文化・芸術の精神分析

文化・芸術の精神分析

(名古屋心理療法オフィス)祖父江典人・(フェルマータ・メンタルクリニック)細澤 仁 編 

本体3,000円(+税) A5判並製 218頁 ISBN978-4-86616-112-9 C3011



こころの世界を可視化する
人間を人間たらしめる文化・芸術に精神分析の立場から迫る


「精神分析は単なる臨床理論ではなく,人間理解の基礎となる理論である」「文化芸術的素養がない臨床家が,人の役に立つ臨床をすることは難しい」という観点からまとめられた精神分析的臨床家による文化芸術論。2人の臨床家の呼びかけに,北山修をはじめ多くの執筆陣が原稿を寄せた。映画や文学,美術,モーツァルト,ジャズにロック,ポップカルチャーから,フロイトの古美術収集やユングの自転車旅行まで,「精神分析」で捉えるカルチャーとアートの世界をめぐる知の饗宴。

目  次

第1部 「文化」をめぐって
第1章 日本のリズム ☆ 北山 修
第2章 将   棋 ☆ 上田勝久
ミニコラム文化編
書道から眺めた臨床(平林桃子)
人生は仮面舞踏会──臨床とアイドルと宝塚(近藤麻衣)

第2部 「観ること」をめぐって
第3章 物語としての映画,詩としての映画 ☆ 細澤 仁
第4章 西洋絵画と精神分析 ☆ 増尾徳行
第5章 古美術 ☆ 池田暁史
第6章 版   画 ☆ 三脇康生
ミニコラム観る編
にほんごであそぼ(細澤梨澄)
朝ドラ(西岡慶樹)
現代アート(ジェームズ・タレル)(岡田康志)
草間彌生(岸本和子)

第3部 「聴くこと」をめぐって
第7章 精神分析とジャズ──宿命の芸 ☆ 祖父江典人
第8章 モーツァルト ☆ 館 直彦
第9章 ロック ☆ 江崎幸生
ミニコラム聴く編
ポップ・ミュージックの極北としての「相対性理論」(細澤 仁)
シューベルト(川合耕一郎)

第4部 「読むこと」をめぐって
第10章 精神分析的に小説を読むこと──『海辺のカフカ』を素材として ☆ 木部則雄
第11章 カズオ・イシグロ ☆ 木村宏之
ミニコラム読む編
森見登美彦『太陽の塔』と精神分析(坂東和晃)
推理小説(上田勝久)
ドストエフスキーと精神分析(祖父江典人)
マンガ(北川清一郎)

第5部 「動くこと」をめぐって
第12章 フロイトと自転車をめぐる小旅行 ☆ 平野直己
第13章 バレーボール ☆ 浜内彩乃
ミニコラム動く編
“わたし”とゴルフと精神分析(松平有加)
荒川修作と建築──身体性をめぐって(筒井亮太)
クラシックギターと心理臨床の接点──聴くこと(中村公樹)
一人旅(原田宗忠)
バイク(高木友徳)

編者紹介
祖父江典人(そぶえ・のりひと:名古屋心理療法オフィス)
細澤 仁(ほそざわ・じん:フェルマータ・メンタルクリニック)

執筆者一覧(50音順)
池田暁史(いけだ・あきふみ:文教大学/個人開業)
上田勝久(うえだ・かつひさ:兵庫教育大学人間発達教育専攻臨床心理学コース)
江崎幸生(えさき・こうせい:藤田医科大学医学部精神神経科学)
岡田康志(おかだ・やすし:市立野洲病院)
川合耕一郎(かわい・こういちろう:日本工業大学学生相談室)
岸本和子(きしもと・かずこ:医療法人西浦会 京阪病院)
北川清一郎(きたがわ・せいいちろう:心理オフィスK)
北山 修(きたやま・おさむ:北山精神分析室,白鷗大学)
木部則雄(きべ・のりお:こども・思春期メンタルクリニック,白百合女子大学発達心理学科)
木村宏之(きむら・ひろゆき:名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野)
近藤麻衣(こんどう・まい:三重大学医学部附属病院総合サポートセンター)
祖父江典人(そぶえ・のりひと:愛知教育大学)
髙木友徳(たかぎとものり:ともこころのクリニック)
館 直彦(たち・なおひこ:たちメンタルクリニック)
筒井亮太(つつい・りょうた:たちメンタルクリニック)
中村公樹(なかむら・こうき:医療法人一草会 一ノ草病院)
西岡慶樹(にしおか・よしき:医療法人義興会 可知記念病院)
浜内彩乃(はまうち・あやの:京都光華女子大学健康科学部医療福祉学科,大阪・京都こころの発達研究所 葉)
原田宗忠(はらだ・むねただ:昭和のこども相談室)
坂東和晃(ばんどう・かずあき:国立病院機構 奈良医療センター)
平野直己(ひらの・なおき:北海道教育大学)
平林桃子(ひらばやし・ももこ:聖十字病院)
細澤 仁(ほそざわ・じん:フェルマータ・メンタルクリニック)
細澤梨澄(ほそざわ・りずむ:尾道市立大学学生相談室)
増尾徳行(ますお・のりゆき:ひょうごこころの医療センター)
松平有加(まつだいら・ゆか:桶狭間病院藤田こころケアセンター)
三脇康生(みわき・やすお:仁愛大学人間学部心理学科)


はじめに

精神分析の始祖フロイトは,非常に刺激的な文化芸術論をいくつかの論文で展開しています。そのほとんどは緻密さに欠けるものであり,また,柄谷行人が『マルクス その可能性の中心』(講談社学術文庫)のなかで言うように,「書物はそれが表示する世界や知識が古びたということに応じて古びている」ので,現代の文化芸術論において,フロイトの文化芸術論が顧みられることはほとんどありません。しかし,柄谷の言う「その可能性の中心」において読めば,たとえば,フロイトの『モーゼと一神教』(ちくま学芸文庫)は私にとって読むたびにこころが喚起される力を秘めた著作です。
欧米においては,精神分析の著者による文化芸術論は多数存在しており,その多くは文化芸術に対する精神分析理論の押し付けの観があり,それほど刺激的ではないとは言え,それなりの文化的意義はあるのだろうと思わせる状況があります。翻って,日本の精神分析サークルを眺めると,文化芸術に対する論考は,一部の例外的な精神分析臨床家を除いて,ほとんど認められません。その意味合いについては触れないでおきましょう。
私と共同編者の祖父江には,精神分析は単なる臨床理論ではなく,人間理解の基礎となる理論であるという認識があります。人間の最も人間らしい活動が文化芸術であることに疑問の余地はないでしょう。また,文化芸術的素養がない臨床家が,人の役に立つ臨床ができるとは思えません。私と祖父江は,臨床上,そして,人生において大切であるにもかかわらず,主流派から無視されている題材を取り上げてゆこうとする姿勢を共有しています。そのひとつの成果が,『日常臨床に活かす精神分析─現場に生きる臨床家のために』(誠信書房)です。本書はある意味,その続編となるものです。
今回,人間を人間たらしめる文化芸術に精神分析の立場から迫る書物を企画しました。これは毎度のことのように,私と祖父江の個人的友情から発した企画です。その個人的友情から発した企画が,本書に触れる多数の人々のこころを喚起し,文化芸術に想いをめぐらせる機会を提供できたとしたら,本書の目的は達成されたことになります。さらに願わくば,読者のこころに生じたもの想いを私や祖父江に伝えていただければ,編者冥利につきます。

細澤 仁

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あとがき

 

本書は盟友細澤仁との2冊目の編著書です。細澤も私も,党派性や既成概念に縛られるのを良しとしない性格なので,本書のように自由な精神分析的思索を求めて,文化・芸術の方に関心が向かったのでしょう。
自画自賛になるかもしれませんが,この目論見は,見事に当たったように感じています。私は,編集者の山内さんから送られてくる執筆陣の原稿を見るにつけ,わくわくした気分を抑えることができませんでした。なぜなら,そこには極めてパーソナルな精神分析的思索が,文化・芸術を題材にして,小躍りしていたからです。
ビオンが言うように,精神分析理論は体制化,超自我化しやすいところがあります。精緻な理論ほど隙がなく,異論を寄せ付けません。したがって,スプリッティング,投影同一化,自由連想,解釈などの理論や技法は,私たちの前に立ちはだかり,私たちのパーソナルな顔は影を潜めます。
もちろん,理論や技法は重要です。それら抜きに,臨床はできません。しかし,その中でパーソナルな息吹は,どのように確保されたら良いのでしょうか。臨床とて濃密な人間関係のひとつに過ぎません。そこには,臨床の血肉となるパーソナル性が既成理論や技法の圧力の下で窒息してはいけません。おそらくその答えの鍵は,今日の分析においてますます重視されている逆転移の活用の中にあるのでしょうが,このことは,また別の機会に譲りましょう。
いずれにしろ,臨床とは一線を画した文化・芸術本の中でほど,精神分析の思索が自由に羽を伸ばせる場所はないことでしょう。精神分析が,繊細かつ鋭利な切れ味を存分に見せつけてくれるところです。
執筆陣は,多士済々です。「文化」「観ること」「聴くこと」「読むこと」「動くこと」の5領域にわたり,その出番を心待ちにしていたかのように,きわめてパーソナルな個々の顔を見せてくれています。そこには,日ごろの臨床とは一味違い,自由に文化・芸術を論じることのできる喜びが溢れているように思われます。ですが,創造とはもとより個人の内的情況の昇華の作業でもあります。創造の歓びの向こう側に,「心的苦痛」の影を見ることもあることでしょう。
ウィニコットが言うように,「心的苦痛」のモーニング・ワークとは終生終わることのないこころの営みです。それを文化・芸術という中間領域にて,私たち臨床家もたゆまず営んでいくことが,臨床家としての責務のひとつかもしれません。
なお,このような傍流の趣向に賛同をいただき,本書に陽の目を見る機会を与えてくださった遠見書房の山内俊介さんにはとても感謝しています。
精神分析の目を通した,これら臨床的創造の産物が,読者の皆様の琴線に触れることを願ってやみません。

2020年の幕開けに 
祖父江典人

 

 


 

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