ひきこもりと関わる――日常と非日常のあいだの心理支援
ひきこもりと関わる
――日常と非日常のあいだの心理支援
(跡見学園女子大学心理学部准教授)板東充彦 著
2,300円(+税) 四六判 並製 224頁 C3011 ISBN978-4-86616-148-8
公認心理師・臨床心理士である著者は,10年以上にわたってひきこもり者のサポート・グループを運営し,地域のセルフヘルプ・グループ代表者と協働してひきこもり支援を展開してきました。本書はその活動とカウンセリングの経験をもとに,長く社会との関わりを断っているひきこもり者といかに関わり,サポートできるかをまとめたひきこもり支援論です。当事者たちの言葉からひきこもりの心理を丹念に捉え,個人カウンセリングからコミュニティ支援まで幅広く役立てる支援のポイントをまとめました。
コミュニティにおける支援の場にはジレンマがあります。専門家として関わると同時に,支援者もまた地域でともに生活する仲間です。対象者から「一人の人として私を見てほしい」と言われたとき,支援者はふと立ち止まらずにはいられません。支援とは何か,人と人との関わりとはいったい何なのか。本書はその問いに真摯に向き合った専門家の実践の記録でもあります。同じ問いを抱きながら,さまざまな場所でひきこもり者を支えている方々にぜひ読んでほしい一冊です。
関わることが難しい人といかに関わるか,心理臨床家によるひきこもり支援の実践
目 次
第1部 ひきこもりの理解
第1章 ひきこもりの心理
第2章 時間を止めた人たち―ひきこもりの“時間”考
第3章 全てのものはところてんだ!―ひきこもりの“普通”考
第2部 ひきこもりの支援
第4章 ひきこもり支援の枠組み―サポート・グループの実践より
第5章 サポート・グループを通した支援
第6章 ひきこもり者と関わる際のポイント
第7章 家庭訪問
第8章 親面接
第3部 “支援者”と“当事者”の関係性
第9章 セルフヘルプ・グループ代表者との協働
第10章 支援者の“当事者性”
はじめに
(本書の特徴)
「ひきこもりのご本人に来ていただかないと支援はできません」と,かつては言われました。今でも,そのように対応する医療者・支援者がいることでしょう。それは,旧来の方法論のみでは,ひきこもり支援を進めることが困難だからです。何とか彼らが支援の場を訪れたとしても,「嫌なことがあると関わりをやめる」という戦略をもたれると,積極的な関わりが逆に支援を寸断する結果となってしまうからです。
このように支援者は苦労するのですが,当然ながらひきこもりの渦中にある方たちはそれ以上の苦難を抱えています。彼らは語らず,関わりをもたないため,その経験のない人たちがその心を理解することは非常に難しいのです。
本書は,臨床心理学の視点から,主に支援者向けに書かれたものです。さまざまな場所でひきこもり者を支えている方々にぜひ読んでいただきたく,実践に役立つものになることを目指しました。専門分野としては,心理・福祉・看護などですが,どなたにとっても読みやすいように,専門用語は最小限にするよう努めました。
ひきこもりの理解と支援に関する良書は,すでにたくさん出版されています。しかし,私が実践してきたことや,実践を通した視点にはオリジナルな点があると考えて,それらを言葉にするようにしました。そのため,理論的な書籍というよりは,現場の感覚を忠実に記した内容になっていると思います。
本書に収めた私の実践は2つあります。「ひきこもりのサポート・グループ」(第4・5章)と「ひきこもりのセルフヘルプ・グループ代表者会議」(第9章)です。これらの根底にあるのは,「この社会で共に暮らしていく」という感覚です。この本は基本的に支援者向けに書かれた本ですが,「支援する者」と「支援される者」という二分法を改めて問い直してみたい,という趣旨も含んでいます。
第4・5章で述べるサポート・グループの実践で,私は臨床心理士としてグループを設定し,運営する「支援者」でした。支援の対象者との間には,目には見えないけれども明確なラインが引かれていて,ここに専門家としての職業倫理も存在しています。ただし,このサポート・グループは,地域においてセルフヘルプ・グループ(以下,SHG)と同様の位置づけを保ち,SHGと協働することを目指しました(SHGについては,第2章・第4章・第9章で触れます)。第9章で,「ひきこもりのセルフヘルプ・グループ代表者会議」としてSHGとの協働の実践を提示します。
私は,専門家の視点からこの書物を執筆しますが,地域で「共に生活している仲間」として自らを捉えると,「専門家」というのは虚構かもしれません。専門家とは言え,さまざまな悩みを抱えながら生活し,時に大きな失敗をすることもある,大して強くもない存在です。あまたあるひきこもりの良書の中,本書にオリジナルな点があるとすれば,この二分法に疑いの目を向けつつ執筆されている点です。ひきこもり者の生活に可能な限り近づいて検討する姿勢を心がけました。
しかし,これもまた虚構でしょう。専門家の立場で関わる以上,たとえばひきこもりの方々と「友達」になることは困難です。専門的支援をする際,友達になる必要はありませんし,私もそれを目指しているわけではありません。
ただ,支援の最前線にいる方たちは,このような感覚を共有できる部分があるのではないでしょうか。「一人の人として私を見てほしい」と対象者に言われたとき,支援者としての自分は,その場で止まってしまうような感じを抱くことがないでしょうか。「専門家と対象者である」以前に「人と人である」という事実を,私たちはどう考えれば良いのでしょう。
本書でこの答えを提示できたわけではありませんが,この書籍を執筆する根底には,このような「止まってしまう」感じが常にあります。ひきこもりをめぐる状況は,「人と人との関わりとは一体何なのか」ということを私たちに突きつけていて,そこから目をそらさないことが重要な意味をもつ気がしています。
著者略歴
板東充彦(ばんどう みちひこ)
1997年,北海道大学法学部卒業
2006年,九州大学大学院人間環境学府人間共生システム専攻心理臨床学コース博士課程単位取得満期退学
2009年,博士号(心理学)取得
現在,跡見学園女子大学心理学部教授。公認心理師,臨床心理士。日本臨床心理士会ひきこもり専門委員会委員。日本コミュニティ心理学会常任理事。日本人間性心理学会理事。
研究テーマは,ひきこもりのグループ・アプローチ。コミュニティ心理臨床。
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