高橋規子論文集 ナラティヴ・プラクティス──セラピストとして能く生きるということ

高橋規子論文集 ナラティヴ・プラクティス
セラピストとして能く生きるということ

高橋規子著・吉川悟編

定価4,200円(+税)、280頁、A5版、上製
C3011 ISBN978-4-904536-64-3

誠実で効果のあるセラピーを求め続けたセラピストの実践録

オリジナリティあふれる研究・論文を発表し続けた高橋規子。この本は,そんな高橋さんの論文集です。
高橋さんは,私設開業心理臨床と卒後教育の実践を主な仕事としながらも,ブリーフセラピー,ナラティヴ・セラピー,システムズアプローチ,NLPなど,か かわってきたセラピー学派において,先鋭的な論客としても知られていました。が,しかし,惜しくも2011年に早逝されました。
クライエントに寄り添い,彼らの発する声に耳を傾け,新しい物語をつむぎだす臨床現場から,テクニカルな臨床論文だけでなく,クライエントとの共同研究,実践のなかから生まれた哲学的な論考など,他に類を見ない独創的な研究を成し遂げました。
誠実で,効果のある心理療法を追い求めたセラピストの遺した珠玉の論文集です。

関連書:「ナラティヴ,あるいは コラボレイティヴな臨床実践をめざすセラピストのために」(高橋規子・八巻秀著)

本書の詳しい内容


おもな目次

序章 ナラティヴ・プラクティスの臨床家「高橋規子」から研究者「高橋規子」まで(吉川 悟)

第Ⅰ部 研究者・臨床家としての高橋規子
第1章 「私」の臨床にかかわる経歴書
第2章 ナラティヴ,あるいはコラボレイティヴな臨床実践をめざすセラピストのために

第Ⅱ部 ナラティヴとのつながり
第3章 社会構成主義は「治療者」をどのように構成していくのか
第4章 高橋規子論文へのコメント
第5章 社会構成主義に出会うまで

第Ⅲ部 ナラティヴとの格闘
第6章 治療者が「『技法』を用いる」ことは可能なのか─社会構成主義に基づく相互作用の検討─
第7章 ナラティヴ・セラピーの立場から─大会シンポジウムの前後を振り返って─
第8章 ナラティヴ・セラピー:セラピーの最前線

第Ⅳ部 「ナラティヴの高橋」という社会構成
第9章 コラボレイティヴ・アプローチは,いかにして実践しうるのか─筆者の,治療者としての思考のあり方を手がかりとした考察─
第10章 家族面接におけるナラティヴ・アプローチ
第11章 家族面接におけるコラボレイティヴ・アプローチ─親子分離面接からリフレクティング・チームの手法を用いた合同面接へと移行した事例─

第Ⅴ部 私,高橋規子,です
第12章 コラボレイティブな事例報告の試み─ある母娘と共同記述をおこなった事例─
第13章 共同研究という方法

第Ⅵ部 高橋規子のシステムからナラティヴへの移行についての研究
第14章 「目覚めよ」と呼ぶ声に導かれて─書評・吉川悟著『家族療法─システムズアプローチのものの見方』(ミネルヴァ書房,1993年)─
第15章 離人症性障害患者に対する非分析的アプローチの試み
第16章 「男性恐怖」は父親の暴力による「トラウマ」なのか─「堅・長・漠」の「三重苦」をたずさえた事例─
第17章 ブリーフセラピスト・成長ロードマップ:高橋の場合
第18章 高橋規子とシステムズアプローチについての考察(吉川 悟)

終章 日本におけるナラティヴ・プラクティスの終焉と可能性(吉川 悟)


緒言

高橋規子,47歳。

ナラティヴ・アプローチの実践という独自の世界を開き,これからという時,多くの同僚に惜しまれながら,亡くなった。20年の間,システムズアプローチの世界を走り続け,独自のナラティヴ・アプローチの世界を作り上げつつあった。

ナ ラティヴ・アプローチの実践は,社会構成主義の理論を実践に移すことであるが,そこにはポストモダニズムへの厳しい風潮と同様に,臨床実践という現場 の専門性が作り上げた「常識」という目に見えない壁が立ちはだかっている。多くのモダニズムの中にある臨床家は,クライエントとの collaborationというたった一つの出来事でさえ,情報公開という部分に大きく反応し,自らの立場を見失ってしまう。どのようにクライエントに 対応するかという臨床行為の選択という領域における専門性は,専門家にとっての牙城であるべきものとして揺るがせぬ世界を作り上げ,クライエントとの協働 的実践などという幻想を,これっぽっちも許容できなくさせてしまっているのだが,こうした姿勢そのものも,自らの立場に対してあまりにも無自覚だからであ る。
その荒野に彼女はたった一人で立ち向かい,そして自らがその実践によってその可能性を広げ,そして志半ばのまま,幕を閉じてしまった。

臨床家としての高橋規子と話をはじめたのは,1993年の箱根のエリクソン催眠の研修会であった。
「吉川先生は,戦略派の家族療法をされているのですか?」と声をかけてきたのが最初である。「なんと失礼なヤツだ」と表情に出たのであろう。どん引き で,怖がりつつも,あれこれ臨床についての話をはじめた記憶がある。当時の高橋は,臨床家としては折衷派的立場を取り,後日談で聞いたところ,どうも拙著 『家族療法:システムズアプローチの〈ものの見方〉』を座右の書として臨床を行っていたそうである。

本書は,そんな彼女の活動歴を綴りながら,システムズアプローチからナラティヴ・アプローチへの繋がりを試行錯誤してきた足跡を辿り,早くしてこの世を去った彼女の業績を整理したものである。

いずれかの臨床研究者が彼女の実践を受け継ぎ,ナラティヴ・アプローチの実践をより高見へと引き上げてくれるための指標となることを心から願うものである。

編者 吉川 悟


終わりに

「高 橋規子論文集」の話は,高橋がまだ自らの不調を自覚する前の2010年の日本家族研究・家族療法学会の大会の時に「そろそろ論文集でも出さないのか」 との話に,「えっ,何ですか,それは。私はまだまだ変わっていくと思いますから,不適切だと思います。それに,私の論文集など,誰も必要としないと思いま す」と,いつもの頑なな態度とともに,一笑に伏された記憶がある。その時に「もしも将来,そんなものができれば,何なら俺が書評を書いてあげるわ」とコメ ントすると,「それは面白いかもしれない。でも,そんなことはあり得ないと思います」と,ニコニコしながら笑っていた。それが巡り巡ってこのようなものと して世に出るとは,思いもよらない頃の話である。

この編集作業をしていて最も感じたのは,高橋の臨床に対する入れ込み方である。綺麗な言 葉でいうならば,「姿勢,取り組み方,スタンス,構え」などと表現 できるかもしれないが,個々の事例に対する思い入れの強さである。臨床現場での自分に対する不甲斐なさから自分に対して厳しく対し続け,これでもかと言わ んばかりの自らに対する批判的な姿勢は,独特の厳しさとともに,一抹の不安を呼び起こしかねないものであるとさえ思えた。
1990年代に箱根の研修会で初めてあった頃から,最後の年の8月末のワークショップまで,10数年の間に「風のように駆け抜けた」という表現より,暴風 のようにシステムズアプローチという世界を席捲し続け,逝った。ほんとうにまだまだ活躍し,システムズアプローチやナラティヴ・セラピーについての別の可 能性を見せてくれる可能性があったにもかかわらず,残念というしかない。

高橋らしい人情話を,この編集の過程で初めて知ったできごととともに記しておきたい。
遠見出版で本書の編集をしていただいた山内俊介氏から,本書の校正刷を提出した際にいただいた手紙に記されていたナラティヴである。氏には共著として出版 した『ナラティヴ・セラピー入門』(2001)のときも編集を担当していただいたのだが,その出版までのエビソードである。
1999年ごろ,神楽坂の寿司屋で,吉川と高橋,当時金剛出版にいた山内氏と3人で企画の打ち合わせをしたことがある。このとき,吉川はいくつかの企画を 持ち込んだのだが,その一つが,高橋との共著の「ナラティヴの本」だった。その後,社内の出版会議で「諾」となった。他の企画もいくつか動いていたため, 「ナラティヴの本」については「放置」していたそうだが,2001年になって,ふと思い出した山内氏が何げなく「その後はどうですか」的な話をメールでし た時,高橋は山内氏に「あの話はやるつもりはない。勝手に吉川がぶち上げたもので,私が本を出す必要はない」と返信をした。「本は研究者が出すべきもの で,私は研究者ではないから本を出す必要がない」等々,高橋独特の世の常識に対抗するかのような理論武装による正論をぶち上げたそうである。
困った山内氏は高橋に再度,メールを出した。
確かに,本を書くことは,研究者の出世の足掛かりになることである。しかし,本というものは,読者がいて成り立つものである。読者のために書いてくれない ものか。その読者は,大学院などをでて現場にいるけれど,まったくうまくいかない。なんとなく行き詰まっている。30歳前後の年代。そういう人のために書 いて欲しい。わかってくれるのは1割くらいいればいい。そのなかでも本当にわかってくれる1人いれば充分だと思う。その困っている1人のために書いてくれ ないか。先生のような現場で生き残っている人が,こういうものを書くのは,ある種の義務のようなものであると思う。そんなことを書いたのだという。
高橋からの返信はすくに来たそうである。
返信を読んでいて,涙が出ました。頑張って書きます。─その後の経緯については,本書にあるとおりであるが,山内氏は,なぜ「涙が出た」とまで言うのかよくわからなかった。後日,冗談だと思って問い直すと,本当に涙を流したのだ,と高橋は言ったらしい。
山内氏は吉川にあてた手紙にこう書いてきた。「きっと,吉川先生の本を読んだときのご自身と,私の書いた『読者像』とが一致したんでしょうね」と。
高橋が不在のため答えはよくわからないが,この本を読んだ後進の臨床家が自らの臨床を打ち立ててくれることを願うばかりである。

20代から家族療法やシステムズアプローチのトレーナーとしての立場で,数百名にシステムズアプローチの演習を実施してきた中に「高橋規子」というトレー ニーがいた。他の一部のトレーニーと同様に,ある程度のことができるようになると,自分の力で独自の世界を作り上げる。ただ,高橋が作ろうとしていた世界 は,ナラティヴ・セラピーが心理療法の常識を覆そうとしたのと同様に,もはやシステムズアプローチという枠組みさえ取り払わんばかりの世界であったと思い たい。
この論文集の編纂の過程に,もしも高橋本人がいれば,きっと最後にこう書くに違いないだろうと思う。

吉川先生,システムズアプローチというのは,もっともっと自由でいいんじゃないですか。それがクライエントさんたちのため役立つものであるならば,私はまだまだ「世の中の常識」と戦い続けて,変わり続けたいと思っているんですから。

2013年10月 吉川 悟


著者一覧・略歴

著者略歴
高橋規子(たかはし・のりこ)
1964年 東京都生まれ。東京都立国立高校を卒業後,学習院大学文学部心理学科入学。1986年,学習院大学文学部心理学科卒業。卒業後,小売業大手の「丸井」に入 社。仕事をしながらも心理カウンセラーになることを夢見て,勉強をつづけ,1990年に民間相談所カウンセラーとなる。1995年には,臨床心理士資格を 取得し,カウンセリングルーム心理技術研究所を開業した。
以降,吉川悟氏に師事しながら,臨床,研究,臨床家の卒後教育などに精力的に活動。
専門は,家族療法,ブリーフセラピー,ナラティヴ・セラピー,NLP等。日本家族研究・家族療法学会や日本ブリーフサイコセラピー学会,日本NLP/発達心理学協会等で要職を務め,効果のある心理療法の習得・普及に尽力した。
20代後半で最初のガンを患い,46歳のときに再発。抗がん剤治療などを施したものの,2011年11月13日に逝去。亡くなられる直前まで,学会活動や執筆,研修にあたった。

主な著書
「ナラティヴ・セラピー入門」(吉川悟との共著,金剛出版,2001)
「終末期と言葉」(小森康永との共著,金剛出版,2012)
「ナラティヴ,あるいはコラボレイティヴな臨床実践をめざすセラピストのために」(八巻秀との共著,遠見書房,2011)
「NLPテクニック 成功のプロセス」(小林展子との共監修,チーム医療,2005)

編者略歴
吉川 悟(よしかわ・さとる)
私設心理療法機関であるシステムズアプローチ研究所,コミュニケーション・ケアセンターなどを経て,2007年より龍谷大学心理学部教授。専門はシステムズアプローチ。著書は「家族療法」(ミネルヴァ書房)など。

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