ナラティブ・メディスン入門

ナラティブ・メディスン入門

小森 康永著

定価2,500円(+税)、208頁、四六判、並製
C3047 ISBN978-4-904536-90-2

すべての医療従事者へ
物語能力を通じて実践される医療とは?

病に苦しむ人達にとって,それがどんな体験かを自分自身が知ること,その苦境を人に知ってもらうことが切実な問題となる。ナラティブ・メディスンは,医療従事者が患者の病いの物語を聴き取り,理解し,誠実に寄り添うための能力を育てることを提唱する。
本書は,シャロンの『ナラティブ・メディスン』をひもとき,精密読解,パラレルチャート,アウトサイダー・ウィットネスなどの方法論を具体例を交えて分か りやすく解説するとともに,WCウィリアムズやRコールズ,HMチョチノフらの実践から文学的手段の活用法を探った。また,日本における著者らのナラティ ブ・メディスンの刺激的な試みも紹介している。
より人間的,倫理的,効果的なケアを実現するためのナラティブ・メディスン入門書。

関連本,
『N:ナラティヴとケア 第5号 ナラティヴ・オンコロジー──緩和ケアの実践のために』(小森康永・岸本寛史編)

本書の詳しい内容


おもな目次

第一章 医学と文学の現在
Two of Us
I ナラティブ・メディスンとは?/II 読む/III 書く/IV 書いたものを共有する/V ナラティブ・オンコロジー事始め

第二章 ナラティブ・メディスン・ワークショップ in 宇部
A Day in the Life
I 第一部 自己紹介ワークと講義/II 第二部 「共有する」エクササイズ/III 第三部 「読む」エクササイズ/IV リフレクション

第三章 ロバート・コールズとW・C・ウィリアムズ――ケーススタディとしての二人の医師
Dr. Robert
I 物語論の医療への貢献/II W・C・ウィリアムズ/III ロバート・コールズ/IV WCWとRC/V おわりに

第四章 人生を語る
In My Life
I 人生を語る/II 足場作り会話地図/III 人生を読む/IV 人生を書く/V 人生を共有する

第五章 患者の身体
I’ve Just Seen a Face
I 患者の身体問題を読む(1)/II 患者の身体問題を読む(2)/III 患者の身体を書く/IV 患者の身体について書かれたものを共有する/V 見栄えと尊厳/VI 身体と身体についてのストーリー

第六章 精読『心』
Norwegian Woods
I シャロンの精読/II タッカーの読解/III おわりに

第七章 配慮、表現、そして参入
Here, There and Everywhere
I 配慮/II バイオサイコソーシャルな視点/III 表現/IV 参入

第八章 パラレル・チャートを書こう
P.S. I Love You
I パラレル・チャート vs. ナラティブ・オンコロジー/II パラレル・チャートを書こう/III 省察的思考と過渡的共同体

第九章 アウトサイダー・ウィットネスになる
She Said She Said
I ステップ1 ケースの提示と傾聴/II ステップ2 リフレクション/III ステップ3 リフレクションについてのリフレクション/IV ステップ4 脱構築/V 証人の役割を担う/VI ハメーンリンナ、二〇〇四年六月/VII おわりに

ほか



Lovely Rita !

二〇一一年のことだ。初夏の快適さに誘われたのか、“Narrative Medicine”に最後の一押しをされて『緩和ケアと文学』なるものを書き始め、半分ほどできたところで寝かせていたら、邦訳が出た。原書だと情報収集 優先の速読だが、翻訳だと読んでいるうちについ脱線してしまい、それも読書の大いなる楽しみである。リタ・シャロン、彼女たちの実践が果たして第三の narrativeの登場か否か? 興味津々で読み始めたが、実は、このような問いは間違いである。なぜなら、「ナラティブ・メディスン」の源泉は、三十 年以上前の“Medicine and Literature”誌刊行にあるのだから。さて、アメリカの医学部教員になった文学者たちの教育実践はいかほどのものか。
『ナラティブ・メディスン』の序に、こうある。「少し前、私が『医療の物語的な半球』と仮に名づけたタイトルの論文を書いたとき、突然、物語的な要素を持 たない医療の実践などほとんどないのだということに気づいた」。これは我が意を得たりである。思えば、同じ訳者らによってNBM(Narrative Based Medicine)が颯爽と登場したとき、EBM(Evidence Based Medicine)との余りに対照的な名称と、EBMと相補し合って医療が成立するという両輪論的売り込みには、ちょっと面食らったものである。ナラティ ヴ・セラピーがエビデンスもひとつの語りに過ぎないと(誇大的にも)宣言したのと対照的なそのコピーは、医師向けの「嘘も方便」なのか今でも測りかねる が、ナラティブ・メディスンはいくらか違うようだ(こんな話がぴんとこない方は、イルカとクジラを思い浮かべるといいかもしれない。そう、イルカはEBM でクジラがNBMだ。言うまでもなく、イルカとは体長五メートル以下の歯クジラのこと)。あとは、「患者の話はしっかり聴きましょう」ムーヴメントに回収 されなければよいのだが……
ナラティブ・メディスンは、読む、書く、書いたものを共有するという三本柱からなる。第六章「精密読解」。文学者もすなる精読といふものを、医師もしてみ む、とて、するなり。胸部レ線写真を読むように短編を読んでみると、これまでの読みがいかに落ちこぼれの多いものかが判然とする。物語能力開発についての 実践理論は、第七章「配慮、表現、そして参入」にある。臨床家の書く前、最中、そしてそのあとの展開がリクールのまとめたミメーシス概念に沿って記述され る。自らの実践をそこにあてはめて考える読者も多いのではなかろうか。そして第八章では、具体的方法としての「パラレル・チャート」が詳述される。以下の ように指示されて、みなさんはどんな風にケースを語るのだろう。

「毎日、皆さんは受け持ち患者のカルテを書きます。そこに何を書くべきか、どんな形式で書き込むべきか、正確に分かっています。患者の主訴、身体診察の結 果、検査所見、上級医師の意見、治療計画などです。たとえば、患者さんが前立腺がんで亡くなるとき、昨年の夏に同じ病気で他界した祖父のことを思い出し て、訪室のたびに涙が出ても、それを病院のカルテに書くことはできません。私たちも、そうはさせないでしょう。それでも、そのことは、どこかに書かれる必 要があります。それをパラレル・チャートに書くのです」

これまで、ナラティヴ・セラピストに限らず精神療法を実践しようとする者は大方自分の物語能力を疑問視しなかったのではなかろうか。だから、それを開発し ていこうとするこの新しいムーヴメントは謙虚に期待されるべきなのだと思う。ちなみに、この源流にいると思われるW・C・ウィリアムズを高松でコツコツと 訳し続けたのが国語と英語の高校教師の集団だったり(本書の文献にもある彼の自叙伝はアスフォデルの会によって訳された!)、ポール・オースターの伴侶シ リ・ハストヴェットの『震えのある女』がナラティブ・メディスンの連続講義から生まれたものであったりと、やはり文学は厚い。
このような刺激の中で、この本は生まれた。『ナラティブ・メディスン』のサブテキストと呼ばれたら本望だ。私なりのこだわりで、このムーヴメントを精一杯 後押ししたつもりだ。初出一覧にあるように、すべての章が『精神療法』に連載されたものである。ここで言うのもなんだが、その雑誌の読者は臨床心理士か精 神科医師におおよそ限られているため、本来、主たる読者であってほしい(身体科)医師、看護師、ソーシャルワーカー、そして薬剤師の方々にはなかなか届か なかったのではないかと思う。この度、リタ・シャロンさんの日本緩和医療学会への招待講演(二〇一五年六月十九日、横浜)に伴い、遠見書房社長、山内俊介 さんが単行本として出して下さることになった。丁寧な編集作業は、駒形大介さんの手によるものである。誠にありがとうございました。

二〇一五年四月十七日
小森 康永


(1)私の個人的解釈では、narrativeは社会構成主義の取り込みの高低により、「ナラティヴ」と「ナラティブ」に訳し分けられている。つまり、今回、私は他流試合的に本を一冊書いたことになる。


著者略歴

小森康永(こもり・やすなが)
1960年 岐阜県生まれ。
1985年 岐阜大学医学部卒業。同大学小児科に在籍。
1990年 Mental Research Institute留学。
1995年 名古屋大学医学部精神科へ転入後,愛知県立城山病院に勤務。
現 在 愛知県がんセンター中央病院 緩和ケアセンター長。
著 書 『ディグニティセラピーのすすめ』(H.M.チョチノフとの共著,金剛出版,2011)
『終末期と言葉』(高橋規子との共著,金剛出版,2012)
『バイオサイコソーシャル・アプローチ』(渡辺俊之との共著,金剛出版,2014)
「ナラティヴ・オンコロジー」(In:『N:ナラティヴとケア』第5号,岸本寛史との共編著,遠見書房,2014)
訳 書 ホワイトとエプストン『物語としての家族』(金剛出版,1992)
マクダニエルほか『治療に生きる病いの経験』(創元社,2003)ほか

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