クラスで使える! アサーション授業プログラム 改訂版

クラスで使える! アサーション授業プログラム 改訂版
『ハッキリンで互いの気持ちをキャッチしよう』

(鳥取大学大学院医学系研究科教授)竹田 伸也・(沖縄大学人文学部)松尾 理沙・(香川大学保健管理センター)大塚 美菜子 著

2,700円(+税) A5判 並製 130頁  C0011 ISBN978-4-86616-179-2
 

アサーションで子どもの生きる力を身につける!
自他尊重の自己主張である「アサーション」を育てることは子どもたちにとって大切なテーマの一つ。その「アサーション」の大事な考え方から具体的な進め方までを,キャラクターとともに簡単に身につけるためのプログラムがパワーアップしました!
本書は,認知療法を応用し開発されたアサーション授業プログラムです。
しっかり構造化された授業用プレゼンデータや資料の入った付録のファイル(当社サイトからダウンロードができます)と,わかりやすい手引きでだれでもアサーション・トレーニングの授業が出来ます。
(付録のデータ利用にはPowerPoint®2007以降が必要です)

姉妹本→『クラスで使える!ストレスマネジメント授業プログラム『心のメッセージを変えて気持ちの温度計を上げよう』


はじめに

この本は,2018年に出版した『クラスで使える! アサーション授業プログラム─自分にも相手にもやさしくなれるコミュニケーション力を高めよう』(以下,『アサーション授業』)に収めていたプログラムを,バージョンアップしたものです。元々,『アサーション授業』は2015年に出版した『クラスで使える! ストレスマネジメント授業プログラム─心のメッセージを変えて気持ちの温度計を上げよう』の続編として開発されたプログラムでした。いずれの本にも,私たちが開発した授業プログラムがCD-ROMに収められており,専門知識を持っていなくても,マイクロソフトのプレゼンテーション・ソフト「パワーポイント®」に沿って授業を進めることができ,1回で完結する授業プログラムです。
大変ありがたいことに,『アサーション授業』は多くの学校関係者の方々にお読みいただき,全国の小中学校で実践されています。同時に,現場の先生や子どもたちからアサーション授業をさらに発展させる有益な情報をたくさんいただきました。そうした声をしっかりと盛り込み,さらに使いやすく,ためになるプログラムとして生まれ変わったのが,本書に収録しているアサーション授業プログラムです。
アサーションとは,お互いを大切にしながらコミュニケーションすることであり,『アサーション授業』を出版する以前からすでに多くの教育現場で取り組まれています。以前から行われていたアサーションについて,私が新たに授業プログラムを作ろうと思ったのには,2つの理由がありました。
1つは,現場の先生方から数多く寄せられた「アサーションスキルを身につけたのに,それがうまく使えない子どもが少なくない」という声に応えたいとの想いからでした。アサーションスキルを習得してもそれが使えない理由として,「アサーションを阻む考え」が影響しているのではないかと私たちは考えました。たとえば,「本音を言ったら嫌われる」と考えると,言いたいことをハッキリと言えず,曖昧な言い方(非主張的表現)になってしまうでしょう。「強く言わないとなめられる!」と考えると,攻撃的な言い方(攻撃的表現)になってしまうでしょう。非主張的表現や攻撃的表現は,それを促す考えが浮かぶことによって,陥りやすくなる。だとすれば,子どもたちがアサーションを使えるようにするには,そのスキルを身につけるだけでなく,アサーションを阻む考えを弱める力も育ててあげなければなりません。しかし,これまで小中学校では,アサーションを阻む考えまで考慮したアサーション授業は行われていませんでした。アサーションを阻む考えを弱める力も身につけられる授業プログラムを作ろう。そう思って作成したのが,このアサーション授業プログラムです。
この授業プログラムを作ったもう1つの理由は,子どもたちの「自他尊重の心」を育てることが学校教育における大切な目標だと思ったからです。アサーションは,自他尊重の心に基礎づけられたコミュニケーションです。ところが,アサーションが扱われるとき,そうした自他尊重の心は置いておき,どうすればうまく相手に言いたいことが伝わるかという技術的な側面が強調され過ぎているように私には思えたのです。そこで,自他尊重の心の成長も視野に入れたアサーション授業プログラムを作ることにしました。自他尊重の心に基礎づけられたアサーションを身につけることによって,子どもたちの人間関係が豊かになり,いじめや不登校として表された子どもたちの苦しみが少しでも減ることが期待できます。それはそれでとても大切なことですが,このアサーション授業プログラムには,そうした短期的な効果以外に,長期的に見据えた「ある意図」が備わっています。
近頃,生きづらい世の中になったと思わないでしょうか。そしてその傾向は,『アサーション授業』を上梓した2018年と比べさらに強まってはいないでしょうか。みなさんは,誰かに助けてほしいときに,「助けて」と気軽に言えますか? 難しいと感じる人が,きっと少なくないと思うのです。では,私たちの社会は,どうしてこうも「助けて」と言うことのハードルが高いのでしょうか。さまざまな理由があるのでしょうが,そのなかにはきっと「世の中から余裕がなくなってきた」ということと「自己責任という考えが幅を利かせている」という事情が強く作用しているように思います。少し古いデータになりますが,米国のPew Research Centerが2007年に実施した国際調査では,「自立できない最も貧しい人たちの面倒をみるのは国の責任である」という考えに,47カ国中大半の国々では80%以上の人が賛成を示したのに対し,日本でそれに賛成した人は59%にとどまり最下位でした。この調査から,私たちの国では「自己責任論」が幅を利かせているということが垣間見えると思います。
世の中から余裕がなくなってきたということは,今までみんなが群がっていたパイが,実はすでにみんなで群がれないほど小さくなり始めているということです。そんなときに,自己責任論が幅を利かすと何が起こるでしょう。それは,小さくなり始めたパイを奪い合う,弱肉強食のグロテスクな競争です。なぜなら,自己責任論とは,「この先どうなるかはすべて自分次第。割を食いたくなければ,競争に勝ち上がれ」という価値観で暮らすことだからです。そんなふうに競争が強いられて,負けても誰も助けてはくれないというメッセージに日々囲まれて暮らしていると,私たちは自分のことで精いっぱいになってしまいます。こうした状況で「助けて」と言うのはかなり難しいことでしょう。
もう1つ,先ほどの米国の調査で言えることがあります。それは,「自立できない貧しさは,自分とは縁遠いことである」と考えている人が,私たちの国には一定数いるということです。生活困窮以外にも,子ども,高齢者,病者,障がい者など,弱者に組される状態は多様です。そうした弱者に対して,近年厳しい言説が飛び交うようになりました。そうした厳しい態度が取れるのは,「弱者は,自分とは無関係な存在である」と考えているからだと思うのです。しかし,本当にそうなのでしょうか。みなさんのなかで,子ども時代誰の世話も受けなかったという人はいるでしょうか。運よく長命を謳歌した場合,認知症になったり寝たきりになったりしないと断言できる人はいるでしょうか。病気や障がいをまったく得ずに天寿を全うできると思える人はいるでしょうか。生まれてから死ぬまでの間に,自分は生活困窮と無縁であると言い切れる人はいるでしょうか。いずれも,もちろんいないでしょう。ここから言えること。それは,弱者とはかつての自分やいつか訪れる自分であるということです。つまり,「時間軸の異なる自分」こそ,弱者の本体なのです。そう考えると,弱者を排他するような行為は,自分に呪いをかけるようなことだとわかります。私たち誰もが備えている「弱さ」を安心して表すことができない社会は,誰にとっても生きづらい社会です。
世の中が生きづらくなったと感じるのには,もう一つ理由があります。それは,社会の分断に根差した機能しないコミュニケーションがはびこっていることです。今の時代は「分断の時代」だと言われます。これ自体驚くことはありません。人はそれぞれ抱えている価値観が異なるので,意見の違いというレベルでの分断が生じるのは自然なことでもあります。問題なのは,意見の違う人同士の間でコミュニケーションが機能しないことです。コミュニケーションをほかの言葉に置き換えると,「やりとり」という言葉がぴったりです。言葉を「やる(伝える)」ことと言葉を「とる(受け取る)」ことが調和していなくては,コミュニケーションは成立しません。コミュニケーションが機能しないとは,こちらの言いたいことをしっかりと相手に届けられず,相手が言ったことをありのまま受け取ることができないということです。2023年に報告されたWorld Happiness Reportによると,国別の幸福度ランキングで日本の順位は137カ国中47位でした。ところが,寛容さに関しては群を抜いて低かったのです。このことは,日本国内において価値観や立場の異なる人との間でのやりとりが極めて難しくなっていると理解することができます。
解決困難な問題に対して,人は距離を取ろうとしがちです。解決困難な問題を抱えることによる葛藤を避けたい心理からそうなるのでしょう。では,価値観の違いを解決することは可能でしょうか。誰もが同じ価値観を抱けない以上,それは不可能なことです。そうすると,「解決困難な問題に対して距離を取ろうとする」という働きによって,価値観が違う相手に対して「ここ(学校,職場,地域,日本)から出ていけ」という定型句が飛び交いやすくなります。そうした社会は,誰にとっても窮屈であるばかりでなく,多様性を包摂することがますます困難になるでしょう。
たしかに,価値観が似ていて気心知れた者同士でやったほうがうまくいくという考えもあります。「世の中を見たいように見る」という性質を備えた私たちにとって,見たい方向が一致した集団に属することは,きっと居心地のよいことでしょう。しかし,そこには大きな落とし穴があります。それは,みんなが同じ方向を向いていると,そこから生まれる営みは極端になりやすいということです。そのうえ,向いている先に大きな危険があったり,向いているほうとは違う方向に大切なことがあったりした場合,それを見落とすリスクを抱えることにもなります。全員が「前に突っ込め!」と猛進する先に崖があれば,全滅する。こうしたときは,「自分はこの場にとどまりたい」「そんなに速く進めないからゆっくり行く」「自分は違う方向に進みたい」という人がいたほうが,その集団が生き延びる可能性を高めます。そう考えると,コミュニティを構成する人々のウィングが広いというのは,とても大切なことなのがわかります。これからの時代に必要なのは,自分と価値観が異なる人たちと,互いに尊重しあってコミュニケーションする力です。その力が,コミュニティにおける多様な人々の共生を可能にし,さまざまな局面を乗り越える最適解を生み出す底力となるからです。
生きづらい社会の反対は,居心地よい社会です。では,居心地よい社会とはどのような社会でしょうか。ここまでの話をまとめると,「安心して弱さを表せる社会」であり,「価値観や立場の異なる人々との間でコミュニケーションが機能する社会」であるといえるでしょう。そのために求められることこそ,自他尊重の心に基礎づけられたコミュニケーションだと思うのです。この先どのような社会が待ち受けていようと,そうした成熟を遂げた市民が多ければ多いほど心強い。だからこそ,学校教育のなかで自他尊重の心に基礎づけられたアサーション力を養うことはとても大切なことではないかと考えたのです。そうした想いから,力を注いで作り上げたのが,本書に収めたアサーション授業プログラムです。
つい思いが溢れてしまい,あれこれと多くを語りすぎてしまいました。私たちのアサーション授業プログラムがなぜ生まれ,どこに向かっているかを少しでも酌んでいただけましたら嬉しいです。バージョンアップしたアサーション授業を,より多くの学校で取り組んでもらえるために,本書を改めて出版してくださいました遠見書房の山内俊介さんに,心より感謝申し上げます。
このアサーション授業プログラムが,手に取っていただいた先生によって楽しく実践され,子どもたちの健やかな成長に役立つことを,心より願っています。

竹田伸也

【引用文献】
Helliwell, J.F, Layard, R., Sachs, J.D., Aknin, L.B., De Neve, J.E, & Wang, S. (Eds.): World Happiness Report 2023 (11th ed.). Sustainable Development Solutions Network, 2023
Pew Research Center: World Publics Welcome Global Trade-But Not Immigration: 47-Nation Pew Global Attitudes Survey. Pew Research Center, 18, 2007.



主な目次

はじめに
第1部 『ハッキリンで互いの気持ちをキャッチしよう』プログラム……って何?
プログラムの概要
プログラムのねらい

第2部 『ハッキリンで互いの気持ちをキャッチしよう』プログラム説明書
おわりに

ほか


著者略歴

竹田伸也(たけだ・しんや)
鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学講座教授。博士(医学)。
香川県丸亀市出身。鳥取大学大学院医学系研究科医学専攻博士課程修了。臨床心理士,公認心理師。
鳥取生協病院臨床心理士,広島国際大学心理科学部講師,鳥取大学大学院医学系研究科講師,准教授を経て現職。日本老年精神医学会評議員,日本認知症予防学会代議員,日本認知・行動療法学会認知行動療法スーパーバイザー等を務める。
「生きづらさを抱えた人が,生まれてきてよかったと思える社会の実現」を臨床研究者としてもっとも大切にしたい価値(ビジョン)に掲げ,研究や臨床,教育,執筆,講演等を行っている。
主な著書に,『一人で学べる 認知療法・マインドフルネス・潜在的価値抽出法ワークブック─生きづらさから豊かさをつむぎだす作法』(遠見書房,2021),『対人援助職に効く 人と折り合う流儀─職場での上手な人間関係の築き方』(中央法規出版,2023)など多数。アルツハイマー病の早期発見に役立つスクリーニング検査『竹田式三色組合せテスト』(遠見書房,2022)の開発者の一人である。

松尾理沙(まつお・りさ)
沖縄大学人文学部こども文化学科准教授。博士(医学)。
沖縄県豊見城市出身。鳥取大学大学院医学系研究科医学専攻博士課程修了。臨床心理士,公認心理師。
北九州市八幡特別支援学校,松江市発達・教育相談支援センター「エスコ」,沖縄大学人文学部こども文化学科講師を経て現職。公立久米島病院での心理士外来,久米島町教育委員会での教育支援委員会委員として臨床,研究に携わる。
「子どもとその家族が地域での共生社会を実現」するために,自分自身に何ができるかさまざまな領域の先輩方や仲間や学生の力と知恵と若さを借りながら模索中。
著書に,『自閉症の子どものためのABA基本プログラム3─家庭で無理なく楽しくできる生活・自立課題36』(分担執筆,学研,2011),『マイナス思考と上手につきあう認知療法トレーニング・ブック─心の柔軟体操でつらい気持ちと折り合う力をつける』(分担執筆,遠見書房,2012),『8つの視点でうまくいく! 発達障害のある子のABAケーススタディ』(分担執筆,中央法規,2013),『自閉症の子どものためのABA基本プログラム34─家庭で無理なく楽しくできる困った行動Q & A』(分担執筆,学研,2015),『トントン先生の乳幼児検診─時期別・状況別・臓器別に学べる,限られた時間での診方・考え方のコツ』(分担執筆,羊土社,2021)など。

大塚美菜子(おおつか・みなこ)
香川大学保健管理センター講師。
京都府長岡京市出身。兵庫教育大学連合学校教育学研究科学校教育臨床連合講座博士後期課程単位取得満期退学。臨床心理士,公認心理師,EMDR認定コンサルタント・ファシリテーター。
公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構兵庫県こころのケアセンター主任研究員,兵庫教育大学非常勤講師を経て現職。CPT(認知処理療法)やEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)などを用いたトラウマ回復支援を専門に臨床研究活動を行っている。
著書に,『嘔吐恐怖症』(分担執筆,金剛出版,2013),『マイナス思考と上手につきあう認知療法トレーニング・ブック─心の柔軟体操でつらい気持ちと折り合う力をつける』(分担執筆,遠見書房,2012),『こわかったあの日にバイバイ!─トラウマとEMDRのことがわかる本』(翻訳,東京書籍,2012),『私の中のすべての色たち─解離について最初に出会う本』(翻訳,スペクトラム出版,2017),『EMDRがもたらす治癒─適用の広がりと工夫』(共監訳,二瓶社,2016)など。
本書のイラストも担当している。

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