臨床現場のレジリエンス──医療従事者のウェルビーイングのために

臨床現場のレジリエンス──医療従事者のウェルビーイングのために

アンナ・フレイン, スー・マーフィー, ジョン・フレイン 編

宮田靖志 訳

3,000円(+税) A5判 並製 184頁 C3047 ISBN978-4-86616-187-7

 

 

 

 

 

 

 

 

本書は,ケアを提供する医療従事者がいかにバーンアウトせず持続的に質の高いケアを提供し続けることができるか,さまざまなトピックスと豊富な事例から考えた一冊です。医療従事者は,「燃え尽き」や道徳的な苦痛,共感疲労,代理受傷などから,どうすれば,心身を守り,レジリエンスを維持することができるのでしょうか。ワーク・ライフ・バランスのとれた職業人生を送るために,個々人のセルフケアだけでなく,いかにチームにおける心理的安全性を確保するのかを描いています。「働き方改革」が求められる時代のプロフェッショナルのために必須の医療従事者のウェルビーイングについての生きた知識が詰まっており,臨床現場での実践者はもとより,医学教育に携わる専門家,メンタルヘルスや支援者支援に携わる方々にぜひ手に取っていただきたい一冊となりました。


目  次

 

訳者の言葉(宮田靖志)
序文(アンナ・フレイン, スー・マーフィー, ジョン・フレイン)

第1章 なぜレジリエンスか? なぜ今なのか?
アンナ・フレイン, スー・マーフィー, ジョン・フレイン
第2章 医療分野で働くことの感情面への影響
リン・ムスト,ジュリー・カーソン
第3章 レジリエンスと認知的パフォーマンス
ジョン・フレイン
第4章 セルフケアの実践
スザンナ・ヒューイット, サラ・ニコラス,アンナ・フレイン
第5章 レジリエンスとウェルビーイングの生理学
カーラ・スタントン
第6章 知的な優しさ(Intelligent Kindness)─レジリエンスに関するシステマティックな視点
ジョン・バラット
第7章 医療チームにおける優しさ
アンナ・フレイン
第8章 組織の優しさ
ニコラ・クーパー,バリー・エヴァンス
第9章 実践の中でのレジリエンス
キャリー・クレコスキ,ヴィクトリア・ウッド
第10章 レジリエンス,知的な優しさ,思いやりは本当に教えられるものなのか?
スー・マーフィー,ベツァベ・パルサ
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編者略歴
 
Anna Frain(アンナ・フレイン)英国ノッティンガム大学医学部医学科GPティーチングフェロー
Sue Murphy(スー・マーフィー)カナダ,バンクーバー,ブリティッシュ・コロンビア大学医学部理学療法学科長
John Frain(ジョン・フレイン)英国ノッティンガム大学医学部臨床准教授兼臨床技能部長
 

訳者略歴

宮田靖志(みやた・やすし)
愛知医科大学医学部地域総合診療医学寄附講座教授
1963年 愛媛県生まれ
1988年 自治医科大学卒業後,愛媛県の地域医療に従事。
2000年 札幌医科大学医学部地域医療総合医学講座 助教,講師
2004年 ハーバード大学, Beth Israel Deaconess Medical Center 客員研究員
2006年 札幌医科大学医学部地域医療総合医学講座 准教授
2010年 北海道大学病院卒後臨床研修センター 特任准教授
2014年 国立病院機構名古屋医療センター卒後臨床研修センター長・総合内科医長
     東海北陸厚生局健康福祉部医事課臨床研修審査専門員(兼務)
2016年 愛知医科大学医学部医学教育センター教授,11月より現職

主な著書:『プライマリ・ケアの現場で役立つ一発診断100』(共著,文光堂,2011),『迷いやすい症例から学ぶジェネラリストの診断力』(共編著,羊土社,2011),『患者さん中心でいこう,ポリファーマシー対策』(共編著,日本医事新報社,2017),『プライマリ・ケア診療 診断エラー回避術』(共編著,日本医事新報社,2020)


訳者の言葉


 最近,さまざまな領域でレジリエンスという言葉をよく耳にするようになりました。レジリエンスはもとも物理学の用語で,外力による歪みを跳ね返す力を意味していました。近年,社会は複雑化し,どの職種においても職務遂行上のさまざまな困難があるのが普通です。職場に限らず,個人の人生の中にも同様にさまざまな困難があるでしょう。特にこの数年,世界中を巻き込んだコロナ禍での社会生活の混乱はその最たるものであったと思います。レジリエンスが注目されるようになったのは,このような背景によるのだろうと思います。


 レジリエンスは,倒れることなく,じっと困難に直面することであり,逆境においてもポジティブにいることができる能力,獲得,向上できる感情的能力とされています。レジリエンスが強化されると,ライフイベントに対処できる,困難を個人的成長と見なすことができる,困難,限界,活用できる資源を認識できるようになる,自己省察,創造性,楽観主義などで困難に対処できるようになる,柔軟で,責任感と倫理的気づきをもって行動できるなどと言われています。これらは個人の健康,人生の質にも関係し,本書でも言及されているようにウエルビーイングに関連します。


 社会状況と同様に,近年,臨床の現場は非常に厳しい環境に置かれています。コロナ禍での混乱はもちろんのことですが,医療の複雑化・高度化,極端な専門分化,高齢患者の多疾患併存や下降期慢性疾患管理,人生の終末期のケアなどなど,一筋縄では解決できない多様で膨大な臨床業務に医療従事者は日々追われており,患者ケアによる喜びを感じることなく,機械的にルーチン業務をこなしていくだけの毎日を送らざるを得ない状況に追い込まれていることさえあります。


 このような状況が続くことで生じるのが医療従事者のバーンアウトです。働き方改革をはじめ,医療従事者の健康を守るための取り組みがさまざまに行われてきていますが,残念ながら,医療従事者のバーンアウトは重大な事案が生じるまで真剣に対応されないまま放置されていることがあるのは周知のことです。バーンアウトは,個人的な不利益となることはもちろんのこと,一人の医療従事者が医療現場から離脱することは社会的不利益にもつながり,社会的な大きな損失です。バーンアウトを回避してウエルビーイングを維持し,個人的にも社会的にも充実した生活を送っていくために,レジリエンスを強化することが,現在,非常に重要な課題となっています。


 レジリエンスは医療プロフェッショナリズムとも関係しています。プロフェッショナリズムとは,専門家(プロフェッショナル),専門職集団(プロフェッション)として患者・社会からの信頼を維持するための価値観・行動・関係性です。信頼の要素は,能力,善意,誠実さです。これらは,医療従事者がレジリエンスを維持しバーアウトの兆候がない状態でなければ発揮できません。また,プロフェショナリズムの要素の一つには利他主義があげられますが,これを実践することができるためには,医療従事者はセルフケアを行ってレジリエンスを維持しておく必要があります。これは忘れられがちなプロフェッショナリズムの側面です。セルフケアの失敗により患者に対する共感は低下し,最終的にはバーンアウトし,患者ケアや社会へ影響がおよびます。医療従事者は自らに優しくすることにより,患者に対する優しさが持続可能となるように努める必要があります。


 このようにレジリエンス,ウエルビーイング,バーンアウト,セルフケア,プロフェッショナリズムは相互に強く関連しています。ここで忘れてほしくないことは,レジリエンスの向上・維持は個人だけが取り組むべき課題ではないということです。医療システム,医療組織,医療施設の文化がレジリエンスに大きな影響を与えます。このことを理解し,これらに潜む問題を継続的に改善していく努力をしなければなりません。ヘルスケア組織のプロフェショナリズムという考え方が提唱されていますが,その中では,すべての個人の健康,チームワーク,健全な職場,包括性,多様性,説明責任がその要素として挙げられています。

 

 本書では,どうすれば個々の医療従事者のレジリエンスが向上するかの理論が単に述べられているだけではありません。上記のような,さまざまな重要なキーワードを解説しながら,レジリエンス向上,維持の包括的な取り組みについて,実践的な話題・方法が提供されています。すべての医療従事者が本書の内容に精通し,レジリエンスへの取り組みが医療界全体に浸透していくことを願っています。

 

 約20年にわたるプロフェッショナリズム教育に関わる中で,レジリエンスの重要性を改めて認識した近年の医療状況に身を置きながら本書の翻訳に取り組んだ研究室にて

 

2023年9月某日
宮田靖志

 

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