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武術家、身・心・霊を行(ぎょう)ず
――ユング心理学からみた極限体験・殺傷のなかの救済

(大阪大学大学院人間科学研究科教授)老松克博著

1,800円(+税) 四六判 並製 220頁  C0011 ISBN978-4-88616-037-5

修行に生きる者がいる。
その極限体験を読む。

ユング派精神分析家にして精神科医である著者が,武術の心身論に関心を寄せていたある日,学会で知り合った人物から一つの記録を手渡される。その人物はさる武術の高名な師範で,記録というのは老師範自身の修行体験を克明に綴ったものだった。 身体の訓練,心の鍛錬をへて段階が上がり,過酷かつ精妙なものになるにつれて,行は霊的な次元にまで到る。不可思議な極限状態の詳細な記述,行を見守る謎めいた人物たちとの交流,現実とはにわかに思えないような現象,現代において武術を行うことの意味──。深層心理学の立場から,「行」に生きた武術家の驚くべき体験をひもとき,その意味を解き明かしていく。


はじめに――Die Natur verlangt einen Tod.

武術の変貌
武術は人を惹きつけてやまない。あまり関心がないという向きもあるかもしれないが、いったん縁ができると、それはときとして生涯にわたって続くものとなる。力に頼らないので、流儀、流派によっては齢を重ねても上達することが可能だし、歳月とともにますます円熟して、神さびているとでも言うほかはない境位に到る武術家もいる。
そういう場合には若い武術家の闘気のみなぎる姿とは異なる静謐さがあって、それもこれも同じく武術であるという事実がなんとも不思議な説得力をもって迫ってくる。そこには、「それ」と「これ」とが矛盾なく両立しうる共通の尺度があるようである。武術を修めるなら、それゆえに、長い時間をかけて練り続けるのがおもしろい。
武術は他者を殺傷するための冷徹な技術体系である。いついかなる状況においても遣いこなせるようになるには、身体面での稽古のみならず、心的な修練を重ねることが必要となる。身体面で鍛錬が必要であることは言を俟たない。一方、心的な修練は、不動心などという語で表現されるように、相手からの刺激によって誘発される心理的反応、つまり反射的に起きる心の動きを一定範囲内に抑えるための努力、もしくは逆にそうした反応を利用するための工夫であり、その必要性もまた理解しやすい。
身体の稽古や心の稽古は、武術を志す者なら誰もが多かれ少なかれ実践している。ところが、もう一つ、霊の稽古となるとどうだろうか。かつての武術家にとって、霊的な修練、霊性の修行は、おそらく当然のことだった。それは、身体や心の稽古を積むことと同様に、武術と呼ばれるものの不可欠の一部を成していた。ところが、時代を下ると、合理主義の隆盛もあって、武術における霊的な側面は忘れられていくことになる。
この傾向は近代武道にあっては甚だしい。明治維新によって従来の身分制度が廃止され、武術の担い手だった武士階級は消滅した。文明の世に変わり、ものごとの考え方が合理的になると、武術が生き延びていくには、それまでとは異なる新しい領域で有用性をアピールするしかない。そこで、健全な心身の育成を謳い、生理学的、人体構造学的な観点から術の体系を説明し直すこととなった(寒川2017)。
近代武道においては、流派ごと、師匠ごと、地域ごとに多様だった無数の技を整理し単純化して統一するとともに、武術本来の危険な技は封印し、段位制を導入することによって全国レベルでの普及が図られた。戦略は功を奏した。しかし、このとき、武術の柱の一つだった古来の霊性が顧みられなくなり、精神論や人格論(武道は人格を陶冶するといった)に置き換えられてしまったことを見逃すわけにはいかない。
ところが、その近代武道も、第二次世界大戦におけるわが国の敗北によって大きな危機に見舞われる。アメリカの占領政策によって武道は禁じられた。武道の人格論が強調する上下関係への(ひいては天皇への)忠誠が、アメリカの目指す民主主義的なあり方から程遠かったのが一因である。かろうじて活路が見出されたのは、競技会用の統一ルールを設けてスポーツ化するという方向性においてだった。
ここでも古来の霊性などは問題外だった。いや、神道にも通じる霊的な側面などは、もはや忌避の対象となっていた。そのようなとき、GHQの武道禁止政策に対して一つの風穴を開けたのが、明治維新以後の不遇な時代を生き延びてきたひとりの古武術家だったことは歴史の皮肉である。古武術家の名は國井善弥、「今武蔵」と異名をとる鹿島神流の遣い手だった(図1)。國井は、わが国の武道、武術の包容同化の精神を示すため海兵隊の格闘技指導者と対戦し、あっという間に制してしまう。このときの國井の姿がGHQに感銘を与え、武道禁止政策見直しの契機となった(關2009)。
鹿島神流はわが国の武術の淵源の一つとされている。一説によると、わが国の武術は、飛鳥時代から平安時代にかけて東国で招集された防人に授けられた戦闘術にはじまる。彼らは鹿島神宮(茨城県)や香取神宮(千葉県)で戦勝祈願と戦闘訓練をしてから任地へ旅立ったという。武術は鹿島大神、香取大神に由来するとされ、今でも道場と名のつくところには両神宮の掛け軸や神札が祀ってあるのがふつうである。
鹿島神流の祖は、鹿島大神たる武甕槌命を祀る鹿島神宮の神官、國摩真人とされている。國井はその鹿島神流を伝承する師範家だった。若い頃には、神道学者、今泉定助の書生をしていたことがある。また、鹿島神流には「八神殿の行」と呼ばれる霊性の修行法が伝わっており、國井の直弟子にあたる現在の師範家も実践している(關2009)。
たまたま鹿島神流を例にあげたが、本来、こうした霊性修行があってこその武術である。しかし、霊的な側面が忘れられたのは近代武道においてだけではない。今では、古くから伝わっている武術の諸流派からもほとんど失われてしまっているようである。鹿島神流はむしろ、例外中の例外ということになるらしい。

Q師範のこと
ただし、流派として定められた組織的な霊性修行が失われてしまっていても、個人のレベルでそれを甦らせようと試みる武術家がいる。あるいは、霊的な側面の必要性を感じて独自のやり方を工夫する武術家も少なくない。武術家と直接向き合ってみたり、演武を目にしたりすると、そのような姿勢ははっきり伝わってくる。では、身体、心、霊という三つの側面における修練が重ねられたとき、いったい何が生じてくるのだろうか。
本書でこれから見ていくのは、戦国時代末期から江戸時代初期にかけて創始されたある武術の免許皆伝者、Q師範の半生である。師範は、若い頃より、種々の霊性修行に取り組み続けてきた。それらのなかには、師範自身の受け継ぐ流派から失伝したと思われる行も含まれている。斯界の重鎮となり、傘寿を過ぎてなお、師範は追究に倦むことがない。その師範から私は霊性修行の記録を託された。
師範は文武両道、非常に博識である。私の専門である深層心理学の知識も生半なものではない。私が当該の武術を学ぶ者のひとりであり、かつユングを研究する学者、臨床家でもあることをあるとき偶然知るにおよんで、老境の武術家は意を決したのだ。自身の経験が普遍的な意味を持っているのなら、それを後進のために遺さなければならない。専門的な立場からの解明に供すべくすべてを明かそう、と。
いま述べたように、私も未熟ながら師範と同じ流派の武術を稽古しているが、師範の弟子ではない。実際、直接に術技の指導を受けたこともない。あくまでも、当該の武術の基本的な知識と経験を持つ者として、師範の記録を預かり、おもに私信のやりとりを通して疑問点や要確認箇所に関する答えを聞かせてもらう、という関係である。
師範の霊性修行の記録を読んでいると、何から何まで驚かされることばかりで、そのような行をしたことがない私はこの任には不適格なのではないか、とも思う。見当はずれな質問を発してしまうことも多い。それでも師範はつねに冷静で、丁寧に答えてくれる。そして、資料の扱いは全面的にまかせる、という姿勢が揺らぐことはない。
何についてであれ、人がみずからのいっさいを開示するというのは尋常ならざることである。しかも、通常明かされることのない幽の修行の記録となればなおさらだろう。師範のこの断固たる決意は何に由来するのか。その源をたどってみると、六〇代前半の滝行に端を発する異界との交流が師範に後世への伝承に対する強い使命感を抱かせた、という事実に行き当たる。
詳細はのちほど述べるが、その異界との交流のなかで、師範は、江戸時代初期を生きた流祖や後継者たる先師たちから流派の全伝を託されたのだった。長い時の経過のなかで失伝していた内容はもちろんのこと、流祖がおよそ四〇〇年前に創始した本来の体系、そしてそれを継承発展させた先師たちの創意と工夫、そのすべてを伝えられたというのである。そこには、実力と資格のある者にのみ秘密裏に伝えられる極意も含まれている。
宗教の奥義の伝承においては、師匠から弟子へという通常の師資相承とは別に、神仏などの超越的存在や遠い過去の祖師が行者の前に姿を現し直接に奥義を伝えて正統な後継者とする例が稀にある。これを霊異相承という。Q師範が体験したのは、まさに武術版の霊異相承だった。おそらく、武術の歴史上、前例のないできごとだろう。
しかも、武術であるという事の性質上、相承のプロセスは観念上の奥義の伝授では足りない。Q師範に対しては、流祖や先師たちから実際に身体を使っての細かい実技指導も行なわれたという。となると、これは武術史上ばかりか、宗教領域を含めた霊異相承の歴史においても類を見ないケースではなかろうか。後進に伝えなければという強い使命感がQ師範を駆り立てたことはよく理解できる。
この霊異相承は、師範の霊性修行における数多の興味深い体験の一つである。ほかにもさまざまな体験があった。にもかかわらず、師範は宗教家ではなく、市井の人である。師範の八〇有余年の人生の軌跡、およびそのなかで六〇年を超える武術遍歴などを併せ研究すれば、個性化と呼ばれる人間の生涯にわたる成長のプロセスにおいて霊的なものが持つ意味を、必ずしも宗教的な文脈に縛られることなく明らかにできるのではなかろうか。

この研究の立場と方法論
霊的な行や治療の体験を論じた臨床心理学的な研究は数えるほどしかない(井上2006、石川2016、東畑2015)。本書では、カール・グスタフ・ユングCarl Gustav Jung(一八七五~一九六一年)というスイスの精神科医(図2)が提唱した深層心理学の体系から霊性修行に光を当てる。すなわち、ユング心理学の観点から行なわれる事例研究である。単一の事例から引き出すことのできる結論は、厳密な意味での普遍性を有してはいない。しかしながら、統計から導き出される平均的真実からはけっして見えない、ものごとの実相を描き出すことができる。
誰もが個別の異なる状況下にあるのであり、多かれ少なかれ例外的な事象を生きている。それが生の実相である。もっとも、今回取り上げるような傑出した人物の事績となると、逆に、平均から懸け離れすぎた特殊例と思われてしまうかもしれない。けれども、それゆえにこそ、多くの人が歩むと想定されている平均的なプロセスがじつはいかなる可能性に開かれているのか、条件が揃ったらどういうことが起こりうるのか、最終的な目的地はどこにあるのか、そういったことを明らかにする貴重な手掛かりとなる。
普遍/特殊のほかに、臨床的な観点からの正常/異常、生理/病理、真実/虚偽の区別をどう考えるかという問題もある。かりにも霊性修行となれば、いわゆる霊的な現象、霊的な体験と不即不離の関係にあるので、非常に悩ましいところである。この点について論じはじめれば、たとえ一章分の紙幅を割いたとしてもとうてい足りない。そこで、本書では、あくまでも心的現実を扱うという立場をとる。
つまり、この研究で論じる現実は、必ずしも物理的な現実や客観的な現実ではなく、むしろ主観的な現実である。その人がそのように認識している現実を心的現実という名の現実として扱う。心的現実には、その人が生きている文化や風土も色濃く反映されている。たとえば憑きものを異常現象の説明原理とする文化においては、現実に対する認識がその文脈でなされることになる。そこを無視して客観的な現実だけを取り出そうとすると、世界の豊かさや奥行きは失われてしまう。
あらためて言うまでもないが、霊の存在は証明できない。しかし、不在もまた証明できないのだ。論理的、科学的に説明できないからといって頭から否定してしまうわけにはいかない。少なくとも、心がそのように感じ、理解し、反応したことは事実であり、一つの現実と見なすことができる。それが深層心理学の立場であり、この研究において重要なところである。ユング(1940)は自分の立場を次のように説明している。

この立場はひたすら現象学的であります。つまり、出来事、事件、経験に関わるのです。要するに事実を問題にするのです。その真理は事実であり、判断ではありません。たとえば、心理学が処女誕生のモチーフについて語るとすると、そのような観念があるという事実のみを問題にしますが、そのような観念が何らかの意味で本当か、それとも嘘かどうかという問いは問題にしません。その観念は、それがあるかぎり、本当なのです。(村本詔司訳)

主観を削ぎ落として骨だけを残しても、生きている事象は把握できない。客観的な分析では排除されてしまう肉の部分こそが事象のリアリティを伝える。主観的経験、心的現実を材料として導き出された結論が広く信用を勝ち取るには、長い時間と心ある多くの人々による検証が必要である。本書における研究と結論を、そのような議論の叩き台と考えてもらってもよい。
なお、この研究では、ユング派の分析技法の一つである拡充法を随所で用いることになる。拡充法とは、意味を理解しにくい事象やモチーフに関して、類似の事象やモチーフが世界中のどこか、歴史上のどこかにないか博捜し、そこから共通する象徴的な意味を見出す技法である。拡充法を用いるメリットの一つとして、主観的な現実から引き出された結論を補強できるということがある。
拡充法で参照されることになる民俗や神話は、人々の集合的な心性というフィルターを通過してかたちを成したものである。つまり、それらは、長い時間をかけて多くの人々が共有してきた心性を反映している。換言すれば、そこには、一個人の主観の背景をなしている普遍的な心性、空間や時間のちがいを超越した客観的な心性があるのだ。したがって、拡充法による検討があれば、無数の人々の賛同を確認したに等しくなる。
ところで、学術的には、どのような素材についても批判的に検討していくことが求められる。ただし、事例研究では、はじめから批判的に見ていくのは望ましくない。当事者が内包している繊細な気持ちの動きや微妙な反応を余すところなく拾い上げるためには、情報の収集と記述の段階における共感がたいせつである。そうであってこそ、立体的な姿を描き出すことができるのだ。
しかし、共感的であることは思いのほか難しい。当事者の価値観と研究者の価値観は必ずしも一致していないし、どうしても否定的にしか見えない状況や場面も存在するからである。そのようなときに可能な努力の仕方として、内在的理解という方向性がある。当事者と価値観や文化を共有する親密な関係者としての立場から事態や心情を把握しようと試みるのである(島薗1992、秋庭・川端2004)。
内輪の立場にいることを想定して臨めば、ただ漠然と共感的にと思っているのに比べて、状況をはるかに理解しやすくなる。本書では、基本的にそのような方法による記述と理解を試み、しかるのちに、必要に応じて批判的な検討を行なう。内在的な理解による記述は、ともすれば、当事者による意味づけを鵜呑みにした、偏りのあるものにも見えるだろう。しかし、それなしには到達しえない仮説を提示できる可能性を開いてくれる。
なお、本書では、プライバシーに関する配慮から、Q師範および関係する人物や土地などの固有名詞はすべて伏せてある。また、事の本質に影響を与えない範囲で、事実関係や経緯について意図的に改変を施したところがある。Q師範には著書もあるし、その他の刊行物もあるので、それらから引用したいのはやまやまだが、同じ理由で差し控えることとする。本書に登場する他の人物の出版物についても同様である。
文中の「 」で括った箇所は、とくに断らないかぎり、師範自身からの私信や私的記録からの引用と考えられたい。「 」内には手を加えないことを原則としているが、省略したところは……で示し、私の加えた注は〔 〕に入れてある。また、読みやすさを考慮して句読点を加えたり、全体の表記の統一のために漢字や仮名を置換したりした部分があることを断っておく。

 



主な目次

はじめに――Die Natur verlangt einen Tod.
第一章 念彼観音力
第三章 謫 仙
第四章 移し身
第五章 乱拍子
第六章 山伏問答
第七章 霊異相承
第八章 知 命
第九章 活殺自在
おわりに――similia similibus curantur

 


著者略歴

老松克博(おいまつ・かつひろ)

1984年,鳥取大学医学部卒業。1992~95年,チューリッヒ・ユング研究所留学。現在,大阪大学大学院人間科学研究科教授。ユング派分析家。博士(医学)。へたの横好きで,いくつかの武道・武術を嗜む。
著書:『身体系個性化の深層心理学』(遠見書房),『共時性の深層』(コスモス・ライブラリー),『人格系と発達系』『スサノオ神話でよむ日本人』(講談社),『ユング的悩み解消術』(平凡社),『無意識と出会う』『成長する心』『元型的イメージとの対話』(トランスビュー),ほか。
訳書:ユング『ヴィジョン・セミナー』『哲学の木』『クンダリニー・ヨーガの心理学』(創元社),ブラヴァツキー『ベールをとったイシス』(竜王文庫),ほか。