パーソンセンタード・アプローチとオープンダイアローグ──対話・つながり・共に生きる

パーソンセンタード・アプローチとオープンダイアローグ──対話・つながり・共に生きる

本山智敬・永野浩二・村山正治 編

2,800円(+税) A5判 並製 216頁 C3011 ISBN978-4-86616-181-5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心理的支援の基盤となっているパーソンセンタード・アプローチと,現代社会の精神科支援のあり方に大きな変化を生もうとしているオープンダイアローグには,生まれた時代や社会背景は異なりますが,共通する特徴が多くあります。本書は,パーソンセンタード・アプローチとオープンダイアローグ(OD)との比較やデモンストレーションから,これらの共通点/相違点や実践例を提示したものです。
また,筆者たちがそれぞれに行ってきた実践事例をまとめ,パーソンセンタード・アプローチとオープンダイアローグの2つを架橋し,心理支援のあり方に一石を投じるものになるでしょう。
心理や福祉,教育,医療などに携わる多くの支援者に読んでもらいたい1冊です。


目  次


第1部 理論編
第1章 パーソンセンタード・アプローチとは何か──7つのエッセンス
第2章 自分自身になるコミュニティ──福岡人間関係研究会の活動を中心に
第3章 パーソンセンタード・アプローチとオープンダイアローグの出会い──対話の本質とは何か
第4章 PCAとOD・ADの共通点──対話実践の新たな展開
第5章 フィンランドでのダイアローグ研修──現地スタッフとの対話から私たちは何を体験し考えたのか
第2部 実践編
第6章 動画で見るPCAGIPの実際──新しい事例検討法ピカジップ(PCAGIP)の開発と展望
第7章 PCAGIPの事例──スタッフの個性の尊重とチームの希望との狭間で
第8章 事例提供者の体験から──第9章 参加者にとってのPICAGIP体験【座談会】
第10章 動画で見るアンティシペーション・ダイアローグの実際──PCAGIPとADが大事にしている5つの視点
第11章 アンティシペーション・ダイアローグの実際──不登校傾向の高校生とのネットワーク・ミーティング(ロールプレイ)
第3部 新しいコミュニティ創造の試み
第12章 ドリームプロジェクト──「ドリプロ」は誰にでも創れる
第13章 幸せな働き方・生き方の創造
第14章 「時限的コミュニティ(第四空間)」を生きる──スペイン巡礼・四国遍路やマラソン応援の経験を通して
第15章 沖縄での新しいエンカウンター・グループ──リビング・グループに向かって
第16章 自分の持ち味を活かした人生を希望をもって歩む──キャリア・ライフプランニングにおけるアンティシぺーション・ダイアローグの活用
第17章 「わたしたちの自由音楽会」──一人ひとりが自分なりに音を楽しめるパーソンセンタード・コミュニティ
第18章 強みを活かす──産業組織におけるパーソンセンタード・アプローチ
第19章 自分の経験を言語化する──親がいなくなる経験の言語化と展開
第20章 沖縄戦を生きぬいた人びとの対話──世界が「平和」であるために


編著者略歴


本山智敬(もとやま・とものり)
大分県生まれ,福岡大学人文学部教授。修士(人間環境学)。公認心理師・臨床心理士。
主な著書:『ロジャーズの中核三条件 一致 カウンセリングの本質を考える1』(編著,創元社,2015),『私とパーソンセンタード・アプローチ』(分担執筆,新曜社,2019),『エンカウンター・グループの新展開 自己理解を深め他者とつながるパーソンセンタード・アプローチ』(編著,木立の文庫,2020)ほか

永野浩二(ながの・こうじ)
福岡県生まれ,追手門学院大学心理学部教授,修士(教育学)。臨床心理士,公認心理師。
主な著書:『パーソンセンタード・アプローチの挑戦 現代を生きるエンカウンターの実際』(共著,創元社,2011年),『ロジャーズの中核三条件 共感的理解 カウンセリングの本質を考える3』(共著,創元社,2015),『フォーカシング健康法 こころとからだが喜ぶ創作ワーク集』(共著,誠信書房,2015)ほか

村山正治(むらやま・しょうじ)
東京都生まれ,京都大学大学院教育学研究科博士課程修了,博士(教育学)。ロジャーズ研究所(CSP)留学,九州大学教育学部長,学校臨床心理士WG代表を歴任。九州大学名誉教授,東亜大学名誉教授。臨床心理士。
主な著書:『ロジャーズをめぐって』(単著,金剛出版,2005),『スクールカウンセリングの新しいパラダイム』(単著,遠見書房,2020),『どこへ行こうか,心理療法』(共著,創元社,2022),『私のカウンセラー修行』(単著,誠信書房,2023)ほか

執筆者一覧(*は編者)
本山 智敬(もとやま・とものり:福岡大学)*
永野 浩二(ながの・こうじ:追手門学院大学)*
村山 正治(むらやま・しょうじ:九州大学名誉教授)*

芦谷 将徳(あしや・まさのり:福岡大学)
井内かおる(いのうち・かおる:福岡市こども総合相談センター)
北田 朋子(きただ・ともこ:東亜大学)
高松  里(たかまつ・さとし:NPO ライフストーリーバンク)
都能美智代(つのう・みちよ:「かまんや」主宰)
西木  聡(にしき・さとし:株式会社 ウエストウッド・コンサルティング)
平井 達也(ひらい・たつや:立命館アジア太平洋大学)
村久保雅孝(むらくぼ・まさたか:佐賀大学)
村山 尚子(むらやま・なおこ:心理教育研究所赤坂)
吉川麻衣子(よしかわ・まいこ:沖縄大学)


はじめに

 

本書は,パーソンセンタード・アプローチ(PCA)とは何かについて論じ,また,PCAとオープンダイアローグ(OD)やアンティシペーション・ダイアローグ(AD)との比較やデモンストレーションからそれらの共通点/相違点や具体例を提示し,筆者らがそれぞれに行なっている実践事例をまとめたものです。

ロジャーズとPCA
読者の皆さんはPCAをどの程度ご存知でしょうか。名前は聞いたことがあるけれどもあまり詳しくは知らないという方も結構いらっしゃるのではないかと思います。
PCAは「カウンセリング」という言葉を広めたカール・ロジャーズRogers, C. (1902-1987)が提唱しました。ロジャーズはクライエントセンタード・セラピー(クライエント中心療法)の創始者として有名ですが,1960年代の後半以降は,個人セラピーよりもエンカウンター・グループ1)を中心としたグループ・アプローチの実践と論文が多くなりました。日本では1969年に初の宿泊型のエンカウンター・グループが行われ,その翌年の1970年には人間関係研究会の発足と共に,全国公募のエンカウンター・グループが10日間という長さで開催されています。日本ではそれ以降エンカウンター・グループの実践と研究が盛んになりました。ロジャーズがPCAという言葉を好んで使うようになったのはその後,1970年代の後半です。

注1) エンカウンター・グループとは,「出会いのグループ」という意味です。通常,数人から10人程度の参加者とファシリテーター(促進者)と呼ばれるスタッフで構成されます。期間中は,ゆったりとした時間の流れの中で,あらかじめ話題を決めない自由な話し合いを中心に過ごしながら,お互いを尊重し,自分の可能性を安心して育てていけるような生き方や人間関係を探求していきます(人間関係研究会のHPより)。

転換期にあるPCA
ロジャーズが“Client-Centered Therapy”というタイトルの本を出版したのは1951年ですが,より有名なのは1957年に出された『セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件』という論文です。セラピーにおける必要十分条件として6つの条件が提示され,その中の3つの諸条件,つまり「一致(自己一致)」,「無条件の積極的関心(受容)」,「共感的理解(共感)」が,セラピストの聴く態度,いわゆる「中核三条件」として注目されました(野島監修,本山・坂中・三國編著(2015)『ロジャーズの中核三条件 カウンセリングの本質を考える 一致/受容/共感的理解』三分冊,創元社,2015を参照)。しかし,ロジャーズはここにとどまらず,この三条件の態度はセラピストとクライエントというセラピー関係でのみ重要なのではなく,人が人との関係を通して成長していく際に共通して重要な態度なのだと,自らの理論を発展させたのです。親と子,夫婦,教師と生徒,上司と部下,同僚,友人同士など,日常のあらゆる関係の中で人が成長する時,お互いに三条件の態度でかかわり合う関係こそが大事なのだ,と。そうした理論展開に合わせ,「クライエント」から「パーソン」へ,そして「セラピー」から「アプローチ」へと,その名称を変更しました。1980年に出版された“A Way of Being”(邦題は『人間尊重の心理学─わが人生と思想を語る』)において,ロジャーズはPCAという言葉で自らの考えを論じています。
現在,ロジャーズが日本に紹介されてからすでに50年以上が経ちました。クライエントセンタード・セラピーやエンカウンター・グループの実践と研究は今や下火になってきたという見方もあります。確かに,日本におけるPCA関連の発行文献数は,2000~2005年をピークにその後は減少傾向にあります。しかし,そのことは必ずしもPCAの衰退を意味しているわけではないと筆者は考えています。今が転換期だと捉えると,ここで改めてPCAについて,ロジャーズの引用だけでなく,自身のこれまでの実践経験をもとに私たちの視点から論じることが重要です。そして,私たちはこれからPCAを通して何を大事にし,何を実現していきたいのか。そうした問いに筆者らなりに答えていったのが本書です。

私たちのエンカウンター・グループ実践
1968年,全国的な大学紛争の中,村山正治と九州大学教養部の学生たちが集まってできたグループを母体として,1970年に「福岡人間関係研究会」が発足しました。そして,その福岡人間関係研究会によって,同じく1970年より大分県の九重にある九重共同研修所・山の家で,長く「九重エンカウンター・グループ」が行われてきました。40名の定員に,毎年いつも半年前くらいにはキャンセル待ちとなり,九重エンカウンター・グループは「日本におけるメッカ」と呼ばれたりもしました。筆者らは皆,そこで参加者として,あるいはファシリテーターとして,かけがえのない体験を重ねてきたのです。そしてついに九重エンカウンター・グループは,2011年の12月をもって,40年以上の歴史に幕を閉じました。しかしながら,当時のスタッフ(ファシリテーター)であった筆者らはその後も毎年12月に由布院に集まり,それぞれの日々の関心や活動を語り合ってきました。お互いの夢を共有したりもするので,私たちはこの集まりを「ドリームプロジェクト(通称,ドリプロ)」と呼んでいます(詳細は第3部第12章を参照)。

OD/ADとの出会い
ドリプロは今も続いており,筆者らはそこで多くの重要な体験をしてきましたが,その大きなものの一つはOD/ADとの出会いです。筆者は所属大学の在外研究制度によって,2016年の9月から1年間,海外で研究する機会を得たのですが,予定していたイギリスの大学での受け入れが難しくなり,出発から1年を切った時期にまだ行き先が決まっていないという事態にかなり焦っていました。そうした頃にちょうど開かれたドリプロの夕食の席で,村山正治先生から「最近知ったODというのが,どうもPCAの考え方と似ている」という話が出て,これまたタイミング良く,斎藤環氏の著書『オープンダイアローグとは何か?』(医学書院,2015)を高松里さんが持ってきていて,そこでみんなで語り合ったのです。それが,筆者らがODを知るきっかけでした。その後筆者はイギリスのノッティンガム大学のデイビッド・マーフィーMurphy, D.氏のもとでPCAを学ぶことになったのですが,引き続きODにも関心を寄せていました。
幸運にも筆者は,イギリスへ出発する前に,ODの創始者であるヤーコ・セイックラSeikkula, J.氏とトム・アーンキルArnkil, T.氏のODワークショップ(2016年5月,東京)に参加でき,それを機に,イギリスに行って間もない9月にフィンランドでのADの視察研修にも参加することができました。そしてさらに,その時アテンドしてくださった村井美和子さんのご尽力によって,ドリプロメンバーとその仲間による,筆者にとっては2度目となるフィンランド視察研修,いわゆる「ドリプロinフィンランド」が2017年の8月に実現したのです。筆者らは,ヘルシンキでトム・アーンキル氏のADワークショップを体験し,その後ADを市をあげて実践しているロバニエミ市の取り組みを視察し,最後はOD発祥の地であるケロプダス病院も訪問しました。研修中はフィンランド在住でムーミン研究家でもある森下圭子さんが通訳として帯同してくださり,通訳の素晴らしさだけでなく,フィンランドの社会制度や国民性などについての非常にわかりやすい説明を受けて,筆者らの理解も深まりました(この場を借りて,村井さんと森下さんに改めてお礼申し上げます)。
この視察研修は筆者らにとって非常に刺激的な体験となり,それ以降も福岡で4回にわたってODセミナーを開いて参加者と共に学びを深め,PCAとOD/ADとを比較したり,対話の意味について考えてきました。それは筆者らにとってはPCAを再考する貴重な機会になりました。
そしてもう一つ,本書を書く直接のきっかけとなったのは,DLG(DiaLoGue)JAPAN主催のDialogue International Conference Online (DICO:ダイアローグ国際会議オンライン)での発表です。筆者らはこのカンファレンスに参加し,村山正治先生が考案したPCAGIPというPCAの哲学に根ざした事例検討法を紹介したり,PCAのシンポジウムを行ったり,ADを用いたワークショップを行いました。その際は主催者である浅井伸彦さん(一般社団法人国際心理支援協会)と片岡豊さん(NPO法人ダイアローグ実践研究所)に大変お世話になりました。DICOでは主にPCAに馴染みの少ない方々に対して話をさせていただいたのですが,この時筆者らには,私たちのメッセージが「伝わった」という手応えが感じられたのです。筆者らがこれまで対話を大事にし,人とのつながりや共に生きる場をつくろうと模索してきたことを,改めて広く伝えたいと思えた体験でした。
このようなプロセスを経て本書は作成されました。PCAやOD/ADを理論的に説明するだけでなく,理論を背景とした筆者らの具体的な実践事例からも何かしら伝わるものがあると嬉しいです。

本書の構成と特徴
本書は大きく〈理論編〉と〈実践編〉,〈新しいコミュニティ創造の試み〉の3部構成になっています。
〈理論編〉では,まず第1章で筆者らが考えるPCAについてまとめ,その現代的意義や人間像について論じています。ロジャーズ理論のキーワードを用いながらも,できる限り筆者らの言葉で説明することを意識しました。人間像の素描では,実際にエンカウンター・グループを体験した人の生の感想を基にまとめています。
第3章から第5章はPCAとOD/ADとの比較論です。この部分はすでに発表した論文や書物がベースになっていますが,本書のために大幅な修正を加えています。PCAについては第1章で論じていますが,OD/ADをあまりご存知でない読者も読みやすいように,第3章ではOD/ADの概要についても簡潔にまとめています。OD/ADについてはすでに多くの書物が出版されていますが,本書での注目点や表現の仕方は,他の書物とニュアンスの違いがあるのではないかと思います。おそらくそれは筆者らがPCAの立場からOD/ADを見ているからであり,読者の皆さんも筆者らがOD/ADをどのように理解しているのかについても注目していただけると幸いです。そして,PCAとOD/ADとの共通点の検討からは,対話におけるコモンファクター(共通因子)が浮かび上がってきます。PCAとOD/ADという,時代も場所も全く異なったところから生まれた対話のアプローチにこれほど多くの共通点が見られるのは非常に興味深いです。また両者の違いからは,お互いの特徴を活かした今後の対話の工夫についての示唆が得られるものと思われます。第5章は,筆者らのフィンランド研修体験からの論考です。それぞれの記述を通して,PCAとOD/ADとの交わりから生まれた筆者らの学びを共有していただけたらと思います。
〈実践編〉では,第6章から第9章でPCAGIP,そして第10章と第11ではADの実際のデモンストレーションを紹介しています。PCAGIPとは,PCAG(PCAグループ)とIP(インシデント・プロセス)とを組み合わせた名称で,全国各地のさまざまな領域で実践されている新しいアプローチです。筆者はPCAGIPとADの哲学・方法に共通点を感じます。
ADのデモンストレーションからは,「PCAの実践家がどのような姿勢でADを行っているのか」に注目していただきたいと思います。筆者らは,OD/ADの哲学を人とのつながりや共に生きるための対話にどう活かしていくかという点に着目しています。
PCAやOD/ADの哲学を具体的な対話実践のあり方と共に理解していただくために,本書では動画や逐語資料をインターネット上に公開することにしました。PCAGIPに関しては,最初に村山正治による理論的な解説動画と村山尚子がファシリテーターを務めた筆者らによるデモンストレーションの動画,さらにその逐語録も収録しました。ADに関しても同様に,動画と逐語録からその具体的プロセスが分かるように工夫しています。これらはあくまでもデモンストレーションではありますが,本書では文章と映像の両面からPCAGIPとADの実際を知ることができます。
そして〈新しいコミュニティの創造の試み〉では,筆者らがそれぞれの観点から試みている対話実践やコミュニティづくりについて取り上げています。第3部の内容は,筆者らが行なっている現在進行形のチャレンジであり,本書において最もPCA的な章になります。これらの実践事例は,実にさまざまな領域にわたっています。筆者らはPCAを現場に「適用する」という発想ではなく,PCAの哲学がベースにありながらも,実施者それぞれの価値観や周囲のニーズ等に応じて柔軟に実践していることがお分かりになると思います。「えっ,PCAって何でもアリなの?」と感じられるかもしれませんが,本書を最初からずっと読んでいくと,一見バラバラのように見えて,その根底に流れている哲学,イデオロギーは共通していることに気づいていただけるでしょう。
最後に改めて本書の特徴をまとめると,以下のようになります。

1.「エッセンスモデル」という視点からのPCAの再検討
2.PCAとOD/ADの共通点と相違点の提示
3.PCAGIPとADのデモンストレーション
4.デモンストレーションの動画と逐語資料をインターネット上で公開
5.筆者らのさまざまな実践事例からの提案

読者の皆さんがそれぞれの日常や職場の人間関係,あるいは対人支援の場などにおいて,対話や人とのつながりを重視し共に生きるコミュニティづくりにさまざまな形で取り組んでいこうとされる際に,本書が少しでも役立つことを祈っています。

編著者を代表して 本山智敬

 

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