がんと嘘と秘密――ゲノム医療時代のケア

がんと嘘と秘密
――ゲノム医療時代のケア

小森康永・岸本寛史 著

2,200円(+税) 四六判 並製 208頁 C3011 ISBN978-4-86616-147-1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんは,患者にも家族にも医療者にも,嘘をつかせ,秘密を抱かせる──
がんの告知,余命の告知だけでなく,遺伝子(ゲノム)診断で未来の発症まで予測できるようになった現在,患者や家族の苦悩はより深まり,多くの優しくも哀しい嘘と秘密が生まれている。
本書は,医療において嘘と秘密を治療概念として利用できないかという発想から生まれた。がんがもたらす苦境をよく理解し,がん治療に臨む患者と家族を支えるために医療者や支援者に何ができるのか。嘘と秘密を切り口にテキストと臨床を往還しながら,客観性を重視する医科学的なアプローチを補う,より細やかなケアを探る。がん医療に深く携わってきた二人の医師によるスリリングな試み。

嘘と秘密へのまなざしが,ケアを変える


目次

第1部  嘘と秘密
第1章 ウェクスラー家の嘘と秘密
第2章 遺伝性腫瘍と嘘と秘密
第3章 謎が秘密になる前に、沈黙が嘘になる前に
第4章 医学の視点、人々の視点
間 奏
第2部  がん医療における嘘と秘密
第5章 病名告知と余命告知
第6章 ウィッグとストマ
第7章 返答に困る言葉と謎
第8章 沈黙の諸相
コーダ 「待っている時間」を読む


序 奏

がん医療は確実にゲノム医療の時代に入った。肺がんなどでは分類自体が遺伝子異常によって塗り替えられている。かたや神経精神疾患では昔から、一家系の中に同じ病気が何人も見られるため遺伝していると疑われてきたものは多い。その中で最も有名な遺伝病が、ハンチントン病(以下HD)である。22歳の青年医師ジョージ・ハンチントンが(メンデルの法則発表のわずか六年後に、もちろんそれを知らずに)報告し(Huntington, 1872)、当事者家族には怪談めいたリアルさで語り継がれ、最も早く遺伝マーカーが同定されて遺伝学自体を牽引した疾患。そんな病いの家族当事者本が『ウェクスラー家の選択』である。本書では、まずこの本を俎上にあげて話を始めたい。DNA時代のがん医療、特にそこに表出する家族の嘘と秘密を考えるにはうってつけだと思う。
『がんと嘘と秘密』というタイトルに惹かれて本書を手にした読者は、最初から『ウェクスラー家の選択』、そしてDNA時代、と出てきて面食らうかもしれない。「嘘」と「秘密」を考えるのに、なぜハンチントン病なのか、どうして遺伝なのか、と。
実は、そもそもそのような発想でこの本は書かれていない。「そのような発想」とは、「嘘と秘密」について考えるためにハンチントン病や遺伝を取り上げること。そうではなく、ハンチントン病の当事者の家族体験を中心に書かれた『ウェクスラー家の選択』を出発点として、がん医療における「嘘と秘密」について考える(このような方式のメリットについては、第4章を参照されたい)。なぜなら、「嘘と秘密」というキーワード自体が同書を読んで浮かび上がってきたものだからだ。つまり、私が考えた順で皆さんにも考えて欲しいのである。読書によって、現実に新しい視点を導入するのがどういうことか、それはいささかスリリングなものであることも一緒に体験していただければと思う。
察しの良い読者のために一つ先走りさせていただきたい。結局、君は患者や家族を嘘つき呼ばわりするのか、というご意見を持たれる方もあろうと思う。私は、そうではなく、がんを患う時、人々は同時に嘘と秘密をも抱えざるを得ないのだと考える。ならば、がんがもたらす苦境を理解するのに、嘘と秘密(さらには謎と沈黙)という言葉を持ち出して考えてみようというのである。タイトルを見て欲しい。がん患者「の」嘘と秘密ではないし、がん「の」嘘と秘密でもない。がん「と」嘘と秘密。
そもそも秘密とは何か。タブーとは違うのか、プライバシーとは違うのか。秘密は、がん治療を続ける上で欠かせない家族の機能に悪影響を及ぼすのか。本邦には「建前と本音」という文化があり、もちろん建前は嘘ではないが、嘘を許容する素地を生み出すのに一役買ってはいないのか。一体どこからが嘘なのか、沈黙は嘘ではないのか。
私はいわゆるカウンセリングというものを生業の一部にしているが、クライアント(以後、クライアントと患者を文脈に応じて適宜使い分ける)と会うとき、本人とだけ面接する場合と家族も同席する場合がある(頼まれればクライアントを抜いた家族だけという形も受け入れる)。便宜的にそれらを個人面接、家族面接と呼ぶことにするが、前者は後者に比べ、秘密が明かされることが多い。家族面接(特に家族療法)は基本的に行動指向なので、存外、家族で集まった時に共有できないことは相談に乗せないという暗黙のルールがあるようだ。がん医療では自然と家族面接が多い。
家族面接では、秘密に対峙する方法は三択となる(Deslypere and Rober, 2018)。①誰かの秘密に巻き込まれないようにする。②秘密を持った人と共に秘密を背負う。③秘密に対処すべく行為に出る。③では、秘密を打ち明ける場を作るアプローチと秘密の内容については話さずに秘密をどうするかについて話すアプローチがある。
さて、本書では、このような現状認識の下、医療において嘘と秘密を治療概念として利用できないか考える。まずは、以下の5つの問いについて考えることから始めたい。①何が秘密か、②クライアントは何を、家族の誰に隠しているのか、③秘密は家族内で共有されるべきなのか、④支援者は秘密を守るべきか、共有を目指すべきか、⑤支援者は守秘義務を遵守しつつ、どのように秘密に対処するのか?


著者紹介
小森康永(こもり やすなが)
1960年,岐阜県生まれ。1985年,岐阜大学医学部卒業。同大学小児科入局。1990年,Mental Research Institute留学。1995年,名古屋大学医学部精神神経科入局。現在,愛知県がんセンター精神腫瘍科部長。
著書 『緩和ケアと時間』(金剛出版,2010),『ディグニティセラピーのすすめ』(共著,金剛出版,2011),『はじめよう! がんの家族教室』(編著,日本評論社,2015),『ナラティブ・メディスン入門』(遠見書房,2015),ほか多数。
訳書 ホワイトとエプストン『物語としての家族』(金剛出版,1992/2017),ソンダース『シシリー・ソンダース初期論文集:1958-1966』『ナースのためのシシリー・ソンダース』(北大路書房,2017),ヘツキとウィンズレイド『手作りの悲嘆』(共訳,北大路書房,2019),クラーク編『シシリー・ソンダース、ケアを語る』(北大路書房,2022),ほか多数。

岸本寛史(きしもと のりふみ)
1966年,鳥取県生まれ。1991年,京都大学医学部卒業。2004年,富山大学保健管理センター助教授。2007年京都大学医学部附属病院准教授。現在,静岡県立総合病院緩和医療科部長。
著書 『緩和ケアという物語』(創元社,2015),『迷走する緩和ケア』(誠信書房,2018),『がんと心理療法のこころみ』(誠信書房,2020),『せん妄の緩和ケア』(誠信書房,2021),『ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践』(共著,金剛出版,2003),ほか多数。
訳書 セス『なぜ私は私であるのか』(青土社,2022)ソームズ『意識はどこから生まれてくるのか』(共訳,青土社,2021),シャロン『ナラティブ・メディスン』(共訳,医学書院,2011),ほか多数。

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