「新型うつ」とは何だったのか──新しい抑うつへの心理学アプローチ

「新型うつ」とは何だったのか
──新しい抑うつへの心理学アプローチ

(日本大学文理学部心理学科教授)坂本真士 編著

2,000円(+税) 四六判 並製 240頁 C0011 ISBN978-4-86616-151-8


そのうつはなぜ怠けと言われてしまうのか?
臨床社会心理学が解明する「新しい抑うつ」の真相

「新型うつ」──本書は,臨床心理学や社会心理学の調査研究から見えてきた,この新しい「うつ」の根幹を解説し,うつへの正しいアプローチと,社会のあり方とを提言するものです。
従来の重篤な精神疾患であるうつ病とは異なり,新型うつは,職場にとっても頭の痛い問題になっています。本書では,多くの調査研究から見えてきた新型うつの特徴を吟味し,本人のあり方を変えるだけではなく,周囲の人間関係や環境がどう対処すればいいのかなどにも言及し,新型うつへの心理学を基本としたアプローチの有効性を示唆しています。
新型うつに悩む本人はもちろん,支援者,医療関係者だけではなく周囲の仕事仲間や家族まで読んでもらいたい,共通理解の一助となる一冊に仕上がりました。


主な目次

第1部 新型うつへの心理学アプローチ
第1章 「新型」対「従来型」
第2章 新型うつがなぜ出てきたのか
第3章 新型うつを心理学から考える
コラム1 「新型うつ」イメージはどこから出てきたか

第2部 どんな人が新型うつを発症しやすいのか──対人過敏傾向と自己優先志向
第1章 専門家の記述から「性格X」を考える
第2章 対人過敏&自己優先者は、本当にうつになるのか
第3章 対人過敏傾向・自己優先志向尺度、その後の知見
コラム2 対人過敏・自己優先尺度
コラム3 相関・偏相関について

第3部 対人過敏&自己優先者をもっとよく知る
第1章 対人過敏傾向・自己優先志向の人はどう考え行動しやすいか
第2章 注意されたことを過度に気にするが……
コラム4 心理学の実証的方法論:場面想定法について

第4部 新型うつの人は周りからどう見られているか──新型うつの悪循環を理解するために
第1章 もしも、対人過敏傾向・自己優先志向の人がうつになったら
第2章 「うつのアピール」は言い訳として成立するのか
コラム5 新型うつ社員によるうつ病休職中の気晴らし・運動は同僚としてどこまで許せるか

第5部 どう対処したらよいのか
第1章 人は困ったとき共感してほしい
第2章 新型うつ社員の職場での実態と対応
第3章 新型うつへの日常的な働きかけ(予防的視点)・啓発・介入に向けて
第3章A 社員の成長促進を考える
第3章B 適切な環境作りを提言する

終章 新型うつのこれから


著者略歴

坂本真士(さかもと・しんじ)
日本大学文理学部教授。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了(博士(社会心理学))。国立精神・神経センター精神保健研究所,大妻女子大学を経て,2003年より日本大学文理学部助教授,2008年より現職。日本心理学会理事,日本うつ病学会理事。著書に『抑うつと自殺の心理学:臨床社会心理学的アプローチ』(金剛出版,2010),『ネガティブ・マインド』(中公新書,2009)など。日本心理学会国際賞奨励賞,日本パーソナリティ心理学会第26回大会優秀発表賞などを受賞。

 


はじめに

「新型うつ」あるいは「新型うつ病」という言葉、本書を手にとられた方ならば、一度は聞いたことがあるに違いない。そして、「新型うつ」あるいは「新型うつ病」に困っておられ、それが本書を手にとったきっかけのひとつとなっているのではないだろうか。ところで、本書では、以降「新型うつ病」という表現は、以下に述べる二つの理由で原則として用いない。ひとつは、「新型うつ」あるいは「新型うつ病」として述べられている状態の多くは、うつ病の診断基準を満たしていないと思われるからである(第1部第1章で説明あり)。もうひとつは、本書は、「うつ病」の基準を満たすほどひどくなってしまう前の状態に主な関心があるからであり、病的な状態をメインに論じているわけではないからである。
さて、心理学の研究者である私も、「新型うつ」に困っていた。それは、それまで心理学で知られていたうつ病(あるいは抑うつ)についての理論では、新型うつの発症をうまく説明できなかったからだ。これまでは、会社の仕事でうつ病になった場合、それらの人たちはたとえば自分の力不足や弱さなど、自分のせいでうつ病になったと考える傾向があると言われてきた。このような説明は、研究者でなくとも納得できる。「端から見ると決してその人のせいだとは思えないけれども、自分のせいだと思い込んでいるとつらくなるよね」と、共感することもできる。大学の講義では心理学の用語を使って、「うつ病になる場合、人はネガティブな出来事に対して内的帰属をする傾向にある」などと説明してきた(内的帰属とは、出来事の原因を自分(つまり内部)の要因のせいにするということである)。
しかし、新型うつの人たちはこれとは違う。例えば、会社の仕事で失敗してしまったとき、落ち込むには落ち込むのだが、失敗の原因は自分ではなく会社や職場にあるという(例、上司の指示の出し方がまずくて失敗した)。もしそうだとしたら、これまでの心理学の説明とは矛盾することになる。
失敗の原因を自分以外のせいにすることも日常生活ではあるだろう。自分のせいにすると、自分はダメな奴だと思い自尊心が傷つき、場合によっては落ち込むが、「私のせいじゃない」と考えると自尊心は傷つかず、落ち込まないはずだ。なのに、新型うつの人たちは、自分のせいにしていないのに落ち込んでいる。新型うつの人たちの心の中では、いったい何が起こっているのか。
他にも、新型うつには、それまでのうつ病とは違う特徴がある。それは周りから疎まれる、迷惑がられるという点だ。
一般に、うつ病の人というと、真面目な人、模範的なサラリーマンというイメージが強い。真面目に会社のために働いて、がんばりすぎてうつ病になってしまった、だから、うつ病にかかって休職したときにはゆっくり休ませるべきだ、本人は会社に行きたがるが、焦らないで十分休ませることが大切、と言われていた。このようなうつ病の社員に対しては、同僚も職場に戻ったらサポートをしてあげたい、と思うだろう。
しかし、新型うつの人の中には、うつ病で休職している最中に旅行に出かけてエンジョイしている人が少なくないという。旅行の様子をSNSにアップすることもあるらしい。会社に毎日のように出かけ、休職中の社員の穴埋めまでしている同僚から見れば、このような行動には腹が立つだろう。「うつ病で休んでるんだったら、ゆっくり静養していればいいだろう。旅行に出かけられる元気があれば、会社に出て来いよ」と思ってもおかしくない。
このように、従来のうつ病に対する心理学の知識では説明できない特徴を、新型うつはもっている。心理学の専門家にとっては、誠に不可解な現象であった。これまでの心理学からの説明とは大いに異なる「新型」のうつに対して心理学から解明すべく、筆者らのグループは二〇一二年から本格的に研究を始めた。翌年からは科学研究費補助金を二期、通算七年間に渡って交付され、実証的な成果を積み重ねてきた(現在、三期目に入っている)。本書の基本骨格は、この成果に基づいて作られている。
新型うつについては、精神医学の専門家からの著作は多く、これらはとても貴重で著者らも参考にしている。しかし、これらだけでは、新型うつを理解するには不十分だと思う。新型うつになりやすい人の性格や、新型うつの人と周りの人との関係などを探るためには、心理学的な研究が欠かせない。そして、研究からわかったことは、職場において出会う「新型うつ」らしき人に、どう対処したら良いのかのヒントを与えるはずだし、本書もそのように作られている。

ここで、本書の構成を紹介する。本書は五部に分かれている。第1部では、新型うつについての基本事項を説明する。新型うつの特徴を述べた後、新型うつの発生に関わる社会的背景について述べる。その後、本書の特徴である、精神医学とは異なる心理学アプローチについて説明する。
第2~4部では、新型うつに関わる心理学研究を紹介する。多少込み入った議論や研究の詳細に触れている箇所もあるが、実証的研究のエビデンスの上に本書の主張があることを知っていただくために書き込んだ。心理学研究になじみのない方に向けたコラムも用意したので、ご参照いただきたい。
まず第2部で新型うつになりやすい人の性格について考える。従来型のうつ病の病前性格(たとえば、真面目、几帳面、仕事熱心)とは違って、新型うつに罹った人の性格については「無責任、仕事に熱心ではない、規範に対し抵抗」と言われており、時には「わがまま」「未熟」と評されることもある。だが、もしある人の性格が「無責任、仕事に熱心ではない、規範に対し抵抗」ならば、その人はきっと会社に縛られないお気楽な人で、うつ病とは無縁のようにも思えるのだが、実際はうつ状態になって病院に駆け込む。従来型のうつをよく知る人にとっては、謎めいた話である。なぜそういうことになるのかについて、調査研究によって明らかにする。
第3部では2章の結果を受け、新型うつになりやすい人の特徴として、他者からの評価を過度に気にしたり、他者からの評価に過度に反応したりする傾向である「対人過敏傾向」と、自己の快を他者や集団との関係よりも優先させて追求しようとする傾向である「自己優先志向」に焦点を当てる。そして、対人過敏傾向や自己優先志向が強い人について理解するために、このような人たちが自分自身や他者をどう考え、どう行動するのかを明らかにする研究を紹介する。
つづく第4部では視点を逆にし、周囲の人たちが新型うつの人をどう見ているかについて二つの点から調べる。まず、従来型のうつ病と新型うつとの比較を通し、新型うつがどのように受け止められているかを調べる。日米比較や管理職・非管理職による違いについても触れられる。もう一つは、新型うつではうつ病を「言い訳」にして会社を休んでいるように思われることもあるため、診断書という客観的証拠がなく「うつ病かもしれない」と発言するだけで、「言い訳」として機能するかどうかを調べ、その背後にある人の心理を論じる。
第5部では、これまでの心理学研究をもとに現場への示唆を提案する。新型うつに対してはこれまでもいくつかの対策が言われてきたが、本書での提言がそれらと一線を画すのは、実証的な心理学研究に加え、現場の声を取り入れている点である。第5部ではさまざまなケースを考え、どのように私たちが新型うつを考え、対処していったら良いのか、現場をよく知る専門家が提案している。なお、新型うつ対策を論じる際、会社または患者のどちらか一方の視点に立つこともできる。会社の側に立てば、厄介者の新型うつをどう扱ったらよいかを書くことになるし、反対に新型うつの人の側に立てば、当人が快適に働くために、会社はどう変わるべきかを書くことになろう。本書ではどちらか一方に肩入れすることは避けた。それは、会社や職場の人たちに対しては当人の主観的世界を知ってもらいたいと考えたからであり、当人に対しては客観的な視点に立って、冷静に自分と自分を取り巻く状況を考えてほしいからである。第5部第3章をA、Bと分けているのはそのためである。

さて、新型うつに関する心理学研究をすでにいくつか公表しているが、一般向けの書籍としてまとめるのはこれが最初である。本書の企画に興味を示していただき、出版の機会を与えてくださった遠見書房の山内俊介さまに、この場を借りて厚く感謝申し上げます。

著者を代表して 坂本真士

 


 


執筆者一覧
坂本真士(日本大学文理学部心理学科)=編著者
※第1部第1章,第1部第2章,第1部第3章,第2部第1章,第2部第2章,コラム3,第3部第1章,コラム5,終章

(50音順)
勝谷紀子(東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野)
※コラム1

亀山晶子(国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科臨床心理学専攻)
※第4部第1章,第5部第1章,第5部第3章B

佐久浩子(日本大学文理学部研究協力員)
※第1部第2章,第5部第3章B,終章

松浦隆信(日本大学文理学部心理学科)
※第5部第3章A

村中昌紀(埼玉工業大学人間社会学部心理学科)
※コラム2,第2部第3章,第5部第3章A

山川 樹(東北文化学園大学現代社会学部現代社会学科)
※第3部第2章,コラム4,第4部第2章,第5部第2章

 

 

 

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