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変光星
ある自閉症者の少女期の回想

森口奈緒美著

定価1,300円(+税)、342頁、文庫、並製
C3011 ISBN978-4-904536-73-5

“どんなに努力しても、いつも周りから食(は)み出してしまう――”自閉症の少女が生き抜いた思春期の記録

孤独を愛する少女を待っていたのは、協調性を求め、画一化を進める学校という世界だった。引っ越すたびに「変な転校生」と言われながら、友達を作ろうと努 力するが、どうしてもうまくいかず反対にいじめられてしまう……。幼少期から思春期にかけての自閉症の少女の奮闘を描く。自閉症当事者による記念碑的名著 が復刊。
姉妹編(下巻にあたります)『平行線:ある自閉症者の青年期の回想』も同時刊行!

本書の詳しい内容


おもな目次

Ⅰ 幼年時代
幼児期
幼稚園
Ⅱ 小学校 低学年時代
小学校入学
大  湊
伊勢原
松  戸
Ⅲ 小学校 高学年時代
目  黒
長  崎
世田谷
目覚め
気紛れ星
Ⅳ 中学生時代
中学一年生
中学二年生
中学三年生

おわりに


文庫版あとがき

本書は、とある奇遇を経て、一九九六年に飛鳥新社から『変光星―ある自閉症者の少女期の回想』というタイトルで発行されたものである。そののち、二〇〇四 年には花風社から『変光星―自閉の少女に見えていた世界』として復刊し、今回、二〇一四年に遠見書房から文庫版として出版される運びとなった。

ちなみに一九九六年冬から一九九七年秋にかけてはベネッセの季刊誌『たまひよコミックSPECIAL』に、本書を原作とした漫画が連載されることになり、 のちにそれは『この星のぬくもり―自閉症児の見つめる世界』(曽根富美子 作)という単行本として発行された(なお、この本は二〇〇四年にぶんか社より文庫本として復刊された)。また、一九九九年には本書をドラマ化する企画も持 ち上がった。そのときは本書の続編『平行線―ある自閉症者の青年期の回想』を執筆中で、あいにくそのお話はお断りするしかなかったのだが、結果的には当事 者らや専門家らの監修のもと、とても優れたドラマとなった(『君が教えてくれたこと』、TBS、一九九九年)。そのさい本書もそのドラマの参考書籍の一つ として使われた。

本書の発刊から20年近くが経ったが、さすがに表記が古くなるので、今回の版においては表記を大幅に見直した。また執筆 当時の筆者の信条と現在とでズレが 生じたため、今回の版ではやむなく「プロローグ」を削除したが、他はなるべく執筆当時の作品をそのまま残すように努めた。また本文中(「中学生時代」)に 「モンペ」という言葉が使われているが、これは今現在のようなモンスター・ペアレントという意味はまだ当時はなく、たんに農作業用の作業着の呼称が渾名に 転用されたにすぎない。

飛鳥新社版では当時の編集者の計らいにより、自閉症当事者による手記で知られるD・ウィリアムズ氏による一連の著 作の翻訳者である河野万里子氏に、拙著に はもったいないほどの素敵な解説を書いていただけた。あらためて感謝申し上げる。また本書では紙数の都合で掲載できなかったが、花風社版の解説を書いてい ただいた、辻井正次先生、内山登紀夫先生、杉山登志郎先生(掲載順)にも感謝申し上げたい。

今回の本書の刊行にあたっては、辻井正次先生 の働きかけに負うところが大きい。また、本書の細かいところにも目を配ってくださった、遠見書房の山内俊介氏 にはとてもお世話になった。あらためて両氏に感謝と御礼を申し上げたい。また、前述の河野氏の名文を、今回の遠見書房版にも載せていただけることになっ た。氏の転載のご快諾にも御礼申し上げる。また、この本の制作に携わったすべての人たちにも感謝申し上げたい。

そしてなによりも読者の支えがあってこそ、お陰様で本書は20年ものあいだ読み継がれる本になった。あらためて、支えてくださったかたがたに御礼を申し上げたいと思う。

二〇一三年十二月 著者記す


解説(河野万里子)

「ナオちゃん、一番星があるわよ」
「ほんとだ。あっ、二番星もある、三番星もある」

小さな女の子が初めて見上げた夕空の星々は、どんなに美しく輝いていたことだろう。そうして女の子は――本作品の著者・森口奈緒美さんは、生まれて初め て、「知覚」しながら、お母様とこの会話を交わしたのである。もう幼稚園に通っていたころのことだそうだが、それまでは、呼ばれてもろくに振り向きもせ ず、「さまざまな音色が聴こえたり虹のマーブルのような綺麗な色が見え隠れして」いる「夢のような素敵な世界」に、もっぱら「自分の意識を傾け続けてい た」子どもだったのだ。
その後森口さんは、お父様のお仕事の関係で、各地を転校してまわる。だがそのたびに、「変な転校生」と言われ続けた。やがてそのことばを縮めて、自分でも 自分を「へんこうせい」などと呼んでいるうちに、ある日、本当に「変光星」という星があることを知る。どんなに努力をしても、いつも周りから食み出してし まう自分――。そんな自分を、森口さんは、ひそかに宇宙の中の変光星になぞらえてみるようになった。
大人になってからも、変光星のことはなんとなく気になっていて、昨年の冬の早朝には、実際に毎日観測を続けていたのだそうだ。するとそんなある日、飛鳥新社の梅澤英樹氏から「素敵なご連絡」があったという。まるで、星からの贈り物のようにして。
そうして本書『変光星―ある自閉症者の少女期の回想』の執筆が、始まった。

人生には不思議な縁というものが、確かにあるようだ。
私が森口奈緒美さんのお名前を初めて耳にしたのは、今から約二年前、一九九三年秋のことだった。ちょうど、自閉症者の心の世界を自閉症者自身が初めて綴っ た手記として、世界的に注目されていた『NOBODY NOWHERE』(ドナ・ウィリアムズ著)の拙訳『自閉症だったわたしへ』(新潮社刊)が、書店に並んだところだったのだが、その本に対して出版社宛てに 真っ先にお礼の手紙をくださったのが、森口さんだったのである。聞けば森口さんご自身も、ドナと同じ女性であるうえ、なんと同じ年齢で、同じ自閉症だとい う。そういうかたが心から喜んでくださったということが、訳者の私には、胸にしみるほどうれしかった。
そしてそれから二か月ほど後、私は「森口奈緒美さん」に再びめぐり会った。ある新聞の投稿欄でだ。本書の「おわりに」でも触れられているが、その新聞には 少し前に、『自閉症だったわたしへ』の、少々的外れな書評が載っていた。それに対して、「自閉症について取り上げてくださった誠意に感謝したうえで」と礼 儀正しく断わりながらも、その書評には「自閉症に対する誤解を増長する恐れがある」と、きっぱりと、的確に、反論する投書をお送りになったのが森口さん だったのだ。新聞紙上では「匿名希望」となっていたが、住んでおられる市の名前と年齢、「女性」という記載と、本文中に出てくる「自閉症について知らない 人が自閉症について語るのは、自閉症のわたしにとって本当に驚くべき事実である」(「知能はあるのに、現実にこのように人との関係がどうしてもうまくとれ ない人がいるのは、本当に驚きだ」というその書評の中の一文をもじったのだ)という部分で、これは森口奈緒美さんがお書きになったのに違いないと私は思っ た。その勇気と、「もじり」という軽いユーモアさえたたえたバランスのいい日本語と、誠実な姿勢が、強く心に残った。
それからさらに、数か月後。ひょんなことから、とうとう私は森口さんのご住所を知ることになったのである。これもなにかのご縁かもしれないと思い、私は、 出版社宛てにくださったお手紙と毅然とした投書の両方について、お礼の手紙を書いた。とつぜんのことで驚かれるといけないので、簡単に自分のことや仕事の ことなども書いた。
お返事は、手作りのうさぎの図案が入った便箋と封筒で、やって来た。私の手紙を読んで、どうしたわけか涙が出てきた、と書いてくださり、その後『自閉症 だったわたしへ』の著者ドナ・ウィリアムズとも手紙をやり取りなさったと知らせてくださった。あの本のおかげで、生まれて初めて海外の自閉症者と連絡を取 ることができたし、また自分の「声」である投書が新聞に掲載されたのも生まれて初めてのことだったから、お礼を申し上げたいのはこちらのほうです、とも書 いてくださっていた。
うさぎの図案は予想どおり、『不思議の国のアリス』のティーパーティー「気違い茶会」に出てくる「三月うさぎ」で、「うさぎ年の三月」生まれの森口さん が、「気違い」という部分にも親しみを込めて、自分のマークがわりにしているとのことだった。そんな森口さんの感性に魅かれた私は、さらに返事を書いた。 森口さんからのお手紙は、いつもことばや自然に対する豊かなセンスがきらめいているようで、楽しく、胸が踊った。私のリクエストに応えて、作曲なさった音 楽や歌のカセットと、詞を送ってくださったこともある。詞は、いろいろな色の用紙にワープロできれいに印字されており、また二本のカセットテープのケース カバーも、見たこともないような、品のいい微妙な美しさのメタリック・グレイとメクリック・ピンクで星座がデザインされていて、その緻密な美しさに、私の 目は、しばし釘づけになった。
しかしカセットを再生してみると、こんどは、そこから流れ出した音楽に圧倒された。おそらくシンセサイザーかなにかで演奏されている、その音色の多彩さ、 ハーモニーの重層性、テンポの軽快さ、装飾音やアルペジオのしゃれた効果的な響き――。それは時には、まるで星くずの降ってくる音のようであり、時にはや さしい雨だれのダンスのようであり、また時には、さわやかな大気に包まれているようでもあり、幻想的な夢や、躍動する心のリズムのようでもあった。森口さ んの才能に改めて驚くとともに、これが、いわゆる自閉症の人の持つ「あるがままの美しい世界」のひとつなのだろうかと、私はひととき、深い感慨に包まれ た。
「いつも活字は自分の友達だった」。森口さんは本書の中でそう述べている。
自閉症の人には、ことばを話さない人もいるが、話す場合には、こんどはことばづかいが多少難解だという特徴があると聞く。本書の出だしの部分にも、もしか したらそのような特徴が少し表われているかもしれない。だが、いったん思い出を語り始めてからの森口さんの筆の運びには、目をみはるばかりだ。読み手は ページに心が吸い寄せられて、読むのがやめられなくなる。簡潔で、リズミカルな文体。幼いころの、たくさんの愛らしい思い出。大気のきらめきまでもが目の 前に浮かぶような、日本各地の、四季折々の美しい情景描写。時代に対する鋭いまなざし。そしてなにより、まっすぐ自分の心に向き合い綴られた、真摯なこと ばの数々――。
人よりも物が親しい存在だったこと、スペースを確保したがったこと、恐怖に襲われたりパニックを起こしたりしやすかったこと、規則へのこだわりが強かった ことなど、幼いころの思い出には、自閉症児によく見られる事柄がはっきりと描かれていて、医学・療育関係のかたがたや自閉症児のいるご家族には、とくに興 味深いのではないかと思う。また当時森口さんが通っていた療育所には、自分のことをわかって見守ってくれる先生がいたから、「一週間がとても待ち遠しかっ た」という。正しく理解してくれる人の存在や、適切な環境がどれほど大切なものか、改めて胸に迫ってくる。
また、自閉症児から見た独特な世界も生き生きと描かれていて、自閉症のことをなにも知らないかたにとっても、新鮮で、おもしろいに違いない。たとえば、デ ザインされた文字やマークや漢字が大好きで、漢字などまだ読めなかったごく小さいころでも、駅で見た「品川」という文字の、四角が三つに縦の棒が三つとい う構成に、とても心を魅かれた話。だから、品川は、きっと何か「3」に関係ある場所なのだろうと思ったというのだ。なるほど、と思わず字を見直してしま う。ことば遊びやダジャレ、造語などが大好きなことも、文章のあちこちから伝わってくる。こちらの意表を突くものもあって、笑わせられたり、はっとさせら れたりもする。
ご両親に、初めて英会話の教材をプレゼントされたときの話も、ほほえましく印象深い。まだ小学校に上がったばかりだった森口さんは、日本語以外にことばが あるなどとは思いもよらなくて、テキストを見つめたまま、これはいったいなんだろう、なんだろう、と思いながら最初のページを開けると、「これはなんです か」などと書いてあって、よけいなにがなんだかわからなくなってしまった、と。まるでほのぼのとしたマンガのような、いやそれこそ『不思議の国のアリス』 のような、チャーミングでユーモラスなエピソードだ。もっともここにも、「物事を真に受ける」、「なんでも文字どおりに受け止めてしまう」という自閉症の 人らしさが、出ているという見方もできるのだろうが。
自閉症の人は、シャープで豊かな感受性と、まぶしいほどの「自分の世界」を持っている場合があると聞くが、そうしたことも、本書にはみごとに描き出されて いる。とくに音楽についてのインスピレーションを表わした「天使のハミング」の項が、忘れられない。その鮮烈さ、美しさは、衝撃的なほどだ。これほどあざ やかに、詩的なイメージで、芸術的なインスピレーションを表した文章には、これまで出会ったことがないような気さえする。音はまるで天使のハミングよう に、自然に聴こえてくるのだという。だがその様子は、輝く海をひらひらと渡ってくる、色とりどりの蝶々のようだというのだ。蝶々の一匹一匹がひとつずつ音 を運んでくるらしく、時には壮大なハーモニーとともに、大群が押し寄せてくることもあるという。
だがその「世界」を外から邪魔されると、森口さんは「癇癪」で応酬したそうだ。そしてそんな自分が「小児自閉症」であると知ったのは、小学校六年生も終わりに近づいたころ、ほんの偶然のような出来事からだった。

学校では、小学校でも中学校でも、まわりと少し違うというだけで、森口さんはいじめられ続けた。芸術的な才能にも知性にも恵まれている森口さんは、なんど も絵のコンクールに入賞したり、合唱のピアノ伴奏をしたり、少し勉強しただけで数学の学年一位になったりする。だがそれを妬む人間もいて、かえっていじめ は激しくなっていった。なんとか友だちを作りたいと、みんなの輪の中に入っていけるよう、とくに見たくもないテレビ番組をノートまで取って見て、内容を暗 記していったり、自分の分身のような「星の子」をデザインした手作りの消しゴムを配ったりもするのだが、そんな気持ちはことごとく踏みにじられていく。そ のうえ、「成績よりも性格が大事」などとわかった風な口をたたく女の子たちにまとわりつかれるようになり、心のまっすぐな森口さんはそのとおりになんとか 友だちや学校という集団に適応しようと、成績を落としてまで努力し続け、戦い続けるのだが――。
いじめは巧妙で、陰湿で、先生の目に届くことはなかった。たとえ届いていたとしても、森口さんを理解し、守り、助けてくれる先生は一人としていなかった。 勇気を出してなんども電話相談の番号もまわしたが、そこからも救いの手が差し伸べられることはなかった。懸命に説明しようとしても、最後には「きちがい」 呼ばわりされたという。伯母さんでさえ、いじめというのは昔からどこでも行なわれてきたものよと言うばかり。だが現代のいじめは、昔どこででも行なわれて きたようないじめとは、異質なものになってしまっているのではないか。昔はたとえいじめる子がいたとしても、それをどこかで救ってくれる近所の人や、兄弟 姉妹や先生などが、いたのではないか。もう少し、どこかに、なにかに、逃げ場があったのではないか。
ここには、これまで新聞や雑誌などで報道されてきたことだけではわかりにくかった、いじめの実態、いじめられている者の追いつめられた心情などが、手に取 るように綴られている。それがどんなことなのか、どんな気持ちのすることなのか、子どもにも大人にも、本書を読んでもらいたい。教育関係者はもちろん、報 道に関わるかたがたにも、政治に携わるかたがたにも読んでいただきたい。
森口さんは、がんばった。「死ね、死ね」と言われても、そのことばを「Shine, Shine」とローマ字になおし、さらに英語読みにかえて、「輝け、輝け」と言われているのだと思って、耐えたのだ。
しかし、傷だらけになってしまった心には、「敗北」感ばかりが色濃く残ったという。
活発で頭がよく、夢と意欲にあふれ、きらめくような感受性と豊かな創造力に恵まれた子どもを、この三十年のあいだの日本は、私たちは、いったいどうしてし まったのか。独自の美しい世界を持っている人の個性を、ひたすら「団体の中での協調性」を唱えて脇へやり、つまはじきにしようとしてきたこの三十年間の日 本とは、いったい、なんであったのか。

ブルドーザーで、ある日とつぜん、土砂を投げ入れられ、埋め立てられ始めた青い海。波のきらめきとともに、あの音の蝶々を運んできてくれた大好きな海が、壊され、消えてゆく――。
幼かった森口さんに、この出来事は、強いショックを与えたようだ。森口さんが育ってきた――そして私たちが育ってきた――この三十年とは、ちょうどそのよ うな時代だった。都市の近郊はつぎつぎと造成地になって、やがてベッドタウンへと変貌し、そこに子どもたちの通うマンモス校ができあがる。地方都市は大企 業の「城下町」のようになり、やがて日本中で「公害」ということばが叫ばれるようになる。「ニッキョウソ」「ニホンセキグン」「ベヘーレン」などといった ことばも始終耳に飛びこみ、学校では「民主主義」こそが絶対的な価値観で、「学級会議」ともなれば、物事の基準さえ多数決で決められてしまう空気が濃厚に 漂っていた。先生は「人はみな平等」と繰り返し、「勤労者」の尊さを強調するいっぽうで、生徒たちの価値は、どこか点数によって決められていた――。
森口さんは、こうした時代の流れを鋭く感じ取って見つめており、個々の思い出も、そうした時代の熱や感触の中にきちんと位置づけている。そのため本書に は、ジャーナリスティックと言ってもいいほどの視点が感じられ、自閉症というテーマに加え、日本のこの三十年を考えるための証言としても、貴重な側面があ ると思う。
ここ一年、オウム真理教の犯罪やいじめの問題などをきっかけに、日本はようやく「心」の問題と真正面から取り組まなければならないことに気づき始めたよう な観があるが、子どもも大人も高齢者も、自閉症を含む障害者も、一人一人が、一人一人の「心」までもが、もっと大切にされる土壌が、早く日本にも深く豊か に広がってほしいと、切に願う。願いながら脳裏に浮かぶのは『自閉症だったわたしへ』と本書に出てくる、対照的な三者の姿だ。ひとつめは、近所のお母さ ん。『自閉症だったわたしへ』のドナは、自閉症のため周囲の子どもたちと違っていたのに加えて、家がほとんど崩壊家庭だった。しかしそんなドナに、小さい ころの「友だち」だったロビンという子のお母さんは、ドナ用のベッドや学校用のファイルまで家に用意して、自分の子と一緒に面倒を見てやったのだ。ここで ドナはいろいろなことを学び、成長する。だが本書に出てきた日本の近所のお母さんたちは、どうだっただろう。森口さんには、ドナとは違ってすばらしいお母 様がついていらしたが、それにしても、近所のお母さんたちは同じような困難の中にいる子に対して、力になるどころか集団で苦情をまくしたてにやって来て、 森口さん母子を傷つけ、苦しめたのではなかったか。
ふたつめは、先生がただ。ドナには、ドナを「情緒障害児」とみなしながらも、彼女の個性を引き出し、伸ばそうとしてくれたレイノルズ先生という人がいた。 他にもドナを理解し、力となってくれる先生がたが要所要所で現れたおかげで、彼女は立派に大学まで卒業し、就職もして、それらの経験から「本当の自分」を 見つけるに至ったのだ。これはドナが幸運だったというだけでなく、やはり社会や教育の体質そのものに、なにか違いがあるからではなかろうかと思わずにいら れない。いっぽう森口さんには、偶然もあったのだろうが、そのような先生はついに現れなかった。
そして最後は、電話相談の相談員。ドナは、せっぱつまってかけた一本の身の上相談の電話のおかげで、ほとんど命を救われるような経験をしたことがある。だ が森口さんの場合は、なんどかけても、「マニュアルを読んでいるような」受け答えばかりで、力になるようなことばを得ることはできなかった。電話相談の仕 組みや応対には、社会的、歴史的な背景の違いなどもあるだろうし、また日本でも、現在は事情が変わっているのかもしれないが――。
聞くところによると、自閉症の発生率は、一万人に対して十六の割合であるという。そしてその約四分の三が、知的障害を伴う重い自閉症であるのに対し、残り 四分の一は、IQ上知的障害があるとはみなされない高機能自閉症、いわゆる「ハイファンクション」の自閉症だそうだ。一万人に四人は、ふつうに勉強ができ るためにかえって「自閉症」という困難を抱えていることをわかってもらえず、「わがまま」「自分勝手」「躾がなっていない」などと誤解されがちで、たとえ 友だちがほしくてもどうすればいいのかわからず、つらい状況に追いやられているかつての森口さんのような人たちなのだ。もっとも森口さんやドナのような場 合は、ハイファンクションのさらに上を行く「スーパー・ハイファンクション」であろうという。しかしそれでも、物事を総合的に見わたしたり、情緒的に共感 したりすることが苦手であるために、人とのコミュニケーションが大変だという点には変わりがなく、むしろ知的に「スーパー」であるぶん、ますます周囲には 理解されづらいに違いない。
それでも彼女たちは、凄まじいほどの努力を続けてきた。社会というものの中に入っていこう、本当の自分をつかもう、居場所を見つけようと、文字どおり全力で闘ってきた。
「私は自閉症者として、『社会』といういわば『異文化』の中でずっとすごしてきたので、もし『誤解』を恐れていたら、中学校も高校も、なにもできなかった と思います。本当に毎日が、周囲の誤解との闘いでした。問題は、誤解が生じるかもしれない可能性から逃れることより、どのようにその誤解に対処するか、に かかっているのだと思います」
森口さんは私に、このように書いてくださったことがある。自閉症の人たちにとって、私たちは「異文化」なのだ。ならば私たちにも、自閉症の人たちを「異文 化」の人たちとして見つめるまなざしが必要なのではないだろうか。自閉症の人たちに、私たちの側の社会や文化に順応しろと要求したり、強制したり、はたま た除外したりするのではなく、柔軟に総合的に共感しながら行動できるはずの私たちのほうこそが、「異文化」を理解し、尊重し、共生への道を探る努力の輪を 広げなくてはならないのではないだろうか。また、そうして幅と厚みを増してこそ、日本の文化や社会もいっそう豊かになることができるのだろうし、国際社会 というそれこそ「異文化」の集まりの中でも、信頼される存在として、貢献できるようになるのではないだろうか。
自閉症、とくに知的障害を伴わない自閉症は、難しい障害だとよく言われる。身体障害や知的障害に比べて、その困難が見た目にわかりにくいからだ。しかし近 年、その自閉症もようやく「障害」として認められ、障害者手帳や、国からの種々の社会的援助が受けられるようになったと聞く。乳幼児健診などの際に、自閉 症であることを早期発見するプログラムも整備されてきたようだ。森口さんのように、人間関係などの点で学校は苦手だが勉強はしたいという場合には、現在は 単位制、通信制の高校が少しずつ出てきているようだし、さまざまな人が集まる夜間部に通うという手もあるだろう。大検という選択肢もあるし、専門学校や放 送大学に進むのも合っているという。学校を出てからも、国からの援助が出ることもあってか、障害者を積極的に受け入れる企業は増えてきているようだ。また 労働省の管轄である職業リハビリテーションセンターでは、統計、設計、簿記、ワープロなど、自閉症の人が得意な分野を見つけて、仕事と自己実現と自活とに つなげる援助も行なっているという。以前に比べれば、じょじょにではあるが、道は開けてきているのだ。
森口さんも、回想の最後にこう記している。
「……まだ、『勝ち目』は残されている。
そのぶんいっそう、頑張らなければ――」
そして、こうも記している。
「……『戦う』ことは止め、必要ならば、そのパワーを有効な方向に生かすことだ」
天から与えられた特性や才能を、これから森口さんが存分に生かしていくことができるよう、森口さんだけでなく、日本中の自閉症の人たちが生かしていくこと ができるよう、願ってやまない。そして自閉症以外でも、現在なんらかの問題や事情を抱えて、生きることをつらく感じている人たちが、本書から少しでも勇気 と力とを得てくださったらと、願ってやまない。

――今日、日が暮れたら、空を見上げてみよう。
運命というあなたの「星」も、あともう少しで、あなたに笑顔を見せ、新しい力を、授けてくれるのかもしれないから。
一九九五年十一月

河野万里子(こうの・まりこ)
一九五九年生まれ。翻訳家。一九九三年に出版されたドナ・ウィリアムズ『自閉症だったわたしへ』(新潮社)の翻訳をきっかけに、自閉症者や自閉症に関わる 専門家の人たちと広く交流をもつようになり、現在もその世界を見つめ続けている。主な訳書として、ルイス・セプルペダ『カモメに飛ぶことを教えた猫』(白 水社)、サン=テグジュペリ『星の王子さま』、サガン『悲しみよ こんにちは』(ともに新潮社)などがある。


著者略歴

森口奈緒美(もりぐち・なおみ)

自閉症当事者・作家
1963年、福岡県生まれ。
幼少期より転勤族の父親についていき、全国各地をわたりあるく。
1996年に日本で初めての自閉症当事者による手記『変光星』を発表。
以降、自閉症の当事者としてさまざまな提言を続けている。
おもな著作に上記の他、その続編である『平行線』などがある。