オープンダイアローグとコラボレーション──家族療法・ナラティヴとその周辺
オープンダイアローグとコラボレーション──家族療法・ナラティヴとその周辺
浅井伸彦・白木孝二・八巻 秀 著
定価2,800円(+税),192頁,A5判並製
ISBN978-4-86616-202-7 C3011
2024年8月刊行
この本は,オープンダイアローグと,その周辺の臨床心理論や支援理論,哲学などを解説をし,オープンダイアローグ実践のための基本をまとめたものです。
・家族療法から始まる流れや社会構成主義という考え方が及ぼした影響
・社会構成主義を取り入れつつ生まれたポストモダンなアプローチとの異同
・アドラー心理学,人間性心理学,PTMFなど別のアプローチとの異同
・昨今注目されているポリヴェーガル理論やトラウマ・ケアとの異同や親和性
などを詳述をしています。オープンダイアローグを多方面から見てみることで,新しいアイデアが見えてくるかもしれません。オープンダイアローグをしてみたい,エッセンスを日常臨床に取り込みたい,そんな方たちに必読の本となりました。
主な目次
推薦の辞 ハーレーン・アンダーソン
1 オープンダイアローグは単なる対話焦点型のセラピーか? 浅井伸彦
2 家族療法からオープンダイアローグへ 浅井伸彦
3 システム論からオープンダイアローグへ 浅井伸彦
4 未来語りのダイアローグとオープンダイアローグ 白木孝二
5 社会構成主義から考えるオープンダイアローグ 八巻 秀
6 ナラティヴ・アプローチとオープンダイアローグ 浅井伸彦
7 コラボレイティヴ・アプローチとオープンダイアローグ 浅井伸彦
8 リフレクティング・プロセスからオープンダイアローグへ 八巻 秀
9 アドラー心理学とオープンダイアローグ 八巻 秀
10 人間性心理学とオープンダイアローグ──PCAとフォーカシング,ベーシック・エンカウンターグループ 浅井伸彦
11 パワー・脅威・意味のフレームワーク 白木孝二
12 トラウマ・ケア,ポリヴェーガル理論とオープンダイアローグ 浅井伸彦
13 オープンダイアローグの持つインパクトと,さまざまな疑問 浅井伸彦
14 寄稿 イタリアの精神保健サービスにおけるオープンダイアローグと対話的アプローチの継続的実施 ピーナ・リデンテPina Ridente
15 寄稿 オープンダイアローグにおける「ともにいること」 キャシー・ソアリーCathy Thorley
推薦の辞
コラボレイティヴ・ダイアロジック・プラクティス(協働的対話実践)は,1950年代にテキサス州にある医学部の精神科の諸専門分野チームによる精神医学の伝統的な個人療法に対する問題提起から始まりました。
当初行われていた研究は時を越えて変化していき,チームが経験を積んでいくにつれて,彼ら自身や家族成員のセラピーの体験がどのようなものかについての理解を模索するようになっていきました。その理解を助けるために,彼らは哲学,社会学,自然科学,社会科学の文献などを読み漁りました。それと同時に初期の家族療法の発展や,それに続くMRI(Mental Research Institute)の仲間達,ミラノ・チーム,ノルウェーの精神科医であるトム・アンデルセン,北米の家族療法家であるリン・ホフマンらの貢献があり,またソリューション・フォーカスト・アプローチやナラティブ・セラピー,そして多種多様なシステム論的なセラピーが誕生していきました。それぞれがメンタルヘルスサービスの主流であるモデルに挑み,新たな方法でのセラピーを生み出し,提供していきました。テキサス・チームのアイデアと実践は,絶え間なく生まれ続け,現在でも未だ続いています。
彼らの挑戦,個人療法で用いられる概念や実践に対してでしたが,1980年代においては,家族療法で取り上げられていた「家族における病理」ということにすら挑戦し始めたのです。問題の原因は家族内にあり,より大きな「システム」がその家族をとりまくという考え方に対して異議を唱えるようになりました。問題は,より広いコンテクストの中に埋め込まれているという考え方であったことから,必然的にそのことを考慮した介入を行ったり,ターゲットを決めたりすることが必要でした。家族療法家の中には,バウンダリー(境界線)や分化,幼少期の影響といった個人療法の考え方が,現在でも役に立つと考える者もいました。
テキサス・チームは,観察者は観察されるシステムの一部であるという考え(量子力学),全体は部分の総和よりも大きいという考え(アリストテレス哲学),直線的因果論ではなく円環的因果論やパターン(システム論的家族療法)といった概念に影響を受け,セラピーを拡大させ続けました。
そこから数十年の時を超え,テキサス・チームの仲間たちは,人間関係や会話にフォーカスするセラピーを開発し続けてきました。行われる会話の種類や質によって,いかに人々は互いに影響を与え合っているか,あるいはその反対に会話を行わないことにはどういう影響があるのかということを。こうして「協働」と「会話」ということが,関係者間,また直接関わっていない人たちのシステムに対して取り組む上での重要な特徴となりました。専門家の持つ「哲学的スタンス」という概念は,あらゆる人に関わるサービスにおいて中心的なものと浮かび上がってきたのです。
はじめに
オープンダイアローグ40回目のお誕生日おめでとうございます! オープンダイアローグは,1984年8月27日にフィンランドの西ラップランド地方トルニオ市の精神科基幹病院であるケロプダス病院で生まれました。その誕生日から数えて,ちょうど40年(40歳!)となるこの日(2024年8月27日)に本書を上梓できることを嬉しく思っています。
ケロプダス病院では,世界的に行われ始めた脱施設化の流れ(病院への入院患者数を減らし,地域でケアできるように進めていくこと)に伴い,1980年代にフィンランド国内で推進され始めたNeed-Adapted Treatment(ニードに基づいた治療)と呼ばれていたものを取り入れるための勉強会が行われました。その勉強会がもととなって,Need-Adaptedな形で行うコミュニティ・ベースドなアプローチとして,「オープンダイアローグ」が始動されることとなりました。オープンダイアローグは誰か一人の創始者から成るものではなく,当時家族療法を行うフィンランドの臨床心理士であったヤーコ・セイックラJaakko Seikkulaやケロプダス病院の当時の院長だったビルギッタ・アラカーレBirgitta Alakareらをはじめとしたケロプダス病院のスタッフから成るチームによって,推進・発展していきました。
Need-Adapted Treatment(ニードに基づいた治療)自体も,Need-Adapted Approach(ニードに基づいたアプローチ)と呼ばれるようになり,「治療」という枠組みの中に限定されないものとなっていきましたが,オープンダイアローグではニードに基づく(合わせる)というだけではなく,セラピストの在り方,アプローチの在り方,そして対話そのものの在り方について注目しました。
オープンダイアローグは上記のような流れの中で生まれてきている一方で,フィンランドを含めたヨーロッパで1980年代に活発化していたミラノ派の家族療法の影響を多分に受けています。家族療法といえば,心理療法の中では日本ではどちらかというとあまり知られておらず,精神力動的なアプローチやクライエント中心療法(今ではパーソンセンタード・アプローチ),認知行動療法(今では第3世代の認知行動療法としてのマインドフルネスなど)が有名な3大アプローチとされています。
その一方で,家族療法は欧米諸国ではもう少し知名度があり,家族療法が生まれたアメリカでは,LMFT(Licensed Marriage and Family Therapist:結婚・家族療法士ライセンス)やMFT(Marriage and Family Therapist:結婚・家族療法士)という資格がクリニカル・サイコロジストとは別に存在するなど,一定の知名度があります。家族療法では,システム論的家族療法(あるいは,コミュニケーション派家族療法)と呼ばれるMRI(Mental Research Institute)から生まれたセラピーや,Nathan Ackermanによる精神力動的家族療法を始めとし,さらに構造派や戦略派,多世代派,ミラノ派(イタリア・ミラノにて)など多くの家族療法が生まれてきました。
ヨーロッパでは,システム論的家族療法を取り入れ独自にイタリア・ミラノで発展したミラノ派が隆盛し,フィンランドでも同じく,ミラノ派家族療法が取り入れられるようになりました。オープンダイアローグはこのミラノ派家族療法の持つ「仮説化」「円環性」「中立性」という3つの指標に影響を受けている部分が大きく,家族療法からの流れは切っても切り離せないものだと考えられます。
よく「専門家の鎧を脱ぐ」という言葉がオープンダイアローグでは用いられますが,「脱ぐ」ためには「着る」という行為をしなければいけません。また,多くの人にとっても,オープンダイアローグそのものが非常に曖昧な概念であると感じられ,手がかり(handle)のようなものがなければ,オープンダイアローグは扱う人によって都合の良い解釈がなされ,オープンダイアローグは,もはや(もとの?)オープンダイアローグではなくなってしまうことが危惧されます。2024年3月現在においても,オープンダイアローグに関して発信する人やグループは多く,正直なところ「これは本当にオープンダイアローグといえるのか?」と思うことも少なくありません。
とはいえ,「オープンダイアローグをどのようにとらえるか」自体においても,多声性(ポリフォニー),多様性(ダイバーシティ)が重要視されるため,まさに「構造化の程度が低いアプローチ」であるオープンダイアローグを自由に,そしてオープンに広めていく中での困難がそこにはあると感じています。このことは,クライエント中心療法(パーソンセンタードアプローチ)の創始者であるロジャーズの「リフレクション(伝え返し)」が,単なる言葉の「オウム返し」のように誤解されて伝わっていったことを彷彿とさせます。言葉で綴ること,口頭で伝えることの限界があり,そして曖昧なものを曖昧な状態で受け継いでいくことの難しさは筆舌に尽くしがたいものです。
以上のようなことから,
・家族療法から始まる流れや社会構成主義という考え方が及ぼした影響
・社会構成主義を取り入れつつ生まれたポストモダンなアプローチとの異同
・アドラー心理学,人間性心理学,PTMFなど別のアプローチとの異同
・昨今注目されているポリヴェーガル理論やトラウマケアとの異同や親和性
これらの観点からオープンダイアローグを立体的に見ることで,オープンダイアローグをよりよく理解し,他のアプローチとの比較をし,そして社会的にどのようにオープンダイアローグの考え方を実装していけるかの礎になれればと思い,本書を執筆いたしました。本書が少しでもみなさまにとって,オープンダイアローグの理解の一助となれば幸いです。
本書を刊行するにあたって,遠見書房の山内俊介さんにはたいへんお世話になりました。また,共著者である八巻秀さん,白木孝二さんにもあらためて御礼申し上げます。そして,本書をお手にとってくださる皆様方にも厚く御礼申し上げます。
著者を代表して 浅井伸彦
著者紹介
浅井伸彦(あさい・のぶひこ)
一般社団法人国際心理支援協会 代表理事,株式会社Cutting edge 代表取締役。公認心理師,臨床心理士,保育士,オープンダイアローグ国際トレーナー資格(The certificate that qualifies to act as responsible supervisor, trainer and psychotherapist for dialogical approach in couple and family therapy)など。
オープンダイアローグ,家族療法,ブリーフセラピーのほか,EMDRなどのトラウマ治療を,私設相談室MEDI心理カウンセリング東京/大阪などで行っている。
主な著書に,『はじめての家族療法:クライエントとその関係者を支援するすべての人へ』(北大路書房,編著),『あたらしい日本の心理療法─臨床知の発見と一般化』(遠見書房,編著)をはじめ多数。
白木孝二(しらき・こうじ)
Nagoya Connect & Share 代表。RDI® Program Certified Consultant。臨床心理士。
1991年,Brief Family Therapy CenterのResidential Trainingに参加。2005年,Connections Center よりRDI® Program Certified Consultant資格取得。
主な著訳書に,「ダイアローグ実践の哲学と臨床姿勢」石原・斎藤編(2022,共著)『オープンダイアローグ 実践システムと精神医療』東京大学出版会,「ダイアローグ」日本ブリーフサイコセラピー学会編(2022,共著)『臨床力アップのコツ:ブリーフセラピーの発想』遠見書房,L・ジョンストン,M・ボイル著『精神科診断に代わるアプローチPTMF』(2023,共訳)北大路書房
八巻 秀(やまき・しゅう)
岩手県生まれ。公認心理師。臨床心理士。駒澤大学文学部心理学科教授。SYプラクティス代表。やまき心理臨床オフィス・スーパーバイザー。岩手県総合教育センター・スーパーバイザー。東京理科大学理学部応用数学科卒業。駒澤大学大学院心理学専攻を修了。精神科クリニックや心療内科病院,カウンセリングセンターなどで心理臨床経験を積み,秋田大学教育文化学部勤務を経て,現職。
主な著書に,『かかわりの心理臨床:催眠臨床・家族療法・ブリーフセラピーにおける関係性』(遠見書房),『臨床アドラー心理学のすすめ』(遠見書房,共著)など多数。
寄稿者
ピーナ・リデンテPina Ridente Senior psychiatrist(上級精神科医),Former Director of a CMHC in the Trieste MHD, Italy(イタリア・トリエステMHD内CMHCの元所長)
キャシー・ソアリーCathy Thorley オープンダイアローグ国際トレーナー
ハーレーン・アンダーソン PhD.Harlene Anderson PhD. アメリカ・テキサス州ヒューストンでガルヴェストン・インスティテュートおよびタオス・インスティテュートを共同設立
徳村 牧 社会福祉士・精神保健福祉士・元家庭裁判所調査官
吉良由美子 鳥取県医療法人養和会養和病院精神科訪問看護看護師
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