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『思春期・青年期の精神分析的アプローチ』
── 出会いと心理臨床

乾 吉佑著

定価3,400円(+税)、240頁、A5判、並製
C3011 ISBN978-4-904536-06-3

本書は,著者が臨床経験の多くを費やしてきた思春期から青年期にかけての若者と,その保護者などを交えた心理療法の実際をまとめた論集です。
著者 乾先生の技法的な中核は,精神分析的心理療法ですが,それだけではなく,短期療法や家族療法,親子並行面接法などもケースによっては用いており,クライエントの状況やニーズに合わせた幅広い心理療法が行っています。
本書には,それらを用いて治療された,強迫性障害,自閉症,境界性パーソナリティ障害といった疾患ベースのケーススタディ論文,あるいは学生相談や病院臨床,個人開業といった多彩な臨床現場ベースの論文が所収され,事例と技法について具体的な解説がなされています。
長年の経験と研究によって書かれたこの本には,この世代特有の精神分析的な発達理論,精神病理論も詳解されていて,とてもわかりやすく,初学者から中堅の心理療法家にとっては得るところの多いものでしょう。
心理臨床への凄みと醍醐味が詰まった一冊といえそうです。

本書の詳しい内容


おもな目次


第1部 精神分析的アプローチという方法

第1章 力動的心理療法とは何か
第2章 心理臨床の現場をささえる精神分析
第3章 精神分析的立場からみた評価と見立て
第4章 心理療法における深さ浅さとは?
第5章 来談動機は心理療法の生命線
第6章 分析状況でクライエントはどんな体験をするか――治療的退行(K. Menninger)に学ぶ
第7章 家族とのかかわり――精神分析的並行父母面接の面接過程とその機序

第2部 思春期・青年期臨床への考え方と援助

第1章 中学生から大学生までの精神発達とその病理
第2章 五月危機型学生と無気力型学生
第3章 思春期の危機と強迫
第4章 青年期の心理療法――青春期後期を中心に
第5章 青年の攻撃性へのアプローチ
第6章 青年期治療における“new object”論と転移の分析
第7章 パーソナリティ障害としての境界例――僕は一体何者?─青年の新たな自己選択
第8章 パーソナリティ障害を持った家族の並行治療
第9章 40年間の自閉症を生きる


まえがき

1

こ の度,著作論文集「出会いと心理臨床」の2冊目,「思春期・青年期への精神分析的アプローチ」を刊行することになりました。1冊目の出会いと心理臨床 は,『医療心理学実践の手引き』(金剛出版, 2007)でした。その論集では,臨床心理士としての40年間の臨床場面である,精神神経科および総合病院各科,単科精神病院,大学学生相談室,企業の健 康支援相談センター,私設心理相談などでの,医療心理学の実践のあらましについて,折々に出会うことになった事例をもとに紹介しました。いわば,医療心理 学という精神分析的な力動的認識の縦糸を用いて,私自身の臨床歴を総論的にレビューしたものでもありました。
それに対して,本書『思春期・青年期への精神分析的アプローチ』は,横糸に相当するものではないかと考えています。つまり,前著が総論とするなら,思春 期・青年期という世代への治療的関わりの横糸部分に注目して,その中での精神分析的な発達論や精神病理そして治療論について,各論的に述べたものだからで す。私の心理療法事例経験から述べても,思春期・青年期そして児童期の臨床は,全臨床経験の3分の2の実施数になるくらいです。残りは成人の治療対象で す。思春期・青年期の中では,青春期後期への,つまり18歳から25,6歳ぐらいの年代が,私の場合比較的臨床経験が多かったです。単科精神科病院や私設 心理相談,大学学生相談などの臨床領域で,その世代の方々と出会う機会を持つたことによるものです。一方,児童期・思春期の事例は,そのほとんどが総合病 院精神神経科での経験でした。本書第2部9章の「40年間の自閉症を生きる」の事例S.Y.さんは,私のそこでの臨床実践を共に過ごしたいわば,臨床仲間 といえるような方もいます。
ともかく,全臨床経験の3分の2の実施事例数である思春期・青年期臨床への考え方と援助について,その折々に出会うことになった,クライエントおよび同僚 や関係者との一期一会として積み上げてきた,心理臨床の営みをいつかは言葉にしたいと願っていました。この度,「出会いと心理臨床」の2冊目として上程す ることになりましたことは,私の喜びとするところです。


そもそも,思春期・青年期あるいは児童期という年代を治療対象にする場合に,精神分析では「技法の修正」という考え方があります。これはもともと精神分析 療法が,神経症のしかも成人の治療(自権者*)として実施されてきた治療理論(治療技法論)を,その後,時代の要請に応じて治療対象の拡大をし,精神分析 療法の技法修正を図ってきた歴史的な考え方に基づいています。治療対象の拡大とは,わかりやすく述べると,これまで大人で神経症圏内の方に適用していた精 神分析技法を,子どもや青年,あるいはパーソナリティ障害や精神病圏まで広げて,治療対象にしてゆくためには,どのような治療技法の修正が必要であるかを 論じたものです。つまり,神経症者の自権者に対して行っていた治療理論や技法を,子どもや青年期あるいは精神病水準にある方々へ,そのままの理論や技法と して適用することが適切なのかどうかを吟味することです。
そして,神経症とは異なる病態水準の重いクライエントや自権者と異なる世代に属するクライエントの治療に適用する際に,“parameter” (Eissler, K.R., 1953)という考え方を導入した治療技法の修正を図ろうとする理解が生まれました。そもそもEisslerが,このparameterという概念を提示 した当初は,「受身性を守り,言語的解釈を与えることを基本的な技法とする古典的な精神分析療法の基準から,一時的かつ柔軟に離れる治療態度をとることを parameterと呼んでいた」(小此木啓吾『精神分析事典』2002, 岩崎学術出版, p.398)。その後,解釈を準備する技法の修正として用いられるようになった。それは,常にクライエントの自我の働きを力づけ,活性化し支持する背景を その起点とする考え方に基づくものです。そして,parameterには,精神分析技法のクライエントの年代に適応する技法の順応 (adaptation)と,クライエントのそれぞれの病態に応じた技法の修正であるmodificationの2つの捉え方があります。
この度の本書『思春期・青年期の精神分析的アプローチ』では,adaptationを主要なテーマにしています。思春期・青年期のクライエントに対する治 療技法の順応には,どのようなクライエントへの精神力動の理解や認識,さらにはその世代に応じた治療技法の検討すべき課題は何かを述べることにエネルギー を注いでいます。この世代を治療対象にされておられる多くの臨床家にとっては,もっとも身近な理解の一つを提供しているのではないかと自負しています。


本書は,2部構成になっています。第1部は「精神分析的アプローチという方法」,第2部は,「思春期・青年期臨床への考え方と支援」としました。
第1部は,精神分析的アプローチについての,いわば復習編です。精神分析的な心理療法とは何か,どのような考え方から成り立っているのかの概略からはじめ ています。私たち臨床家は,しばしば技法や操作方法に関心が向きやすいように思います。臨床現場の要請に応ずるには,無理からぬことではあります。しか し,自分自身がクライエントとしてその技法や操作方法を体験していない場合には,可能な限り,その創始者やその学派や立場を先導している臨床家の経験を じっくりと検討したり,どのような考えから成立した方法なのかの,いわゆる原理として,考え方を学び検証してみることが大切と言えると思います。
「高名な先生がやっている,治療理論や技法だから大丈夫だ」は,クライエントにたいへん失礼であると自覚をして欲しいのです。ところが独善的に技法を振り 回しても平気,挙句の果ては「クライエントの抵抗であった」とまとめ上げる学会報告が,つい先日の日本心理臨床学会でも認められて,発表を聴いているフロ アの方が憤慨するといった場面にも出くわしました。同上で述べた先導する臨床家の経験を,じっくりと学び検証するくらいになっていないと,この種の問題の 発生は少なくないと思うのです。
可能なら,自ら,その治療方法で自分自身をクライエントにして,個人分析のような体験を持たれると,もっと確実に,“これは確かに有効であろう”とか,ピ ンとくる,納得できる方法として,クライエントに提供できるであろうと思うのです。そのような意図から第1部の各章を取り上げてみたわけです。是非読者の 皆さんは,精神分析的アプローチとはどんな方法で,どんな治療過程が準備されているか。またどのような評価や見立てから治療方針が同定されてゆくのか,ま た治療場面でクライエントはどんな体験をするのかなどを観察し検討して欲しいと思います。もちろん,精神分析についてはすでにベテランな臨床家には,後輩 へのアドバイスなどの参考にお使いいただくか,頭の整理や復習になればと願うものです。
第1部で異色なのが,第7章です。「家族とのかかわり――並行父母面接の治療過程とその機序」を,あえて第1部の精神分析的アプローチの中に入れました。 昨今,病院,クリニック,教育相談所等では,児童・思春期へのクライエントへの並行父母面接が慣例的に(多くは児童期に)導入され実施されています。しか し,果たして,並行父母面接への治療過程の理解や技法的認識の下で,並行父母面接が実践されているでしょうか。
事例検討会や学会報告の中で,並行親面接の実施例をお聞きしていると,はなはだ心もとない感じを抱きます。自分が選択した治療方法に対する,目的・機能・ 治療技法あるいは限界が明らかにされずに,発表や検討がなされ,面接のやり取りのみが提出されるので,ますます並行父母面接に,どのような面接関係や面接 機序が今働いているのか,何が課題となっているのかが明らかにされていない場合が多かったように思うのです。さらにいえば,親面接からの情報が,事実関係 ばかりが優先される結果,クライエント児への内的な治療的支援も必ずしも十分とはいえないのでした。
繰り返しますが,どのような家族メンバーに対して,どのような枠組みからアプローチを,何のために行ない,どのように限定してゆくのかなどの治療構造を準 備し,選択するかによって,治療者・クライエントおよび家族との関係(治療関係や治療状況)もさまざまに変化を受けるし,当然クライエントの治療機序の展 開においても異なったものになってくるなどの認識が残念ながら共有されているとはいいがたいように感じられてならないのです。並行父母面接実施に際して, 危具感をしばしば筆者は抱いてきました。そこで,この度の機会に,第1部7章に,精神分析的アプローチの方法の一つとして,並行父母面接の経験を掲載した いと考えたのです。また,もう一つ掲載した意図は,本書の第2部8章で「パーソナリティ障害を持った家族の並行治療」で,父母面接過程をじっくりと事例検 討いただきますが,その際に,あらかじめ「思春期治療における並行父母面接とは何か」の参考資料が提示されている方が便利であろうとの考えもありました。 これらの2つの目的から「並行父母面接……」を挿入することにしたのです。
第2部の「思春期・青年期臨床への考え方と援助」では,第1章から3章までが,思春期・青年期の精神分析的な発達論と精神病理の理解に当てています。つま り,これらの章では,クライエントの問題へのアセスメントを適切に行うための,参考資料としての発達や精神病理の理解に重点が置かれています。つまり,ク ライエントは今,どのような発達的課題に直面しているのか,その課題はただちに関わらずとも待てるものか,それともたちどころに対処(治療的関わり)しな くてはならない,緊急的な問題点に直面しているのかどうか,を見定めるための,道具の一つとしての発達や精神病理の理解です。いわば,思春期・青年期の治 療の心臓部を構成する重要な理解と思います。
第2部4章から8章までは,いわば事例研究編です。適応障害の事例からパーソナリティ障害の事例と,さらにはパーソナリティ障害への並行父母面接の事例を 仔細に取り上げています。もちろん事例提示にあたっては,各事例毎に断りはしておりませんが,事例のプライバシーに細心の配慮をすると共に,各章の趣旨を 説明するに必要な範囲内で提示していることを申し述べておきます。
以上の事例研究論文の中でも注目して頂きたい点は,第6章「青年期治療における“new object”論と転移の分析」です。これは片山登和子(1969),小此木啓吾(1976)が述べている観点に,臨床事例を通して,僅かですが私の考え を加えたnew object論です。“クライエントにとって治療者がnew objectになるというのは,決して能動的に治療者が振る舞うことではない。むしろクライエントの(理想的で達成したいと願っている)内的対象像を受け 止め,一時的に治療者がその対象像を引き受け,再びクライエントに戻してゆく対象となることである”と述べ,old object(転移像)と区別することを第23回の精神分析学会シンポジウム(1977)で主張したものをまとめたものです。当時を振り返ると,この時期 から小此木先生から少しだけ自立した,精神分析的な治療者として,また未熟でしたが研究者としての自信を持つことになった論考でした。再読していると,思 わず知らず30代後半であった頃の自分の臨床家,研究者としての焦りと達成感の入り混じった微妙な感慨が蘇ってきます。
第2部9章「40年間の自閉症を生きる」は,先ほど述べたように総合病院精神神経科のクライエントで,現在(47歳)で,なお月1度私の所属先で面接して いる方です。思春期・青年期の事例ではありませんが,40年の治療経過の素描は,思春期・青年期を考えるためにも参考になるのではないかと掲載しました。 彼の思春期・青年期の課題(たとえば,自慰行為への心配)が面接内で表明されたのは,たしか暦年齢でいえば,27,8歳の時でした。家族によれば,身体成 熟的には13歳前後で夢精は認められていたようでしたが,彼が性を意識したのは,その後15年ほど経過してであったのです。その後は,事例経過を参照いた だきたいのですが,いわゆる“オトナ”とか自立感覚の芽生えとでもいえる経過が認められています。思春期・青年期のからだとこころを理解する上でも,また 治療そのものについても,幾つもの学びをこの方から頂くことになりました。是非一読して頂くことをお願いしたいと考えます。


言うまでもなく,心理療法は1回1回が真剣勝負で,その勝負の様相をなかなか字面に起し難いものです。この一期一会の内的な出会いの中にこそ,心理臨床の 凄みと醍醐味と危うさが同居しています。そのバランスを取りながら,一歩一歩臨床家は進むものであろうと考えます。しかし,外の世界から見ると極めて静か に何事も変容しないかに見えることもあります。心に携わる心理臨床家は,この激しさと静かさを知っています。この度の思春期・青年期の皆さんとの出会いと 心理臨床を,これからも大切にしてゆきたいと思っています。
本書作成には多くの同僚や関係者の皆様から,有形無形に力を頂いています。まさに出会いと心理臨床によって,本書は作成されたものなのです。特に,第2部 「思春期・青年期臨床への考え方と援助」の主治医,共同治療者であった,故小此木啓吾先生,故鈴木寿治先生,野口昌也先生,滝口俊子先生,渡邉久子先生, 良田麗明先生には,記して感謝申し上げたいと思います。
また,最後になりましたが,出会いと心理臨床の私の考えを,いつも広い視野から見つめながら,編集者として支え,励まし続けてくれた遠見書房の山内俊介氏からの強力なバックアップがなければ,本書は形にならなかったと思います。ここに改めて感謝いたします。

2009年10月
第55回日本精神分析学会を前にして 乾 吉佑


著者略歴

乾 吉佑(いぬい・よしすけ)
東京都出身。1966年、上智大学理工学部卒業,1969年 早稲田大学文学部卒業。1966年より慶應義塾大学医学部精神科入局。竹田病院,明治学院大学学生相談室などをへて,1997年より専修大学文学部心理学科教授。臨床心理士。日本臨床心理士会副会長 。