《中釜洋子選集》家族支援の一歩──システミックアプローチと統合的心理療法

《中釜洋子選集》家族支援の一歩
──システミックアプローチと統合的心理療法

中釜洋子著 (元 東京大学大学院教育学研究科教授)

本体2,800円(+税) A5判並製 224頁 ISBN978-4-86616-111-2 C3011

家族療法家,中釜洋子の軌跡

心理療法家・中釜洋子。東京大学教授として,統合的心理療法や家族援助・家族療法の分野で多大な功績を残し,多くの臨床家を育ててきた。2012年に急逝した。本書は,膨大な業績のなかから,中釜の教えを受けてきた4人が選りすぐりの論文を集めたものである。また中釜が行ったケースの逐語も収録。まえがき:平木典子

──家族のことをさらに学びたいというモチベーションの源泉は,私の場合,専門家集団はなんと家族に(さらに端的に言えば,なんと母親に)厳しいのだろうという驚きであり,辟易感だった。四半世紀ほど前の事例検討の場で,しばしば味わった思いである。(本書より)

編者
田附あえか・大塚 斉・大西真美・大町知久


目 次
第1部 子どもと家族
第1章 文脈療法の現代的意味
第2章 家族心理学の立場からみた子どものこころの問題
第3章 思春期・青年期の障がい・問題行動と心理療法
第4章 家族における心理的不在のわりきれなさをめぐって

第2部 事例からみるシステミックアプローチ
第5章 夫婦問題(カップル・カウンセリング)の事例研究
第6章 面接室の「内」と「外」
第7章 家族療法における言葉の使い方
第8章 夫婦間不和が認められる事例

第3部 家族療法家を生きる
第9章 気持ちを伝えられない子どもたち――自己開示をためらわすもの
第10章 保護者とどう付き合うか?──家族療法の視点から
第11章 家族の視点からとらえた主体の危機と臨床
第12章 臨床実践のなかで家族はどのように扱われるか――家族療法を謳うカウンセリングルームからの発信

第4部 実際の事例をめぐって
第13章 説き明かし・私の家族面接 初回面接の実際(オリエンテーション~面接)


著者紹介
中釜洋子(なかがまひろこ)
東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育)。臨床心理士。東京都立大学人文学部,上智大学文学部助教授などを経て,東京大学大学院教育学研究科教授。2012年逝去。

編者
田附あえか(筑波大学)
大塚  斉(武蔵野児童学園)
大西 真美(大正大学(2021年度より杏林大学))
大町 知久(北里大学)
執筆者
平木典子(IPI統合的心理療法研究所)
髙田 治(川崎こども心理ケアセンターかなで)
野末武義(明治学院大学)


まえがき


中釜洋子さんが亡くなって8年が過ぎようとしている。身体のあちこちに痛みが移っていることを少し詳しく聞いたのは,亡くなる2カ月ほど前の家族心理学会第29回大会の最終日,7月16日の帰り路だった。久しぶりに2人で話をする機会を得たタクシーの中で,5月から続いていた「肩が痛い」「これが五十肩というのだろうか」という話をきっかけに,少し前の講演中に激しい腹痛を切り抜けたことを初めて聞いた。私自身,その1カ月ほど前に数回の腹痛で検査を受け無事だったことがあり,それを伝えて,あえて休講をしてでもすぐに診断をもらうよう強く勧めて別れた。7月20日に五十肩の診断と投薬を受けたが改善せず,再度精密検査を受けて,癌の可能性があるとのことで急遽入院され,長引くとの連絡を電話で受けたのが8月9日だった。その後,病状は悪化し,ご家族以外は誰も面会がかなわぬまま,9月28日に旅立ってしまった。

この別れの体験は,中釜さんの生き方を象徴しているように思えてならない。
中釜さんとの出会いは,1989年,ご自分のケースのことで佐治先生から紹介されてコンサルテーションに来られたときだった。間もなく夫君の海外研究に一家で同伴されることをめぐって,再度会う機会を得た。臨床専門職として始めたばかりのキャリアを中断すること,幼い子ども二人を伴った海外生活のことなどのほかに,ボストンに住むことでどんな臨床の学びができるかに関心を持っておられた。日本人も多く,学究的環境にも恵まれているボストンは臨床家にとってプラスはあってもマイナスにはならないことを伝えながら,私は思わず興奮して,この機会を逃さず家族療法の学びを積むことを勧めていた。
というのは,私の一方的な関心だったのだが,北米東海岸のボストンのあたりには,家族療法の多世代派のリーダーの一人であり文脈療法の創唱者ナージBoszormenyi-Nagy, I. の弟子たちが実践活動を展開しており,その動きに注目していたことと,その理論・技法は佐治先生の薫陶を受けた臨床家である中釜さんにもきっと役立つと考えたからであった。
帰国されてからわかったことだが,ボストン滞在中の4年間は,主としてナージの愛弟子グルンバウムGrunebaum夫妻の下で,文脈療法を中心とした,言わば大学院後期のインターンにも匹敵する訓練を受けていて,帰国後は,教育・研究者としての道を歩む傍ら,亡くなるまでIPI統合的心理療法研究所での家族療法の実践研究を続けられた。
帰国後の家族心理学,家族療法の分野における足跡は,本書でもその一端が示されるように多領域にわたり,また,心理臨床専門職としての実践,教育,研究全体をカバーする活躍である。ここから展望される学会と社会の将来への貢献は予想を超えるものと期待されていただけに,道半ばでの夭折は,誰にとっても大きな衝撃であり,喪失である。

本書では,それらの論文を4部構成「子どもと家族」「事例からみるシステミックアプローチ」「家族療法家を生きる」「実際の事例をめぐって」としてまとめられている。全体を貫く論文の中で際立つところは,引用される多様な事例を通して論じていく自身がよって立つ理論と技法,そしてそれらを臨床実践に統合しようとした研究者としての工夫と姿勢が伝わってくるところである。
それは,事例の中に出てくるクライアント,母親,父親,カップル,子ども,学生,保護者,教師など,多様な立場と個性への心理臨床専門職としての深いかかわりと理解,支援のことばと同時に,中釜さん自身が自分のありのままの人間らしさ,あるいは関係を維持し,育もうとする思いが巧みに織り込まれた表現から理解できる。換言すれば,心理支援の課題を達成する機能と関係を維持し,支える機能をバランスよく活用するために,自身をフル活用していることが,細やかな配慮に満ちたことば遣いの中から伝わってくるのである。
心理臨床家であれば誰しも志向しようとするこの姿は,本書の最後の論文で述べられている心理教育的アプローチと,来談者たちとの協働を意味する未来の心理臨床の展望に示唆されていると思われる。それを自ら実現し,言語化することが中釜さんの望みだったのではないか。
また,中釜さんは,臨床家として,母親として,教育・研究者としてナージの言う公平さを自分なりに生きようとしたように思う。それは,自分の持てる課題達成と関係維持の力を,日常でも,援けを必要としている人々のために活用し続けていたことに表現されていた。公平さは,家族,仲間,後輩,学生などにも向けられており,中釜さんの知恵とエネルギーはごく自然な形で,必要としている人々に提供されていたように思う。
中釜さんは,周りに気を配りながら,同時に,注意深くその卓越さを感じさせない控えめな態度で関係を生きていた。もしかすると,私を含めて周りの人たちは「中釜さんは大丈夫」という根拠のない思い込みを抱き,中釜さんの人間性と能力に頼りすぎていたかもしれない。生身の人間を生きている中釜さんの変化を受け止めきれず,知らず知らずのうちに負荷をかけていたかもしれない。
ふと中釜さんを思い出す時に感じるこの後悔の念は,本論文集の中釜さんの統合的家族療法家としての志向性の中にはあったのではないか。残された私たちはその思いをしっかり受け取りたいと思う。
本論文集の編集に尽力された田附さん,大塚さん,大西さん,大町さんは,中釜さんの教育・研究者としてスタートした3つの大学の最初の愛弟子であり仲間である。愛弟子ならではの論文選びと編集の視点に心からの感謝を伝えたい。

2020年4月 新型コロナウイルスの猛威を感じる日に
平木典子

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