外国にルーツをもつ子どもたちの学校生活とウェルビーイング──児童生徒・教職員・家族を支える心理学(BL子どもの心と学校臨床8)

外国にルーツをもつ子どもたちの学校生活とウェルビーイング
──児童生徒・教職員・家族を支える心理学

松本真理子(名古屋大学大学名誉教授)・野村あすか(名古屋大学心の発達支援研究実践センター准教授)

2,000円(+税) A5判 並製 169頁
C3011 ISBN978-4-86616-164-8

新しく日本に暮らす外国にルーツをもつ子どもたちへの支援
未来につながる幸福のために

多様化,グローバル化,労働人口の減少など産業構造の変化を背景に増加傾向にある「外国人児童」。子どもたちは幸せなのでしょうか? 親は子どもたちにどんな未来を歩ませたいと考えているのでしょうか? どんな夢や希望を持っているのでしょうか?
この本は,外国にルーツをもつ子どもたちの学校生活についての心理学的な調査や臨床心理支援をもとに,子どもたちの心のありようや現実を〈ウェルビーイング〉をキーワードに解き明かし,よりよい未来につながる提言を行ったものです。
子どもたちや保護者などの大規模調査や描画検査,心理検査を通して,子どもたちのこころの内面に迫った本書は,多くの教職員,支援者たちに読んでもらいたい1冊になりました。


主な目次

はじめに
第1部 子どもたちの学校生活は幸せだろうか──日本語能力・ウェルビーイング・国際比較
第1章 保護者の描く子どもの未来──子どもの幸福を願う親の心 松本真理子
第2章 QOL(クオリティ・オブ・ライフ)にみる学校生活の満足感──心理学的質問紙から見えること 野村あすか
第3章 描画に見る学校生活の実際──動的学校画に描かれた友達・先生そして自分 森田美弥子
第4章 対人葛藤場面における解決方法から見えること 鈴木伸子
第5章 国際比較にみる子どもたちの主観的幸福感──子どもたちの幸福感の国際比較:日本人・日本在住外国人・フィンランド人・モンゴル人 坪井裕子
第6章 子どもたちの幸福感の国際比較:「文章完成法」から①──子どもたちにとって幸せとは 野村あすか
第7章 子どもたちの幸福感の国際比較:「文章完成法」から②──子どもにとって不幸せとは 二宮有輝
第2部 外国にルーツをもつ子どもたちを支える
第8章 スクールカウンセラーがみる子どもたちの日常 二宮有輝
第9章 子どもたちの学校生活をささえるチーム支援 飯田順子・岡安朋子
第10章 本当に発達障害児だろうか?──アセスメントの方法 島田直子
第11章 多文化を受け入れる教室を目指して──多文化を包摂する力の発達と教室の目標構造 中谷素之
第12章 フィンランドに住む外国にルーツをもつ子どもたちと学校生活──現地調査から 坪井裕子・松本真理子
現地報告:フィンランドから コロナ禍におけるフィンランドの外国にルーツをもつ児童の学校生活と日常 竹形理佳


編者略歴

松本真理子(まつもと・まりこ)静岡県生まれ,名古屋大学名誉教授,博士(心理学),公認心理師・臨床心理士・学校心理士
主な著書『心とかかわる臨床心理 [第3版]─基礎・実際・方法』(共著,ナカニシヤ出版,2015),『心の発達支援シリーズ4 小学生・中学生 情緒と自己理解の育ちを支える』(シリーズ監修・編著,明石書店,2016),『災害に備える心理教育─今日からはじめる心の減災』(編著,ミネルヴァ書房,2016),『日本とフィンランドにおける子どものウェルビーイングへの多面的アプローチ─子どもの幸福を考える』(編著,明石書店,2017),『公認心理師基礎用語集 増補第3版』(編著,遠見書房,2022)ほか多数

野村あすか(のむら・あすか)愛知県生まれ,名古屋大学心の発達支援研究実践センター准教授,博士(心理学)。公認心理師・臨床心理士。
主な著書『福祉心理臨床実践 心の専門家講座⑨―「つながり」の中で「くらし」「いのち」を支える』(編著,ナカニシヤ出版,2021),『学校心理臨床実践 心の専門家講座⑦』(分担執筆,ナカニシヤ出版),『日本とフィンランドにおける子どものウェルビーイングへの多面的アプローチ―子どもの幸福を考える』(分担執筆,明石書店,2017),『災害に備える心理教育―今日からはじめる心の減災』(分担執筆,ミネルヴァ書房,2016)ほか

執筆者一覧:五十音順
飯田 順子(いいだじゅんこ・筑波大学人間系心理学域・附属学校教育局)
岡安 朋子(おかやすともこ・東洋大学社会学部社会福祉学科)
島田 直子(しまだなおこ・立正大学心理学研究所)
鈴木 伸子(すずきのぶこ・愛知教育大学教育科学系心理講座)
竹形 理佳(たけがたりか・フィンランド・トゥルク市)
坪井 裕子(つぼいひろこ・名古屋市立大学大学院人間文化研究科)
中谷 素之(なかたにもとゆき・名古屋大学教育発達科学研究科 )
二宮 有輝(にのみやゆうき・人間環境大学心理学部心理学科)

野村あすか(のむらあすか・名古屋大学心の発達支援研究実践センター)*
松本真理子(まつもとまりこ・名古屋大学大学名誉教授)*
森田美弥子(もりたみやこ・中部大学人文学部心理学科,名古屋大学名誉教授)

*編者


はじめに

Ⅰ 気づきのはじまり──彼らの学校生活は幸せだろうか?
編者らは,大学院の小中学校特別支援学級での実習指導担当として,県内でも有数の外国人児童生徒の多い地域の学校を巡回しています。1990年の出入国管理及び難民認定法の施行によって,外国人およびその家族が急増した10年間を経て,さらに国籍の多様化,滞日の長期化が進んできたものの,学校現場では急増する子どもたちの日本語教育に追われ,さまざまな課題に対して今なお試行錯誤のさなかにあります。
私たちが巡回する特別支援学級でも,外国人児童生徒が2000年以降,増加傾向にありました。特別支援学級に在籍する外国人児童生徒について彼らにはどのような課題があるのでしょうか,と担任に尋ねると,学力の遅れ,落ち着きのなさ,集団行動ができないなど,やや自信なさそうに説明されるのが常でした。そうした子どもたちとかかわり,話をしてみると,知的な遅れではなく日本語習得の問題だけではないか,多動ではなく文化的習慣の相違に起因するのではないか,あるいはどのような発達障害なのか? などと思うこともあります。
年を追うごとに外国人児童生徒は急増し,10名以上の特別支援学級でネイティブ日本人は1名のみという学校も出現してきました。小学校では外国人児童在籍率が全校児童の過半数を占める学校もあります。そこでは,教室で日本人を「探す」必要があり,昼休みの校庭はサッカーに興ずる外国人児童であふれている光景が日常でした。
ある日の教室での一場面でした。その日も数名の外国人児童は屈託なく笑い,群れるときには懐かしい母語が飛び交っていました。編者は何を話しているのかわからない焦りを感じつつも,楽しそうな雰囲気に交わっていました。その時です,そこへ教師がおもむろに近づき「ここは日本です! 日本語を使いなさい!」と叱責しました。子どもたちは飛び上がるほどに驚き,その場は沈黙の気まずさに一転しました。叱責した教師には私たちと同様に,何を話しているのかわからないという焦りや不安があったのだと思います。その気持ちには共感できるものがあります。
一方,外国人児童生徒にとって今ここでの学校生活は幸せなのだろうか,日本語教育もさることながら,彼らのウェルビーイングを考える視点が学校には日本語教育と同じくらいに大切なのではないだろうか……。そんなことを強く感じる一場面もありました。
そして,同様の思いを共有する心理学の仲間とともに外国にルーツをもつ子どもたちのウェルビーイングに関する研究を開始しました。

Ⅱ 外国人の子どもへの取り組みにみる学問領域
 ─研究や関心の乏しい心理学領域
文部科学省の外国人児童生徒に対する政策としては,1998年に実施された日本語指導に関する調査にも認められるように「日本語教育」に重点が置かれてきました。習得が難しい言語とされる日本語であり,当然ともいえる政策と思われます。その後,平成29(2017)年改訂の『新学習指導要領』では総則において「日本語の習得に困難のある児童生徒への指導」が明記され,2019年には『外国人児童生徒受入れの手引 改訂版』(文部科学省,明石書店)が刊行されるなど日本語教育を中心としての取り組みは進んでいます。
教科指導においても,集団適応においても,学校生活の基本は「言葉」によるやり取りであり「教育」です。その結果,日本語教育のみでなく,外国人の子どもに対する研究や図書刊行も,教育学の分野が中心となっています。異文化間教育学会は異質な文化の接触によって生ずるさまざまな教育の問題を学問対象として取り上げ,その研究を促進することを目的として,1981年に設立され,多くの研究や出版物を刊行しています。
また教育の専門家による支援・指導のためのハンドブックの類も複数刊行されています(齋藤編,2011;菊池,2021;宮崎編,2014など)が,これらは日本語指導を中心として現場での課題への対応などを扱う実践向き図書であることが特徴です。
志水・清水(2001)は教育をより広く捉えた教育社会学の立場から,ニューカマーをめぐる教育の問題を従来の日本の学校文化とエスニシティから考察しており,結論として「日本の学校は外国人のためにも存在する」という意識をもち行動すればよい,と述べています。
またOECDはPISA調査におけるネイティブと移民の学力比較の分析をもとにして各国の教育政策に関する調査報告書を刊行しています(OECD,2015)。基盤は移民においてもよりよい経済的条件やよりよい暮らしを目指すものです。
さらに社会学者や文化人類学者による研究や図書も認められ,森田(2007)は,日本に定住するブラジル人の子どもたちの適応過程を調査し,日本の教育モデルの長所と短所について考察しています。
このように見てくると,外国人児童生徒の問題は日本語教育を中心として,教育学,言語学,教育社会学を中心として多くの研究や刊行がなされていることがわかります。
それに加えて最近では,毎日新聞取材班編(2020)が,外国人児童生徒の社会問題として就学不明児,学校での無支援状態,発達障害とみなされていることの問題や不就学・不就労を取り上げた図書を,田中(2021)がNPOの立場からコロナ禍での困難や課題について考察した図書を刊行するなど,広く社会的問題全体を扱った図書も増加してきているのが特徴です。
以上これまでの外国人児童生徒と学校をめぐる研究や図書などを概観してお気づきと思われますが,心理学領域の図書が見当たりません。特に,編者は臨床心理学を専門としています。学校現場で出会うことの多い外国人児童生徒について,彼らの心の健康支援や学校生活での不適応の問題などはもっと扱われてもいいはずですが,残念ながら皆無の状態です。あるいは外国人の児童生徒が増加し,多国籍化,多言語化してきた日本の公教育場面における学級経営や教室文化のあり方などがもっと心理学の立場から提言されてもよいはずです。しかし,残念ながら,研究や図書は極めて乏しい現状にあります。

Ⅲ 本書の意図するところ
──彼らの生涯を見通したウェルビーイング向上のために
本書は,上述したような流れの中から心理学者が集い刊行を計画したもので,大きく以下の3点を柱としています。
①彼らの学校生活における満足感の実態とウェルビーイング向上。
 これについては,基礎研究の結果および現場での心の健康を中心とした支援実践事例などを通して具体的に描きます。
②発達障害児として扱われることも多い,彼らの不適応(に見える)状態を適切に測定するための心理学的方法。
③多様化した学校現場での教室文化のあり方。
①については,2003年以降日本人児童のウェルビーイングに関して共同研究を実施してきたフィンランドでの調査や国際比較調査を紹介します。北欧の国フィンランドでは「子どもは国の宝」とされ福祉と教育に恵まれています。それゆえに,多くの移民が北欧諸国に流入することが社会的問題となっています。そのような国で,外国人児童はどのような学校生活を送っているのだろうか,という疑問から現地調査を実施しました。これらの調査研究をもとに彼らのウェルビーイング向上に必要なことを読者皆様と考えたいと思います。
また長くフィンランドに在住し学校教育に携わっている心理学者竹形理佳氏のご協力により,2019年から続くCOVID-19のパンデミック下における外国人児童の生活について,現地報告として掲載しております。
②については,発達障害圏とされる児童の増加に伴い,外国にルーツを持つ児童においても,発達障害なのか,異文化の影響なのかと迷う事例が少なくありません。適切なアセスメントと支援は大切な課題であり,本書でも最新の心理学からの知見を提供したいと思います。
③については,彼らを取り巻く教室環境そのものへのアプローチという新たな視点の大切さと,いかに支援するかについての提言を行いたいと思います。

2021年9月の日本学校心理学会では「外国人児童における日本の学校生活を考える」というシンポジウムが開催されました。遅ればせながら,心理学の学会レベルでも彼らのウェルビーイングを考える気運が高まってきたのでは,と期待しております。
本書には外国人児童生徒の学校生活と幸せについて考えていただくきっかけになれば,という願いが込められております。彼らの実際の学校生活でのつまずきや悩みを事例で紹介し,それに対する心理学の視点からの支援についても章立てし,より具体的に考えていただけるような工夫もしております。
本書の刊行にあたっては,外国人児童生徒に関する心理学関連の図書が乏しいことを懸念されていた遠見書房の山内俊介社長との意気投合の賜物であり,多大なご指導とご協力をいただきましたこと,記して深く感謝申し上げます。
本書が,これからも増えてゆくであろう外国人児童生徒の生涯の幸せにどこかで繋がるとしたら,筆者一同望外の喜びです。

Ⅳ 本書の用語について
本書で扱う「外国人児童生徒」について
本書のタイトルにおいて「外国人児童」「外国にルーツを持つ子ども」「外国人の子ども」「ニューカマーの子ども」など複数の案がありました。多くの研究や図書でも用語に関する苦労が見て取れます。「外国籍児童」とすると,日本国籍として生まれた子どもの中にも日本語教育を必要とする外国にルーツを持つ子どもが増加している現状があります。「外国人の子ども」とすると「外国人」の定義が問題となります。「ニューカマー」とは1980年代以降に日本へ渡り長期滞在する外国人を指す,とされており,現在の学校教育ではニューカマーとして来日した外国人の孫世代に相当する子ども,すなわち,日本国籍で日本人の子どもが学校現場では「外国人の子ども」として対象になることもあります。
日本人とひとくくりにできない多様化社会となりつつある中であえて「外国人の子ども」と表記することに若干の居心地の悪さがないわけでもないのですが,本書の目的を明確にするために,本書のタイトルは「外国にルーツを持つ子ども」とし,文章中では「外国人児童生徒」を原則表記とし,各章において必要に応じて別の呼称を用いています。
「ウェルビーイング」の概念について
ウェルビーイングとは多義的な概念で,一般的には日本語では「幸福」と訳されることが多い用語です。筆者らの研究では,Dienerら(2006)による「肯定的なものから否定的なものまで,人々が自分の生活について行うあらゆる評価と,人々が自身の経験に対して示す感情的反応を含む良好な精神状態」という定義に基づき,自尊感情や精神的な健康度に関する主観的評価のみならず,身体的な健康度や家族・友人との関係に対する評価,学校生活の満足感などの側面を含むこととして研究を進めました。なお章によっては,目的によりウェルビーイングもしくは「幸福感」という用語を区別して用いています。

本書における事例について
本書では各章の冒頭で,その章に関連する事例を紹介していますが,すべての事例は筆者らのこれまでの学校臨床経験をもとに作成した架空の事例(名前も架空)であることをお断りしておきます。

編者 松本真理子
野村あすか

文   献
Diener, E., Lucas, R. E. & Scollon, C. N. (2006) Beyond the hedonic treadmill: Revising the adaptation theory of well-being. American Psychologist, 61(4); 305-314.
菊池聡(2021)学級担任のための外国人児童指導ハンドブック.小学館.
毎日新聞取材班編(2020)にほんでいきる.明石書店.
宮崎幸江編(2014)日本に住む多文化の子どもと教育─ことばと文化のはざまで生きる.上智大学出版.
森田京子(2007)子どもたちのアイデンティティー・ポリティックス─ブラジル人のいる小学校のエスノグラフィー.新曜社.
文部科学省(2019)外国人児童生徒受入れの手引[改訂版].明石書店.
OECD(2015)Immigrant Students at School:Easing the Journey towards Integration(布川あゆみ・木下江美・斎藤里美監訳(2017)移民の子どもと学校─統合を支える教育政策,明石書店).
齋藤ひろみ編(2011)外国人児童生徒のための支援ガイドブック─子どもたちのライフコースによりそって.凡人社.
志水宏吉・清水睦美(2001)ニューカマーと教育─学校文化とエスニシティの葛藤をめぐって.明石書店.
田中宝紀(2021)海外ルーツの子どもと支援─言葉・文化・制度を超えて共生へ.青弓社.

 

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