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母子関係からみる子どもの精神医学──関係をみることで臨床はどう変わるか

小林 隆児 著

2,200円(+税) 四六判 並製 194頁 C3011 ISBN978-4-86616-092-4

子どもの行動を見るだけでは臨床は深まらない──大きな問題を背負う子どもには,親と子,特に母と子ども関係のゆがみが多く見られます。
本書は,そんな母子のアセスメントから治療にいたるまでの道のりをさまざまな視点から物語ったものです。著者は児童精神科医で,自閉症をはじめとするいわゆる発達障害を専門とし,母親や家族の問題を浮かび上がらせ,調整し,子どもたちの生きやすい環境をつくることで治療を行う関係療法をつくりあげました。わかりやすくユーモアたっぷりの1冊です。


目次

一.関係を通してみた発達障碍の理解と対応──自閉症を中心に

二.関係をみることで臨床はどう変わるか

三.「関係をみる」ことについて考える

四.乳幼児期の関係病理からみた精神障碍の成り立ち

あとがき


著者
小林隆児(こばやし・りゅうじ)
精神科医,医学博士,臨床心理士,日本乳幼児医学・心理学会理事長。九州大学医学部卒業。福岡大学医学部精神医学教室入局後,大分大学,東海大学,大正大学を経て,2012(平成24)年より西南学院大学大学院臨床心理学専攻教授。乳幼児体験がこころの臨床に及ぼす影響を探究しつつ,従来の発達障碍を初めとする精神疾患理解の脱構築に取り組むとともに,最近では感性教育に力を入れている


あとがき

四半世紀前になりますが、私は当時着任した大学の新設学部に母子ユニットという治療研究施設を創設し、母子臨床を開始しました。当時の私は自閉症をはじめとする発達障碍の成り立ちを解明したいとの切実な思いから、乳幼児期早期に発達障碍が疑われる子どもとその養育者(母親)を関係からみていくという着想のもとに思い立ったものです。以後十四年間継続しましたが、その間、私は次から次へと新たな知見を得るたびに、日本児童青年精神医学会を中心に多くの学会で仲間と一緒に発表し続けていました。しかし、まもなく学会で発達障碍を関係から論じることへの強い非難を受けるようになりました。母原病の再来だとの誹りです。新しいことを主張しようとすれば、いつの時代でも激しい反論に遭遇するものですが、当時のそれは学会での建設的批判とはとても言えない酷いもので、バッシングそのものでした。私は研究者としての生命を奪われかねないほどの危機感を抱くようになりました。まもなく私は学会で発表することは一切止めることを決断しました。それに代わって母子ユニットでの成果をきちんとかたちにして世に問うことを自分の課題と言い聞かせて、これまでにいくつかの著書として発表してきました。
私の臨床が大きく変わったと自覚するようになったのは、母子ユニットを離れて通常の臨床の場に戻ってからでした。それはとても不思議な感覚でした。私の脳裏には母子ユニットで観察してきた多くの子どもたちが次々に浮かぶのですが、面白いことにそれと同じこころの動きを私は面接で出会う患者とのあいだにありありと感じ取ることができるようになったのです。
随分と昔の話になりますが、私は小学生の頃、珠算に夢中になり、算段の免状を手にするほどになったのですが、とりわけ私が得意としたのは暗算でした。暗算をするとき、私の脳裏にはいつも算盤がありありと浮かび、それを私はいつも素早く手で弾いていました。この時とまったくといっていいほど同じ感覚を、私は母子ユニットを離れてから味わうようになったのです。まもなくそれは精神分析でいうところの転移現象であることに気づきました。
以上のような体験をしながら、この十年間各地で行った私の講演のなかから、本書のテーマである「関係をみることで私の臨床はどのように変化したか」にふさわしい内容のものを厳選して編んだのが本書です。

本書の原稿を出版社に送ってまもなく、私はアラン・N・ショアの最新の著書を入手しました。『右脳精神療法(Right Brain Psychotherapy)』という本です。私は以前から彼に注目し、ある雑誌に紹介記事(「こころと脳をつなぐ架け橋としての情動と愛着─Allan Schoreの理論を中心に─」小児看護、三一巻六号、二〇〇八年)も書いたことがありますが、本書は彼の集大成と言っても良いほどの力作だと直感し、一気に読み進めました。
ショアは精神療法家ですが、「アメリカのボウルビィ」と称されるほどアタッチメント理論に精通し、精神分析と神経生物学とを統合した理論を打ち立てたことでよく知られ、今ではその領域は神経精神分析として認知されるほどになっています。
彼の主張の根幹は明快です。一人心理学から二人心理学へ、個から関係へ、言語から情動へ、理性から感性へ、意識から無意識へ、大きく舵を切るパラダイムシフトを唱えていますが、その根拠を今世紀に入ってからの神経生物学の知見に求めています。そこでも左脳から右脳へ、認知から情動へ、一つの脳から脳と脳の連関に着目しつつ大きく舵を切っているからです。本書を読んで、私は頼もしい援軍を味方につけた思いでした。
今やわが国でも虐待臨床に限らず、発達障碍領域でもアタッチメントに注目が集まりつつあります。アタッチメントにまつわる現象とそこでの体験が子どもに与える影響は計り知れないものがあるからです。ショアも論じていますが、それは大人にみられる大半の精神疾患(神経症、精神病、人格障碍など)の成因にも深く関係するからです。
このような動向のなかで、私は四十五年間の大学教員生活を来春終えることになります。そこで退官記念に私の考える関係発達臨床をわかりやすく論じた本を出したいとの思いを遠見書房の山内俊介氏に相談したところ二つ返事で引き受けてくださいました。私のわがままを聞き入れていただいた山内氏にこころよりお礼を申し上げたいと思います。
本書が「関係をみる」臨床への読者の関心が高まる一助となればと願っています。
最後になりますが、転載の許可をいただいた東京大学心理教育相談室、花園大学心理カウンセリングセンターおよび日本乳幼児医学・心理学会にお礼申し上げます。
二〇一九(令和元)年七月
小林隆児