トラウマをめぐる心理的アプローチ──感情調節困難のクライエントのために
トラウマをめぐる心理的アプローチ──感情調節困難のクライエントのために
| 著者 編集協力 | 遊佐安一郎 片山皓絵 |
| 出版年月 | 2026年10月 |
| ISBN 図書コード | 978-4-86616-260-7 C3011 |
| 判型 | A5判並製 |
| ページ数 | 168 |
| 定価 | 2,800円(+税) |
内容紹介
本書は,サイコセラピストとして米国と日本で50年を超える経験を有し,今もなおクライエントのために臨床支援の場で活躍する著者による,トラウマを抱え,生きづらさを抱えた人たちへのアプローチを考えた1冊です。
感情調節困難は,誰もが体験する心理状態ですが,そのあり様は人や環境によって表現も激しさも異なり,時には生命までも危険にさらすこともあります。この本では,認知行動療法,家族療法,パーソンセンタード・アプローチだけではなく,さまざまなトラウマ・インフォームド・アプローチなどの深い知識と経験をもとに,そうしたクライエントに対する支援法を提言しています。
PTSDやBPDへの新しい臨床観を提唱する本書は,多くのセラピストや支援者たちに読んでいただきたい本です。
主な目次
第1章 トラウマ・インフォームド・アプローチ
Ⅰ どんなクライエントもトラウマを抱えている可能性がある/Ⅱ トラウマ・インフォームド・アプローチの歴史的背景/Ⅲ SAMHSAのトラウマ・インフォームド・アプローチ/Ⅳ 第1章 Q&A
第2章 感情調節困難と弁証法的行動療法(DBT)
Ⅰ はじめに/Ⅱ 複雑性PTSDと境界性パーソナリティ障害の類似点と相違点(ICD-11)/Ⅲ CPTSD患者に心理カウンセリングの常識は通用しない/Ⅳ 感情調節困難という言葉(概念)について/Ⅴ 感情調節困難と精神科診断名/Ⅵ DBTから学ぶ/Ⅶ DBTの4つの治療形態/Ⅷ DBTの特徴/Ⅸ 第2章 Q&A
第3章 承認の理解と観察学習
Ⅰ はじめに/Ⅱ 承認戦略/Ⅲ 承認の定義/Ⅳ 承認の3つのステップ/Ⅴ 承認の6つのレベル/Ⅵ 承認戦略の4つのタイプ/Ⅶ 承認の3つの視点/Ⅷ 承認のロールプレイ/Ⅸ ロールプレイの対人関係プロセス想起法(IPR)/Ⅹ IPRへのコメント/Ⅺ まとめ/XII ヘルピングスキルとスキル学習モデル/XIII 第3章 Q&A
第4章 TIAとDBTと家族支援
Ⅰ はじめに/Ⅱ 心理的支援における困難なケース/Ⅲ 弁証法的行動療法家族スキル訓練(DBT-FST)/Ⅳ ファミリーコネクションズ(Family Connections;FC)/Ⅴ 家族スキルアップグループ/Ⅵ 第4章 Q&A
第5章 まとめ
Ⅰ トラウマ・インフォームド・アプローチ(TIA)/Ⅱ 感情調節困難と弁証法的行動療法(DBT)/Ⅲ 承認/Ⅳ TIAとDBTと家族支援/Ⅴ 今後の臨床的進化に向けて──システム論的展望──
はじめに
みなさんは,支援の現場でクライエントの言動が理解できずに困ったり,圧倒されたりすることがありますか? クライエントが急に怒り出したり,よかれと思っての言動で関係が揺らいでしまったり,助けたいのに距離が縮まらなかったりすることはないでしょうか? そのような時「どうしてこうなるのだろう」と自分を責めたり,悩んだり,時にはクライエントとのかかわりにストレスを感じたりしたことはないでしょうか?
その「むずかしさ」の多くは,本人の性格の問題や努力不足ではなく,感情調節の困難やトラウマの影響として理解できるものです。そして,それらは「異常」ではなく,人が過酷な経験を生き延びるために身につけた,ごく自然な反応だと捉えることができると思います。この本でお伝えするトラウマ・インフォームド・アプローチなどは,そのようなトラウマの影響を受けている人たちを理解し、支援するための新しい臨床の地図を提供してくれると感じています。
私自身の臨床を振り返ってみても,そのときそのときに関わるクライエントのニーズにこたえようとして関わってきたと思いますが,自分のどの発達段階においても相当数のクライエントのニーズに十分にこたえられないという経験を繰り返してきており,そのような経験を通して自分の考え方,関わり方を振り返り修正してきたように思います。
それを振り返ってみると,1970 年代から80年代においては,当時のアメリカの州立精神科急性期病院において,病棟担当のPsychologistとして当時導入された第一世代の抗精神病薬に好ましい反応を示さない患者さんの支援に関わっていました。その時代に自分の持っていた臨床的ノウハウは基本的にロジャーズの影響を受けていて,共感・受容・自己一致以外の変化のためのスキルはあまり持ち合わせていませんでした。患者さんとの関係性はある程度つくものの,患者さんが入院して退院して生活を取り戻すために自分の関わりが役に立っているという感覚は持てないことが多くありました。
そんな中で自分のおかげではないですが,患者さんに変化が見られ,患者さんとの話し合いを通してその変化に役に立つ出来事を教えてもらう機会が増えてきました。その一つが家族の影響でした。家族の関係性の変化で患者さんがよくなるという体験と相まって,当時急速に発展してきていた第一世代家族療法について院内教育の一環で学ぶ機会があり,そこから家族療法を学び臨床に積極的に取り入れることになりました。そのおかげで家族の病理を理解し,それを変えていくという試みを行うためにさまざまな研修を受け,実践に活用しようとしていました。今になって考えると,そのようなアプローチを取った私がどれだけ患者さんのために役に立ったかはかなり限られていたと感じています。
その頃家族との関わりで強烈な学習体験になったことは,ピーター・ラクーア博士の提唱する複合家族療法(Multiple Family Therapy)グループをチームで試みたときでした。家族の病理という観点を覆すような家族間での相互サポートを目の当たりにして,家族病理を中心に考えてきた自分たちが恥ずかしいという反応,そしてそれよりも強く,家族間のサポートの重要さを考えさせられた経験でした。
この経験が,その後ウィリアム・マクファーレン博士の統合失調症のための複合家族療法を中心とした家族心理教育アプローチを日本に紹介することにつながりました。その影響は現在の日本心理教育・家族教室ネットワークの発足にもつながっているようです。同時に,うつの治療として科学的なエビデンスによりサポートされている認知療法の影響を受け,臨床に取り入れるようになりました。
しかし90年代になって,境界性パーソナリティ障害(BPD)や発達障害などの診断名がついた感情調節が困難なために生活,対人関係の困難を強く体験する人たち,薬物療法を含む従来の治療法で効果がなかなか見られない患者層と関わることが増えてきました。当時自分が使える治療法として認知療法を活用して患者さんの支援にあたりました。患者さんによってはとても努力して自分の認知と感情の関係を理解して自分の感情をコントロールする術を身に着けようと努力し退院にこぎつける人が何人も出始めていました。しかし,退院後何らかの刺激の影響で感情調節が前よりも困難になることで再入院になる人も少なからずいて,認知療法のみの支援の限界を強く感じていました。
そんな中で,1993年に出版された,マーシャ・リネハン博士の“Cognitive Behavioral Treatment of Borderline Personality Disorder”にめぐりあい,当時連載を依頼されて行っていた『こころの臨床à・la・carte』のためにインタビューに行って話し合ったときに激しく影響を受けました。そこからしばらく弁証法的行動療法(DBT)を学び,臨床に活用するようになりました。DBTは無作為比較化試験(RCT)による研究で自殺傾向の強いBPD患者の自殺・再入院の有意差をもっての減少が報告されていました。DBTの研修を通して日本でDBTのスキル訓練グループを中心に臨床に応用することを通して感情調節が安定してくる患者さんを前よりも見ることが増えてきました。しかし,目の前の患者さんでこのようなアプローチを受け入れられない,また,受けても十分な改善が見られない人たちも少なくなく,またもや悩むことになりました。
次に影響を受けたのは,National Institute for the Clinical Application of Behavioral Medicine(NICABM)のインターネットでの最新の行動医学に関する情報発信でした。そこで,当時先端的な臨床での心身相関を含むさまざまな治療アプローチ(例えば,ポリヴェーガル理論,Somatic Experiencing,Interpersonal Neurobiologyなど)について学ぶ機会を得ました。
このような考え方と実践の在り方はトラウマ関連の臨床,研究とも密接な関係があり,それまで私が心理システム(ロジャーズや認知療法)そして家族システム(家族療法)など人間関係のシステムに焦点を当てた臨床的理解を中心にしていたところから,生物-心理-社会システムへと視野が広がることになりました。このような私の中の変化を通して,DBTのBPDに関する基礎理論が生物社会理論であることに関して理解を新たにすることになり,DBTも NICABMで報告されているさまざまな治療アプローチの同様トラウマを重要な要素として考慮に入れているのではないかとさえ考え始めました。
そんな中,たまたま『精神神経学会誌』に掲載された亀岡智美先生の「トラウマインフォームドケア─その歴史的展望」を読み,感情調節困難とトラウマの関係についての意識が強化されました。さらに,DBTの家族支援への活用であるDBT家族スキル訓練(DBT-FST),Family Connections(FC)にもMFTを学んだ経験から興味を持ち,カウンセリングルームでそれを実践してきていますが,家族がこのような相互の承認的体験を通して安定することと当事者の症状の軽減が並行的なプロセスとしてとらえられるような経験も見られました。
そして,2022年には,遠見書房から「トラウマをめぐる心理的アプローチ」についてウェビナーで伝えてほしいという要望があり,特に感情調節困難なクライエントに対して自分も含めて臨床に関わる人たちがチャレンジを経験していると考えて,自分の経験を振り返りながらそこで先達からのみではなく,当事者や家族の人々から学んだことをできる範囲で伝えてみようと思いました。そのウェビナー後に遠見書房から録画の文字起こしを本にしたいという提案があり,それなりに手を加えて作成したのがこの本です。
このように約50年の臨床の中で学習してきたさまざまなことを振り返ってみると,確かに徐々にクライエントのニーズにこたえられることが増えてきたかもしれませんが,RCTの研究で有意差をもって他の治療法よりも効果的であるというような報告がある治療法の重要性は理解すると同時に,個人的には,一人ひとりのクライエントのニーズはやはりユニークに違っているところがあるので,そのようなエビデンスがあるアプローチでもすべてのクライエントのニーズにこたえられないことがあると感じているのが現状です。
このような自分の臨床を振り返って,目の前のクライエントに役に立ちそうなことを言葉にしてみました。実際に現場で私と同じようなことを考えてクライエントに関わっている方の役に立てると嬉しいと思っています。
著者略歴
遊佐安一郎(ゆさ・やすいちろう) 長谷川メンタルヘルス研究所所長。上智大学外国語学部英語科卒業後ニューヨーク州立大学オールバニー校大学院カウンセリング専攻修了(教育学博士)。その後ニューヨーク州立精神医療センターにおいて急性期病棟,その後回復期病棟でスタッフサイコロジストとして勤務。その後病棟管理者,そして重症精神病患者の精神科リハビリテーションプログラム責任者を体験し,帰国して長谷川病院の精神科リハビリテーション部長,クリニカル・コーディネーター,医療安全委員等を経験。長谷川病院を定年退職後現職で特に弁証法的行動療法(DBT)やトラウマ・インフォームド・アプローチ(TIA)を活用して実践や研修などに関わってきている。
著書に『家族療法入門』(星和書店,1984年,単著),『認知療法入門』(星和書店,1989年,A. Freeman書下ろし,監訳),『弁証法的行動療法(DBT)の上手な使い方─状況に合わせた効果的な臨床適用』(星和書店,2014,Dimeff, L. A., & Koerner, K.著,訳)。またこころの元気+(COMHBO:地域精神保健福祉機構)で『境界性パーソナリティ障害(感情調節困難)との付き合い方』の連載を担当。
編集協力
片山皓絵(かたやま・ひろえ) 公認心理師/臨床心理士。日本大学芸術学部放送学科を卒業後,お茶の水女子大学生活科学部発達臨床心理学講座へ3年次編入学,卒業。東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース修士課程修了,同博士課程単位取得満期退学。その後,現職でもある長谷川メンタルヘルス研究所,東京認知行動療法センター/東京発達・家族相談センター,駿台予備学校生活カウンセリング室に所属し,主に産業・教育現場にて臨床実践を行う。2020年頃より,弁証法的行動療法を活用したスキル訓練グループや個人療法に携わる。
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