周産期のこころのケア[オンデマンド版] ――親と子の出会いとメンタルヘルス

周産期のこころのケア[オンデマンド版]
――親と子の出会いとメンタルヘルス

永田雅子著

定価2,000円(+税)、160頁、B6版、並製
C3011 ISBN978-4-904536-19-3

本書は,周産期心理臨床に長年携わってきた臨床心理士によって書かれた,入門の1冊です。
周囲に望まれなかった妊娠,夫婦の不仲,分娩時の異常,長い不妊治療の末の妊娠,早産,死産,障害のある子を産むことなど,親子には,それぞれ固有の物語 があります。NICUや周産期医療まで親子がたどってきた道のりに思いをはせながら,目の前の親子を抱えていくことが「周産期のこころのケア」では一番重 要なことだと著者は言います。
同分野にかかわる心理スタッフだけではなく,助産師,看護師,産科医など必読。
(本書は在庫がなくなったため,オンデマンド印刷によって作製したものです)

本書の詳しい内容


おもな目次

第1章 周産期における親と子の出会いとメンタルヘルス
1.親と子が出会うということ
2.妊娠・出産のメンタルヘルス

第2章 現代の医療と妊娠・出産
1.妊娠から出産までの心理的課題
2.リスクを抱えて生まれてきた赤ちゃんと家族

第3章 周産期医療における親子の関係性への支援
1.NICUにおける関係性支援の試み
2.周産期の心理的ケア
3.周産期における心理士の役割
4.臨床心理士と家族の出会いと支援

第4章 NICU入院となった赤ちゃんの母親の精神的健康と子どもへの感情
1.満期産で元気に生まれてきた赤ちゃんの母親との比較
2.出産後の抑うつと母親愛着が1年後に与える影響
3.出産後の母親のマタニティブルーズと子どもへの愛着が1年後に与える影響
4.周産期医療の変化が母親の精神的健康や子どもへの感情に与える影響

第5章 周産期医療における心理臨床
1.周産期における心理的ケアの特殊性
2.目の前に赤ちゃんが“いる”ことの意味
3.親子を支える場を整えていくために


はじめに

日本における周産期の心理臨床の取り組みは,1989年に一人の臨床家が一つのNICU(Neonatal Intensive Care Unit;新生児集中治療室)の扉をたたいたころから始まった。その後,他の病院でも,関心をいだいていた臨床家が,別のNICUを訪れ,研究目的という 名目で,またボランティアという立場からNICUという場に足を踏み入れていった。それぞれ点で動いていたその活動は,一番最初に扉をあけた臨床心理士が 活動していた病院で日本ではじめてカンガルーケアが導入されたことをきっかけに,また医療者のネットワークの中でいくつかの病院でも心理士が活動し始めて いることが伝わったことから,ひとつに結集されることになった。1996年春,全国で活動していた心理士5名が名古屋に集い,それぞれの現場での状況を報 告し,今後の活動をひろげていくために,周産期心理士ネットワークを立ち上げた。周産期医療の場の中で,モデルもない中,それぞれが,悩み,戸惑いながら 少しずつ積み上げていた活動は,15年近くたった今,一つのモデルとして確立されるようになった。いまやNICUや周産期医療で主に活動している臨床心理 士の数は70をこえ,多くのNICUで臨床心理士が関与するようになってきている。そして平成22年1月,周産期医療整備指針の中に,臨床心理士等の専門 職が周産期医療の中で初めて位置づけられ,周産期医療において必要な存在として認められることになった。
私が周産期で仕事をはじめた10年前は,まだ女性とおなかの中の赤ちゃんへの心理的ケアの視点が,産科スタッフに十分に共有されておらず,意図せず,妊産 婦を傷つけてしまっていることも多かった。しかし,今は,スタッフの暖かいケアとサポートで多くの妊産婦たちが,やわらかい表情で,出産を迎え,赤ちゃん と出会い,退院していくことが多くなってきた。周産期における心理的ケアとは,特別のことではなく,そのとき,そのときの傷つきや思いを,そのときそのと きできちんと受け止め,ケアし,その先へとつなげていく橋渡しのケアであり,どれだけ赤ちゃんと,親となる存在の人を,暖かく見守り支えていけるのかにか かっているのだと思う。赤ちゃんと出会う前の葛藤は,私たちが思っている以上に赤ちゃんとの出会いやその後の関係の育ちに微妙に影を落とす。物言わぬ赤 ちゃんであるがゆえに,赤ちゃんに自分自身の思いが映し出されやすく,妊娠・出産時の傷つきがその後の赤ちゃんとの関係に影響をあたえるのだということ を,周産期での臨床は私に教えてくれた。周産期で活動をおこなう心理士に限らず,母と子を支える専門家は,母と子が出会うまでの思いや,ここにくるまでの 親子の道のりに思いをはせながら,目の前の親子を抱えていくことを忘れてはならないのだと思う。
周産期とは女性,そして家族にとってどんな時期であり,また妊娠・出産にリスクを抱えることはどんな影響を及ぼしているのか,また周産期医療の現場で心理 的な視点がはいることは,どんな意味をもたらすのか,筆者が名古屋大学の博士論文として提出した「マタニティブルーズと母親愛着――満期産で元気に生まれ てきた赤ちゃんの母親とNICUに入院となった赤ちゃんの母親の比較から」を大幅に加筆・修正し,今いちど,周産期医療の中での心理的ケアの意味について 問い直したいと考えている。


あとがき

私が周産期の場にかかわるようになったのは,大学院を修了した後,指導教員であった本城秀次先生(名古屋大学発達心理セ新科学教育研究センター児童 精神医学領域教授)の仲介で,名古屋第二赤十字病院小児科NICUにボランティアで活動させてもらったのが最初である。この病院には,私が研修をおこなっ ていた名古屋市立大学病院小児科の斉藤久子先生(小児精神科医の草分け的存在)も勤務されており,「とても必要な仕事だから」と後押しをしていただいた。 当時のNICUの部長は側島久典先生(埼玉医科大学総合医療センター新生児科教授)であり,「あなたの活動に対しては,自分がきちんとバックアップをし, 責任を負う」と,病院やNICUの中での私の位置づけを明確にし,深い理解のうえでいろんな形で支えていただいた。1996年,小児精神科医である永井幸 代先生とともに,何もわからないままNICUと未熟児フォローアップ外来にかかわるようになったが,その当時は,他に同じような形で活動している心理士も 知らず,ただNICUの中にいること,目の前の赤ちゃんと子どもに会うだけで精一杯だったことを覚えている。翌年,当時の精神診療科部長である室谷民雄先 生の理解と支援のもと「母子心療科」が立ち上がり,必要な家族に面接をしていく体制が整ったと同時に,非常勤として正式に勤務することになった。同時期 に,日本で2施設目のカンガルーケア導入を目指して,看護師とともに見学におとずれた聖マリアンナ医大横浜市西部病院で,周産期の心理臨床の草分けである 橋本洋子氏がすでにNICUで活動していることを知り,その後,数人ではあるがNICUで同じスタンスで活動し始めていた仲間たちとつながるようになっ た。年に数回,お互いの勤務する病院で集い,NICUを見学し,話しをし,食事をし,支えあう場は,今では周産期心理士ネットワークとして70名の仲間た ちが集う場と発展している。
時は流れ,数多くの赤ちゃんと家族と出会い,別れを体験した。一人ひとりの赤ちゃんとその家族との出会いは,その一つ一つが私のさまざまな思いが揺さぶら れる体験の連続でもあり,忘れることのできない出会いとなっている。赤ちゃんだった子どもたちも,大きい子だと思春期を迎え,その成長した姿にあらためて 教えられることも多い。周産期での心理臨床は,“いのち”が育つということと,“家族”が育つということを,目の当たりにし,その歩みをそばで一緒に体験 させていただいた過程だった。また自分の無力さを突き付けられ,ただ一緒に赤ちゃんと家族とともに“いる”ことしかできない体験の連続であった。多くの職 種の仲間たちと,目の前の“いのち”と家族のことを考え,悩み,迷いながらすすんできたこの15年間は,“いのち”とは何なのか,“こころ”とは何なのか を問い続けられ,いろんな感情を抱えたまま“いる”ということが,実は,心理臨床の一番大事な“核”であることを学んできた気がしている。
2008年に長年勤めていたNICUという場をいったん離れ,今は大学の教員として周産期医療の場にかかわるようになった。この間,多くの若い人たちが NICUや周産期医療の場で心理臨床家として携わるようになってきた。また周産期医療の現場では,臨床心理士の存在とその活動は広く知られるようになり, 整備指針に臨床心理士が位置づけられることになった。これから,もしかしたら周産期医療の場に心理士がいることが当たり前の時代がやってくるかもしれな い。そうでないとしても,臨床心理学的な視点が周産期医療にくわわることは,赤ちゃんと家族をとらえる視点の広がりにつながるっていくだろう。臨床心理士 に限らず,さまざまな職種が周産期医療にかかわるようになっていくということは,目の前の赤ちゃんと家族をとらえる視点が複合的にかつ重層的になり,赤 ちゃんと家族を何重にもとりまく支えとして機能していくことになっていく。赤ちゃんが羊水のように暖かく,自分を守りささえてくれる環境の中でよりよく育 ち,家族が家族となっていくその始まりがよりよい形で迎えられるように,私たちが何を大事にしていくべきなのか,これからも目の前にいる赤ちゃんと家族に 教えてもらいながら,またさまざまな職種の仲間たちとともに考えていきたいと考えている。


著者略歴

永田雅子(ながた・まさこ)

山口県生まれ,名古屋大学発達心理精神科学教育研究センター母子関係援助分野准教授,臨床心理士

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