こころの危機へのユング心理学的アプローチ——スピリチュアル・エマージェンシー再考
こころの危機へのユング心理学的アプローチ——スピリチュアル・エマージェンシー再考
| 著者 | 鈴木康広 |
| 出版年月 | 2026年6 月 |
| ISBN 図書コード | 978-4-86616-243-0 C3011 |
| 判型 | 四六判並製 |
| ページ数 | 216 |
| 定価 | 2,400円(+税) |
内容紹介
人生の危機的状況は,人間の精神の危機的状況──スピリチュアル・エマージェンシー──でもある。一方,その重みゆえに,破壊だけではなく,新たな生命の輝きをもたらすこともある。
本書は,夏目漱石,ルソー,ユングらの人生の暗黒期を素材に,彼らがスピリチュアル・エマージェンシー(こころの危機)をいかに体験し,生き延び,創造性につなげたかを,ユング心理学的アプローチを通して検討し,病の新たな意味を見い出すと共に,精神病の治療にあたって,パターナリズムからの脱却と,自然治癒力を引き出す援助・成長モデルへの転換の必要を提言したものである。
ユング派分析家による心理支援を一段深める考察に満ちた一書。
主な目次
第一章 スピリチュアル・エマージェンシー再考(1)
第二章 スピリチュアル・エマージェンシー再考(2)――夏目漱石における「焦慮」と「余裕」
第三章 スピリチュアル・エマージェンシー再考(3)――ルソーにおける透明性と業熟体(有分心)
第四章 スピリチュアル・エマージェンシー再考(4)――ユングにおける「無意識との対決」
第五章 スピリチュアル・エマージェンシーを超えて
第六章 家族の「布置」と縁起――ある男性の箱庭制作を通して
第七章 トポスの共有から河合隼雄先生を考える
まえがき
本書の中心的テーマは「自然治癒力」である。「治す」という「治療・病理モデル」から「治る」という「援助・成長モデル」への転換の提言である。
人生の危機的状況に遭遇して極度に緊張感が高まった状態において、神秘的体験としてもたらされることが多いスピリチュアル・エマージェンシーは、単に薬物療法で抑え込むだけでよしとする精神病とは異なることを再検討する。人生の危機的状況は、心理的・宗教的な成長にとって必須なものと捉える観点である。この意味での「精神病」は自己治癒過程の一環であり、変性意識状態(ASC: altered state of consciousness)あるいは心的水準の低下(abaissement du niveau mental)に近い一過性なものとしてスピリチュアル・エマージェンシーの概念に含まれる。
これらは「創造の病」「イニシエーションの病」の概念に近く、豊かな「創造性」という鉱脈を含んでいる。また、これらはクライエントや当人が本来的にもつ自身の「自然治癒力」を引き出していくことでもある。
自己治癒過程の一環としての創造性や自然治癒力を念頭におけば、話を聴かずに症状を薬物療法で抑え込もうとするパターナリズム(「治療・病理モデル」)から、傾聴して少量の薬物療法にて自然治癒力を引き出そうとする「援助・成長モデル」への転換がもたらされるであろう。田中伸一郎ら(サルトグラフィ入門、星和書店、二〇二五)の“疾病生成的な視点から健康生成的な視点へのパラダイムシフト”も同じことであろう。これらを第一章で総論として論じる。
自己治癒過程の一環としての創造性や自然治癒力の個別の具体例を、夏目漱石、J・J・ルソー、C・G・ユングについて、当事者研究として、スピリチュアル・エマージェンシーの観点から第二章、第三章、第四章で再検討していく。
明治という時代精神にせき立てられた夏目漱石を“「焦慮」と「余裕」”という切り口から、羊水に包まれた胎内環境を連想させる「原郷回復」を求めたJ・J・ ルソーを“透明性と業熟体(有分心)”という切り口から、ユングにおける“無意識との対決”を内なる神の誕生と死者とのチャネリングという切り口から、それぞれ再検討する。それぞれが人生の危機的状況をそれぞれの仕方で生き延びて(サバイブして)いるのである。
筆者(二〇二四、一三三-一四一頁)は井筒俊彦の「縁起の図」(一九八九、四八頁)を見取り図として、自我境界を論じたが、変性意識状態・心的水準の低下は、一過的に自我境界が弱まる・薄くなることでもある。強固な自我境界が緩んで、縁起によるまわりからのつながりがより相互浸透し、より直観的に全体性が把握されるようになる。共通する本質としての仏性が複眼視できる(「複眼の士」の境地たる)所以である。まわりからのつながりの位置関係が「布置」であり、相互浸透したものの全体性を活性化し活用するのが「布置にコミットする」ことである。すなわち、スピリチュアル・エマージェンシーでは、「布置を読み、布置にコミットする」ことが、創造性豊かに行われていると換言できよう。
明恵上人の「あるべきようわ:阿留辺幾夜宇和」は、まわりとのつながりの布置(ありよう)をふまえて(把握して)、here & nowで、そのありようにコミット(布置にコミット)すること(あるべきよう)を示していると思われる。第五章では、スピリチュアル・エマージェンシーを生き抜く「あるべきようわ」について言及していきたい。
補遺として第六章、第七章を追記した。第六章ではスピリチュアル・エマージェンシーの実際を、箱庭制作の事例を通して、家族の「布置」と縁起の観点から考察した。第七章では故河合隼雄先生とのご縁とご恩をふりかえり、「自然治癒力」「布置」といった筆者の臨床の土台がいかに築かれていったのかを論じた。
なお、スピリチュアル・エマージェンシーを大和言葉で言い表すと「こころの危機」あるいは「たましいの危機」であろうか。スピリチュアル・エマージェンシーという外来語は専門家以外にはわかりにくいので、「スピリチュアル・エマージェンシー再考」を副題とし、全体のタイトルを「こころの危機へのユング心理学的アプローチ」とした。
著者略歴
鈴木康広(すずき やすひろ)
佛教大学教育学部臨床心理学科 教授。
ユング派分析家(Zürich, 2008)。
臨床心理士,公認心理師,博士(教育学),精神科医。
国際箱庭療法学会(ISST)ティーチングメンバー。
1988年 京都大学医学部医学科卒業。
3年間の内科研修を経て,8年間吉田病院精神科に勤務。
京都大学医学部研究生(精神医学)を経て,スイスのユング研究所CGJIZに5年4か月留学。
2008年 ユング派分析家となる。
現在,佛教大学,プラクシス鈴木に勤務。
著 書
『宗教と心理学』(創元社,2011)
『個性化プロセスとユング派教育分析の実際』(遠見書房,2018)
『砂の癒し・イメージの表現の力』(監修・共著,ナカニシヤ出版,2021)
『内観法・内観療法の実践と研究』(分担執筆,朱鷺書房,2023)
『仏教心理学入門』(分担執筆,晃洋書房,2024)
『心理臨床における「あの世」のゆくえ』(分担執筆,春秋社,2024)
『Jungian Dimensions of the Mourning Process, Burial Rituals and Access to the Land of the Dead: Intimations of Immortality』(分担執筆,Routledge, 2023)
『Jungian and Interdisciplinary Analyses of Emotions: Method and Imagery』(分担執筆,Routledge, 2025)
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