興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも──教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント

興奮しやすい子どもには愛着とトラウマの問題があるのかも
――教育・保育・福祉の現場での対応と理解のヒント

西田泰子・中垣真通・市原眞記 著

定価1,200円(+税) 84頁 A5判 並製
ISBN978-4-86616-032-0 C3011
2017年7月10日発行

 

この子はどうしてこんなに怒ってしまうの?
止めようとするとかえって興奮するのはどうして?

そういう子は愛着とトラウマの問題がある可能性があります。
この本は、さまざまな理由で心に傷を受けた子どもたちが心理的なケアを受けながら生活する「児童心理治療施設」で実践を積んだ著者らが、その長年の経験をもとに、愛着とトラウマの問題を抱えた子どもをどう理解し、どう対応したらいいのかを、学校や幼稚園、保育園、児童福祉施設などの教職員に向けてやさしく解説をしたものです。

 


   はじめに
この本は,静岡県にある児童心理治療施設(平成29年3月31日以前は情緒障害児短期治療施設と言いました)静岡県立吉原林間学園で試みられている生活支援を紹介するものです。吉原林間学園で行われている支援は専門的なもので「力に頼らない」ことが特徴なのですが,学校や学童保育そして保育園の職員研修でこの「力に頼らない」支援の方法を紹介させていただくと,自分達の職場でも応用できるところがあるという感想を沢山頂戴しました。そして,参考図書はないのかという問い合わせをいただくこともあったので,この度,興奮しやすい子どもへの「力に頼らない」支援について,書籍としてまとめることとしました。ですから,この本の中で「職員」と書かれているのは,学校の教員も含めて,子どもと生活の場を共にする大人の全てを意味しているつもりです。このような立場にある多くの人がこの本を手に取って下さり,そして,苦労を背負っている子どもとその家族に手を差し伸べる時のヒントを,ひとつでも多く見つけていただけましたら幸いです。
まずは,吉原林間学園についてご説明します。吉原林間学園は入所型の児童福祉施設で,40〜50人の小中学生が集団生活を送っており,児童虐待を理由に入所している子どもが,全体の8〜9割を占めています。児童心理治療施設の特徴は,子どもたちと生活を共にするケアワーカー(児童指導員)の他に,心理治療を行う「セラピスト」という職種が置かれていることと,学校の教室が施設内にある(一部の児童心理治療施設は施設外の学校を利用しています)ことです。生活環境の中に心理治療機能と教育機能を組み込むことで,毎日の生活そのものが,育ち直しや学び直しにつながる「総合環境療法」を行えるようになっています。
吉原林間学園の設立は,昭和37年(1962年)9月で,我が国で2番目の情緒障害児短期治療施設(当時)として,富士山の裾野の吉原市(現在は富士市)に開設されました。昭和40年代から平成の始めの頃までは主に不登校の子どもが入所していましたが,平成10年を過ぎた頃から,発達障害や児童虐待によって,家庭や地域での生活が難しくなった子どもの入所が急激に増えました。それ以降,施設内での暴力,暴言,器物破損などが頻繁に見られるようになり,叱られると興奮して“逆ギレ”したり,陰で子ども集団を支配する“裏ボス”が現れたりして,職員はその対応に苦慮するようになりました。

興奮しやすい子どもたちとの集団生活
赤ちゃんの頃から暴力や放任の中で育った子どもは,恐怖心や警戒心が強く,自己防衛のためでしょうけれど,すぐに興奮して戦闘モードに入り,なかなかそれが治まらないところがあります。そのため,周囲からは些細に見えるきっかけであっても,激しく興奮して,器物を破壊したり,他者を傷つけたり,自らも負傷するような状態に陥ってしまいがちです。また,自分を守ることに手いっぱいになっているので,相手の気持ちを考える余裕を持つこともままなりません。このような子どもたちを集めて集団生活を送ることは,なかなか容易なことではありません。教室においても同じことです。プリントができないと言って,鉛筆を床に叩き付け,注意した教員に暴力をふるってしまう子どももいます。少人数学級であっても,授業を成り立たせるために工夫と努力が必要で,常に個別的な配慮をしながら授業を進めています。

安全を守る
子どもが興奮して危険な行為に至りそうな時には,職員や教員は子どもの行動を制止して,彼らの安全を守らなければなりません。しかし,不適切な方法で制止をすると,却って子どもの興奮を煽ってしまったり,せっかく築いてきた信頼関係を損なってしまったりするおそれもあります。不穏・興奮時の介入は,子どもの安全のために行うものでありながら,同時にその介入が事態をより困難にする危険性を孕むというジレンマを抱えています。
だからと言って,手をこまねいて見ていることはできません。集団生活の中では危機場面に速やかに対応しなければなりません。激しい破壊,他害,自傷行為が続くと,他の子どもたちにも恐怖感や不安感が蔓延して,安全な生活空間が損なわれてしまいます。ひとりの子どもの危険行為であっても,寮や教室全体を脅かす深刻な脅威となることもあるのです。不穏・興奮場面に対しては,敢然とそして安全に対応することが求められています。
安全を守ることは,職員や教員にとっても重要な課題です。子どもが興奮に陥った場面で,子どもの心身を傷つけないことはもちろんのこと,職員や教員もできるだけダメージが少ない関わり方が工夫されて然るべきです。傷ついた子どもと向き合うのだから,職員は際限なく自己犠牲を払うべきだという考えでは,施設の中には傷ついた人しかいなくなってしまいます。子どもも大人も安全と安心を享受できるのが,健康的な生活環境だと思います。
そして,興奮場面に安全に対処できる方法が開発されたとしても,そもそも無用な興奮場面を生みだすことなく,子どもも大人も安心して毎日を過ごせることの方が重要でしょう。大人も子どもも安心できて,さらに楽しく過ごすことができるような環境と関係性を築いていくことが,施設や学校が目指すべき方向性だと私たちは考えています。

この本の目的
吉原林間学園においても,安全な生活を維持できない状態を幾度か経験しています。職員はそれらの苦い経験を糧にしながら,興奮しやすい子どもたちとどのように集団生活を送ると良いのか試行錯誤をしてきました。日課に余裕を持たせたり,安心して生活できているか全員に聞き取りをしたり,ルールを明確にしたり,楽しい活動を増やしたりなど,その時々に応じてさまざまな工夫を重ね,徐々に「力に頼らない支援」の方法を形にしてきました。
この本では,吉原林間学園の試行錯誤の中で磨かれてきた,子どもも職員も「みんなで楽しい」生活を送るための考え方と具体的な方法を紹介しています。いまだ発展途上の内容ではありますが,叱られても直すことができず逆に興奮してしまう子どもたちをどう捉え,どう接するかについて新たな方向性を示すことができるのではないかと考えています。
ここに至るまでの間に,吉原林間学園の職員と教員は,容易には言葉にできないような苦労を重ねてきました。その苦労と工夫の積み重ねの成果が,児童福祉施設や学校などの現場で,日々子どもと向き合っている皆さんにとって,幾ばくかの助けと応援になることを願っております。


目 次

はじめに
1 愛着とトラウマの課題を持つ子とは
(1) 理解しにくい行動
(2) 通じ合えない親子関係
(3) 虐待的な養育環境
(4) 「しまった」と思える力
(5) 虐待的な養育を受けた子どもの特徴
ⅰ よく見られる症状
ⅱ 認知,感情,行動の特徴
ⅲ 集団生活に必要な社会性が整っていない

2 静岡県立吉原林間学園での基本的な考え方
(1) 子どもたちにとっての施設での集団生活
(2) 愛着とトラウマに配慮した生活支援
ⅰ 基本目標「みんなで楽しく」
ⅱ モットー1「威力よりも魅力」
ⅲ モットー2「安らぎ 満たされ ワクワクする」
ⅳ モットー3「規制よりも自制」

3 職員の姿勢
(1) ルールの考え方の歴史
(2) ルールに潜む危険
(3) 現在の吉原林間学園の約束
(4) ルールをどう使うか
ⅰ ルールに頼らない
ⅱ トラブルは介入のチャンス
ⅲ その子に合わせて運用する
(5) 職員チーム
ⅰ 多職種チームのまとまり
ⅱ チームのひずみ
(6) フェアなコミュニケーション
(7) 子どもの生育歴についてのイマジネーション
(8) ストレスマネジメント

4 心の蓄えを増やす関わり
(1) 前提となる考え方
ⅰ ケアの提供
ⅱ アンテナを高く
ⅲ 魅力でリードする
ⅳ 褒めることとよく聴くこと
(2) 具体的な方法

5 興奮・不穏場面への対応の基本方針
(1) 落ち着かせることと止めること
(2) 介入時の配慮点
(3) 具体的な方法
不穏時の対応
興奮時の対応
落ち着いた後の対応

6 被害を受けた子どものケア
(1) 職員も謝る
(2) 潜在的な被害の予防

7 施設内学級の取り組み
(1)「学校」は社会の入り口
(2) 学習部での工夫
(3) 学習部と他部門の連携
「そうは言っても……」 〜後書きに代えて〜
参考文献
索   引


著者紹介

西田 泰子(にしだ やすこ) 静岡県立吉原林間学園,園長,臨床心理士。

1980 年,静岡県に心理判定員として奉職。児童相談所,情緒障害児短期治療施設,心身障害者相談センター,発達障害者支援センターなどに勤務し,児童福祉,障害福祉の業務を経験した。2014 年から現職。所属学会は,日本子ども虐待防止学会,包括システムによる日本ロールシャッハ学会,日本家族研究・家族療法学会,心理臨床学会,CARE-Japan 等。

主著:「情緒障害児短期治療施設から-共同治療者として保護者に向き合う時の姿勢や工夫-」(『精神療法 第32 巻第4 号 特集 親面接・親相談再考』金剛出版,2006),「被虐待児に対する臨床上の治療技法に関する研究」(平成 19 年度子どもの虹情報研修センター研究報告書,2008, 共同研究者),「被虐待により児童養護施設入所,その後情緒障害児短期治療施設に措置変更となった11歳男児のロールシャッハ・テスト」(『精神療法 第39 号第4 号 シリーズ ケースの見方・考え方 32 – 2』金剛出版,2013, 共同執筆),「興奮のコントロールが難しい子どもへの生活支援-情緒障害児短期治療施設吉原林間学園での実践-」(『子育て支援と心理臨床 vol.11』福村出版,2016)

中垣 真通(なかがき まさみち) 子どもの虹情報研修センター研修課長,臨床心理士。

1991 年,静岡県に心理判定員として奉職。精神科病院,児童相談所,情緒障害児短期治療施設,県庁健康福祉部,精神保健福祉センター等に勤務し,精神医療,児童福祉,事業企画,地域精神保健等の業務を経験した。2015 年から現職。
2009 年に日本臨床心理士会の被害者支援委員会の委員になり,2011 年から副委員長を務めている。また,2012 年から福祉領域委員会社会的養護部会の委員も務めている。

主著:「被虐待児に対する臨床上の治療技法に関する研究」(平成 19 年度子どもの虹情報研修センター研究報告書,2008, 共同研究者),『危機への心理支援学』(遠見書房,2010,分担執筆),「心に“ ランボー ” を抱えた子どもたちとの生活」(『臨床心理学,第11 巻第5 号』金剛出版,2011),「システム論に基づく支援と親子関係のアセスメント」(『子育て支援と心理臨床 vol.7』福村出版,2013),「子どもへの心理教育」(『やさしくわかる社会的養護シリーズ4 生活の中の養育・支援の実際』,明石書店,2013,分担執筆),『緊急支援のアウトリーチ』(遠見書房,2016,編著)など。

市原 眞記(いちはら まき) 静岡県立吉原林間学園治療指導課長,臨床心理士。

1995 年,静岡県に心理判定員として奉職。児童相談所,児童自立支援施設,県庁健康福祉部,精神保健福祉センター,情緒障害児短期治療施設などに勤務し,児童福祉,地域精神保健等の業務を経験した。日本家族研究・家族療法学会,CARE-Japan に所属している。

主著:「被虐待児に対する臨床上の治療技法に関する研究」(平成 19 年度子どもの虹情報研修センター研究報告書,2008,共同研究者)

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