も太鼓判押してくれたということで,盛大に前祝までして送り出してもらった挙句に落ちたということで……冷たいというかしらけたというか,そんな感じなんですよね……事務の女性なんか,ばかにした態度で命令してきますし……」
Th 8「へええ,どんなふうなんですか」
Cl 8「これまでどおり仕事を頼むと,ハア? とか言ってきて,そんなのお前の仕事だろ,とか……万年ヒラけってーい! とか言われて……」
Th 9「それはひどいですね……他の方はそういうときどうしているんですか」
Cl 9「後輩は薄笑いだし,係長は見て見ぬ振りですね……もう身の置き所がなくて……」

私 の場合,こんな具合に進行するとすればすでに「システムズアプローチ」が自動作動を開始しているのである。今回は,これでは「ダメ」だ。ちなみに Th 4やTh 9のような発話は「ジョイニング」(東,1993;吉川,1993)のための「先行共感」としてシステムズアプローチでは励行される。しかし社会構成主義 で展開するのであれば,「先行共感」はあまり有益ではないというのが私の見解だ。「先行共感」することによって,来談者とは異なる面接者の「言説」を織り 合わせる機会を逃すことになる。

バージョン2
Th 1「こんにちは。今日はどんなご相談でおいでですか」
Cl 1「朝起きられなくなってしまいまして……会社に行くと思うと気が重くて……」
Th 2「なにかきっかけがあったんですか」
Cl 2「実は昇進試験に落ちてしまいまして……上司には太鼓判を押されていたのですが,何が悪かったのか……上司に聞いても教えてくれませんし……」
Th 3「上司に理由を聞かれたんですか。それはすごいことではありませんか?」
Cl 3「私も切羽詰っていまして……それこそ捨て身の覚悟くらいの気持ちになってしまって……」
Th 4「切羽詰るとおっしゃいますと?」
Cl 4「ウチは配属3年目から5年目の社員は課長推薦があると,係長昇進の試験を受けられるんですね。私は5年目なので……ラストチャンスということで……」
Th 5「なるほど……ラストチャンスを逃すと,どうなるものなんですか」
Cl 5「もう,万年ヒラ決定みたいなもんですね……今の部署で後輩に追い越されるか,他部署に移動といっても経理くらいしか能がないですし……3年5年がんばっても課長推薦を受けられるまでになるかどうか……」
Th 6「万年平社員となると……」
Cl 6「いずれはリストラの対象でしょうね……これから転職といってもこのご時世ですし……」
Th 7「リストラですか……リストラされたお知り合いとか,いらっしゃいますか?」
Cl 7「いないことはないですが……」
Th 8「その後ご連絡とかは」
Cl 8「いやーしてないです。なんと言っていいかわからなくて」
Th 9「とおっしゃいますと」
Cl 9「ろくな目に会ってないだろうなーとか,なぐさめたものやらどうかもわからないし……自分の今後を見るようでつらくなったら……とか考えてしまいまして」
Th 10「なにかと悲惨なイメージがおありってことでしょうか」
Cl 10「それはそうですよーテレビやなんかでも悲惨な話しか聞きませんし」
Th 11「悲惨な話しかないですか──」
Cl 11「ないことはないんでしょうけど,探せば。でもそれはごく一部の人の話であって,たいがいの人はねえ」
Th 12「たいがいの人の方に入るもんだと,ご自身のことを見てらっしゃいますか」
Cl 12「そりゃねえ,入りたくはないですけどねえ,できれば」

こ れなら「ダメでない」のではないか? 不可視の「システム」を見ようとする自動作動の代わりに,「彼が直前に言ったことから面接者の次の質問が浮 かびそれを発話する」ことを繰りかえす。それを通じて彼を構成し続ける「言説」を話題とし,面接者を構成し続ける「言説」と織り合わせる(高 橋,2001)ことによって新たな「言説」を構成し続ける。このような展開になれば,「コラボレイティヴ・アプローチ」として提示しても問題ないのではな いか? 話を進めるうちに例えば「自信がない」とか「劣等感」など「外在化」できそうなことがらが語られれば,ホワイト流に切り替えてもよいだろうし。社 会構成主義領域での面接展開ができれば「ダメでない」のだからそれもありだろう(と考えていた,このときは。これがまた早計であったことが今後ワーク ショップの開催を通じて明らかになる)。
こんなふうなかんじでさまざまなバージョンをシミュレートしながら,「ダメ」と「ダメでない」の分別イメージを自分なりに明確にしていきつつ,録画活動を 開始した。それでも「システムズアプローチ」や「ブリーフセラピー」に転んでしまう展開が何事例か続き,焦りを感じながら取り組んだ事例が,たまたま録画 状態も良好であったためワークショップの材料として採用されることになった。

そしてワークショップ第1日目を迎え,私は参加者からお金をいただいているのに,自分が焦っている姿をお見せするしかないことがしのびなく,かなり落ちこんでいた。

謝   辞

本書のメインは,ワークショップの記録です。ただ,本にするために開催したワークショップの記録であるところが,ちょっと珍しいかもしれません。なぜそん なことになったかというと,自分の臨床実践を頭の中で再構成して直接文章に変換していくという作業が私には困難であったという事情のためでした。私が思う に臨床実践とは運動(身体を動かすこと)の一種であり,身体を動かすことで言葉が生まれ,生まれた言葉が身体を動かす,の繰り返しです。なので動きのない ところに言葉は生まれてこない。従って頭だけを働かせて文章を書くことはできない。というわけでワークショップを通じて動きながら言葉を生み出してみま しょうということになりました。
このような手間隙のかかる作成プロセスを自らご提案くださった遠見書房の山内俊介さん,読み手に望まれる言葉を生み出すための対話相手をご快諾くださった 共著者 八巻秀さん,そもそも本を書くようにと強く勧めてくださった臨床家 中野真也さんや私の試行錯誤ロールプレイにおつきあいくださった臨床家 川越友美子さん,安江高子さんをはじめとする多くの関係者各位,そして私の臨床実践を絶えず研鑽へと導いてくださった来談者の方々に深く感謝いたします。 また,私をナラティヴ・アプローチに引き合わせてくださった師匠 吉川悟先生に,この場をお借りしてお礼申し上げたいと思います。
私はコラボレイティヴ・アプローチやナラティヴ・セラピーのオーソリティではありません。ハーレーンやマイケルの元で学んだこともなく,学習材料のほとん どは彼らの邦訳書と,周囲の方々からのコメントです。それらをてがかりとしながら,手探りで進めてきた実践ですから,ロールプレイとはいってもそのプロセ スをこのように公開することは後ろめたく,またお読みになった方はがっかりされるかもしれません。それでも周囲に励まされて生まれ出た言葉と動きは,私に とってある種の「真実」を含むかのような強靭さをもって表れ出たように感じています。うまくお伝えできる仕上がりになっていればよいのですが。危惧しつ つ。

(2011年8月,高橋規子)


あとがき

ここまでお読みいただいた読者の方に,心から感謝の意をお伝えしたい。
この本の最初の部分では認識レベルの変更も含めた「ここにいたるまでの物語」を,そしてワークショップ・アペンディックスの後の部分では「外在文化人」と しての「おわりにかえて」を,高橋さんが書いてくださっているが,この本の最後の部分になるここでは,「本を完成するにいたるまでの物語」や「セラピスト 高橋規子像」などについて,八巻が担当して綴ってみたいと思う。

ワークショップ以前──2人の会話から3人の会話へ,そしてワークショップへ

この本の土台であるナラティヴ・ワークショップを実施するに至った経緯を描くために,まずは個人的な思い出から書かせていただくことをお許し願いたい。
私が高橋さんと出会ったのは,今から13年以上前の東豊先生(神戸松蔭学院大学)によるシステムズアプローチのワークショップであったと記憶している。そ の当時,高橋さんは,ワークショップの一参加者として,自ら事例提供をされていたが,私と同世代の若手(当時)であったにもかかわらず,その臨床事例の展 開のあざやかさに,まさに「グーの音も出なかった」と記憶している。
「この見事な臨床は何なんだ? 同世代なのに,何でそのような臨床ができるのだろう? セラピスト高橋規子とは何者?」などという疑問が,当時の私の頭の中を次々とよぎったのを覚えている。
その後,偶然にも高橋さんと同じ職場で働く機会に恵まれ,少しずつ話をする時間が持てるようになった。2000年前後のことである。雑談から次第に臨床に ついても話すようになり,私は,高橋さんから「その切れ味の良い臨床は,どのようにしてできるのか?」ということを,何とか聞き出そうとしていたが,当時 の私の質問力・理解力では,残念ながらそれを聞き出し理解するところまでいかなかったようである。その後,読者の皆さんもご存じのように,高橋さんは日本 家族研究・家族療法学会を中心に,ナラティヴ・セラピストかつその論客として,名をはせることになっていく。
2001年に,私は東京から秋田に職場を移すことになるが,高橋さんとはいくつかの学会などで会って話をしたり,秋田での研究会のワークショップ講師とし てお呼びしたりと,交流は続いていた。特に秋田でのワークショップでは,初めて見る高橋さんによるロールプレイのデモンストレーションと,その後のロール プレイの解説を見聞きし,自らセラピストとしての所作・振る舞いについて,ここまで意識・観察して,それを分かりやすく言語化できるものなのかと,またま たグーの音が出ない感覚を持った。そして,再び立ち上がってきた疑問は

「いったいこの人の頭の中身は,どうなっているのか?」

と いうものであった。次第に私の関心は,高橋さんの臨床感覚・臨床能力だけでなく,その認識・ものの見方にも及ぶようになった。そのことは同時に, 当時彼女が精力的に取り組んでいたグーリシャンのコラボレイティヴ・アプローチについて,私もまた勉強し始めることにつながっていく。
2006年に,私は秋田から東京へ戻り,自らの心理臨床オフィスを開業することとなった。そのオフィスの場所として選んだ所が,偶然にも高橋さんが開業し ている場所と電車で15分あまり,というご近所仲間の同業者となり,ケースなどを中心に,いろいろな協力体制をとったり,たまに打ち合わせと称して会食す る機会をもつようになっていった。
その頃から,元々高橋さんの知り合いであった編集人の山内俊介さん(現,遠見書房社長。この本の編集者でもある)も加わり,3人で会食する機会が,年に数 回もたれるようになった。その会は立川市で蕎麦を食うことが多く「立蕎麦(たちそば)の会」と呼ばれるようになる。3人は何かと気が合い,集まると不思議 にさまざまな話で盛り上がる会になっていった。
その立蕎麦の会では,しばしば3人で心理臨床の本を作る話題にもなり,高橋さんのあざやかな切れ味鋭い臨床を何とか本で描けないかと,私は高橋さんを何度か口説いてみたが,当の本人は
「本を書くのは苦手。たとえ書いたとしても,難しい本では売れないだろうし,わかりやすい文章にすると,大事なエッセンスが吹っ飛んでわかったかのような誤解を与えてしまうという危惧がある」
などと自分の臨床の本を書くということについては,(高橋さんらしい)慎重な姿勢を見せて,なかなか承諾してくれない。高橋臨床を本にして描くことは,やはり難しいのだろうかと,あきらめかけていたところ,ある日,山内さんの方から
「じゃ~お二人でワークショップを開いて,それを本にしたらどうですか?」
という思わぬアイデアが出された。その提案には,即座に高橋さんも私も強い興味・関心を示したと記憶している。2008年冬のことである。
そこから話はトントン拍子にすすんでいく。立蕎麦の会でやっているような,高橋さんと八巻の(漫才のような?)やりとりをワークショップで展開させるこ と。高橋さんの臨床についてはロールプレイをVTRに撮り,ワークショップにおいてそのVTRを見ながら検討するという形式にすること。ワークショップの 開催回数は1回だけでなく,複数回を実施する予定にすること。などなど,開催するワークショップのイメージが3人の間でドンドンと湧いてきた。3人で話し 合いを何度か進めながら,本当に楽しくワークショップの企画や準備ができたと思う。実際に高橋さんの心理技術研究所に3人が集まり,撮ったロールプレイの VTRを検討しながら,どのVTRをワークショップで使ったら良いか等,真夏の暑い日の気温に負けずに,ともに熱く話し合ったのも,昨日のことのように思 い出す。
そうして2009年12月,第1回のワークショップが開催されるにいたったのである。

第1回 ワークショップ後──ある参加者からのフィードバック・メールから
第1回目のワークショップが無事終了した後,高橋・山内・八巻の3人に加えてワークショップ参加者の何人かの方に,その後の懇親会にもご参加いただいた。 その懇親会の時,私が一部の参加者の方に「次回のワークショップに向けて,こうすれば良い等,何かアイディアはありませんか?」と率直に尋ねてみた。する と,ありがたいことに,後日ある参加者の方から,それについてお返事メールをいただいた。そのメールの内容の一部は,第2回ワークショップの最初の部分で 紹介したのだが,この本ではカットされているので,ここでご紹介したい。

次回のワークショップの“妄想的”イメージ
高橋先生は,アリアをうたう歌姫で,八巻先生は,コンダクターですね。
参加者は,この2人を囲むようにして座ります。机は取っ払って,イスだけにします。
参加者自身が,オーケストラの団員となります。
そして,自分の臨床の中心に据えている理論ごとに分かれます。
オーケストラでも,バイオリンやビオラやチェロやコントラバスごとに座りますよね。
だから,聴衆はいないというわけです。

今回のワークショップで興味深かったこと
1.外部から観察すると「同じじゃないか,どこが違うんだろうか」という印象がすること。
・ ナラティヴ・アプローチにおける「セラピストのクライエントへの関わり方」とは,名前が違うだけ? 内容が違う?
・ 他の理論的立場に立つセラピストも,ナラティヴ・アプローチ的なことを行っている瞬間はある。それを徹底して行わないということ?
・ ナラティヴ・アプローチを行っている時,セラピストが何を体験しているのか?
・ クライエントの話を聞きながら,クライエントの見ている世界をイメージしている? クライエントの身体感覚まで,自らの感覚的な体験として体験している?
・ クライエント“ヴュー”とは? そこにクライエントがいて,視野にはクライエントの語っている風景が広がっているという感じ?
・ クライエントが主役として動いている映画を見るような感じ?
2.「いつもの高橋先生と,どこが違うのか分からなかった」とクライエント役からのフィードバックがあったが,高橋先生にとっては,はっきり違う体験であること
・ 社会構成主義の立場に立つことが,セラピストとしてのあり方に影響を与えるならば,セラピストの雰囲気が微妙に違うであろうし,クライエントとしては,体験が違うはずだろうと思うのだが,第1回のワークショップでは,その違いが明瞭には見出せなかったのは,なぜ?
・ ナラティヴ・アプローチは,セラピストにとっての意味が大きく,セラピストに何らかの新しい体験をもたらすということ?
・ 他のことをあれこれ考えたりするのではなく,「本当にシンプルにクライエントの体験世界を体験しよう。それによって,自分の中に浮かんでくることを言 葉にしてみよう」として,「クライエントと肩を並べて,クライエントのサーチライトで照らされたところをセラピストも照らす」ことに,ロールプレイでチャ レンジしてみたい
・ ナラティヴ・アプローチを体験的に理解する。「自由で伸び伸びする感覚?」「もうそんなことはできないほど,これまでのやり方が染み付いているので,そうなれなくて,苦しい?」

以上,ある参加者からのフィードバックのメールをご紹介した。残念ながら,前半の妄想的イメージのような形態は,第2回以降のワークショップでは実 際に採用はされなかったが,このようなまさにナラティヴ的なコンセプトは,第2回以降のワークショップに反映されているように思える。
また後半のさまざまな疑問については,おそらく同じような疑問を持たれた方は多いのではないだろうか。この時点で,この本を一通り読まれている方は多いと 思うが,あらためてこれらの疑問を頭に置きながら,もう一度,特に高橋さんの解説部分を読みなおしてみることをお勧めしたい。それは,この本のワーク ショップでの高橋さんの一つひとつの解説の中に,これらの疑問にしっかりと答えている部分があることを,あらためて発見できるからである。
例えば,67頁で高橋さんが語っている,セラピストの「姿勢的技術」という言葉などは,その1つであろう。この言葉に象徴されるように,セラピストがクラ イエントとの会話の内側にとどまるために,セラピストが一貫して自らの内側から湧いてくる想像や推測を,質問の形にして発話していこうとすること,また, ナラティヴ・アプローチをしている比喩としての「洞窟の中の二人」のイメージ(70頁)を,セラピストとして持つことなどは,ナラティヴ・セラピストであ ろうとする高橋さんの1つの型である「姿勢的技術」が示されていると言える。このような型にこだわり,それを徹底することが,高橋流のナラティヴ・アプ ローチの特徴と言えるのではないだろうか。
この本から読み取れるセラピスト高橋規子像とは
ワークショップの臨場感を,本という媒体で表現するのは難しい。しかしながら,この本において,ワークショップの逐語録だけでなく,高橋さんがその間の解 説・解題を執筆することで,自らの臨床を読者にどのように伝えたかったのか,読者の皆さん一人ひとりがこの本を読み進めながら,その「ナラティヴ・セラピ スト高橋規子が読者に伝えたかったこと」を少しでも感じ取っていただければと思う。
ただここでは,ワークショップを企画し,ともに参加した一人として,高橋さんの臨床を読み解くように,簡単ではあるが,私なりの「この本から読み取れるセラピストとしての高橋規子像」について,あらためて書いてみたいと思う。
高橋さんは,正直で真摯な「等身大のセラピスト」である
第1回のワークショップから「私にはナラティヴらしい面接をするという任務があるので…(中略)…今度こそなんとか決めないと(笑)」(48頁)とロール プレイの作成段階でのセラピストの思い・焦りを,ワークショップという公開の場で,高橋さんは隠すことなく自己開示している。そこには,取り繕うとか, カッコをつけるとか,などということからは,ほど遠い姿勢,あるいは,焦り・悩みながらも「ナラティヴらしい面接を行う」という課題に真摯に取り組もうと している「等身大のセラピスト高橋規子」の姿を見ることができる。そのような姿勢そのものが,実は高橋さんの基本的な臨床スタイルなのではないだろうか。
理論的には「ナラティヴ・アプローチ」という枠組みに収まりながらも,あくまでもセラピストが「等身大の自分」で,目の前のクライエントに対峙しようとす る,そこには上下関係もない,いわゆる「対等な関係」しか存在しなくなる。この自然に発生する対等関係が,高橋臨床の1つの強力な武器,いやベースになっ ているのではないかと思われる。「対等」であらねばという肩に力の入った関係構築ではなく,等身大のセラピストの姿勢から生まれる「自然な対等関係」と は,高橋さんにしかできない名人芸ではない,むしろ多くの心理臨床家が目指すべきスタイルではないだろうか。

高橋さんは,「自ら変容するセラピスト」である

今回のワークショップの準備のため,高橋さんは20ケース以上のロールプレイを行った。それは自分が納得するケースを得るために妥協を許さなかったからと 思われるが,それ以上に「高橋にとってのナラティヴ・アプローチとは何か?」「それを読者に納得してもらえるように提示できるためにはどうしたら良い か?」という自らの問いに,高橋さん自身が懸命に答えようとした結果とも言えよう。
そのロールプレイ作業を重ねていくことにより,高橋さんの頭の中に生まれてきたものが,ワークショップ・パート2で示された「外在文化」というセラピスト の姿勢あるいは「臨床思想」と言っても良いかもしれないものである。高橋さんはこの外在文化を「外在が当たり前の文化。外在が当たり前の状況のこと」 (129頁)と説明している。自らが「外在文化人」として振る舞いながら,モダン文化で苦悩しているクライエントに対して,ポストモダン文化の1つに「お 誘い」するというナラティヴ・アプローチ実践の入口,あるいはナラティヴ・セラピストとしてのスタイルを,今回のワークショップの一連の準備の中で見出し ていった。
「外在文化」という発想の豊かさももちろんであるが,私はこの一連のワークショップ作業の中で,高橋さんが自らの発想を変容させていく柔軟性に,正直驚き を隠せなかった。おそらく,クライエントとのセラピーでもそうであるように,高橋さんはこのナラティヴ・ワークショップを準備するという文脈においても, 高橋さん自身が自らの認識の仕方を変更・変容していこうとする。このセラピスト・サイドの変容が,セラピーをより良き方向に展開させていったり,ワーク ショップをより豊かな学びの機会にする「力」に変えていくのであろう。高橋さんの臨床家としてのすごみは,この自らのものの見方の変容を恐れないことにも あるのだということを,今回のワークショップの準備をともにしながら,ハッキリと実感することができた。この本におさまっている3つのワークショップでの 高橋さんのセラピストとしてのものの見方の変容ぶりを,読者の皆さんが,読み取るあるいは感じとっていただくことができれば,それもまた大きな臨床の学び になるのではないだろうか。

高橋さんは,「政治的行為としてのセラピーを行うセラピスト」である

本文の135頁でも示されているように,高橋さんは自らのセラピーを「政治的行為」として認めている。この部分の記述には,驚かれた読者も多いかもしれな い。しかしながら,その本来の「政治」の意味を丁寧にとらえてみると,高橋流のナラティヴ・アプローチの基本姿勢が見えてくる。
「多くの場合セラピーは異議申し立ての場であって,自分の主体性言説を回復する場ですよね。…(中略)…自分の主体性言説がドミナント・ストーリーからな いがしろにされている人がセラピーに来るわけです。だとしたらなんとしてでもオルタナティヴ・ストーリーの種を一緒に発掘して,それを一緒に語ることに よって育てないとならない」(136-137頁)
高橋さんもこう述べているように,面接において「オルタナティヴ・ストーリーの種」を見つけて,そこを言葉化していく,例えば,「別居計画」(96頁)や 「束縛の中にも自由を」(127頁),そして「1人に備える」(190頁??)や「孤軍奮闘」(198頁)などという言葉は,クライエントとセラピストで ある高橋さんとの間で生まれてきたその後のセラピーを展開させた言葉であり,そのような言葉を見い出し,言語化して,育てていくという行為は,ある意味で 政治的行為の1つと言えるだろう。その点では,高橋さんは「外在文化人」として立ちつつ,モダンとポストモダンの両文化を行き来(外交?)しながら,その 両者が合点の行く(あるいは未来に開かれた)言葉を見つけ出すことができる「異文化外交にたけた政治家」のようなセラピストであるとも言えよう。
考えてみれば,本来の政治とは,未来のために今できることを考え,実行してこそ,より良い政治的行為をしていると言えるのではないだろうか。その点では意外にも,セラピーと政治は共通している部分は多いと言えるだろう。

他 にもこの本の行間から読者に読み取ってほしい高橋臨床からの学びはたくさんあるが,後は読者自身の作業にお任せしたい。当たり前のことであるが, 本とは読者と筆者との相互交流によって成立するものである。読者の意識がどこにあるかで,同じ箇所でも読みの理解が全然違ってくるものである。機会がある ごとに,この本のどの部分からでも読み返して,高橋さんの臨床の知恵を学んでいただければと思う。

最後にお伝えしたいこと

実のところ,私自身,読書は苦手である。しかし,よくよく考えてみると,その苦手意識は,「知識」を得るための読書が苦手なのかもしれない。それは,私自 身の記憶力が弱いというコンプレックスからくるものであろう。しかしながら,読むごとに「知恵」を得られるような本は,読書嫌いの私でさえも,年に何度か は読み返したくなるものである。
この本は,これまで述べてきたように,おそらく高橋さんの臨床の「知恵」が隠されている本,いやそればかりでなく,ポストモダンというまだまだ新しいパラ ダイムにのったセラピーを模索している読者にとって,その実践のヒントになる「知恵」が隠されている本とも言えるだろう。その点を繰り返し読みながら,多 くの「知恵」を少しずつ発見し,それらを味わっていただければ,高橋さんはもちろんのこと,この本の企画に携わった一人である私にとっても,こんなうれし いことはない。

さて,私自身にとっては,ここ数年来のテーマであった,

「セラピスト高橋規子とは何者であるのか? いったいこの人の頭の中身は,どうなっているのか?」

という問いに,一連のワークショップとそれを凝縮したこの本の作成を通して,とりあえずの解答ができたように思う。
しかしながら,高橋さんは上述したように「変容するセラピスト」である。
今後も,彼女のセラピストとしての変容を見守りながら,必要に応じてまた発信していきたいと思う。

最後になるが,この本を作るにあたって,多くの方々のご協力なくしてはできなかった。
まずは,高橋さんが主宰するシステムズアプローチ研究会のメンバーの皆さんには,ロールプレイにおいてクライエント役を引き受けていただいて,VTRの撮 影等に本当に多大なご協力いただいた。この場を借りてあらためてお礼を述べさせていただきたい。また,結局3回のナラティヴ・ワークショップを開催したこ とになるが,参加して下さった皆さんお一人お一人にも感謝の気持ちをお伝えしたい。ワークショップでご発言いただいた方ばかりでなく,熱心にご参加いただ いたお一人お一人のお気持ちが,この本を完成させる力につながったと思う。そして,こころのクリニック臨床心理士の中野真也さんにも感謝したい。中野さん は高橋さんのお弟子さんではあるが,今回のワークショップ準備の裏方として精力的に動いて下さった。3回のワークショップが成功裏に終えられたのは,中野 さんの力も大きかったと思う。最後に,前述した遠見書房社長の山内俊介さんにもあらためて感謝したい。忘れもしない京王線分倍河原駅前の居酒屋で,ほろ酔 い加減の山内さんから「じゃ~お二人でワークショップを開いて……」の提案がなければ,この本は存在していなかっただろう。高橋さんとともに良きご縁が あったことに心から感謝したい。
こう考えてみると,この本はこのような多くの方のさまざまな力・多声性で構成された,まさにナラティヴな本であると言えるのかもしれない。本当に皆さん,ありがとうございました!

この本が,ポストモダンの臨床のさらなる活発な議論の力になることを祈りつつ,最後の最後は,今回のワークショップの中で語られた高橋さんの言葉をあらためてお示しして,この本を閉めたいと思う。

達 成感というのは「理解の途上にとどまる態度」を持たすまいとしますから。達成できたら安心するでしょう。安堵してしまう。……「Not knowing」は,安堵するということを許しませんので。達成もモダニズムですので。その感覚を自分に許さないということは,苦しい中でもいいところで はないでしょうか。いつまでも理解の途上にとどまり続け,いつまでも曖昧さに耐えるということは……ハーレーンとグーリシャンが非常に強調しているところ です。理解したと思ってしまったらおしまいだという勢いですから,常に途上であるということを自らにとどめおくには「Not-Knowing」から入るの もいいですね。

(八巻 秀)


著者略歴

高橋規子(たかはし・のりこ) 東京都出身

臨床心理士,NLPサンタフェ研究所マスタートレーナー
1986年 学習院大学心理学科卒業
主な著書に,「システム論からみた学校臨床」(共著,金剛出版),「システム論からみた思春期・青年期の困難事例」(共著,金剛出版),「ナラティヴ・セ ラピー入門」(吉川悟との共著,金剛出版),「セラピストの物語/物語のセラピスト」(共著,日本評論社),「臨床家のための家族療法リソースブック」 (共著,金剛出版),「ナラティヴと心理療法」(共著,金剛出版)など多数。

八巻 秀(やまき・しゅう) 岩手県出身

臨床心理士。やまき心理臨床オフィス代表。駒澤大学文学部心理学科教授
1994年 駒澤大学大学院人文科学研究科心理学専攻修了
主な著書に「いつもこころに休日を:家族と自分を見つめる心理カウンセリング54」(共著,成美堂),「現代のエスプリ No.387:特集イメージ療法」(共著,至文堂),「心といのちの処方箋」(共著,秋田魁新報社)など多数。