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来談者のための治療的面接とは
──心理臨床の「質」と公認資格を考える

増井武士 著

定価1,700円(+税) A5判 124頁 並製

ISBN978-4-86616-089-4 C3011
2019年6月発行

「いのち」の面接
まだ見ぬ来談者のために

この本は,臨床家 増井武士先生による渾身の1冊です。
一つに,心理臨床家として,来談者にベストを尽くすために何が必要なのかを観念的だけではなく,具体的にも考えています。もう一つは,「資格」についてです。答えが出ない心理臨床という仕事に,○×式の試験でよいのか,という疑問から,臨床家の資格について問いかけています。心理臨床の原論というべき本。
本当に来談者のために仕事をしたい方のための1冊です。
神田橋條治先生,序。


目 次

序(神田橋條治)

第Ⅰ章 私が歩んできた心理臨床の道
1 日本心理臨床学会の巨大化と私
2 ある企業での仕事と心理臨床の質──内なる資格とその評価
3 大学病院精神療法外来の立ち上げ

第Ⅱ章 スクールカウンセラー制度の導入と心理臨床家の質の低下
1 スクールカウンセラー制度の功罪
2 これまでの臨床心理士の資格は,一体,何だったのだろうか?
3 心理臨床は資格が行うものではありません

第Ⅲ章 資格問題への長年の懸念
1 心理臨床家としての資格は誰が決めるか?
2 医師国家試験との決定的な違い
3 研究業績と臨床の質
4 我々の仕事はサービス業か?
5 内的資格の探求とその評価

第Ⅳ章 公認心理師の試験方法に対する懸念と疑惑
1 試験方法の妥当性についての疑惑
2 心理臨床家の資格を鋳型で決めてよいものか?──「心のうぶ毛」と「鋳型」
3 関係解決型思考と自己完結型思考
4 正解と現場
5 来談者が感じる資格についての重要性
6 質の低下のつけは来談者が払い続けている事実
7 近代合理主義の明と暗
8 本書の願い
9 試験方式の変更の提案

第Ⅴ章 心理臨床における質の低下
1 公認心理師資格にまつわる危機感
2 歴史的背景
3 心理臨床家の仕事の質はどこで決めるか?
4 ここで言う心理臨床の質の低下とは
5 質の低下のありのままの姿の理解
6 組織における質の低下とその知恵

第Ⅵ章 私の治療的面接の原則論
1 治療的面接における日常性の大切さ
2 私という原点に常に戻ること
3 自己自体感と生き物としての面接
4 素直さを失うことと自己自体感の回復
5 対応論

終わりに


著者紹介

増井武士(ますい・たけし)
1945年生まれ。九州大学教育学部大学院博士課程修了。産業医科大学医学部准教授(教育学博士),同大学病院精神・神経科および産業医実務研修センターを併任。日本心理臨床学会常任理事,同学会倫理委員長などを経て同学会編集委員,同学会理事などを歴任。現在,東亜大学大学院客員教授。主著に『治療的面接への探求(Vol. 1~4)』(人文書院),『迷う心の「整理学」』(講談社現代新書),『不登校児から見た世界』(有斐閣)ほか多数。


増井君とボクは一点を除けば似たところがほとんどありません。ただ一点の一致点だけで,ボクたちの友情は盤石不動です。その一点とは「目の前にいる人を少しでも楽にしてあげたい」性向です。この性向の基盤にあるのは,「愛」と呼ばれたりする優しげな嗜好ではないようです。まだ充分に省察できていませんが「自然の流れが塞き止められている状況を目にすると,それが自身の内側にある流れの塞き止められ体験という傷付き,のフラッシュバックを引き起こしてしまう」固定パターンに由来するようです。この固定パターンは「排水溝や排気口の詰り」「防波堤で波が阻止されている情景」「コンクリートで川の蛇行が制圧されている状況」に始まり「雑草の無い一面のキャベツ畑」「保育器のようなレタス工場」「養殖ブリの生簀」にまで広がります。「いのち」という自然が「文化」によって「流れを阻止されている事態」を目にすると「窒息感」のような生理的苦悶が起こります。これはボクらの「病気」でもあり,同時に,「援助者」という人生を選択した動因でもあります。その後の修練のすべては,「病気の活用」「活用法の精錬」であったと言えます。
増井君から,ボクのコメントが欲しいと,本書の草稿が送られてきました。書き出しは,公認心理師制度への懸念や疑惑でした。感情が溢れ出していました。増井君は恐らく,あの○×式試験で育てられる心理師も,その心理師との面談が終わった後,家路をたどる来談者も,内なる優しさや自尊心や未来への夢を失って,「管理されたレタスやブリ」と同じ「いのち」になるはずだと直感したのでしょう。その直感は,日本の心理臨床家の近年の質の低下について積もり積もった懸念と危機感とに直結しました。
日本の心理臨床を開拓した黎明期の達人たちのほとんどは他界されました。開拓期の方々は当然の苦労は多かったでしょうが,優しさと夢と内なる自尊心を支えに精一杯奮闘されました。その息吹を身近で感受した第二世代が増井君たちで,その人々もいまや長老となり,現場で活動しかつ後進を育てる第三世代,の活動を見守る立場となりました。そこに質の低下すなわち「心理臨床の魂の流れ」が阻止されて行くのを見てとり,ジッとしていられない悲痛な気分で,増井君が一気に書き進めたのがこの本です。心理臨床家という人生を選んだ動因としての「援助者のいのち」への呼びかけです。雨に濡れている子猫に手を差し伸べる幼児の「いのち」が「援助者」としての人生を選んだ動因のなかにあるはずです。増井君はその「いのち」へ呼びかけているのです。
「管理されたレタスやブリ」の位置に置かれても,ボクたちはヒトですから言葉を持っています。管理するための道具は「言葉文化」です。それと闘うための道具も「言葉」です。皆さんも増井君の「いのち」を受け継ぎ,「管理されたレタスやブリ」の位置を離れ,目の前の来談者,そして何より「まだ見ぬ来談者」を「管理されたレタスやブリ」にしない,「いのち」ある「援助者」になってほしいのです。
その運動を成就させるためには「まだ見ぬ援助者」の方々にも本書をお勧めします。あなたは,自らの「いのち」を失わない・失わせない心理臨床を守る運動,のパートナーなのです。
書評を書いていてチョット新鮮なアイデアが湧きました。いま接している「来談者」がこの本を読んでいると仮定したときと,読んでいないと仮定したときとで,自分の「援助作業」がどう変わるかを空想してみるというアイデアです。素敵なワークになると思いません?
本書が代々に読み継がれることを祈念して「序」とします。

伊敷病院 神田橋條治

 
終わりに

(1)ある迷い
この章を入れるか否かについて迷いました。そして,書きながら考えてみることにしました。
この章は,私のとっては非常に核心的な部分です。だから,それゆえに書かなくても私の中に今までどおり,心の中に深く収まっていてもいいようにも思えたのです。しかし,本論の底の底で揺らめいているのが,宗教的としか言いようのない許しや願いやその心性です。
人格心理学者のオールポート,G.のフレーズだと思うのですが,
「我々は性の話になると大きな声で話すけれど,宗教の話になると顔を赤らめて恥ずかしそうに話すのは一体どういうことなのか?」
と問いかけたフレーズがあります。
神田橋先生がある時,
「アルコール依存をはじめ,あらゆる依存症の方は,最も宗教性に近い問題を持っていると思う」
と伺った時に,宗教的抑圧は実存的要求不満を起こすのではないかと思いました。

私は幼少時に,特別としてしか言えないような信心深い両親に育てられました23)。特別というのは,仏の願いを意識的に聞こうとするのではなく,「聞こえてくる」体験を重視するところです。仏が私を「照らす」ことを想い,考えるのではなく,「仏に照らされた我が身」という得心体験を持たないとこの世に生まれた意味はないという,信心体験を最重視する教えです。私は,その仏の教え以外,両親から何の束縛もなく,私が居ることが何よりも大事にして貰い,幸い経済的にも恵まれて,何不自由なく,育てられました。その仏の教えの得心体験だけが,喉につかえた骨のようでした。その教えは,自らの地獄行きの姿を鑑みるとか,内省を深めるという半端なものでなく,仏から照らされた地獄行きの姿を,直に体験する,という得心,信心体験を最重視するという教えなのです。ありのままの自分に戻る時,この宗教的許しの体験はとても有効に働いてくれるような気がします。
そして,私は幼少時に,仏壇に向かい念仏を唱えるように言われ,そうしているうちに,仏に照らされた我が身を見て,涙と御念仏でいっぱいの体験をしました。
私はすでに小さな時から,世間仮嘘唯仏是真という,この世は,嘘ごと戯言ばかりしかない世界だけであり,仏様との関係のみが真実である,という釈尊や親鸞聖人の教えが誠と思っています。
嘘ごと戯言のこの世を知ると,物事の全体像やある事実の持つ歴史的な意味など,俯瞰的に見え,比較的明確になってきて,この世への見限りはつきやすくなります。しかし,嘘ごとだから嘘ごとのように過ごせばいいとは不思議に考えられないのです。嘘ごと戯言だからこそ,1つぐらい誠を求めてみたいとの事情で,心理臨床家の道を選びました。そこでの私にとっての誠めいた事柄は,事実,という二文字です。来談者にとっての事実と相談者にとっての事実です。それが最高の権威で,それから教わるのが最高の教えだと考えています。

本書について「わざわざ人に嫌われることを書いてどうするの?」とか「言わずともいいことを事挙げしてどうするの?」とか言う友人の顔がちらつきます。
しかしながら自己がはっきりして,自分の考えが明確になるにつけ,他者や社会との摩擦も強くなってくるのは,自立的に生きる対価として支払うのは当然だと思います。問題はその摩擦の丁寧な生き方にあると思います。
世の中良いこともあり悪いこともあるのは自然の摂理で,ある来談者は良くなることは良いことばかり考えることと思い込みをして,それで苦しんでいました。そして,「良い時もあれば悪い時もある。それが自然で,私は良い時ばかりの治療はできない,良いことばかりというのが貴方の苦しみの一部でなかろうか?」という問いかけで,みるみる間に元気になった人もいます。
幕末の高杉晋作の遺言に近い言葉は,「人生僅か三文」という言葉でした。
良いこと,悪いこと,コミコミ含めて,その差,僅か三文くらいあるかな,という言葉が浮かんできます。
自分の言いたいことが他人に十分に伝わるとか,正確に伝わることなどは,私は妄念だと思っています。人それぞれが違うように受け取り方もいろいろであり,それは自然な成り行きです。

(2)極めて私的なこと
極めて私的なことで恐縮ですが,本論の骨格は,私のバリのヴィラで構想しました。そして,本書の原稿の大半は私のガラケーと言われる携帯で作成しました。私は産業医科大学赴任当初から秘書付きという待遇に恵まれ,パソコンはすべて秘書が行い,それを学ぶ必要もなかったのです。それゆえ,まだパソコンには不慣れです。

私がバリ島にヴィラまで持つ理由の一つは,バリ・ヒンズー教の長い歴史のもとで育まれてきた,バリ人特有の限りない優しさと限りない寂しさが,限りない明るさとおおらかさと慎ましやかさとして現れ,それに包まれていると元来の自分自身に戻りやすいからです。
もしも,知能指数や経済指数があるように,人間指数があるなら,本来的なバリ人は,我々日本人のそれより遥かに高いと思います。彼らは元来,精神療法家の「資格」を持っている人が圧倒的に多いのです。ですから,私のヴィラの正式な登録は,「バリ日本人自殺予防研究所」となっています。

実のところ,本書は公認心理師認定方法での幾つかの疑問,という部分からの書き出しで作成して,あとに心理臨床家の質の低下と資格とは何か,に続き,自己紹介のつもりで私の歩んだ心理臨床の道を述べ,ついでいろんな問題に対する対応作を述べたものでした。
そして,いつものように,神田橋先生のコメントを求めると,
「最初の方からあなたの感情や情感が溢れ過ぎて,読み手に拒否感が起こるのでは?」ということと,「患者さんが読んでも判りやすい,優しい文章で」という事と,後書きの部分を先に持ってきたらどうか,というコメントでした。確かに公認心理師判定方法の記述では危機感あふれる文書でした。最初の原稿は,まさに情感があふれ出ていました。
興味のある方は,その順序づけで読まれてみてください。

(3)私の気づきと願い
私は来談者を支えてきたつもりをしていましたが,実に私も来談者に支えられていることを,恥ずかしながら,5年ぐらい前に実感として感じるようになりました。
大学を辞め,後悔のないよう,死ぬまでにやりたいこと,遊びたいことすべてやりつくそうと思って,世界一周の船旅や海外に行けるような,より大きなヨットに買い替えて海外行きの準備をしたり,バリのヴィラでハウスキーパー達と一緒にヨットを作ったり21),思う存分,たくさんのことをやってきました。ところが,できることのほとんどをやり尽くした頃,じわじわと忍び寄ってくるようなある種の虚無感に襲われ,次第に体調まで崩してしまいました。
「この虚無感は,一体,何についてのこと何だろうか? どこからくるのだろうか?」という問いかけを始めました。何度も,自分自身に問いかけてもすっきりせず,悶々とした日々が続きました。そうしているうちに,ふと,
「自分が支えてきたつもりの来談者に支えられてきた」という実感が込み上げてきました。私は,私のために,人生の舵をきり直し,再び心理臨床の場に戻ることにしました。
私の好きな言葉に,確か道元禅士のお言葉と思いますが「足下照らすもの,あまねく照らす」という意味の言葉があります。私が面接を始める時,私の心の中で,わずかな灯火に似た明かりと,いつも自覚していない体温を感じます。これは,職業的についた癖かも分かりませんが,おそらくその灯火と体温を来談者は非言語レベルで感じていると思います。
来談者がいつも言うのは,ある来談者が真剣に怒ったり,一生懸命に話している時,いつも私は無意識的にほほ笑んだり,笑顔になったりするらしいのです。来談者にどうしてそうなるのかと聞かれ,私は,
「何故だか,一生懸命になっている姿を見ていると,少し楽しくなったり,嬉しくなったりするのです」と答えます。その時,たいてい,来談者はハッとするような表情をするか,黙って物事を考えだすか,そのまま話を続けるか,3分の1ぐらいずつです。その時の私は,治療関係において,来談者の生き生きとした心が私の心の底辺とも言えるところに響き,無意識的に私の笑顔となっているのでしょう。
本書は自分の足元を照らしているのかどうかは,今のところ,はっきりしません。本を書くという作業は元来自己完結的でありえないものかもしれません。しかし,より足元を大切にしようという自負は高まりました。

まず本書は,いまだに不十分な面接に耐え,そのつけを払い続けてきている来談者の方に強いメッセージとして伝わることを願います。
また,コツコツと自分の臨床を歩み続けてきている真摯な方への限りないサポートになってくれたらと願います。

無論本書により,それまでの臨床を振り返り,その質の向上の契機となってくれる人がおれば,望外の喜びで,これ以上のことはありません。

お礼の言葉
本論を支え励ましてくれた,まだ見ぬ来談者の方に感謝します。

また,私の携帯から原稿をパソコンに送り,その原稿を修正しながら構成してくれた妻の直子に感謝します。レクレーションのような討論をして,大変な作業だったのですが,笑いも絶えませんでした。

また,産業医科大学病院精神神経科の金曜日の精神療法外来のスタッフの方々や三菱化学黒崎工場の保健管理センターの方々,北九州市小倉南区にある約20年,蒲生病院でお世話になった方々に,お礼を申し上げます。
とくに今なお,増井外来として,精神療法外来の臨床の場を与えてくれている,もと金曜日の精神療法外来の有力なスタッフであった,福岡県の古賀市にある福岡聖恵病院の院長の安松聖高先生に,感謝致します。

また,この本の出版を希望してくださった多くのバイジーの方々や他の先生方にお礼を申し上げます。私は今までいろいろな本を出してきましたが,この本は私にとりとても難産でした。少しでも悔いのない人生にするために,この本の出版は私にとり必要不可欠な要件でした。
また,この本の出版を快く引き受けてくれた遠見書房の山内俊介氏に私の原稿を紹介してくださった友人の,有明メンタルクリニックの医院長の中島央先生にお礼を申し上げます。
本書の出版にいろいろな抵抗が出てきて,私にとり初めての経験であり,少しやけになっていたところを特に強くプッシュしてくれた元九州産業大学におられた峰松修先生に,お礼を申し上げます。「先生のお電話で,またやる気になることができました」

また,本書の出版を強く勧めてくださり,私が教育の現場から離れないように,長年にわたり,その場を提供してくださっている村山正治先生に感謝致します。「私はまだ,教育現場から逃亡もせずに頑張っています」

最後に本書の原稿に細かくコメント頂き,いつも心の支えとなってくださっている神田橋篠治先生に,心よりお礼を申し上げます。「くれぐれも,体調に留意してください」

平成30年 初秋のころ