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臨床家のための実践的治療構造論

栗原 和彦 著

3,200円(+税) A5判 並製 230頁 C3011 ISBN978-4-86616-099-3

「治療構造論は,狭義の心理療法を超えて,あらゆる臨床場面に適応可能な認識論となる力を持っているし,面接関係のあらゆる局面において幅広い視野を提供してくれる汎用性を備えた方法論なのである。そして私は,かくも幅広い職域において,かくも多様な心理臨床の実践が求められるようになった今のこの時代において,その多様性に翻弄されることなく,本務を見失うことなく“,一本筋の通った”心理臨床の実践を志す人たちにとって,治療構造論こそが最も基本的な拠り所になるものだと考えている」(本書「はじめに」より)

この本は,故 小此木啓吾が提唱した「治療構造論」に新しいアイデアを盛り込み,時代に合わせて大転換を図った著者オリジナルな理論を,長年の臨床実践と多くの事例,文献をもとに詳解したものです。

教条主義と誤解されることもある治療構造論を,もっと中立的な方法論として整理し直し,密室だけで終わることのなくなった心理支援を汎用的に支える基礎理論とする,リアルな現場感覚をもとに,第一線の臨床家による,公認心理師時代の新しい心理支援の方向性を見出す必読の1冊が生まれました。


主な目次

§1 歴史的背景
序章 治療構造論の展開
A.治療構造論はこうして生まれた/B.治療構造論の発展を支えた意図/C.小此木の盲点と治療構造論が背負わせられた誤解/D.本書における治療構造論の展開

§2 実践のための治療構造論的センス
第1章 今ここにある構造を読む
A.社会的な文脈/B.組織という集団の中での期待/C.今ここにあるセッティング/D.セラピストが醸し出す空気/E.今ここにある構造上の矛盾
第2章 「構造を処方する」という発想
A.一挙手一投足を「処方している」と考えてみる/B.処方の背景としてのアセスメント/C.無意識の相互作用とセラピストの責任/D.思わず知らずの「処方」
第3章 構造を支える主体の変遷
A.今の構造を支えているのは誰か?/B.第三者の存在/C.自分に必要なものを感知する能力――クライエントの「No」を育てる
第4章 構造の設定,逸脱,変更,膠着の中に心の動きを読む――今起きている相互作用を理解する手掛かりとして
A.解読のためのコツ/B.設定/C.逸脱/D.変更/E.膠着
第5章 クライエントと共有している現実としての構造
A.心の了解の両刃性/B.理解,介入,そして関係の現実性,社会性を保証する/C.週1回以下の心理面接における治療構造論の機能
第6章 設定された構造からのお別れ
A.その場の「区切り」/B.あらかじめ設定された期限/C.継続面接の中断/D.継続面接の終結/E.お別れのその後


著者
栗原和彦(くりはら・かずひこ)
1979年 国際基督教大学大学院博士前期課程修了
1979年~1986年 桜ヶ丘保養院(現桜ヶ丘記念病院)常勤心理士
1986年~1995年 片山心理相談室
1995年~現在 代々木心理相談室
専攻:精神分析的心理療法,支持的心理療法
主な著書:『心理臨床家の個人開業』(遠見書房,2011年,単著),『心の相談 最前線』(誠信書房,2000年,共著),『心理臨床大辞典改訂版』(培風館,2002年,共著),『精神分析学事典』(岩崎学術出版社,2002年,共著),『レクチャー心理臨床入門』(創元社,2005年,共編著),『対象関係論の源流』(フェアベーン著,遠見書房,2017年,訳書)


はじめに

「治療構造論」。何ともいかめしく,堅苦しいネーミングである。この方法論の提唱者であり,わが国に精神分析的なオリエンテーションを啓蒙した功労者,小此木啓吾が亡くなって,早16年。すでに小此木の名前さえ「知らない」世代が数多くなってきている時代の流れの中で,「治療構造論」もまた,その系譜を直接引き継ぐ一部の人を除いて,次第にそれとして語られることが少なくなって来ている。それには,この取っ付きにくいネーミングも,おそらく一役買っているだろう。しかし,それ以上に問題なのは,「治療構造論」を“心理療法における治療構造は,できる限り基本型に則って「キチンと」設定し,一旦設定した構造は基本的に動かしてはならない,ともかくも一貫性をもって守り抜かなければならない”と唱導する教義であるかのように思い込んでいる人たちの存在である。後に詳しく述べていく通り,1950年代後半,その萌芽期において,治療構造論は確かにこうした主張を伴っていた。けれども,治療構造論が持っているポテンシャルは,そんな教条的な,矮小な教義に止まるものではない。それは,これも後に述べる1960年代~90年代の展開の中に示されている通りである。治療構造論は,狭義の心理療法を超えて,あらゆる臨床場面に適応可能な認識論となる力を持っているし,面接関係のあらゆる局面において幅広い視野を提供してくれる汎用性を備えた方法論なのである。そして私は,かくも幅広い職域において,かくも多様な心理臨床の実践が求められるようになった今のこの時代において,その多様性に翻弄されることなく,本務を見失うことなく,“一本筋の通った”心理臨床の実践を志す人たちにとって,治療構造論こそが最も基本的な拠り所になるものだと考えている。その現代における有効性は,おそらく,提唱者の小此木自身が認識していた以上に大きなものがあると思うのである。
その現代的な意義を考えるに当たって,まず,わが国における心理職の職域やそこで求められてきた職能についての歴史について少し振り返ってみよう。順を追って大まかにいくつかの時代を区別してみれば,「心理」の仕事は,

1)精神科の中で,そして法務技官や家裁の調査官という公的なポジションの中で,主として心理検査を使った心理判定技術者として職を得ていた時代,
2)心理療法の発展とそれへの注目と共に,心理療法を担う者として,狭い意味での心理療法家としての存在意義が認められるようになってきた時代,
3)教育や保育指導の領域,福祉,産業領域などへの職域の広がりが生じ,さまざまな領域でのポストが普及するとともに,狭い意味での精神科的な問題のみならず,いわゆる社会的弱者と言われる人たちの福利向上や,もっと日常的な発達上,健康上の判定やその維持・管理に関わる貢献が求められるようになってきた時代,
4)大災害を契機にして,心的な危機に対応したり,さまざまな喪失に対するケアや支援に携ったり,自殺の問題,そして,いわゆるいじめやDV,虐待,各種ハラスメントといった,もっと人為的なトラウマに関わる貢献が要請されるようになった時代,

といった時期を区別することができるだろう。1),2)のうちは,主として検査室,面接室の中でのことだけに集中していればよかった。けれども3),4)と時代が進むにつれ,密室の技法だけ,心理検査や狭い意味での心理療法だけでは現場のニーズには応えられなくなってきた。つまり,これらの歴史の中で最も大きな動向は,その現場が密室からより日常的な場へと広がり,そこで求められる仕事の内容もまた,とてつもなく多様化してきたということである。
この時代の推移に対応するべく,心理臨床の世界には「パラダイム・シフト」を叫ぶ人が現れ,従来の経験科学としての心理臨床学や,「名人芸」から学ぶ心理臨床実践を否定し,もっと「科学的」で「エヴィデンス」に基づいた「目に見える」実効性を持つ技法が工夫されるべきだという主張が声高に叫ばれた。そこでは,私のように“古い”時代の人間の目から見れば,まるでコンビニ感覚の,お手軽で手間のかからない,“「専門家」なら誰でもできる”(それが科学的な公共性だと言われて),時には“小手先の対応”にさえ見える心理的サービスがよしとされ,逆に(実際にも習得にも)「時間がかかる」,それでいてしばしば目に見える「結果」がすぐに表に出てこない力動的なアプローチは,最早「時代遅れ」と断じられるような風潮が生まれて来ている。さらに,「治療」というモデルではなく,社会資源を「つなぐ」モデルへのシフトが提案され,最近では,これまで積み重ねられてきた「心理療法」の知見やその基本的な発想についても,それを教える講座を持たない大学さえ出てきていると聞く。果たしてこれが心理臨床のあるべき姿なのかと感じているのは,おそらく私だけではあるまい。
本来,心理臨床は,個別的な心の在り様に個別的なキメの細かい対応がなされるべき領域である。心というものは,そういう極めてナイーヴな存在なのである。そこに「エヴィデンス」と呼ばれる確率論が持ち込まれ,そこでの個別性やその厚みや深みはしばしば大幅に削り落とされる。その場に居とどまることの苦しさから身をかわし(クライエント自身は,まさにその渦中にいるのに),安易な“いいとこ取り”を目指すかのように「解決」を求めて「折衷」や「統合」が謳われる。これで果たして,一人の人としてのクライエントに,その個としての尊厳を踏まえた関わりができるのであろうか? はなはだ大きな疑問を抱かざるを得ない。
こうした傾向は,2019年,公認心理師という資格者が新たに登場したことでさらに拍車がかかることが予想される。例えば,公認心理師の仕事の1つの柱として挙げられている「多職種連携」なる概念では,「チーム」の一員であること,そして他の専門職に適切に「つなぐ」モデルばかりが強調されている。では,心理職としての矜持はいったいどこに求められるのだろうか? 実際,そこでの「連携」においては,「協働」という美名の下,自分自身の心理的な関わりをより治療的なもの,発達促進的なものへと洗練しようとする地道な努力に身を投じることなく,ただ他の専門家に「つなげる」(その実態は,しばしば「投げる」,「丸投げする」)ことで事足れりとするような,そういう無責任性が助長されてゆきそうな予感がどうしても拭い去れないのである。「心理」の仕事が,こうして,より深い事情や気持ちの理解を差し置いて,「結果」だけに着目して「処遇」を考えるような,行政上,制度上の仕分けの方に傾いてゆく。それで果たして「心理」の仕事と言えるのだろうか? 暗澹たるものを抱かざるを得ない現状である。
だが,そうした事態に,ただ疑問を呈したり,批判だけを募らせていても意味がない。むしろ,もっと積極的な道,「答え」を出していかなければならない。そんな気持ちの中で私は,そうした混沌と混乱の中にあって心理臨床が本来の個別的でキメの細かい関わりを保証するためには,小此木たちが一時代を賭して磨いてきた「治療構造論」を再び表舞台に呼び戻す必要があると考えてきた。どのような臨床場面でも,その場のニーズと,そのクライエントの真のニーズを踏まえた,適切で“行き届いた”理解と対応とを生み出せる地盤に支えられていなければ,われわれ自身,いつしかその多様性に振り回され,時には自分の立ち位置を見失い,それと気づかぬうちにその混乱を助長さえして,結局のところクライエントやその周囲の人たちを傷つけることになる,そんな結果を招く可能性が高いからである。いや,もし仮にもっと「安定した治療構造」を設定できるような環境にいたとしても,セラピストは,実はさまざまな葛藤の中で仕事をしているものである。それは,クライエントとの直接的な関係はもとより,所属する組織との関係であったり,職場の人間関係であったり,臨床上クライエントを取り巻く,そして自分自身を取り巻く周辺の人たちとの関係であったり,ひいては自身のもっと個人的な生活の中の葛藤であったりもする。その優れて人間的な,そして生々しい「生きている」心理環境の中,その数多くの変数が飛び交う現場の中で,今自分のいる位置を掴む確実な羅針盤が不可欠なのである。それを提供してくれるもの,そして,本来の業務からの逸脱(への傾き)を最も敏感にモニターし,そこに含まれる毒をクスリへと変換させ道標を示してくれる方法論,それが治療構造論だと私は考えるのである。
そこで私は,この数年,治療構造論を自らのものとすることを目標とした勉強会を立ち上げ,そこに集ってくれたメンバーと共にさまざまなケースを治療構造論的に検討することを重ねてきた。その勉強会を「治療構造論的センスの熟成」と名付けたのは,治療構造論が臨床的に最も大きな力を発揮するのは,それが臨床的なセンスとしてセラピストのアンテナに組み込まれたときであるという認識に基づいている。“一定の構造を守る”ことを主張し,密室にしがみついていたのでは「時代遅れ」の誹りを免れない。実際,治療構造論は,そうした外的な構造の保証を前提として成立するものなのではなくて,それを内的な座標軸として臨床的なセンスの中に組み入れることでこそ,臨床的なツールとしての真価を発揮するのである。では,そのセンスはいかに自分の内に育ててゆくことができるか。私はそのことをこの勉強会におけるディスカッションの中から学んできた。本書は,そこで得られたさまざまなヒントをもとに,私なりに咀嚼し発展させてきた実践的な治療構造論を展開してみたものである――私は,本書の中で,臨床の現場の中で治療構造論的センスがいかに機能するのかを示そうとしている。ここに述べた座標軸を手掛かりにして,できるだけ幅広い視野を保ち,できるだけ中立的な視点から「真実」に近づこうとする発想,それがまさしく力動的な心理療法が培ってきた知的財産であり,治療構造論はそれを現代的な基本ツールへとつなげる通底路となるであろうと考えるのである。
もしかすると読者の中には,本書に示した個々の項目をご覧になって,“いや,そんなことはもうわかっている/すでに自分の視点に入っている”と感じられる方も少なくないかもしれない。そんな当たり前のことの何がそんなに重要なのか,と――大切なことは,それらがひとつの一貫した体系的な理解の下に有機的に位置づけられているということであり,それが紛れもなくセラピストの臨床的な道具として血肉化されているということである。そうなってはじめて,“当たり前”の認識が,その場やそのクライエントの実情に即した認識と対応とを生み出してゆくことになるのである。
何だか,大分理屈っぽい紹介になってしまった。センスのことは,なかなかそれとしては語りづらい。当時小此木も,その愛弟子で自らの論文集を『方法としての治療構造論』と題した狩野力八郎も,内在化された臨床的なセンスとしての治療構造論のことについては,それを真正面から語ることをしなかった。そこで私は,この本の中で,まさしく臨床に即した,現場的な切り口から,治療構造論的センス,そのアンテナの在り様を具体的に示してみたい。読者諸氏には,まずそれを,ご自身の今の臨床に重ねながら読んでいただきたい。そしてその中で,構造というものを媒体としてその場に生じる相互作用,人間関係を了解する視点を体感していただきたい。そしてそれがいかに多様な場面に活用できるものか,またその場その場における個々の現象を拾い上げ,その全体状況の成り立ちについての見通しを洗練し,自分の今いる位置を示し,そうやっていかに臨床家としての自分の安定性を保証してくれるか,さらに,それがいかに現実に根差したレベルでクライエントとの交流を基礎づけ,そこでの関係の進展とクライエントの安定化に貢献するものか,ということも体感していただきたい。こうした体験の反復の中でこそ,いわば治療構造論が血肉化され,治療構造論的センスがセラピストの心の内に育ってくることになるからである。
なお,この本は,基本的に心理臨床に携わる人たちを念頭に書かれているけれども,臨床的なセンスとしての治療構造論は,臨床に携わるすべての職種に共有できる,統合的な視座となり得るものである。もしこの視点が「多職種」の中で共有されれば,そこでの「連携」は,まさしく血の通った,相補的,相互援助的なものとなり,クライエントのニーズに沿った個別的な関わりと多職種の有機的な,真の連携を可能にするであろう。その意味で,この本は,心理職のみならず,力動的な関わりに関心を持たれる医師,PSW,看護師,保健師,保育士などなど,臨床現場に携わる多くの職種の方々にも読んで頂けるととても嬉しい。治療構造論は,こうした職種を越えた共通言語として多職種をつなぎ,真の意味での「チーム」を確かなものにする基盤となる力を持っているものだからである。

おわりに

1992年,当時わが国の中で最も包括的な心理臨床学事典を志した『心理臨床大事典』(培風館)が出版されることになり,縁あってその「治療構造論」の項目を執筆させて頂くこととなった折,その草稿を小此木先生に見て頂いた。「これだけ書ける人は,なかなかいないよ」。そう言って頂いたことを,私は今も鮮明に覚えている。今にして思えばそれは,まだ駆け出しの私の芽を潰さないように,あえて持ち上げて下さった言葉だったのかもしれない。だが,その草稿の中で私は,少なくとも小此木先生ご自身がそんなふうに書かれたことのない「実践的視座としての治療構造論」という切り口を打ち出していた。私にはそれを小此木先生が首肯して下さったように思えたし,当時の私には,そのことが何よりも嬉しかった。それは,私なりに治療構造論を咀嚼し,実践的な形で発展させたオリジナルな部分だと密かに自負していたからである。
それから四半世紀の時を経て,私は当時考えていた「実践的視座」という捉え方を「治療構造論的センス」として発展させてきている。実際私は,治療構造論は,多様な臨床を展開するセラピストの内で,いつもその立ち位置を示す羅針盤として機能するような,臨床的なセンスとして内在化されてこそ,その臨床的な真価を最大限に発揮すると考えているからである――成田善弘先生のこんな論述は,そのことをよく表わしていると思う。「私にとって『治療構造論』は,はじめは『守らねばならない』定め,あるいは目標であった。~そのうち境界例とのかかわりが増えるにつれ,むしろ彼らを『抱える』器として治療構造を考えるようになった。最近では~私のさまざまな臨床現場とそこでの自分のあり方を認識,検討する概念装置になっている」(成田,1991, 2004)。そして私はここ数年,このことを後進の人たちと共に考える勉強会を立ち上げ,さまざまな現場における事例を治療構造論的観点から検討するという試みを積み重ねてきた。そしてその中で,そのセンスをさらに効果的に伝えるにはどうすればいいのかを模索してきた。この本は,そんな努力の中で生まれた実践的治療構造論のテキストである。
この勉強会では(通称,チコの会),実にさまざまな文脈での事例が取り上げられてきた。通常われわれの間で「事例」というと,狭い意味での心理療法を継続的に行ったケースのことを指すことが多いが,この勉強会では,そうした関わりのみならず,もっと日常臨床の中に溢れている,たった一度だけ通りすがりのやり取り,電話での応対,廊下での立ち話,クライエントの周囲の人たちとの関わり,多職種とのリエゾンなどなど,臨床場面で生じるあらゆる相互作用のことを「ケース」として取り上げた。さらに,「ちょっと他では出せない」ような「構造がグチャグチャになっているケース」も材料に挙げられた。それらの関わりが,どのような場で,どのような役割関係の下で行われたのか,そこでセラピストは何を考え,その場や相手のニードをどのようにアセスメントし,どのような「構造」を設えたのか,その構造はどのように機能し,相手はそれにどのように反応し,それに応じてセラピストの見立てや方針はどのように修正・補充されたのか,その構造の中ではどのような相互作用が繰り広げられ,それが構造の変遷にどのような影響を与えてきているのか,そしてその場はどのように閉じられ,そこに参加した人々の心に何を残したのか,などなど――私はそうしたディスカッションを通じて,私自身が後進の人に伝えようとしている治療構造論的センスはいくつかのポイントから整理することができることに気づいていった。それは,いわば治療構造論的センスが機能する領域であり,そこを入口にすれば,そのセンスはもっと伝えやすくなる,と――こうしてこの本は生れた。それは,小此木先生が遺されたものに基づいて私自身が自分の臨床の中で蓄積したものを,その勉強会に集ってくれた若手の人たちの手を借りてもう一度咀嚼し,より公共的な形に整理し直したものである。その勉強会に参加してくれた人たちに,改めて心から感謝したいと願う次第である。
ただ私がこの本をまとめたのには,もっと広い視点から,「はじめに」に示した心理臨床の実践が今後たどるであろう道に大きな危惧を抱いたことも大きい。私は,この治療構造論的センスが,これからの「心理」の人たちの中に広く息づいてほしいと願い,そうなることがこれからの心理臨床の世界を安定して支える基盤になると考えたのである。具体的に言えば,

①今この瞬間に自分が置かれている現場の成り立ち(構造)を読み,そこで規定ないし限定されている役割関係に応じた形で,そしてその範囲の内で,自分の仕事を構成できること,
②今ここにいるクライエントが置かれている状況(外的構造)と,心に抱えている問題の在りよう(内的構造)とを,縦横の広がりという視点からできるだけ多角的,多面的,多層的に捉え,そこに生じているさまざまなニーズを抱え,それに応えるのに相応しい支援構造を,そういう意識と見立てとを持って「処方」すること,
③そこに処方された構造を1つの準拠枠として,それに対するクライエントの個別的な反応を見極めると同時に,その反応からその処方の妥当性を判断し,その妥当性検証の過程を介して,必要に応じてその処方を変更し,再びその新しい処方の妥当性を検討し,そうしてより妥当な関わりを模索してゆく循環運動に身を置くこと,
④こうした過程で,その折々に自分自身が知らず知らずのうちに起こしている反応や,2人を取り巻く人たちの内に生じる反応もまた,クライエントが示す反応と同等な価値を持った材料として扱い,そうやってより全体的な視野からその構造全体の中で起きている相互作用の理解を深めようとすること

――こうしたアンテナ,センス,オリエンテーションを自動的に使いこなせるようになってもらいたい……しかしこれは,言うほど簡単なことではない。それでもこれからの心理臨床の多様な在り方を考えた時,私には,それがどうしても必要な,最も基本的な課題であるように思えるのである。
この本は,そうした一大プロジェクトに向けた種蒔きの作業の1つである。私自身は,先に述べた勉強会をこれからもまたいわば草の根運動的に続けてゆくつもりである。そして,希望される方には,個人/グループ・スーパーヴィションを通じてそのセンスを伝える努力も続けて行きたい。もし読者の皆さんの中に,この「実践的治療構造論」の価値を認めて下さる方があれば,是非こうした“草の根運動”をそれぞれに展開していただきたい。そしてそこで,本書の中の論述,本書の中であえてオープンエンドで提示したさまざまな仮想事例を,それぞれの現場での自験例と共に討論の素材として活用して頂けたら嬉しい。そうした地道な努力こそが,わが国における心理臨床行為の質を担保,向上させることに必ずや貢献すると思うからである。
なお,本書で「治療構造論」という用語を踏襲していることについて一言だけ触れておきたい。とりわけ公認心理師資格が出来上がって来る過程で,関連職種の職能領域の棲み分けの問題がクローズアップされ,「心理」の業務を「治療」から遠ざける議論がなされてきた――この発想は,もちろん,もっとずっと以前からあって,例えば精神科領域における「精神療法」「標準型精神分析療法」「精神科通院カウンセリング」などの個人精神療法は,基本的に心理職では保険点数を請求できないシステムに代表されている。だから,心理職の側にも,逆に「支援」という用語を旗印に据えて,「治療」論からの脱却(?)を図ろうとする動きがある。「治療構造」についても,それを「支援構造」に置き換えようとする動きである。
だが,振り替えてみれば,そもそも小此木先生にとって「治療」という用語はどのような意味を持っていたのであろうか? 1964年に,若き日の小此木先生が,自ら中心的な役割を採って上梓された『精神療法の理論と実際』という大著には,「治療目標」「治療機転」「治療機序」「治療過程」などなど「治療」という用語のオンパレードがある。「治療構造」もその一環の中に自然に位置づけられている。私流に考えるに,そこには,医学の中にあって“目に見えない”精神療法という「治療」を主張する精神科医としての気概と,そして意気地のようなものがあるように思う。精神療法は科学なのだ,治療なのだという主張は,実はFreudの時代からずっと背負われてきた,いわばコンプレックスなのである。
そして今,われわれ心理職も,これと類似の苦闘を背負っている。周囲の目は心理職の「治療」を否定し,「心理」の世界から「治療」という用語を狩り取ろうとする。そんな中で,まるでそれに対抗するごとくに「支援」を振りかざす人が現れる――だが,臨床的に考えれば,この2つは実はしばしば同じ方向を目指している。そこに妙な覇権争いを持ち込むことは臨床家としては決して賢明なことではあるまい。さらに,注意しておかなければならないのは,「支援」の側に身を置くことが,密かに「治療」が背負っている責任の重みから身をかわす効果を持つことがあるということである(この点については第2章を参照されたい)。
本書では,こうした意味を込めて,あえて「治療構造論」という用語を踏襲している。もちろん私は,若き日の小此木先生のように声高に「治療」を叫ぶつもりはない。だから,本文中でも,単に「構造」という用語で事足りるところでは,あえて「治療」の語を外している。「支援構造」をいう用語も,最後の最後にあえて使ってみた――ただ,私がこの本で伝えたいと思っている最も大切なことは,それが「治療」なのか「支援」なのかということではなくて,構造を媒介にした臨床的なセンスの開発と錬磨のことである。用語問題に紛れて,このことがブレないことを心から祈りたい。

最後に,本書の成り立ちについてさまざまに貢献して下さった方々を記しておきたい。最初に挙げなければならないのは,もちろん小此木啓吾先生である。小此木先生は,40年前の日本精神分析学会の席上,何の「コネ」もないまま唐突にスーバーヴィジョンを頼んできた見ず知らずの大学院生を長年に亘ってよく見守って下さった。私自身は,一方で医学部の常識や医師としての在り方に微かな違和感を感じつつも,折に触れてさまざまなことを教えて頂いた。いや,そうした個人的な関係はともかく,治療構造論を世に打ち出された功績は,他の誰よりも大きい。今回の私の仕事は,その二番煎じに過ぎないとも言えるのである。先生の物事の本質を捉える直観力と,わが国における精神分析運動への貢献に改めて心から敬意を表したい。
そして,その後私の臨床家人生の中で出会い,親しく学びを受けた小此木門下の先生方,(私が出会った順に)乾吉佑先生,相田信男先生,片山登和子先生には,いわばそれぞれに咀嚼された生きた治療構造論を伝授されてきた気もする。改めて心からの感謝を捧げたい。
さらにその後,縁あってある企業の健康推進室でしばらくご一緒させて頂いた岩崎徹也先生にも大きな感謝を捧げたい。精神科病院と開業心理相談室しか知らなかった私は,この現場で,その場とそこでの「構造」に基づいて仕事の在り方を組み立てるという作業を本当の意味で教えて頂いた気がするからである。
もう1人お名前を挙げたいのは,私よりもはるかに小此木先生の近くで長年研鑽を積まれてこられた森さち子先生である。私は治療構造論の勉強会の立ち上げや,その案内や治療構造論の内部的な資料を作る際,森先生に折に触れて相談に乗って頂いた。森先生は快く小此木先生の残されたものを教えて下さり,私は大いにこれを参考にさせて頂いた。改めて感謝を申し上げたい。
そして,これまでのチコの会で治療構造論をめぐる率直なディスカッションに参加してくれた人たち,現在のチコの会のメンバーで今回の文献検索について大いに力を貸してくれた尾久守侑先生と津崎心也君にも感謝したい。また,私の古巣,現 桜ヶ丘記念病院の院長 岩下覚先生には,その図書室に所蔵されている古くからの文献を自由に閲覧させて頂く許可を頂いた。この機を借りてお礼申し上げたい。
最後に,これまでの拙著『心理臨床家の個人開業』(2011),そしてW. R. D. Fairbairnの主要な論文を訳出し,編集した『対象関係論の源流』(2017:相田信男監修)に続いて,3冊目の私の臨床家人生集大成のような本を世に送り出してくれた遠見書房の山内俊介さんに,もう一度心からの感謝を捧げたい。
皆さん,どうもありがとうございました。

著 者