質的研究法M-GTA叢書1 精神・発達・視覚障害者の就労スキルをどう開発するか ――就労移行支援施設(精神・発達)および職場(視覚)での支援を探る

質的研究法M-GTA叢書1
精神・発達・視覚障害者の就労スキルをどう開発するか
――就労移行支援施設(精神・発達)および職場(視覚)での支援を探る

竹下 浩著

本体2,200円+税 A5版 並製 150頁 C3011 ISBN978-4-86616-110-5
2020年9月発行

障害者は働くスキルをどう向上でき,支援員や上司はどう支援できるのでしょうか。本書は,就労移行支援(精神・発達障害)と事務系職種(視覚障害)の調査データをM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)で分析し,障害をもった方が幸せに快適に働けるように効果的な支援プロセスを提示しています。
また,質的研究法学習者のために,異なる領域で得られた知見から普遍的な理論を導く方法を,初めて具体的に詳述しました。
「質的研究法M-GTA叢書」シリーズ第1弾。


目次
第1章 M-GTAの考え方と使い方
第2章 初心者は,どうやって支援員になっていくのか
第3章 躓きタイプ別の支援の仕方
第4章 育成教材の作り方
第5章 職場で就労スキルをどう開発するか
第6章 まとめ
第7章 M-GTAに関する補論


著者略歴
竹下 浩(たけした ひろし)
筑波技術大学保健科学部教授。
みずほ銀行,ベネッセコーポレーション,職業能力開発総合大学校を経て現職。
M-GTA研究会世話人。
博士(経営管理)(青山学院大学),博士(心理学)(九州大学)。
主な著書 Thoughts on and methods used in M-GTA. In: Mechanism of Cross-Boundary Learning: Communities of Practice and Job Crafting. Cambridge Scholars Publishing, 59-89, 2019


質的研究法M-GTA叢書 刊行の辞

質的研究が既存の専門領域を横断する研究アプローチとして独自に領域形成したのは1990年代始め頃とされているが,以後ヒューマンサービス領域を中心に注目すべき関心の拡がりを見せ現在では定着したものとなっている。質的研究にはさまざまな個別の研究方法があり,それらは総称して質的研究法と呼ばれているが,その共通特性は,人間の複雑で多様な経験がより自然な形で表現されたものとしての質的データを用いる点と,社会的存在としての人間をより深く,共感的に理解しようとする点にあるといえよう。
M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)はそのひとつであるが,1960年代に社会学者バーニー・グレーザーとアンセルム・ストラウスによって提唱されたオリジナル版GTAを抜本的に再編成し,深い解釈とシステマティックな分析による理論(説明モデル)の生成とその実践的活用を重視する質的研究法である。M-GTAは分析方法の明確化と分析プロセスの明示化という質的研究法の長年の課題に対して,研究者を主題化(【研究する人間】の視点)することで開発された研究方法である。
M-GTA研究会がわずか数名の勉強会としてスタートしたのは2000年2月であったが,20年間の活動を経て現在では会員約600名の規模に成長している。専門領域も看護・保健,社会福祉・ソーシャルワーク,介護,リハビリテーション,臨床心理・カウンセリング,学校教育・日本語教育,経営・キャリア,そして社会学など多岐にわたる。定例研究会を中心に,修士論文報告会,会員外の人たちを対象とする公開研究会,東京を含め地方のM-GTA研究会による合宿的な合同研究会など多様なプログラムを展開している。M-GTAの学習が共通目的であるが,自分とは異なる専門領域の人たちの研究に接することで自分の発想や思考を刺激するダイナミズムがあり,新しい学びの場に成長してきた。
M-GTAは,研究会会員はもとよりそれ以外の多くの研究者にも活用され多数の研究成果が発表されている。会員による著作の刊行も続いている。その一方でM-GTAの理解が徹底されていない場合もみられ,また,最も重要である研究結果の実践への応用も未だ十分には拓かれていないという課題を抱えている。こうした状況に鑑み,M-GTAの分析例であると同時にその成果の実践的活用までを視野に入れたまとまった研究例の提示が必要になっている。本叢書はM-GTA研究会の会員による研究成果を,M-GTAに関心のある人,そして,具体的な研究成果の現場での活用に関心をもつ人の両方を読者として想定し,コンパクトなモノグラフとして刊行するものである。どちらの関心から入っても両方の理解が深まることを意図した編集としているi。

研究会創立20周年の年に
木下康仁
M-GTA研究会を代表して
(http://m-gta. jp/)


はじめに

本書は,障害者の就労支援に少しでも役立ちたいと思いつつ取り組んできた研究をまとめたものである。書き終えた今,「障害者の就労スキル獲得支援にM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)が有効な手法となり得る」「研究の社会的アウトカムの一方法を示し得る」と考えている。
筆者は省庁系大学校で職業訓練の「受講者支援」(障害者や特別配慮者を含む)ユニットに所属した後,現在は障害者のための大学でさまざまな研究プロジェクトに関わっているが,プロジェクトに共通するテーマは「社会的に困難な立場にある人々の就労スキル獲得を支援すること」である。本書の内容の一部でも,障害者の就労を支援する方々,職場で頑張っている当事者と上司・同僚の皆さん,M-GTAを使いたいと思っている対人援助専門職と研究者の,お役に立つことができれば幸いである。
就労移行支援
就労移行支援事業は,一般就労を希望する障害のある人々を支援する事業である。従来の授産施設等では福祉から就労への移行に限界があったため,自立支援法により創設された。他者との間の緊張感や求められる仕事水準の厳しさなどの面で,中間的な環境を提供するのが特徴である。他にも,職業適性のアセスメント,自己理解の支援,職場のマッチング,フォローアップ等を提供する。
障害者の就労ニーズが急増している結果,就労移行支援事業者数も拡大しており,現場では「支援者の養成」が急務となっている。支援員は,介護・福祉等経験者とビジネス経験者がそれぞれ半数を占め,新領域なので就労移行支援の経験者はまだ少ない。一方,事業所には支援員を養成するためのノウハウが十分に蓄積されておらず,M-GTAが役に立てると考えた。
フィールドは,精神(含む発達)障害と視覚障害である。選択の理由は,各研究プロジェクトの目的及びご協力を頂いた企業の利用者の実態によっているが,結果的に,近年就労ニーズが急増している領域と,職域(就労できる職種)拡大が急務となっている領域となった。そして,後述するように,他障害や,就労に際して困難を抱える人々の就労支援にも応用できる知見を提示することを目指している。
M-GTAの目的
M-GTAの目的は,「対人援助専門職が状況を改善できる理論を生成できるようにすること」である。そのために,GTAの目的が「実践での応用」であることを再確認しつつ,難解な分析手順を可視化して平易にした。分析結果は,生活や職場で何らかの「困難を抱えている人」と「その人を支援する人」が,直面する状況の意味を理解し,上手くコントロールできるための見取り図(結果図)として提示される。提示して終わりではなく,訓練プログラム開発等により「現場で応用」してもらい,フィードバックにより「修正」していくという継続的なプロセスの中に置かれているのである。これは,研究活動の社会的アウトカム(結果によりもたらされる行動や状態の変化)追求の在り方を示している。
就労スキル
職場における「タスク」(担当業務や職責)の遂行には,3つの「スキル」(技術的・対人的・概念的)を組み合わせて発揮することが必要である。例えば,社員研修の企画と実施には,企画書と連絡文書作成や経費管理のためにオフィス系ソフトを使いこなす技術的スキル,チームのメンバーや関係部署の担当者との関係や講演者や参加希望者とのメールによる意思疎通を円滑にする対人的スキル,いつまでに何の会議や依頼状を出すなどの段取りをする概念的スキルが必要となる。そして文系・理系を問わず,企業は学生に,対人的スキル(チームワーク・協調性,社会性)と概念的スキル(課題設定・解決,論理的思考)を求めている。
企業の存続と発展を可能にするタスクを設計するためには経営学の,タスクに必要なスキルの発達メカニズム解明には心理学の知見が必要となる。心理学の思考・感情・行為の観点からは,例えば「支援者は,どんな悩み(感情)に直面し,どう工夫(思考)しているのか?」「当事者は,スキルをどうやって獲得(行為)していくのか?」という問いが生まれる。そして,これらの解明に適した研究法が,M-GTAなのである。
本書の構成
第1章では,本書の読者がM-GTAの初心者を含むことを想定し,M-GTAの考え方・やり方について説明する。そこで,これから職場で働こうとする障害者が「どんな困難に直面するのか」「どんな工夫で対処できるのか」,周囲が「どんなことに注意すべきか」「どうすれば支援できるか」説明・予測できる見取り図を提供するという目的が示される。フィールドは,近年就労ニーズが急増している精神(含む発達)障害と視覚障害である。
第2章から第4章までは,利用者の7割が精神障害(うち3割が発達障害)である就労移行支援事業所をフィールドに,支援員養成や企業のラインケアにおける支援未経験者の参加の敷居を低くし,支援の裾野を広げることを目指した。
第2章では,就労移行支援未経験者である支援員は,仕事や自分についてどう考えているのか・考え方はどう変容したか,ストレスを感じないのか・感じてはいけないのか・どう対処できるのか等,支援行為に影響する思考や感情の成長プロセスを解明,未経験者にとっての支援の敷居を下げることを目指した。
第3章では,支援員から見て当事者はどのような就労スキルで躓いているのか・どうすれば支援できるかというプロセスを解明することで,従来型の時期・作業内容別ではない,利用者の行動特性に応じて使えるガイドラインを提示しようとした。
第4章では,M-GTAに不可欠な実践での応用であり,前2章の分析結果を基に開発した研修プログラムを,参加者から得たフィードバックとともに提示した。
第5章は,就労移行支援とは異なる実際の職場における上司・部下関係の枠組みで,就労スキルの獲得と支援プロセスを分析した。第2,3章でできなかった,当事者側からのデータ収集も行っている。
第2章と第3章は論文を基に加除修正している一方,第5章は査読付予稿を基に書き下ろしている。生の語りの紹介の仕方が異なるので,読者が単調になることなく読み進められれば幸いである。
第6章では,全体のまとめに加え,理論を応用できる領域を広げるためのフォーマル理論について検討した。GTAで生成される理論(領域密着型理論)は,固有領域の対人的相互作用の規則性を良く説明できるが,そのままでは飛び飛びの孤島の集まりであり,複数の理論を比較分析してフォーマル理論を生成することで汎用性を高めることができる。本書で言えば,精神・発達障害者と視覚障害者の就労スキル獲得と支援プロセスに共通する理論的な「動きの特徴」を見つけることで,他の障害者や健常者のスキル獲得と支援においても有用な知見が得られることが期待される。
第7章は,第1章でM-GTAについて論じた部分の補足である。当初は第1章に置いたが,読者の読みやすさを考慮して巻末に移すことにした。
さらに,馴染みの無い読者のために「就労移行支援の実際」「視覚障害者の就労」「スキルの心理学」についてコラムを設けた。
M-GTAの観点からは,以下の3点が新たな試みとなる。第1に,同じデータベースを用いて異なる分析テーマで分析を行った(第2章と第3章)。第2に,「場」(上司と部下)を分析焦点者とした(第5章)。第3に,一つのGT(grounded theory)と文献レビューからではなく,複数のGTからフォーマル理論を形成した(第6章)。
最後に,ご多忙中にも関わらず快くご協力及びご指導を頂いた皆様に,改めて心からお礼を申し上げたい。


竹下 浩

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