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『絵画療法の実践』
──事例を通してみる橋渡し機能

寺沢英理子著

定価3,000円(+税)、254頁、A5版、上製
C3011 ISBN978-4-904536-16-2

本書は,心理療法場面でみられる,絵画表現と言語表現の自由な選択を「橋渡し」をキーワードに,絵画療法の実践を探った臨床・研究の書です。
風景構成法や自由画などの絵画療法と言語療法を用いた10人のクライエント,100点を越える描画を所収(カラー図版もあり)した事例検討を中心に,ワル テッグテストを改良した「誘発線画法」や,先に描いた絵をもとにコラージュのごとく用い,新しい世界をつくる「再構成法」など,著者のオリジナリティ溢れ る絵画療法の世界が垣間見えることでしょう。
読んで,観て,わかる絵画療法の実践を描いた本書は,入門の次の一歩として,オススメの1冊です。

本書の詳しい内容


おもな目次

第1部 絵画療法の基礎

第1章 絵画療法と言語療法の関係
第2章 絵画療法の構造
第3章 心理検査と絵画療法

第2部 「橋渡し機能」と絵画療法

第4章 「橋渡し機能」の概観
第5章 誘発線法とワルテッグテスト
第6章 再構成法
第7章 絵画療法における「橋渡し機能」の発見

第3部 事例による検討

第8章 絵画療法におけるさまざまな「橋渡し」の事例

第4部 「橋渡し機能」再論

第9章 絵画療法と精神分析
第10章 絵画療法における「橋渡し機能」
第11章 「橋渡し機能」という観点からみた心理療法


序  文

はじめに

本 書の冒頭で,著者から重大な問題提起がなされている。言語的治療と非言語的な治療という具合に,心理治療が分類されているのだが,その分類は患者やクラ イエントのリアリティに対応しているのかという大問題である。私たち人間は,皆,そのすべてを生きていて,人工的な二分法のどちらかを生きているわけでは ない。
いやこう言うべきだろう。私の内なる自然とは,そのどちらをも生きていたいのである,と。しかし,現実にはそれは簡単ではない。
「二分法」とは英語の“dichotomy”の訳だが,私たちのところを訪れる人たちは,曖昧さや両義性をこなすことが苦手であり,考えはそのどちらかに 引き裂かれている。それで,私たちは,臨床でさまざまな分裂しやすいものの「あいだ」を扱うことになる。そして,その間を生きる精神とその持ち主が求めら れる。本書は,そういうニードに応えようとしているのだ。

「どっちつかず」の領域

人 間は,人の間と書くが,当然さまざまなあいだを取り扱わねば,生きてはゆけない。人と人の間,男と女の間,心と体の間,心の内と外の 間,善と悪の間,理性と情緒の間……etc。セラピィも,外から見える行動を取り扱う行動療法と,目に見えぬ心の内面を取り扱う精神分析という具合に,二 つに分けられて考えられやすいが,単純に二分法で見るなら人間とは外面と内面,つまり行動と心の両方と,その間からできているのである。
医学もまた,身体を取り扱う科と,心を取り扱う科という風に,二つに分けられやすい。しかし,人間とは両方であり,だからこそ心身医学や心療内科というよ うな,その両方を取り扱い橋渡しする医学が生まれた。ところが,その心療内科が「コウモリ」と呼ばれ,患者と共に排除されることがある。つまり,「どっち つかず」で「中途半端」は,毛嫌いされやすいのである。
あれとかこれとか,きちんと指差すことのできるものは,言葉で名前をつけることが簡単だ。しかし,あれとこれの,その間は,名前が付けにくくて取り扱いが 難しい。そして,この境界領域は,嫌悪や理想化という特別視の対象になりやすく,割り切れないので,いつも多義性に富んでいる。例えば日本語でも,そこに 架ける橋のことをとりあげるだけでその両義性を示すことができる。本書にも記されているが,日本語のハシとは,そこを渡す橋でありながら,渡される端 (edge)だ。箸という渡す道具でありながら,その両端でもある。
それがゆえに,どっちなんだ,という二分法からの問いが生まれ,不確かさが,間や隙間の気持ちの悪さを生む。このような「どっちなんだ」は線引きや分類を 要求するのだが,実は,法律的にもこの世の訴訟問題やもめごとの多くが,世代と世代,家と家,男と女の間の境界線にまつわる紛争なのだそうだ。この線引き を混乱させると人は新たな秩序を求めるのだろうし,これがうまくいかぬと線引きの方は強迫的になる。
そこで必要とされる感覚としての「いい加減」とは,「良い加減」と書きながら悪い意味にもなるのだから,日本語は「適当」だ。この「適当」も,悪い適当と 良い適当の両方があるのだから,やはりここは多義的で曖昧,矛盾している。だから,ボーダーラインは,確実な幅のあるボーダーランドと言った方がよくて, 線(ライン)ではなくなり,結局,帯状の間じゃないかということになりそうだ。


(中略)

さいごに

寺 沢氏には,大きな部分と小さな部分とがある。大きなところとは,非言語と言語との間に立って,その全体を包括しようとするところであ り,人間全部を取り扱おうとする。そして同時に細かなところに入り込んで,誘発線法やワルテッグテストという一般読者には馴染みのないことかもしれぬ,極 めて個性的な技法を持ち出すところは繊細でオリジナルだ。全体と部分,総論と各論,人間であることと個性的であることの両方を生きる著者は,前から時間を かける大器晩成型だと思っていた。しかし,本書により,それがいよいよ結実する時が示されたようだ。

精神分析家・医師 北山 修


はじめに

本 書では,心理療法場面でみられる,絵画表現と言語表現の自由な選択(渡り)について「橋渡し機能」という観点から論じる。第1部では,絵画療法の 基礎として絵画療法と言語療法の関係性および絵画療法の構造を詳しく述べた。さらに本書の中心的なテーマである「絵画療法の橋渡し機能」に繋がる絵画療法 の研究の流れをまとめた。また,心理検査と絵画療法との関係性についても記した。第2部では,まず「橋渡し機能」について概観し,橋渡し機能が観察されや すい絵画技法を紹介した。臨床場面において絵画療法の「橋渡し機能」がどのように見られたのかという経緯についても述べた。第7章の終わりには,次の第8 章での事例紹介に先立ち,事例提示の際の許可についてというコラムを設けた。ここには,発表したり論文にしたりということそのものが橋渡し機能の具現化で もあるという考えを記した。第3部では,これまでの事例を「橋渡し機能」の視点から再考した。第4部では,精神分析的な考え方も援用し「橋渡し機能」とい う視点から全体をまとめ,さらに絵画療法の効用と限界について記した。
著者が臨床場面で絵画療法の橋渡し機能をみつけるにいたった経緯を少し述べたい。
筆者は臨床を始めて20年を超えたが,どのような臨床の場を与えられるかということにはいつも自分自身の希望や力を超えた偶然があったように思う。臨床家 として2年目に,異動した先で絵画療法と出会ったのも全くの偶然であった。最初は,大学病院の精神科で入院患者さんの治療チームに入れていただき絵画療法 を始めたが,「絵画療法を学び実践していく」という意識もないままの出発であった。次第に絵画療法への自分自身の関心も高まり,臨床場面の比重もクリニッ クへと移っていった。絵画療法を始めて数年後の精神分析の学びでは,筆者自身が,厳しく求められる「言語化」に苦しみ続けることになった。いつしか筆者 は,臨床において非言語表現と言語表現という両極に引き裂かれるような感覚を持つようになった。意識しないまま始めた絵画療法の学び・実践と,意識しなが ら始めた精神分析の学びは,接近と統合の指向性をもちながらも,その隔たりは大きく途方に暮れるばかりであった。今思うと,絵画療法の学びと実践について も意識的にではなくとも無意識的に求めていたのかもしれない。クライエントに限らず,筆者も絵画療法とは無意識的希求から,そして,精神分析は意識的希求 から近づき,両者が相補うものとして必要であることを感じ取っていたようにも思う。
筆者は,絵画表現と言語表現という2つのものを自分のなかで統合しようとしてきたが,その難しさに打ちのめされてしまいそうな内的な闘いが続いた。初めて 「橋渡し」の論文を書いたとき,長い長い苦悩の末に「結婚式」の夢を見た。そのとき,「書ける!」と実感し,最初の「橋渡し」の論文が完成した。筆者のな かでは,夢に見たとおり異質なものが一つになるようなできごとだったのである。その後も,このテーマに関わる論文や執筆には苦労し続けているが,夢が可能 性を示唆してくれる体験を重ねている。
博士論文としてこれまでの研究をまとめる過程でも,今までにない混乱を経験した。この仕事は筆者の無意識と意識にも橋を架けなければならなかったからであ ろう。「橋」や「橋渡し」というイメージも,日常メタファーとして使われやすいがゆえに多義性が高く,論文のなかに収めようとしても飛び跳ねてしまうよう な感覚に苛まれていた。いよいよ論文提出の期日が1月後に迫ったある日,筆者は,イルカと熊が優雅に共演している夢をみた。最初はイルカの背に乗っていた 熊が,次第にイルカから少し離れていっしょに泳ぎ始めたのである。陽の光が届く水のなかは,とても静かなイメージであった。
セラピストの内的な課題はクライエントにも投映されるようだが,クライエントたちは,筆者が引き裂かれる二極の間をいとも軽やかに飛び越えて,絵も描き話 もした。もしかすると,クライエントたちは,飛び越えるほどの溝さえ感じていなかったのかもしれない。クライエントが自由に絵画表現と言語表現を活用する 現象は,あるいは絵画療法を始めた初期の頃からあったものかもしれない。ただ,筆者のほうにその現象を掴み取るレセプターがなかっただけなのだろう。いず れにせよ,筆者自身が,この2つの表現方法の間で引き裂かれる苦しみを体験し統合しようとし続けたことによって,これらの現象は陽の光の届くところへと浮 上してきたように思う。「橋渡し機能」の概念と出会ったことで,筆者はクライエントが当たり前のこととして行ってきた「絵画表現と言語表現の自由な使い分 け」を,深く理解することができた。これを切り口として,これまでの臨床と研究を再考して一つの形とした。博士論文を書く段階では「橋渡し機能」に焦点を あてたが,今回,出版というチャンスを与えられたこともあり,「橋渡し機能」の研究に至るまでの一連の研究も「橋渡し機能」という観点から振り返ってまと めてみた。
本書では,事例や絵画も載せることになるが,個人情報保護の観点から,極力事例や絵画を載せないで論を進められる部分ではそれらを載せないことにする。そ うはいってもいくつかの事例を紹介することになる。臨床場面では,ほとんどの場合心理療法の終結にあたりクライエントから研究発表への同意を得てはいる が,事例の理解に影響しない部分は改変してあることをお断りしておく。
今回,事例の記載に関して,筆者のことをセラピストと記している。筆者とするよりも事例を客観的に記載しやすかったからである。

寺沢英理子


おわりに

心 理療法とは言うまでもなく,クライエントが主体的に取り組み進めていくものである。したがって,クライエントが心の内を表現していく際に表現手段を選択 するということは,心理療法の本質に反するものではない。言語表現を主体とした心理療法でも夢の力を借りることは頻繁で,論理的な言語表現に終始するもの ではないと思う。
心の奥深くに沈めたものを表現し,対峙しなければならないクライエントにとって,言語表現の限界を感じることは多いであろう。「言葉にならない」「表す言葉がない」「言葉を失う」などなど,われわれは日常でも言葉にしていくことの難しさを痛感している。
このようなとき,非言語的表現手段を見つけると,限界を感じていた表現がまた進められるようになることが多い。筆者自身,絵画療法に出会ったのも偶然とし か言いようがないが,必然でもあったようにも思う。たくさんの非言語的表現方法や技法があるなかで,筆者は絵画表現を好んだり楽しんだりするクライエント にたくさん出会ってきている。苦しくつらい内面を表現したときでさえ,クライエントは達成感を味わっているようだった。苦しくつらいことを,もやもやさせ ている状況は耐え難いことである。ときに言語表現の代わりに身体化して表現していたとしても,それも決して楽なことではない。話すことは放す・離すことに なることは良く知られていることであるが,非言語的表現もまた,表現できれば対象化できるという意味では同様である。話せないこと,つまり言葉として書け ないことも絵として描くことはできる場合がある。直面化し難い事を表現し対象化することによって,絵画の橋のたもとに置いて渡りゆくことができるのであ る。表現することも対象化するという意味では分離と繋がる行為であるし,橋を架けることも分けることが前提となっている。自分の心のなかのものを表現し対 象化できると,内界と外界が明確に分けられ,橋が架けられる準備が整う。
非言語的表現方法はさまざまであるから,クライエントもセラピストも,何に出会うかは神秘的でさえあると思う。そこから,その手法を選び取っていくときに主体性が発揮されるのであろう。
修士課程に進んだころ,筆者の最大の関心は「対象喪失,残された者の立ち直り」であった。考えてみれば,この世からあの世,此岸から彼岸こそが究極の橋渡 しである。保田(1939, 引用は2001)は『日本の橋』のなかで,「古典は過去のものでなく,ただ現代のもの,我々のもの,そしてついには未来への決意のためのものである。神代 の日の我国には数多の天の浮橋があり,人々が頻りと天上と地上を往還したというような,古い時代の説が反って今の私を限りなく感興させるのである」と述べ ている。日常生活で水平方向の橋をたくさん渡り,最期に垂直方向の橋を渡っていくようなイメージであろうか。あるいは,古代の人々は日常でも垂直方向の橋 を渡っていたのかもしれない。クライエントが自分の内側も生かし外側とも繋がって生きて行くことは,内を生かすことと同時に古い自分やこだわりのある自 分,時には狂気の自分を捨てたり殺したりすることを意味することもある。クライエント自身としての連続性はなんら失われるものではないが,心理療法の過程 で何度も死と再生が繰り返されることは橋渡しの話と繋がっていると思われる。北山は,是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』に登場する死者のあの世への 旅立ちのお手伝いをする人々を,旅のエージェントと呼び,セラピストとの共通点を言及した。橋渡しを手伝う役割の者はいつまでも渡って行けないのだとも述 べられた。ここに宗教や信仰というものが存在価値を見出すのかもしれない。
「生と死」というものに関心のあった筆者が絵画療法と出合い,さらには絵画療法を使いこなすクライエントたちと出会ったことは,「橋渡し」というテーマでやっとひとつに繋がったように思う。
最後に,博士論文を書いているときにみた「イルカと熊の共演の夢」であるが,イルカはいつも熊の下方を泳いでいた。無意識に近い絵画表現をイルカが表して いたのかもしれない。「言語化」できずに苦しんできた筆者も,熊がイルカから少し離れて自力で泳ぎ始めたように,これまでの頁を言葉で綴ってきたように思 う。今後,筆者のなかでも,絵画表現と言語表現が共演をしていけることを願いたい。また,この夢は「橋」から落ちてしまった人をも表しているように思う。 橋の端から離れて水のなかに落ちていった熊は,イルカの背に乗って揺られるうちに,自ら泳ぎ始めたのである。水のなかも,やはり陽は射していた。セラピス トのなかには,水平方向の橋渡しのみならず,垂直方向の橋渡しのできる人もいるのであろう。筆者も,水のなかに落ちていったクライエントのその下に優雅に 泳ぎ出られるような,深みにも下りていけるセラピストにいつの日かなりたいと願いながら執筆を終えたい。

〈謝辞〉
まず,これまで臨床場面で出会ったすべての患者さん,クライエントさんに感謝申し上げます。特に,事例掲載にあたり許可を与えてくださいましたクライエン トさんたちに重ねて感謝申し上げます。また,貴重な臨床の場を与えて下さいました元新潟大学教授 飯田眞先生,東大分院神経科の諸先生方ならびに野?アクリニック院長 野崎純先生に感謝申し上げます。
博士論文の執筆にあたり,暖かい励ましとともに長きに亘りご指導賜りました九州大学大学院教授 北山修先生に心より感謝申し上げます。また,論文審査者としてご指導下さいました,南博文先生,高橋靖恵先生,福留留美先生に厚く御礼申し上げます。ま た,さまざまな刺激を頂戴しました北山倶楽部の皆様にも感謝申し上げます。論文執筆中,適切なご指摘と激励を賜りました金沢工業大学教授 増田梨花先生ならびに新潟青陵大学大学院教授 田中弘子先生に深謝申し上げます。最後になりましたが,絵画療法の師である多摩美術大学教授 伊集院清一先生と,臨床の師である同愛記念病院臨床心理士 菊池道子先生に深く感謝申し上げます。
博士論文の書籍化にあたり,遠見書房の山内俊介さんにはたいへんにお世話になりました。ここに深く感謝申し上げます。

寺沢英理子


著者略歴

寺沢英理子(てらさわ・えりこ)

1959年札幌に生まれ。臨床心理士,札幌学院大学人文学部臨床心理学科教授
1988年新潟大学大学院教育学研究科修了後,新潟大学医学部附属病院精神医学教室研修生を経て,東京大学医学部附属病院分院神経科にて勤務。その後の分 院統合によって2001年から東京大学医学部附属病院精神神経科非常勤心理職として2006年まで勤務。この間,メンタルクリニック,スクールカウンセ ラー,産業界など様々な分野で経験を積んだ。また,2001年,E・R・I カウンセリングルーム開設。2005年から大学に勤務し始め,2008年から現職。
専門は芸術療法,精神分析。

主な論文・著書
「ワルテッグテストと『並列型誘発線法』を用いた再構成法による治療の試み」(日本芸術療法学会誌第27巻第1号所収,原著論文,伊集院清一との共著,1996年)
「『ワルテッグテクニーク』および並列型誘発線法を用いた再構成法の枠に関する考察」(日本芸術療法学会誌第28巻第1号所収,原著論文,伊集院清一との共著,1997年)
「『再構成法』における重ね貼りの意味―並列型誘発線法とワルテッグ誘発線法を用いて」(心理臨床学研究第19巻第2号所収,伊集院清一との共著,2001年)
「絵画療法の橋渡し機能―その逆説性をめぐって」(心理臨床学研究第24巻第2号,2006年)
「病的な表現と現実との橋渡し―否定性の意識の観点から」(心理臨床学研究第25巻第2号,2007年)
『心理臨床の本音を語る』(ナカニシヤ出版,共著,2002年)
『失敗から学ぶ心理臨床』(星和書店,共著,2002年)
『心理臨床を終えるとき―終結をめぐる21のヒントと事例』(北大路書房,共著,2005年)
『日常臨床語辞典』(誠信書房,共著,2006年)
『芸術療法実践講座 第2巻 絵画療法?U』(岩崎学術出版社,共著,2009年)