私たち、心理臨床家は倫理的転回の中にいる
私たち、心理臨床家は倫理的転回の中にいる
| 著者 | 富樫公一 |
| 出版年月 | 2026年7 月 |
| ISBN 図書コード | 978-4-86616-246-1 C3011 |
| 判型 | 四六判並製 |
| ページ数 | 240 |
| 定価 | 2,700円(+税) |
内容紹介
専門家の“当たり前”を疑え!
心理臨床家が訓練の中でいつの間にか身につけていく「価値観」や「常識」。でもそれって,本当に目の前のクライエントのためになっているの?
そんな偏りに気づき,「出会いの原点に戻って見直そう!」という熱いムーブメント,それが倫理的転回です。
偏見や格差,トラウマに苦しむ人たちと,プロとしてどうリアルに向き合ったらよいのか。
倫理観や道徳,社会正義や価値観がさまざまに揺れ動くこの時代に,心の支援にかかわるすべての人に読んでほしい目からウロコの一冊です。
主な目次
第1章 はじめに―精神分析の倫理的転回と問いかけ
第2章 なぜわざわざ臨床家になるのか
第3章 患者やクライエントをどのようになおすのか①―「なおす」とは何か
第4章 患者やクライエントをどのようになおすのか②―どのようになおすのか
第5章 苦悩はどこにあるのか
第6章 どのようにして専門家になるのか
第7章 オリエンテーションをどのように決めるのか
第8章 応答の仕方をどのように身につけるのか
第9章 患者とは何者か
第10章 臨床家とは何者か
第11章 臨床家は、『患者』の訴えをなぜ無視できないのか
第12章 あなたは、どこへ向かっているのか
番外編 心はどこにあるのか
まえがき
私は,小難しくて,暗いものが好きだ。一方で,単純で,面白いものも好きだ。
それを合わせたのが,本書である。
私は,臨床心理や精神分析の実践家で,研究者もしている。誰も知らないと思うが,これでも,それなりの数の本を出している。
Amazonで検索してみてほしい。みればわかるが,どれも小難しそうだ。基本的に学術書なので仕方がない。
しかし,私本人は全然違う。ふざけるのが大好きだ。
本人を知らず,本だけ読んだ人は,私に会うとたいていびっくりする。あんなに小難しくて,暗いものを書いているのに,こんなにふざけているんですか,と。
本を読んだことがなくて,本人しか知らない人も,びっくりする。こんなにふざけている人のどこに,こんな小難しくて,暗いものがあるんですか,と。
差がありすぎるのだ。両者が私の中に同居している。どちらか一方が私というわけではない。それぞれが,解離された人格というわけでもない。どちらも私だ。そして多分,それが混ざったのが私だ。そして,本当に親しい人だけが知っているように,この二つの背後に,さらにゆがんだ私がいる。
本書は,2024年4月から2025年3月まで,遠見書房のオンラインマガジン「シンリンラボ」に連載された「臨床家への問いかけ」をまとめたものだ。
テーマは,「(精神分析の)倫理的転回」である。
見るからに小難しそうだ。この小難しいテーマを十五年以上追いかけてきた。最近出版した本は,基本的にこれをテーマにしている。一部のマニアにしか売れないので,いくつも出せば,どれかは当たるだろうと,何度も出してしまう。
編集者は,なるべく手に取りやすい本にしようと,わかりやすいタイトルをつけるが,マニア以外にはそんなに売れない。たぶん,タイトルの裏に,暗さと小難しさが透けて見えるのだ。
「倫理的転回は,面白いものなんだ」
そう叫んでも,誰も信じてくれない。
結局,書き方が問題なのだ。倫理的転回が悪いわけではない。面白く書けば,学術書だって売れるときは売れる。
そこで,今回は単純で,面白く,わかりやすい倫理的転回を書いてみようという話になった。心理職を主な対象としたウェブマガジンを運営する遠見書房が,連載枠をくれた。随分と勇気ある出版社だ。無謀なのかもしれない。
私の側に異論のあるはずもない。一も二もなく同意した。
しかし,すぐに壁に突き当たった。そこまでわかりやすく書けないのだ。
私はそんなに頭が良くない。私の周りには本当に頭が良い人が何人かいるが,彼らはどんなに難しいことでも,わかりやすく,単純に書いてしまう。ところが,ほどほどの知能しかない私は,難しいものはまあまあ難しいようにしか書けない。悩んだ。
そこで,私は秘策を思いついた。
難しいものはまあまあ難しいままにして,そこに,楽しく,明るいものをくっつけることにした。とにかく,混ぜておけばいいのだ。それなら,ときどき難しいが,全体的には何となく明るく楽しそうな連載になる。読者も雰囲気にごまかされて,最後まで読んでくれるかもしれない。
その作戦は,連載では成功したように思う。
出版社の集計では,連載期間を通して閲覧数ダントツ一位だったそうだ。私の人生で,初めての一位だ。そしておそらく,これが最後の一位だ。まあまあ小難しいのが好きで,でも,楽しく,明るくモノを考えたい人には最高の本だと思う。ぜひ,手に取って読んでみてほしい。
本書は,連載時の雰囲気をできるだけ残すために,可能な限り当時の表現を残している。書籍なのに,連載中のような表現が出てくるが,そのあたりは承知して読んでほしい。
もう一つ,本書にしばしば出てくるタイトルに関する編集者との攻防がある。
連載が終わるまで,私の本には「倫理的転回」をタイトルに冠したものがなかった。ここ十五年で出版した本は,すべて倫理的転回がテーマだが,「倫理的転回」の文字がほぼすべての章に踊るほどの本でも,タイトルには入れてもらえなかった。
編集者が意地悪をしているのかもしれないと思ったので,ChatGPTに聞いてみた。
「きつい話ですが,はっきり言いますね。そのタイトルでは,私は『ぜひ読みたい』とは言えないからです」と回答が返ってきた。
「専門家はどんな議論が並ぶか簡単に想像がついて読む気にならないし,一般の読者は何の話かわからないです」
ぐうの音も出なかった。
編集者は常に正しい。
しかし,私はどうしてもタイトルに入れたかった。そこに連載の話が来た。当然,連載タイトルに入れてほしいとお願いしたが,遠回しの言い方で,はっきりと断られた。
「専門家はどんな議論が並ぶか簡単に想像がついて読む気にならないし,一般の読者は何の話かわからないです」
ChatGPTの画面が脳裏によみがえった。
しかし編集者は,書籍化の折には,副タイトルに入れてもいいと言ってくれた。あまりにもうるさいので,とりあえず私を黙らせようと言ったのかもしれない。それでも,言質は言質だ。このくだりは,本文中にもそのまま載せてある。
それがまさに今,出版される。
しかし,連載終了後に事件が起きた。本書出版前に,私の別の学術書のタイトルに,とうとう「倫理的転回」の文字が入ったのだ。
他社なので,あの方がこの連載を読んでいたのかどうかわからないが,時代の空気を感じたに違いない。今や時代は,倫理的転回だ。シンリンラボ閲覧数一位の効果かもしれない。
私は勝った。
本書中にある副タイトルをめぐる攻防はもはや終止符を打った。ここに書かれてあるように,「私の本に『倫理的転回』を冠したものはない」というのは,もはや事実ではない。しかし,これもまた当時のまま載せてあるので,連載のつもりで楽しんでもらいたい。
本書の出版にあたり,私が望むことが何かは,もうおわかりだろう。他社で副タイトルに入ったのだ。本書では,主タイトルの座を得ることだ。遠見書房との間で,再びタイトルをめぐる攻防が始まった。
結果がどうなったかは,読者はもうわかっているはずだ。
著者略歴
富樫公一(とがし・こういち)
ニューヨーク州精神分析家ライセンス,臨床心理士,公認心理師,NAAP認定精神分析家,博士(文学)。
2001–2006年 NPAP精神分析研究所,TRISP自己心理学研究所(NY)に留学。
2003–2006年 南カリフォルニア大学東アジア研究所客員研究員。
2006–2012年 広島国際大学大学院准教授(2007年まで助教授)。
現職:甲南大学文学部教授,TRISP自己心理学研究所ファカルティ,訓練分析家・スーパーヴァイザー,栄橋心理相談室精神分析家。
専攻:精神分析,臨床心理学。
主な著書:『Kohut’s Twinship Across Cultures: The Psychology of Being Human』(共著,Routledge),『Psychoanalytic Zero: A Decolonizing Study of Therapeutic Dialogues』(Routledge),『精神分析が生まれるところ―間主観性理論が導く出会いの原点』(岩崎学術出版社),『臨床場面での自己開示と倫理』(共著,岩崎学術出版社),『トラウマと倫理―精神分析と哲学の対話から』(編著・監訳,岩崎学術出版社),『不確かさの精神分析―リアリティ,トラウマ,他者をめぐって』(誠信書房),『当事者としての治療者―差別と支配への恐れと欲望』(岩崎学術出版社),『社会の中の治療者―対人援助の専門性は誰のためにあるのか』(岩崎学術出版社),『分断の中の治療者―当事者性と倫理的転回』(岩崎学術出版社)ほか多数。
2020年 NAAP精神分析学会グラディーヴァ賞(最優秀書籍賞)受賞。
2022年 日本精神分析学会学会出版賞(小此木賞)受賞。
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