精神医療・心のケアを問い直す──対話・文化・ヒューマンライツ
精神医療・心のケアを問い直す──対話・文化・ヒューマンライツ
| 著者 | 伊藤順一郎 森川すいめい・本田美和子・ 松嶋健・信田さよ子 |
| 出版年月 | 2025年9月 |
| ISBN | 978-4-86616-232-4 |
| 判型 | 四六判並製 |
| ページ数 | 176 |
| 定価 | 2,400円(+税) |
内容紹介
基本的人権──ヒューマンライツは,すべての人間の尊厳を保つという当たり前の権利です。当然,精神医療や,心のケア,心のサポートの基本にあるのも人間の尊厳のはず。
しかし,リアルな精神医療や心のケア,心のサポートの現場では、それと相反する事柄がたくさん見られることに気がついてしまいます。
この本は,そんな人間の尊厳と臨床の現場を歩んできた5人の対談集です。
森川さんは,オープンダイアローグを中心に据えた精神科クリニックを運営している一人。本田さんは,看護や介護分野で新しいスキルとして広がっているユマニチュードの立役者の内科医。松嶋さんは,どうしてイタリアでは精神科病院がゼロになったのかを研究している人類学者。信田さんは,医療では治療できない方々への心のケアを長年続けているセラピスト。そしてホストは,長年にわたり,精神疾患をもつ人々のケアや社会復帰をサポートしてきた精神科医です。
主な目次
1 オープンダイアローグ、そこから見える新しいケアの形
森川すいめい × 伊藤順一郎
2 ユマニチュード──ケアというパフォーマンス
本田美和子 × 伊藤順一郎
3 脱施設化からテリトーリオへ──イタリアの精神医療改革を文化人類学から考える
松嶋 健 × 伊藤順一郎
4 家族のかたち──より緩やかな紐帯の模索
信田さよ子 × 伊藤順一郎
終章 人間の尊厳をめぐる個人史
伊藤順一郎に
はじめに
人には、だれでも多彩な顔があります。同じ人だからと言って、いつも同じ気分や考えでいるわけではありません。疲れてくれば機嫌が悪くもなるし、言葉も雑になる。気圧が低くなれば体調が悪くなって、落ち込む場合もある。不安や恐怖におののいているときには、それが感情の爆発につながることもあります。
そして、誰一人として、同じ人はいません。ある人に通用したことが、ほかの人にも通用するとは限りません。感覚、視覚や聴覚の敏感さも人さまざまです。そんななか、「人の気持ちがわかる」と言いますが、ほんとうにわかっているかなんて、だれにもわかりません。
そして、世の中には、いろいろな立場の人がおり、いろいろな言説がころがっています。
わざと相手を誹謗中傷するための言葉もあふれかえっていますし、良かれと思って語ることが人を傷つけることがあります。そればかりか、黙っていることが「了解した」ととられる場合もありますし、「無視された」ととられる場合もあります。
正義というものも怪しいものです。ある人の正義と、別の人の正義が対立することなんて、しばしばです。正義を振りかざすことが、その正義に反する考えを持つものを迫害します。
極端な場合、相手を人間とみなさないことで「何をしてもかまわない」との判断のもと、暴力や殺戮がまかり通ることもあります。「自分が正しい」と信じすぎることが、人々との不和を招くこともあります。
そんな世の中に、精神医療をはじめ、こころのケアやサポートというものが存在します。そして、医療やサポートを提供するのも人です(最近はAIも活躍し始めましたが)。人であれば(AIでも)先に述べた事柄からまったく自由とは言えないのです。
そうしたら、私たちは何をよすがとして、この精神医療や心のケアやサポートをしていけばいいのでしょう。
ここで、私は人間の尊厳という言葉を持ち出そうと思います。
改正論議もかまびすしいですが、私たちの日本国憲法は、三大原則として「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」をあげています。憲法だって未来永劫絶対のものとは言えませんが、現時点では私たちの国の規範です。ですから、そこにあげられている基本的人権の尊重、すなわち人間の尊厳を保つことを、精神医療や心のケアやサポートの基本として考えてよいのではないかと考えたわけです。
そのように考えたときに、リアルな精神医療や心のケアやサポートの現場では、それと相反する事柄がたくさん見られることに気がついてしまいます。なんでそのようなことが起きているのだろう、歴史的には、どのようないきさつがあったのだろう。そして、どのようにすることが人間の尊厳を保つあり方につながっていくのだろう、本書に収められた対談の中では、そのようなことへの考えが、対談に参加してくださった皆さんとの対話のなかで、さまざまな紆余曲折を経ながら深まってきたのではないかと思います。けれど、これが結論というものが、明確になったわけではありません。ただ、「わかろうとする」その対話のプロセスが、何かを生み出しているのではないか、そのような希望が湧いてきているようには思います。
本書は二〇二四年十月から二〇二五年一月までをかけて行った対談をベースにされました。これは、遠見書房の『N:ナラティブとケア 第15号』(2024)に森川すいめいさんのお声がけで原稿(注1)を書いたことがきっかけでした。社長の山内俊介さんに「森川さんとお話しする機会を作ってくれないかな」とお話ししたところ、「せっかくだったら、本を作りませんか?」と声をかけてくださり、四人との対談が実現し、そのネット配信と本書が出来上がりました。
対談を引き受けてくださった森川さん、本田さん、松嶋さん、信田さん、本当にありがとうございました。ずっと付き合ってくださった山内さんには感謝の言葉しかありません。
それでは、どうぞ、みなさんもご一緒に、対話の世界にお入りください。
著者略歴
伊藤順一郎(いとう・じゅんいちろう)
メンタルヘルス診療所しっぽふぁーれ、院長。千葉大学医学部卒業後、精神科医に。長らく国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所に勤務し、精神疾患患者の社会復帰、家族支援、包括型地域生活支援などに携わり、多くの研究・実践を行う。その後、メンタルヘルス診療所しっぽふぁーれを設立。オープンダイアローグをはじめとするさまざまな支援の立役者の一人。
森川すいめい(もりかわ・すいめい)
精神科医、鍼灸師、TENOHASI理事、オープンダイアローグトレーナー。「開かれた対話」の場づくりや自殺希少地域の探求、ホームレス状態にある方たちの「ハウジングファースト」という人権活動にコミットをしている。
本田美和子(ほんだ・みわこ)
東京医療センター、医師。内科医として高齢者のケアを模索する中、ユマニチュードに出会う。国内にユマニチュードを広め、高齢者だけではなく、さまざまな臨床分野での応用を模索している。
松嶋 健(まつしま・たけし)
広島大学大学院人間社会科学研究科教授、文化人類学者。人間が生きていく基盤としての地域社会生命圏について研究。特に精神病院を廃絶したイタリアに関して、地域精神保健の背景にある精神医療の歴史や思想、地域での生のエコロジーなどについて数多くの論考を発表している。
信田さよ子(のぶた・さよこ)
原宿カウンセリングセンター、公認心理師・臨床心理士。家庭内での暴力にいち早く警鐘をならし、被害者支援はもとより加害者プログラムにも携わる。日本公認心理師協会会長にも就任。
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