患者と医療者の退院支援実践ノート──生き様を大切にするためにチームがすること・できること
患者と医療者の退院支援実践ノート
──生き様を大切にするためにチームがすること・できること
本間 毅 著 (リハビリテーション医,新発田リハビリテーション病院)
本体2,400円(+税) 46判並製 224頁 ISBN978-4-86616-117-4 C3047
患者,家族,医療者,支援者でどこで生きるか,どこで亡くなるのかを考えてみる
退院支援とは,入院患者が自宅に戻るときに行われる医療,介護,福祉などを駆使した総合的なサポートのことである。本書は,その退院支援の実際を熱く刺激的に描いたものである。
退院のために,患者本人と家族,医療チームとで幾度もカンファレンスを開き,患者の気持ちに沿いながら行うのが理想だが,現実はそうではない。理想に近づくにはどうしたらいいのか?
ナラティヴの考えを主軸に新しい退院支援を進める著者が,自ら実践する支援を描く。
目 次
第1部 私が退院支援に取り組むようになったきっかけ
第1章 対人援助に関わる私の原体験
第2章 「退院支援研究会」発足までの道のり
第3章 私に「物語」の重要性を気付かせてくれた恩人Bさんについて
第2部 退院支援研究会の活動
第1章 退院支援を取り巻く環境
第2章 「発足式」の様子と,参加者から寄せられた言葉
第3章 第1回2017年6月~第4回2018年6月の事例検討会を振り返る
第4章 2018年9月~2019年11月,退院支援の新たなる逸話(anecdote)
第3部 整形外科のリハビリテーション医として行なった私の退院支援ほか
第1章 成年後見申し立ての経験
第2章 退院支援と地域連携に関する当院の取り組みと課題
第3章 高齢者と家族が望む介護のあり方
第4章 非典型的なCRPS症状を呈したTKA例に学んだ手術周辺の問題点
第5章 退院支援におけるナラティヴ・アプローチの可能性
第6章 TKAの術語満足度向上を目指した包括的患者サポートシステムおよび退院支援におけるナラティヴ・アプローチの紹介と考察
第7章 膝術後CRPSへの共視的ナラティヴ・アプローチ
第8章 TKA患者満足度に及ぼす老いの受容の影響
第9章 自己犠牲を払う介護者たち──「自虐的世話役」という概念から
第4部 母と子のアンビバレンスが退院支援に及ぼす影響
第1章 「心を妄想する」
第2章 「エディプス・コンプレックス」と「阿闍世コンプレックス」
第3章 ある死亡退院例を「阿闍世コンプレックス」から考える
著者紹介
本間 毅(ほんま・たけし)
1957年生まれ,1984年杏林大学医学部卒。日本整形外科学会専門医・同学会運動器リハビリテーション認定医,日本リハビリテーション医学会認定臨床医,対人援助学会理事,退院支援研究会代表。現在は,新潟県の新発田リハビリテーション病院に勤務。
趣味はベンチプレス,アイロンがけ,料理。
はじめに
私は,2017年5月に新潟で発足した「退院支援研究会」を主宰している1957年生まれの医師です。もともとの専門分野は整形外科ですが,現在は病院に勤務し入院患者さんのリハビリテーション医療に専念しています。リハビリテーション医は,医師としての一般的な診療以外に,他の職種の専門性を活かしながら患者さんとご家族の望む退院を目指し,チームの円滑な連携と協働を調整する能力も求められます。そんな中で,私には患者さんの退院が近づく度に「調整者として自分の役割を十分に果たせたのか」という問題意識あるいは不安に絡みとられる傾向がありました。現在,退院を目指す調整業務は,退院計画,退院調整,入退院支援といろいろな名前で呼ばれています。そして世の中には,今でも診断が確定していない入院直後に何枚もの同意書や承諾書とともに記載される入院診療計画書の「入院見込み期間」を盾にとって行なわれるような「退院強制」がまかり通っているのも現実です。あなたの理解を深めてもらうため,よくありそうな例え話を交えてこの物語を始めます。
■こんなとき,あなたが病院の相談員ならどうしますか
ある日,50代の女性Aさんが,家の階段を踏み外して足首を骨折し,搬送された病院の救急外来を想像して下さい。相談員(MSW;医療ソーシャルワーカー)のあなたがその救急外来に呼び出されると,Aさんは整形外科の担当医に,入院して骨をつなぐ手術を受けるように提案されていました。そして,その時に初めてAさんが認知症で目を離せないお母さんと二人暮らしだったことが分かりました。独りでAさんの帰りを待つお母さんのことが心配で,「入院は勘弁して下さい」と涙ぐんでしまったAさんに,担当医は「それでは骨折が治る頃には脚の機能が低下して,買い物や介護ができなくなるかもしれません。下手をすると,途中でお母さんと共倒れになることもあり得ます。このレントゲンをご覧なさい,足首の内側と外側の骨が折れているでしょう。あなたの骨折なら手術をして2~3週間で松葉杖をついて退院できると思いますし,その後は月に1度くらい外来に通ってもらえれば,これから先の骨粗鬆症の予防もできますよ」と優しく説明していました。でも,お母さんのことが気になるAさんは,それどころではありません。相談員のあなたの頭の中には,「まず入院の手続きをお手伝いして,お母さんの方は,今日からの生活を何とかしなきゃいけないので,担当のケアマネに見に行ってもらうおう。お母さんって,Aさんの実のお母さんかな。近所にフットワークの良い親戚やお友達がいると良いけど。ところで怪我をした階段って家の中?」と,いろいろな考えが浮かびます。そして,Aさん親子の普段の生活ぶりや二人の関係性はどうか,Aさんの言葉と表情の間に見え隠れする言葉にならない思いに,気がつけば一番困惑し迷走しているのはあなたかもしれません。でも,骨折の症状や治療だけでなく,目の前にいる患者さんの生活の内面まですぐに目が行くあなただからこそ,Aさんやお母さんが置き去りにならないよう,その答えをAさんと一緒に考えることができるのです。
■本書の構成と特徴
本書の構成は大きく4部に分かれます。第1部では私が退院支援に取り組むきっかけになったエピソードと,当研究会が発足するまで経緯を明らかにします。そして第2部は,2017年5月に開催した発足式,2017年6月の第1回から2019年11月の第10回までに開催してきた定期事例検討会,2018年および2019年度の年次大会の様子を記載しました。この第2部が全体の核に相当します。第3部は,私が整形外科分野のリハビリテーションに携わる医師として,過去に発表した退院支援に関連する8論文と最後に1講演の記録を,医師以外の皆さんにも可能な限り理解していただけるように加筆修正して掲載しました。その講演からつながる第4部では2025年問題(2025年になると団塊の世代と呼ばれる方たちが後期高齢者になり社会保障費が高騰するだろうという考え方です)や8050問題(80代の親が50代の子どもの面倒をみる。背景に子どものひきこもりや失職の問題があると言われています)にも関係する,病を得た親と子のアンビバレンスと,頑張りすぎてしまうことでさまざまな問題を起こす介護者の問題を日本オリジナルの「阿闍世コンプレックス」という精神分析の概念を応用して検討します。
本書で,診療報酬の算定を前提にした入退院支援のノウハウや,退院が迫っている患者さんへの「今日から誰でもできる即効性のある支援策のひな形」をお示しすることは,私の意図するところではありません。私と当研究会の仲間が行なってきた退院支援の物語に耳を傾けていただき,改めてあなた自身の退院支援の物語を,じっくり腰を落ち着けて考えてもらいたいと私は思います。そうすることで,本書に登場する人たちと読者であるあなたの共同作業で,新たに大きな「物語(ナラティヴ)」を創りあげてゆくことができるでしょう。物語は,相前後しながら進むものですが,最初から順番にお読みになることをお勧めします。
私は,本書をさまざまな職種や経験年数の方に読んでもらいたいと考えています。本文中では,なるべく医学用語や符牒を減らし,( )の中に私なりの註釈を加えるよう心がけました。「 」は発言だけでなく強調したい言葉や文章,『 』は書名や有名な論文名と「 」内の「 」です。おそらく臨床経験が少ない学生さんにも充分にお読みいただけるでしょうし,あなたが患者さんや患者さんのご家族でも,私の意図するところはご理解いただけると思います。最近の学術誌では,引用文献のページまで記載することを求められる場合が多くなりました。でも,一部分の前後関係には囚われず,「はじめに」から「あとがき」まで一冊の本を読み通して,はじめて「著者が言いたかった意味」を理解できることがあります。気になったページを限定していない参考文献は,極力全体をお読み下さるようお願いします。また,本書の趣旨と直接関係はないけれど,いずれ読んでおいた方があなたのお役に立つのでは,と思われる書籍の書名・版元・発行年度も記載しました。おせっかいのようですが,退院支援の現場や実習で,あるいは支援を受ける当事者として,何かしらの違和感を憶えたことがある方をお手伝いし,退院支援のあるべき姿をともに考える機会にしたいと考え,私は本書を世に出すことを決意したのです。
新型コロナによって世界に未曾有の事態がもたらされた,2020年春から,私は本書の執筆を始めました。いつか安心して学会や研究会を再開できる時が来たら,我々の定期事例検討会や年次大会に参加して,あなたの退院支援への思いを私たちに聞かせて下さい。パソコンやスマートフォンを駆使した新しいコミュニケーションの意義は理解できますが,面談,対話,そして告白も一度きり(一回性)で,人の温もりやその場の雰囲気を感じ取れる「生けるものの声」(Voice of living things)であることに意味があると思います。そろそろ検討会や年次大会の開催時期かなと予感したら,当研究会のHP(http://tsk2017.com)お知らせ欄をご覧になって下さい。
■研究対象者への説明と同意について
冒頭の足首を骨折して救急搬送されたAさん以外,本書に登場する患者さんとそのご家族には全てモデルとなった実在の人物がいます。ご本人達には,学術的な検証の対象にすることを説明したうえで口頭発表や論文化への同意をいただき,事例検討では所属機関の倫理委員会で正式に承認されている方もいます。私は,病院で研究の同意をいただくとき,できるだけプライマリー・ナースか医療ソーシャルワーカー(以下,MSWもしくは相談員)を伴い,説明の際のクライエント(患者さん本人,あるいは患者さんとご家族の意味に使い分けます)の表情の変化に注意してもらうよう心掛けています。一瞬でも不快そうな表情が見られれば,どんなに貴重な報告でも開示は控えるべきです。「一般人である患者さんやご家族には,専門的な研究を理解することは難しい。説明と同意自体にあまり意味が無いので,同意書という記録さえ残せば大丈夫」と驕るようなことはなく,研究の成果は,必ず次に担当するクライエントの退院支援に活かすべきです。研究会の活動を学会で発表したり,文章化する際には,仲間達の工夫や考察の記述を私に委ねてくれるようお願いしましたので,本書の文責は全て私に帰します。あとでも述べますが,目の前の人が自分に反論や疑問を投げかけることができない可能性があるときは,それは自分の方に問題はないのかと吟味することが大切だと思います。30年あまりの臨床経験から,倫理的に正しいことを続けていれば臨床だけでなく研究も効率良く進むものと,私は確信するようになりました。
序章の最後に,当研究会の活動と本書の記述には,一切の商業的利益相反事項がないことを明言します。
本間 毅
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