無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う――催眠とイメージの心理臨床

無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う
――催眠とイメージの心理臨床

(鹿児島大学大学院教授)松木 繁 著

2,600円(+税) A5判 並製 150頁  C0011 ISBN978-4-86616-046-7

催眠療法をひも解けば臨床の技が磨かれる

トランスという奥深い現象は,特別な場合にのみ起こるわけではなく,日常のなかにも現われている。同じように日常的に行っているイマジネーションも,その取り入れ方によっては人間の能力を引き出したり,心の安定を生み出したりする。どちらも意識と無意識の境にあるこころの働きである。

このトランスとイメージを最大限に利用し,セラピーの効果をあげるのが,著者が長年かけて作り上げた「松木メソッド」である。達人は,セラピーのなかで何を目標とし,何に気づかい,いかにクライエントの苦悩を和らげるのか──こうした松木メソッドのA to Z をまとめたものが,この本である。

本書は著者の長年にわたる催眠とイメージ療法への経験を糧に生まれたものである。多くの心理臨床家にとってかげがえのない一冊になるだろう。また,初心者のための催眠マニュアルも附録として収載した。

姉妹本 松木繁編著『催眠トランス空間論と心理療法――セラピストの職人技を学ぶ』


おわりに

『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う──催眠とイメージの心理臨床』というタイトルでの本書を何とか書き上げることができた。今,書き終えて息を大きく吸い込み,しばらく間を空けて,それから静かにふーっと息を吐いたところである。良かったと思う。
私が長年,心理臨床の中で取り組んできた催眠療法とイメージ療法に対する率直な思い,特に,催眠とイメージが果たす,Clとの“無意識”とのコミュニケーション・ツール機能に焦点を絞って,できる限り読者にわかりやすいように書き進めたつもりである。
私にとって大きな学びを与えてくれた代表的な事例を提供しながら論を展開したのだが,その中では,私独自の心理臨床への工夫や配慮が垣間見られたのではないかと思う。それを通して,私自身の臨床観,人間観,人生観の一端もうまく読者に伝えることができたように思っている。今は,その学びを私に与えてくれたクライエントに感謝の気持ちを伝えたい。事例の中で示した工夫や配慮は,事前に,客観的に論理的に構築されたものではなく,治療の“場”の中でClとやり取りする中でともに作り上げられたものなのである。特に,Clが明確な言葉では表現できない感情や思いが催眠(状態)やイメージ(体験)の中では象徴的に示されて,コミュニケーション・ツールとしての機能を果たすことで工夫や配慮も産み出されたと考えている。
河合隼雄先生の言葉であっただろうか,心理臨床とは,「クライエントと人生の道行きをともにすること」という先生の含蓄のある言葉が,最近,少しはわかってきたように思う。ここで提供させてもらった事例だけでなく,本当にいろいろな人達と心理臨床を通して人生をともに歩み,中には自身の家族よりも深く長く人生をともにしているクライエントもいる。そうしたClとの繋がりは,コミュニケーション・ツールとしての催眠(状態)やイメージ(体験)に支えられていた。
「催眠は嘘つかない」と研修ではいつも冗談っぽく言うのだが,本当にそうだと思う。催眠トランスの中ではCl自身ですら普段意識していない感情や思いだけでなく,対処行動までもが示されるし,イメージ療法ではClの意識とは関係なくイメージが自律的に動き出すこともある。こうした体験をCl-Th間の共感的な関係性の中でClとともに行うことそのものが臨床的なのである。そんなところが本書ではしっかりと示せたように思うので,是非,臨床実践で催眠やイメージを使ってみて欲しい。
私の実践してきた催眠療法について,幾人かの臨床仲間達が,「関係性重視の催眠」(八巻,2008),「トランス空間論」(笠井,2012)等と称してその特徴を示してくれてきたし,中には,「ジャパンオリジナル」「愛の催眠」(中島,2010)とまで言ってくれる臨床家もいた。私は,「無意識に届くコミュニケーション・ツール」を通してClとの協働作業を行っているだけなので,こうした評価を与えてもらうことにも気恥ずかしくて,それらの言葉をまともには受け取れないのだが,少し距離をとって自分の心理臨床スタイルを振り返ってみると,確かに私の心理臨床スタイルはそうした表現に見合うもののようだとも思ってしまう。催眠トランス空間という“場”を丁寧に作り,その中で展開されるCl-Th間の関係性を重視し,日本語表現に示される日本人の特性を大切にしている姿勢は確かに人間愛に満ちているのかもしれない。私は心理臨床が好きだという前にきっと人間そのものが好きで,その可能性を限りなく信じているのだと思う。
そうした私の臨床観をコラム風に書いた文章を,以前に,100万部を超えるベストセラーとなった『こころの日曜日』(菅野,1994)に上梓しているので,それを最後に挙げて心を少し軽くしてから最後の謝辞を書き,本稿を閉じることにしたい。

上手な『悩み方』──ぼちぼちいこか
人間,いったん悩みを抱えてしまうと,その悩みから早く解放されよう,早くよくなろうと思い過ぎて,そのよくなり方が分からなくなってしまうものです。いろいろな方法で気分転換をして忘れる努力をしてみたり,やけになって居直ってみたり,自分の気持ちを鼓舞させるために自分自身を叱咤激励してみたり,などなど悪戦苦闘してしまいます。しかし,そうした悪戦苦闘の割にはもう一つ効果的な解決策が得られず,悪循環を繰り返してしまうことが多いものです。
激務の中で心身症を起こして入院していた,ある一流企業の部長さんが病院を抜け出して相談にこられました。心身症に関する医学,心理学の本を小脇に抱えた彼いわく「私は治すためにいろいろな本を読みました。また,自己鍛練法と思って毎日,ヨーガ,自律訓練法もやりました。揚げ句には気分転換にと友人にすすめられて,生まれて初めてパチンコもやりました。でもいっこうによくなりません」と言うのです。「パチンコでは勝ちましたか?」と私が尋ねると,首を横に振り「勝つことが目的ではなくて治すことが目的なのです」と答える始末です。
早くよくなろうとする彼の気持ちは痛いほどよくわかります。でも,皮肉なことに彼のようながんばり過ぎる努力の仕方(『悩み方』)では,たとえその努力の方法が正しくとも報われないものです。彼のこうしたやり方(『体験の仕方』)はきっと仕事でも家庭でも,さらには遊びででも同じだったのでしょう。そして,彼が心身症を起こさざるを得なかった最も大きな原因はこんなところにあったのですね。
こんな彼に向かって私はこう言います。「パチンコは勝つためにやってください。ただし,長時間やってても疲れないように,座り方を工夫してぼちぼちやってください」と。
これは決して悪ふざけで言ってるのではありません。彼のこれまでの頑張り過ぎる努力の仕方(『悩み方』)を,もっと上手な努力の仕方(『悩み方』)へと変えるための逆説的なアプローチなのです。彼ががんばり過ぎない努力の仕方(『悩み方』)を体験し,余裕を持って事に当たることができるようになると,その努力も功を奏し始めることでしょう。
人間,生きている限り悩みはつきものです。悩みを抱えたとき,大切なことは,悩みを早く完璧に消し去ろうとするのではなく,より上手な『悩み方』の工夫を考えることなのです。上手な『悩み方』ができるようになると,不思議悩みは自然に解決されていくものです。

以上,『悩み方』の解決というアプローチを紹介したコラムを入れて,心を少しだけ軽く穏やかにする“コツ”を書いてみた。このコラムを書いた当時は,こうしたアプローチは伝統的な心理療法の枠組みでは,真剣に問題と向き合う姿勢が感じられないとして,なかなか受け止められなかったのだが,果たして今はどう受け止められるのだろうか。

定年退職という人生の大きな区切りが後押ししてくれて,先の『催眠トランス空間論と心理療法──セラピストの職人技を学ぶ』に続いて,この数カ月で2冊の本を世に出すことができた。今回は,これまで自分の書き溜めてきた論文を中心に,これまでの人生を振り返るようにして,自身の臨床観,人生観,人間観をまとめ直すことができたと思う。良い機会を与えてもらった遠見書房代表の山内俊介氏に心よりお礼を言いたい。突貫工事のような編集作業に2度もつき合わせてしまったのは申し訳なかったが,本当に感謝の気持ちでいっぱいである。
思えば,恩師,安本和行先生との出会いがなければ,私は心理臨床の世界には入っていなかったであろう。しかしながら,今も,飽きることなく,こうして心理臨床のことばかりを考えて日々の暮らしを続けているところを見ると,自分は本当に心理臨床が,否,人間そのものが好きなのだと改めて思う。この道に導いてくれた故 安本和行先生に本当に感謝したい。
また,私の臨床を陰ながら支えてくれた家族,特に,妻であり学兄でもある松木康子先生に深い感謝の意を示して稿を閉じることにしたい。

平成29年12月24日
桜島小みかんを食べながらイブを迎えた研究室にて
松木 繁

文   献
笠井仁(2011)東京催眠研究会(東京工業大学イノベーションセンター会場)にてのディスカションから.
中島央(2012)巻頭言─臨床催眠おけるオリジナリティについて.臨床催眠学,11(1); 1.
菅野泰蔵編(1994)こころの日曜日―45人のカウンセラーが語る心と気持ちのほぐし方.法研.
八巻秀(2000)催眠療法を間主体的現象として考える─事例を通しての検討.催眠学研究,45(2); 1-7.



主な目次

第1章 催眠中に生じた自発的イメージとコミュニケーション・ツール

第2章 Cl-Th間の重要なコミュニケーション・ツールとしての催眠現象

第3章 Thが催眠現象(催眠誘導に対するClの反応)をCl-Th間のコミュニケーション・ツールとして活用するために必要な“観察とペーシングのコツ”

第4章 壺イメージ療法におけるコミュニケーション・ツール機能と体験様式

第5章 無意識に届くコミュニケーション・ツールを効果的に使うために──『悩み方』の解決に焦点を合わせることの意義

第6章 日本語臨床における無意識に届くコミュニケーション・ツールの使い方──日本語表現の多義性・心身両義性の活用

附録 松木メソッド・マニュアルPart 1──効果的な臨床催眠を行うための手引書
 


編者略歴・執筆者一覧

松木 繁(まつき・しげる)

1952年,熊本県生まれ京都育ち。
鹿児島大学大学院臨床心理学研究科臨床心理学専攻教授,臨床心理士。
鹿児島県教育委員会スクールカウンセラー,国立病院機構鹿児島医療センター嘱託心理士(診療援助),(仁木会)ニキハーティホスピタルスーパーバイザー(熊本市),鹿児島少年鑑別所視察委員会委員,鹿児島県発達障害者支援体制整備検討委員会委員,京都市教育委員会・地域女性会主催「温もりの電話相談」スーパーバイザー(京都市),松木心理学研究所顧問(京都市),日本臨床催眠学会認定臨床催眠指導者資格,日本催眠医学心理学会認定指導催眠士。

1976年,立命館大学産業社会学部卒業。同年より安本音楽学園臨床心理研究所専任カウンセラー。1996年に松木心理学研究所を開設,所長。同年より,京都市教育委員会スクールカウンセラー。立命館大学非常勤講師。2006年より鹿児島大学人文社会科学研究科臨床心理学専攻教授を経て,2007年より現職。

日本臨床催眠学会理事長,日本催眠医学心理学会常任理事,日本ストレスマネジメント学会理事。
主な著書に,「教師とスクールカウンセラーでつくるストレスマネジメント教育」(共編著,あいり出版,2004),「親子で楽しむストレスマネジメント─子育て支援の新しい工夫」(編著,あいり出版,2008),「催眠療法における工夫―“治療の場”としてのトランス空間を生かす工夫」(乾吉佑・宮田敬一編『心理療法がうまくいくための工夫』金剛出版,2009),「治療の場としてのトランス空間とコミュニケーションツールとしての催眠現象」(衣斐哲臣編『心理臨床を見直す“介在”療法─対人援助の新しい視点』明石書店,2012)ほか

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