事例検討会で学ぶケース・フォーミュレーション──新たな心理支援の発展に向けて

事例検討会で学ぶケース・フォーミュレーション──新たな心理支援の発展に向けて

下山 晴彦 編集/下山晴彦・林 直樹・伊藤絵美・田中ひな子・岡野憲一郎・吉村由未・津田容子 著
2,800円(+税) A5判 並製 176頁
C3011 ISBN978-4-86616-178-5
2023年9月発行

下山晴彦・林 直樹・伊藤絵美・田中ひな子4人のベテラン・セラピストたちの自験例による事例検討会の記録が,一冊の本になりました。コメンテーターには岡野憲一郎,吉村由未,津田容子の3人を迎えました。
事例検討会のキーワードは,「ケース・フォーミュレーション」。心理臨床の基本となる「ケース・フォーミュレーション」は,個人療法の支援の見立てに役立つだけでなく,社会的な公共サービスと個人をつなぐためにも,多職種間の連携などにおいても,重要な役割を担っています。
よりよいケース・フォーミュレーションを目指すために,学派や職種,世代の垣根を越えて集った7人が,事例検討会で,多様な角度から議論を交わしました。心理支援に携わる,あらゆる方に読んでいただきたい本です。


目次

はじめに
事例検討会の参加メンバーの紹介
第1章 パワハラを受け,加害強迫を呈したケース──ケース・フォーミュレーションの活用をめぐって
下山晴彦
第2章 下山ケースへの質問・全体討論
第3章 「リスカと過量服薬(OD)をコントロールしたい」と訴える20代前半の女性──生育期虐待,パーソナリティ障害が問題とされていたケース
林 直樹
第4章 林ケースへの質問・全体討論
第5章 慢性うつ病に対するスキーマ療法──ケース・フォーミュレーションを中心に
伊藤絵美
第6章 伊藤ケースへの質問・全体討論
第7章 「バレエのレッスンに行けるようになりたい」を主訴として来談した女性──解決志向アプローチにおけるケース・フォーミュレーション
田中ひな子
第8章 田中ケースへの質問・全体討論
第9章 大事例検討会リコメント


略歴一覧
事例発表者
下山晴彦(しもやま・はるひこ):跡見学園女子大学心理学部教授。東京大学名誉教授。東京大学教育学研究科修了。博士(教育学),東京大学学生相談所,東京工業大学保健管理センター,東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コースを経て,現職。跡見学園女子大学心理教育相談所長を併任。
林 直樹(はやし・なおき):東京都北区の西ヶ原病院勤務。精神科医。東京大学医学部卒,東京大学附属病院分院神経科,都立松沢病院精神科,帝京大学医学部精神神経科学講座(附属病院メンタルヘルス科)を経て,2021年より,現在の病院にて精神科臨床に従事。
伊藤絵美(いとう・えみ):洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。臨床心理士。公認心理師。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。精神科クリニック,民間企業での心理職を経て,2004年より現職。専門は認知行動療法,スキーマ療法。
田中ひな子(たなか・ひなこ):原宿カウンセリングセンター所長。公認心理師。臨床心理士。立教大学大学院社会学研究科博士課程前期修了。練馬区教育相談室,嗜癖問題臨床研究所附属(CIAP)原宿相談室,立教大学福祉研究所所員を経て,1995年から原宿カウンセリングセンター勤務。

コメントメンバー
岡野憲一郎(おかの・けんいちろう):本郷の森診療所院長。精神科医,臨床心理士。東京大学医学部卒。米国精神科専門医,国際精神分析協会正会員。聖路加国際病院,国際医療福祉大学大学院教授,京都大学大学院教授を経て2022年4月より現職。
吉村由未(よしむら・ゆみ):洗足ストレスコーピング・サポートオフィスシニアCBTセラピスト。公認心理師,臨床心理士。立教大学大学院文学研究科心理学専攻博士前期課程修了。他に,大学や精神科クリニック,子ども家庭支援センター等にて勤務。
津田容子(つだ・ようこ):特定非営利活動法人ユースポート横濱理事,よこはま若者サポートステーション副施設長。臨床心理士,公認心理師,2級キャリアコンサルティング技能士。東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース修士課程を経て,現職。同大学院博士課程在学中。


はじめに

日本では2015年に公認心理師法が成立し,2017年より公認心理師制度がスタートしました。これは,日本の心理支援にとっては,非常に大きな出来事でした。日本の心理支援の歴史においては,長いことフロイトやユングといった個人開業の心理療法が理想モデルとなっていました。その意味で日本の心理職の活動は,「プライベイト・プラクティス」を理想として発展してきました。しかし,それだけでは,深刻な問題を抱えた日本社会のメンタルヘルスに対処できなくなっていました。世界のメンタルヘルス対策が医学モデルから生活支援モデルへの転換を進め,コミュニティケアを充実させていたのに対して,日本のメンタルヘルス対策はそれができていなかったからでした。
そこで公認心理師制度が導入されたわけです。その結果,心理支援は,社会的な公共サービスとして発展する方向に移行することとなりました。つまり,日本の心理職の活動は,「プライベイト・プラクティス」モデルから「パブリックサービス」モデルに向けて大きな質的転換を求められるようになったのです。本書は,このような移行期において心理支援の新たな発展を目指して開催した「大事例検討会」の記録を書籍化したものです。
この事例検討会は,心理職の会員組織「臨床心理iNEXT」(https://cpnext.pro)が企画したものです。企画目標としては,日本において醸成されてきた心理療法の文化を社会的公共サービスとしての心理支援に引き継ぎ,発展していくことでした。そのような発展のキーワードとなるのが「ケース・フォーミュレーション」です。そのために次の3点を課題としました。

①旧式の心理療法モデルでは,それぞれの学派の維持が優先されます。学派内の重鎮の“心理療法家”が若い人を指導するヒエラルキーが存在し,それが学派の秩序を維持する役割を担っていました。初心者が担当事例を発表し,ベテランがコメントをする権威構造ができ上がっていたのです。そのようなベテランが権威にあぐらをかいている上下構造があると,専門性の進化発展は起きません。ベテランこそが経験を踏まえて,先頭を切って専門性の発展にチャレンジしていくことが求められています。そこで,ベテランが自験例を発表し,若手がコメントする事例検討会を企画しました。

②心理療法の学派は,派閥ごとの単位でまとまる傾向があります。これは,精神分析学派などに限らず,行動療法や認知行動療法でも同じです。その結果,心理支援の総合的な学問体系である臨床心理学の発展が阻害されるだけでなく,派閥間で分断が生じ,心理職の使命(ミッション)である社会貢献の視点が見失われます。日本で心理職の職能団体の分裂が起きているのもこのような事情からです。そこで,さまざまな学派のセラピストが一堂に会して,学派や職種の分断を超えて事例を検討することを通して,心理支援やメンタルケアの専門性の発展を目指すこととしました。

③医療における診断は,問題を一般的な疾病分類に嵌め込むことです。それに対してケース・フォーミュレーションは,あくまでも問題の成り立ちを個別に理解していくことです。医学的診断では一般的枠組みへの分類が重視されるのに対して,ケース・フォーミュレーションでは,あくまでも個別事例の現実に即して問題理解を深めるという点で個別性や具体性,創造性が重視されます。その点でケース・フォーミュレーションは,医学モデルの限界を超え,心理職と医療職といった職種の分断も超えて,個別事例に即した問題の理解と支援のサービスを組み立てていくための“装置”として重要な役割を持っています。診断分類ではなく,個別事例の現実に沿った問題理解という点で,生活場面において心理支援のユーザーに寄り添った活動が可能となります。そこで,事例検討会では,精神科医の先生方にもご参加をいただき,ケース・フォーミュレーションを軸とする事例理解を検討することを目指しました。
このように心理療法の派閥やヒエラルキーの発想を超え,医学モデルの限界を超えて心理支援やメンタルケアの発展を目指した事例検討を企画しました。そのため,さまざまな年代の心理職や精神科医がメンバーとして参加する事例検討会とし,比較的ベテランが事例発表をするものとしました。また,事例検討では,あくまでも心理支援のユーザーに寄り添って問題を個別具体的に理解し,支援することを重視することにしました。
そこで,事例検討会のメインテーマとして,「ケース・フォーミュレーションを学ぶ」ことを掲げました。発表事例にはケース・フォーミュレーションが明示されていない場合もありますが,そこではケース・フォーミュレーションの不在を介して,逆にケース・フォーミュレーションの意味や役割を検討することを目指しました。本書のタイトルが,『事例検討会で学ぶケース・フォーミュレーション』となっているのは,このような理由からです。

なお,臨床心理士,公認心理師,心理職関連の大学院生の方であれば,本書制作のベースとなった事例検討会の動画記録を,映像教材として視聴できるシステムが臨床心理iNEXTによって提供されています。その映像教材を視聴することで,本書の内容をより深く理解できるとともに,「事例検討会」と「ケース・フォーミュレーション」の最前線を知ることができます。視聴するための条件と手続きは,本書巻末の奥付に記載されているのでご確認ください。


2023年8月
下山晴彦

 

事例検討会の参加メンバーの紹介

今回の事例検討会に参加したメンバーをご紹介します(臨床心理マガジンiNEXT24-2より転載。https://note.com/inext/n/na010269a2f4b)。
事例発表者の紹介
【下山晴彦】
大学院を中退し,大学内の学生相談機関と保健センターで約13年,常勤の心理相談員として勤務した。その後,大学の臨床心理学教員となった。その間,入院病棟のある精神科クリニックや銀行の相談センターで非常勤心理職として仕事をした後,現在は開業の心理相談センターにて臨床実践をしている。大学院ではクライエント中心療法,学生相談の時代は近藤章久先生に精神分析的心理療法,平木典子先生に家族療法やグループ療法,山本和郎先生にコミュニティ心理学などを学んだ。その後,英国における臨床心理学教育やメンタルケアに参加し,その経験から認知行動療法の有効性と重要性に気づいた。そこで,山上敏子先生に行動療法を学び,それを基盤とする認知行動療法を実践するようになった。現在は,認知行動療法を軸としてさまざまな技法を用いた心理支援を実施している。臨床テーマは,個人と,その人が生きている生活環境をつないで支援する“つなぎモデル”の実践である。臨床歴は,現場で実践をはじめて40年ほどになります。時間だけが疾く過ぎて行くことを感じる今日この頃です。
【林 直樹】
医学部を卒業して40余年,ずっと精神科臨床に軸足をおいてやってきました。いろいろ勉強してきたつもりですが,診療に専心したいということで,系統的に特定学派の心理療法の訓練を受けることを怠ってきました。ささやかな例外は,5年間やっていたTグループでしょうか。これは日常の診療(多職種協働など)の土台の一つになっていると思います。また,安永浩先生とハインツ・コフート先生には(畏れ多いですが)心の中に居ていただいて(いるつもりで)います。雑多な患者を対象とする一般診療では,心理療法を特定の学派のものに限定していたらやっていけません。そこで私は,なんでも役に立ちそうな方法を使うという意味での統合的立場,そして多様な診療情報を総合して治療プランを作るという意味でのケース・フォーミュレーションを診療の柱にしています。
【伊藤絵美】
私は慶應義塾大学の心理学専攻卒業で,学部時代は基礎心理学を学び,認知心理学のゼミ(指導教官:小谷津孝明先生)に所属していました。基礎心理学なので徹底的に科学的な心理学の方法論を叩きこまれ,心理学実験のレポートに追われる日々でした。心理学を職業にするには,当時できて間もない「臨床心理士」という資格があることを知り,大学院では同じ慶應ながら臨床系のゼミ(指導教官:山本和郎先生)に移りました。その際,小谷津先生に「学部で学んだ科学的な認知心理学を臨床に活かすには,エビデンス・ベーストの認知療法・認知行動療法を学ぶとよい」とアドバイスをもらい,これが私のキャリアを決定づけました。修士を終了し,博士課程に進む時期に精神科のクリニックに心理士として入職し,長く個人カウンセリングや家族相談やデイケアの運営に携わっていました。その後,民間企業に勤めた後,2004年に開業し(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス),今に至ります。認知療法・認知行動療法を長く実践してきましたが,現在は,その発展型であるスキーマ療法の実践と普及に力を入れています。
【田中ひな子】
立教大学大学院社会学研究科修了後,教育相談室と嗜癖問題臨床研究所附属CIAP原宿相談室を経て,1995年より原宿カウンセリングセンターに勤務しています。大学院では早坂泰次郎先生から現象学的心理学,佐藤悦子先生から家族療法を学びました。就職してからは信田さよ子先生からアディクション・アプローチ,白木孝二先生から解決志向アプローチを学びました。現在は「ニードに応える」,「効果的なことを見つける」,「効果的なことを続ける」をモットーに,解決志向アプローチ,ナラティヴ・セラピー,コラボレイティヴ・アプローチなど社会構成主義に基づく心理療法,心理教育やグループを重視するアディクション・アプローチ,EMDRやブレインスポッティングなど身体志向のアプローチを活用しています。
コメントメンバーの紹介
【岡野憲一郎】
私は1987年精神分析家になることを志して渡米し,2004年にその資格を取得して帰国した。しかし伝統的な精神分析の考え方には違和感を覚えることも多く,コフート理論や新しい学際的な流れ(米国における関係精神分析,など)により親和性を感じている。また私は精神科医でもあるので,精神分析と精神医学と脳科学との融合を図ろうとする米国のGlenn Gabbardのような姿勢が精神分析や精神療法の将来のあるべき姿を示していると考える。ただし精神分析にこだわるつもりはない。クライエントにとっての利益が最大の優先事項であり,そのニーズに即した治療を提供する多元的,ないし統合的なアプローチについては大枠として賛成であり,よく言えば柔軟で,悪く言えば「何でもあり」な治療スタイルにより心地よさを感じつつ臨床を行っている。
【吉村由未】
学生時代は藤山直樹先生に師事し,フロイトを中心に精神分析全般について学んでいました。今回の事例検討会のテーマにもつながりますが,精神分析理論の持つ「見立てる力」は力強く,今も指針にしているところも大きいです。が,いざ自分が臨床実践を志すにあたって,精神分析は神業というか(藤山先生が,なのかもしれませんが),正直「少なくとも今の私には到底同じことはできない」,と思い,他の心理療法を模索し始めました。その後諸事&縁あって,2005年から伊藤絵美先生のオフィスのスタッフとして認知行動療法を学び始め,現在はスキーマ療法の実践にも励んでいます。児相の心理司からキャリアを始め,今はフリーランスとして子ども家庭支援センター,学生相談,医療機関など,さまざまな世代を対象に心理臨床に携わっています。
【津田容子】
東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース修士課程在学中の2010年より,公共の就労支援機関(よこはま若者サポートステーション)にて勤務している。就労における困難の背景には,不登校やいじめ,中退といった学校での躓き,虐待,非行,家族の問題,経済的困窮,ひきこもり(社会的孤立)などさまざまな問題が存在する。通院や診断の有無を問わず,障害・疾患を抱える人も少なくない。そうした現場において,個別相談を軸に,プログラム実施,地域の社会資源との連携など,心理支援に限らず,キャリア,福祉の視点も含む,ケースワークに近い取り組みを行っている。上記と並行して,精神科クリニックでのカウンセリング(約4年)と現在は同大学院の博士課程にも在籍し,現場での支援,就労支援サービスの質の向上にむけ,実践と研究の両立を図っている。

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