知能検査(WAIS・WISC)の質的分析──反応産出過程から捉えるパーソナリティ理解

知能検査(WAIS・WISC)の質的分析──反応産出過程から捉えるパーソナリティ理解
編者明翫光宜
出版年月2026年8
ISBN
図書コード
978-4-86616-256-0
C3011
判型A5判並製
ページ数296
定価4,500円(+税)
内容紹介

本書は,WAIS,WISCに焦点を当て,真にクライエントのためになるクオリティの高いパーソナリティアセスメントを実現するための一冊である。プロフェッショナルたちによって徹底的に深められた知見・研究成果を網羅している。
心理アセスメントの業界では広く活用されているWAIS・WISCであるが,群指数やプロフィールパターンさえつかめれば,知能検査の解釈が可能だとされる神話があったり,知能検査マニュアルの解釈をそのまま転記するだけだったりと,誤用も少なくない。クライエントのためにもプロフェッショナルとして知能検査の理解を深めなければ,心理アセスメントにとって大切な視点が抜けてしまう危惧もある。
この本は,さまざまなWAIS・WISCにまつわる知識や,検査態度,ローデータからの質的検討など,知能検査の質的分析のクオリティをあげるために編まれた。すべての心理職に読んでほしい一冊となっている。

主な目次

第1章 知能検査(WAIS・WISC)の開発と現在 石井明子
コラム 投映法研究者が感じる知能検査の強み……馬場史津
第2章 知能検査(WAIS・WISC)の特質—ノルム化検査 村山恭朗・髙柳伸哉
コラム 司法面接における知能検査結果の実践的な活用……上宮 愛・浜田 恵
第3章 知能検査(WAIS・WISC)における実施と行動観察について 片桐正敏
コラム 小児科医からみた知能検査……宮地泰士
第4章 ウェクスラー式知能検査の下位検査の古典的理解 明翫光宜
コラム 知能検査をよりよく実施・活用するために──小児科外来での経験から ……野村香代
第5章 WAIS-Ⅳ・WISC-Vの下位検査における心理学的意味 明翫光宜・川﨑貴仁・山口 翔
コラム 知能検査の魅力とフィードバック……袴田雅大
第6章 WISC-V知能検査(21検査版)で何が変わるか? 上宮 愛・天満 翔・明翫光宜
コラム 心理検査を有効に活用するために……秦野麻子
第7章 知能検査における質的分析の臨床的意味と方法──神経発達症に焦点を当てて 糸井岳史
第8章 WISCによる解釈の実際例 天満 翔(事例)・明翫光宜(コメント)
第9章 WAISによる解釈の実際例 服部信太郎(事例)・糸井岳史(コメント)
コラム 心理検査を最大限支援に生かすために──背景に考えを巡らせる 石田幸子
第10章 包括的アセスメント 萩原 拓
コラム 検査者とセラピストが交差する時──数値のみでは測れないものを推し量るということ 小野和海

あとがき
索  引
執筆者一覧・編者略歴 巻末

はじめに

はじめに:知能検査の質的分析とは

(1)現在の心理アセスメント業務が抱えている問題
わが国での心理アセスメントの主な技法に知能検査によるアセスメントがある。特にWAIS・WISCは,医療保健分野において最も利用頻度が高い検査の1つである。最近はCHC理論など知能理論も発展し,WAIS-IV,WISC-Vと改訂のスピードが速いのが特徴である。さらに最近の知能検査(WAIS・WISC)は徹底的な因子分析に裏付けられた群指数があり,またプロフィールパターンによる分析も紹介され,心理アセスメントの業界では広く活用されている。
一方で,群指数といった総合的数値やプロフィールパターンさえつかめれば,知能検査の解釈が可能だとされる神話(期待?)がある。また初学者によく起きがちな失敗として知能検査マニュアルや検査結果の解説書の解釈を転記することがある(大六,2021)。これらの方法に頼りすぎれば心理アセスメントにとって大切な視点(検査態度への注目,ローデータからの質的検討)が抜けてしまう危惧もある。
臨床心理学の発展により,心理アセスメント・ツールは確実に進歩した。これは紛れもない事実である。しかし,解釈する私たちの心理アセスメントの力は進歩しているだろうか。ひょっとしたら私たちの心理アセスメント能力は,数量的な部分に頼りすぎているがゆえに一昔前より低下しているかもしれない。私たち心理職は,このような謙虚な気持ちをもって,心理アセスメントの歴史を振り返り,過去から学んで未来に向けて自己研鑽していく必要がある。

(2)伝統的な心理アセスメントの技術
伝統的な心理アセスメントの技術は古臭いと思われるかもしれないが,IQ数値を一つとっても考え方や伝え方にコツがある。例えば,「知能指数は一つの目安である。テストの結果は『それだけの能力はある』と読むのがよい。それだけの能力しかない,と見るとよく間違う。テスト場面で能力が十分にでていないことがある」(中井・山口,2004,p.258)や「IQに示されるものは,つねに,その時点における知的能力なのであって,決して潜在的な知的能力を意味しているわけではない」(空井,1969,p.50)という視点は知能検査の数値を理解する際に常に忘れないでおきたい。さらに知能検査の解釈について,マニュアルや解説書の解釈仮説は,あくまで解釈「仮説」であり,解釈の候補のリストである。つまりは,目の前のクライエントにフィットする解釈仮説を検査者の責任で選び出すことが必要になる(大六,2021)。
それではバランスのとれた心理検査の解釈とは何だろうか? 個別式心理検査であれば,実はどれも共通しているのではないだろうか。まず,検査目的・検査の依頼目的を確認する。知能検査であれば,被検者が子どもであれば知的発達水準の把握,関係者への助言の基礎となる被検者の心理学的特徴の理解,被検者が大人であれば認知機能の得意な側面-苦手な側面を含めた自己理解などが含まれる。心理検査は支援のために使われるわけであるから,その人の適応向上のためにクライエントの能力を引き出すには支援で何ができるかを検討する材料を手に入れることが重要である(増田・矢野・川嵜,2020)。そのために,例えばロールシャッハ・テストでは反応を記号化し,数量的分析を行い解釈の骨組みを作り,さらに検査場面時における検査行動にも着目し,継列分析と呼ばれる一つひとつの反応の質的分析を行うことでパーソナリティ像を描いていく。
ウェクスラー式知能検査も同じである。アスペルガーAsperger(1952)も「単に最終的な結果のみを考慮するだけではなく,子どもがその結果を得るにいたった道順,たとえば作業のやり方(個人的な速度,集中性,持続性,機敏性),独創性,考え方と扱い方に見られる首尾一貫性,ならびに,数多くの他の性格的な特色を考慮しなければならない」(Asperger,1952=平井訳,1973, p.67)と述べている。さらにコーチンKorchin(1976)によれば,WAISは一般的な知能について信頼できる妥当な評価を提供すること以上の重要性を持っているという。そのためには主要な諸スコアのみならず,それらの作り出すパターンや個々の尺度における被検者のパフォーマンスも解釈する際に重要なポイントとなる。例えば検査場面における被検者の行動,反応の質的な特徴,病理を基盤にもつ言葉の機能障害など,全てが解釈で重視される。被検者の適応的な認知機能(知能)を理解しようとする場合,クライエントが検査課題を解決できたかどうかだけではなく,「どのようにして解決に至ったか」のプロセスに注目することが必要である(Korchin, 1976; Scheerer, 1946)。

(3)知能検査の構造
知能検査は投映法と異なり,論理的で現実に即した思考過程や外的構造が整った状況下での心理的機能(Bram, 2017)に注目している。ウェクスラー式知能検査の下位検査が提供する外的構造とは,以下のような特徴である。(1)指示と期待が明示されている,(2)教示項目があり,期待の明確化とフィードバックが行われる,(3)正答が明確に定義されている,(4)回答の幅に制限がある(自由度が小さい),(5)項目は易しいものから難しいものへと漸次的に展開される,(6)設問がクライエントの能力を超えた場合には中止規則が適用されることなどである。ウェクスラー式知能検査のもつこれらの「高い構造性」,「低い曖昧性」,「抑制された情緒的・対人圧力」は,学校(昼休みやバス通学などを除く)や職場など,現実生活における多くの場面と類似している(Bram, 2017)。これらの場面では,我々が普段経験するように何をすべき状況か期待が明確で,モニタリングやフィードバックがあり,達成や適応が重視され,関係性は比較的淡泊で親密さや愛着システムが活性化されにくい(Bram, 2017)。このような現実適応には,推論,現実検討力,判断力,注意,記憶など自我に基づく認知的能力を最適に活用できることが求められる。そのためには,クライエントの攻撃性,性的衝動,不安や恐怖,依存欲求,トラウマなどの未加工な衝動や懸念を抑圧し,それらをコントロールできている必要がある。ウェクスラー式知能検査は,言語,推論,注意,記憶などの認知的自我機能が,適応的な防衛機能によってどの程度保たれているか,あるいはどんな情緒的・対人的なテーマ的関心によって侵入・混乱されているかをアセスメントできる(Bram, 2017)。つまり,知能検査における適切な反応は,原始的な空想や欲望が現実の思考に侵入しないよう自我境界を維持するが必要とされる。もし原始的な空想や欲望が反応に現れる場合,それは日常的で中立的な状況において,個人的な関心が心理的機能をどの程度妨げているかの手がかりが得られる(Allison, Blatt & Zimet, 1968)。
この構造化理論について,神経発達症のクライエントを想定した場合,次のようなプラスアルファの視点が必要になってくる。神経発達症のクライエントにとって知能検査場面は生活場面と比較すると社会的場面から切り離され抽象化され,課題遂行上の認知や感覚の種類や数が制限されている(糸井,2017)。これらの検査構造上の特徴は,自閉スペクトラム症のクライエントでは有利に働くことが多い。そうなるとそこでの結果と投映法(ロールシャッハ・テスト)や実際の生活場面との乖離が引き起されている(糸井,2017)。この点も踏まえて解釈やテストバッテリー(知能検査と投映法)を組むことが望まれる。

(4)知能検査の質的分析
知能検査には古典的にはラパポートRapaport, D.に代表される思考心理学の流れに基づいた下位尺度の解釈アプローチが見られ,高く評価されていた。しかし,時代の流れとともに多くの心理職の目に触れることができなくなったことは誠に残念である。それぞれの下位尺度がどのような意味があって採用されているのか,どのような心理学的意味が考えられてきたのかのプロセスを把握することなく,結果としての下位尺度の型(プロフィール)だけからの解釈ではクライエントの詳細なアセスメントは難しいと筆者は考えている。

現在,我々心理職の知能検査アセスメントでは以下の課題に直面しており,その対応が迫られている(糸井,2017)。

(1)クライエントの臨床像とかけ離れた妥当性の低い解釈を行う
(2)解釈にあやまりはないものの,一般的な指摘に終始する
(3)数量的プロフィールを根拠に医学的診断を行う
(4)妥当性の低い解釈のフィードバックにより,クライエントを混乱させ自己理解を妨げる
(5)心理的影響に配慮せずにフィードバックを行い,クライエントを傷つける

上記の課題を乗り越えるために,我々心理職は「知能検査の質的分析」を行う必要がある。
知能検査の質的分析とは何かをここで定義しておく必要があろう。筆者は本書において知能検査の質的分析を次のように定義する。「知能検査の下位検査の刺激や問題の構造的理解をもとにして,被検者の1つ1つの回答に至る反応産出過程を丁寧に観察・分析し,認知特性,情報処理特性,問題解決方略の特徴を理解する方法である」。質的分析の方法としては,検査刺激の入力から反応産出に至る情報処理のプロセスの行動観察が必要になる(糸井,2017)。具体的には,検査刺激と反応の関係を丁寧に分析することで推測が可能になる。特に,誤答課題の内容と課題解決方略の観察は,クライエントの内的な情報処理プロセスを推測する際に重要な手掛かりを提供する(糸井,2017)。この手法はロールシャッハ・テストを実施・解釈する心理職であれば,継列分析に似ていると気が付かれる読者も多いことであろう。

そこで本書では,心理支援につながる知能検査(WAIS・WISC)の質的分析を目指して,知能検査のそのものの役割,検査態度の理解,思考心理学による下位尺度に基づいた理解,そしてこれらを活用した心理アセスメントの実際例を提示する。そうすることで,読者にロールシャッハ・テストでいう数量的分析に加えて,きめ細かい継列分析が解釈を豊かにしていくのと同じように,数量的分析の相補的関係となる「知能検査の質的分析」についての視点を提供したい。なぜなら,適切に実施された知能検査というのは,単に知識の所有量や思考能力を明らかにするのみではなく,さらにクライエントの本質的な人格機能をもはっきりさせる側面がある(Asperger, 1952)からである。
本書がウェクスラー式知能検査を活用される心理職,およびこの検査を受けられるクライエントの支援につながっていくガイドとなることを心から願っている。
編者を代表して 明翫光宜
文  献
Asperger, H.(1952)Heilp ä dagogik: Einführung in die Psychopathologie des Kindes für Ärzte, Lehrer, Psychologen und Fü ursorgerinnen. Wien: Springer.(平井信義訳(1973)治療教育学.黎明書房.)
Bram, A.D.(2017)Reviving and refining psychodynamic interpretation of the Wechsler intelligence tests: The verbal comprehension subtests. Journal of Personality Assessment, 99(3); 324-333.
大六一志(2021)知能検査の“正しい”理解─課題の自覚と効果的な努力を導くために.発達障害研究,43(1); 26-32.
Korchin, S. J.(1976)Modern Clinical Psychology: Principles of Intervention in the Clinic and Community. New York: Basic Books.(村瀬孝雄監訳(1980)現代臨床心理学.弘文堂.)
増田将人・矢野里佳・川嵜弘詔(2020)成人(WAISなど).臨床精神医学,49(8); 1061-1068.
中井久夫・山口直彦(2004)看護のための精神医学.医学書院.
Scheerer, M.(1946)Problems of performance analysis in the study of personality. Annals of the New York Academy of Sciences, 46; 653-675.
空井健三(1969)知能検査の臨床的適用.In:片口安史・秋山誠一郎・空井健三編:臨床心理学講座 第2巻 人格診断.誠信書房,pp.45-73.

編者略歴

明翫光宜(みょうがん・みつのり)
中京大学大学院心理学研究科博士後期課程中途退学。博士(心理学)。2005年中京大学心理学部助手。東海学院大学人間関係学部,東海学園大学人文学部の勤務を経て,2012年中京大学心理学部・心理学研究科講師。2020年より中京大学心理学部・心理学研究科教授。専攻:発達臨床心理学,心理アセスメント。
主な著書:『発達支援につながる臨床心理アセスメント:ロールシャッハ・テストと発達障害の理解』(単著,遠見書房,2023年),『発達障害の子の気持ちのコントロール』(共編著,合同出版,2018年),『発達障害児者支援とアセスメントのガイドライン』(共編著,金子書房,2014年),『臨床心理学の実践:アセスメント・支援・研究』(共編著,金子書房,2013年),翻訳『子どもと親のためのフレンドシップ・プログラム』(共訳,遠見書房,2023年)ほか。
 

執筆者一覧(50音順)
石井明子(いしい・あきこ):東海学園大学心理学部心理学科
石田幸子(いしだ・さちこ):中京大学大学院心理学研究科
糸井岳史(いとい・たけし):路地裏発達支援オフィス
上宮 愛(うえみや・あい):金沢大学人間社会研究域人文学系
小野和海(おの・かずうみ):もりやま総合心療病院
片桐正敏(かたぎり・まさとし):北海道教育大学旭川校教育発達専攻特別支援教育分野
川﨑貴仁(かわさき・たかひと):医療法人仁精会 三河病院
髙柳伸哉(たかやなぎ・のぶや):愛知教育大学心理講座
天満 翔(てんま・しょう):中京大学心理学部心理学科
野村香代(のむら・かよ):岐阜聖徳学園大学教育学部特別支援教育専修
袴田雅大(はかまだ・まさひろ):ふわりもの忘れとこころのクリニック名古屋
萩原 拓(はぎわら・たく):北海道教育大学旭川校教育発達専攻特別支援教育分野
秦野麻子(はたの・あさこ): 社会医療法人栗山会 飯田病院
服部信太郎(はっとり・しんたろう):公益社団法人 岐阜病院臨床心理科
馬場史津(ばば・しづ):中京大学心理学部心理学科
浜田 恵(はまだ・めぐみ):中京大学心理学部心理学科
宮地泰士(みやち・たいし):名古屋市中央療育センター
明翫光宜(みょうがん・みつのり):中京大学心理学部心理学科
村山恭朗(むらやま・やすお):金沢大学人間社会研究域人文学系/金沢大学子どものこころの発達研究センター文理融合・地域支援部門
山口 翔(やまぐち・かける):NPO法人アスペ・エルデの会


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