社会正義の視点から心理支援を捉え直す
社会正義の視点から心理支援を捉え直す
| 編者 | 杉原保史・井出智博・蔵岡智子・齋藤 梓 |
| 出版年月 | 2026年9月 |
| ISBN 図書コード | 978-4-86616-255-3 C3011 |
| 判型 | A5判並製 |
| ページ数 | 272 |
| 定価 | 4,000円(+税) |
内容紹介
この本は,心理支援の実践をあらためて社会正義の視点から見直すことをテーマとしたものです。
「社会正義」という言葉は,非常にインパクトがある言葉です。心理支援に関わる私たちは,社会の中にある不正義とどのように向き合うべきなのでしょうか。
本書が提起している問いは,社会正義という理念を心理支援にどのように取り入れるかという技法的な問題にとどまるものではありません。むしろ,心理支援の専門性とは何か,そして私たちはどのような姿勢でクライエントの困難と向き合うのかという,より根本的な問いに関わるものです。
心理支援の新しい日常を考えるこの1冊で,じっくりと考えてみませんか。
主な目次
目 次
第1部 理論編
第1章 心理支援と社会正義
杉原保史
第2章 特権と構造的差別
出口真紀子
第3章 ポストヒューマニズムの視点から見た心の支援
楠見友輔
第2部 注目される実践
第4章 心理支援はマジョリティによるマジョリティのための支援なのか──チャット相談の実践を通して見えてきたもの
杉原保史
第5章 在日コリアンの朝鮮学校での心理支援から社会正義アプローチを考える
尹 成秀
第6章 SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)をめぐる支援
大賀一樹
第7章 社会正義の実践における自己省察ワーク
蔵岡智子
第3部 教育領域における実践
第8章 教育領域における心理職のアドボカシー活動と心理職自身のセルフアドボカシー活動
中澤未美子
第9章 教育領域における社会正義アプローチとしてのシステム構築やアドボカシー──ミクロからメゾ,マクロへの広がり
窪田由紀
第4部 医療領域における実践
第10章 心理職は社会を変えられるのか──精神科リワークにおける職場側との交渉で経験したこと
廣瀬雄一
第11章 優生学への反省を今ここに宿す心理支援──チーム医療と地域包括ケアを舞台に
今北哲平
第5部 福祉領域における実践
第12章 社会的に周縁化された子ども・若者への心理支援を捉え直す──社会的養護における実践を手がかりに
井出智博
第13章 発達支援と社会正義の狭間で
障害児支援における心理支援のあり方と心理職の揺らぎについて
本阿彌はるな
第6部 産業領域における実践
第14章 社会正義の視点からみるEAP支援の再考
松本桂樹・榎本正己
第15章 小児がん経験者へのキャリアカウンセリング──社会正義の視点による実践
野々垣みどり
第7部 司法・矯正領域における実践
第16章 犯罪の被害を受けた人への心理支援を社会正義の観点からとらえなおす
齋藤 梓
第17章 犯罪をした者への心理支援のあり方
浅見祐香
あとがき
はじめに
本書は,心の支援のさまざまな現場における日々の実践を,あらためて社会正義の視点から見直すことをテーマとした書籍です。
この「社会正義」という言葉は,非常にインパクトがある言葉で,心理職の多くにとっては必ずしも心地のよくない,複雑な感情を引き起こす言葉のようです。社会正義はSocial Justiceの訳語で,社会的公正と訳されることもあります。わかりやすく簡単に表現すれば,社会正義とは,差別的な扱いをなくそうという考えのことだと言えるでしょう。心理支援を社会正義の視点から見直すというのは,心理支援が差別的なものになっていないかを検討しようということなのです。
しかし,苦悩を抱えている人への治療的な関わりについて専門的に学んでいる心理職が,心理支援の中で人を差別することなどあるのでしょうか? もちろん,あからさまに,意図的に,差別をする人などいないでしょう。もしいたとしたら,すぐに問題視されることでしょう。そしてそれは基本的にはその心理職の個人的な問題と見なされるでしょう。本書の焦点はそういう問題にはありません。本書が主に焦点づけているのは,心理支援を取り巻く大きな社会構造の問題であり,それが面接室における個別の支援の中にどのように反映されているだろうかと問いかける姿勢です。例えば,以下のような問いが関係してきます。
・ 心理職が,その訓練において教わった支援は,社会におけるマジョリティを支援の対象とすることを想定してデザインされており,マジョリティにとって最も治療的となるようにチューニングされているのではないか? もし心理職がそのことに無自覚であって,現在の標準的な心理支援を全人類に普遍的に効果を持つものと錯覚するならば,それはマイノリティの存在を否定しているのと同じではないか?
・ 現代の標準的な心理支援は,マジョリティにとって都合がいい社会をそのままに維持するための社会装置となっているのではないか? その社会のあり方のせいで生きづらく感じる人を,不適応者とみなし,社会の方は変わらないまま,不適応者の方を変化させてその社会に合わさせようとする仕組みなのではないか?
・ こうしたことの結果,標準的な心理支援を正しく実施することが,マイノリティのクライエントを傷つけてしまっているのではないか?
社会正義の視点をもった心理支援の実践は,「社会正義アプローチ」と呼ばれます。近年,社会正義アプローチを深く理解し,熱心に支持する心理職も増えてきています。しかしなお心理職の多くが,「社会正義」という言葉を見ただけで,それを自分が実践している心理支援とは相容れないものだと決めつけ,遠ざけてしまっているように見えます。確かに,苦悩している個人の心に寄り添うことと,大きな社会の問題に目を向けることとは,正反対のことのようにも見えます。
しかしそれは大きな誤解です。社会正義アプローチについて適切に理解してもらうためには,しばしば,この誤解を解くことからスタートしなければなりません。
社会は個人の心の奥深くにまで影響を与え,個人の心を形成します。何を欲し,何を恐れるか,何を幸せと感じ,何に恥を感じるかなどは,おおむね個人が帰属意識を感じている社会集団の規範を内面化することによって形成されます。一旦,その社会集団の規範が内面化されると,その社会集団において「普通の人が欲するとされているもの」がその個人の欲するものになり,その社会集団において「普通の人が恐れるとされているもの」がその個人の恐れるものとなります。魚が水を認識できないように,人は自分がその社会集団の規範を内面化していることを認識できません。それは,通常,認識の対象ではなく,認識する行為において暗黙のうちに働くものなのです。それゆえ,それらの感情や欲求のあり方は人間として誰にでもごく自然に備わった当たり前のものと感じられます。そうした感情や欲求のあり方が,他の社会集団に帰属意識を感じている人にとっては違和感のあるものでありうるということは,かなりの省察的な努力をしない限り,自覚されません。その結果,その社会においてマジョリティの人たちの感情や欲求のあり方は,普遍的に正しいものとして,マイノリティの人たちに押し付けられることになりがちです。
それに加えて,社会的に強者の立場にあるマジョリティの人たちにとって,自分たちが無自覚のうちに社会的に弱者の立場にあるマイノリティの人たちに対して無配慮であったことを自覚することは,恥や罪悪感や非難される恐怖を呼び起こします。こうした感情は,それを自覚することに対する抵抗を作動させます。その抵抗を乗り越えてまでも,そこに気づきを持つためには,たとえ恥ずかしく罪深い自分であっても,ありのままの自分自身を認めようとする,勇気や誠実さが必要になります。
心理支援の理論といえども,その理論には,その理論を生み出した人たちが帰属意識を感じている社会集団の暗黙の規範がそれと気づかれないままに内包されています。さらには,どんな理論に基づいて心理支援を実践しようとも,ある支援者の実践には,その支援者が帰属意識を感じている社会集団の規範がそれと気づかれないままに内包されています。
こうした理由から,私たち心理職は,たとえ個人の内面を扱う場合であっても,大きな社会に目を向ける必要があるのです。個人の内面の奥深くと大きな社会の広がりは,正反対のもののように見えて,常に響き合っているものなのです。
さて,ここで本書の構成についてご説明しておきます。本書は,大きくは理論編と実践編に分かれています。第1部の理論編は,社会正義の視点についての基本的な理解を促進することを狙いとしており,3つの章から成っています。
第2部~第7部の実践編では,さまざまな領域で心理支援に取り組んでいる執筆者たちが,それぞれの実践を,社会正義の視点から検討し,論考します。取り上げられている実践は,面接室での個別の支援を中心としたものもあれば,学校や会社のような組織への働きかけを中心としたものもあり,さらには行政の施策方針や法律の制定などの大きな社会への取り組みに至るまで,さまざまなスケールのものがあります。
それぞれの執筆者の社会正義に関するスタンスにはかなりの幅があります。社会正義を強く意識し,社会正義的な視点を前面に打ち出した実践をしている執筆者もいます。その一方で,特に社会正義を意識した実践をしているわけではないが,あらためて社会正義の視点から振り返ってみると,自分の実践の中にもそういう視点から理解できる面がある,という執筆者もいます。その意味で,本書の執筆者たちは社会正義に関して決してまったく同じスタンスを共有しているわけではなく,ある程度の温度差があります。読者には,それぞれの執筆者の実践を読む中で,各執筆者の社会正義の熱量を感じ取っていただければと思います。その温度差を手がかりに,自分の実践の温度感を検討していただければと思います。
そのように微妙な温度差はありながらも,本書の執筆者は,それぞれの現場で出会ったクライエントの苦悩を深く共感的に理解しようとする中で,社会正義の視点を含んだ多面的な理解を発展させ,その理解に基づく力強い支援に取り組んできました。心理支援に社会正義の視点を取り入れる道のりは,大抵の場合,平坦なものではありません。執筆者の多くが,社会正義的な視点を理解し,その理解に基づく支援を実現しようとする中で,さまざまに苦闘してきました。実践編を構成する諸章においては,そうした苦闘の痕跡が随所に読み取れることでしょう。こうした苦闘に裏打ちされた執筆者の言葉は,きっと読者の胸に響くことと思います。心理職である読者にとって,本書は,日々の実践に取り組む中で心のどこかで感じていたモヤモヤに,力強い言葉が与えられる読書経験になるはずです。
本書が,日本の心理職に,日頃の支援を見直すための新たな視点をもたらし,最も切実に心理支援を必要としていながらもこれまで適切な心理支援が届いていなかった人たちに支援を届ける温かなパワーを呼び起こすことを願っています。また,すでにそのような支援を実践している心理職が,自分の取り組みが正当な心理支援であると,誇りをもって思えるようになるための認識的資源となることを願っています。
2026年春
編集者を代表して 杉原保史
あとがき
心理支援にとって「社会正義」とは何でしょうか。あるいはもう少し正確に言うとすれば,心理支援に関わる私たちは,社会の中にある不正義とどのように向き合うべきなのでしょうか。
本書は「社会正義の視点から心理支援を捉え直す」という主題のもとに編まれましたが,読み終えたとき読者の皆さんの中に残るのは,社会正義に向けた明確な展望や確信というよりも,むしろ心理支援や心理支援者としての自分自身に向けられた問いなのではないでしょうか。本書が試みたのは,社会正義という理念を主張することではなく,私たちがこれまで当たり前のものとしてきた心理支援の前提そのものを改めて見つめ直すことであったように思います。もし本書を読み終えたとき,心理支援という営みや心理支援者としての自分自身を振り返る問いがみなさんの中に生まれているとすれば,本書は少なくともその目的の一部を果たしたと言えるのかもしれません。
第1部の理論編では,心理支援を支えてきた理論や技法そのものというよりも,それらを成立させてきた前提を問い直す議論が展開されました。心理支援はこれまで,個人の苦悩に働きかける実践として発展してきました。しかし本書では,その心理支援がどのような社会的・文化的条件のもとで成立しているのかが改めて問い直されています。心理的困難を個人の内部の問題としてのみ理解することの限界を踏まえ,心理支援を社会との関係の中で捉え直そうとする試みの中で,心理支援がこれまで当然のものとしてきた前提や,心理支援者自身の立ち位置に関する問いが提示されました。それは新たな理論体系というよりも,心理支援を支えてきた枠組みを可視化し,それをもう一度問い直すための視座であったと言えるでしょう。
一方,第2部以降の実践編で示されたのは,心理支援という営みが現実の社会の中でどのように揺れ動きながら形づくられていくのかという過程です。そこに描かれている実践は,既存の心理支援の枠組みから見ると,必ずしも「中心」とか「一般」と形容されるようなものではありません。しかし,それぞれの領域や現場の中で,試行錯誤を重ねながら生み出されてきた実践であり,制度や文化,社会構造と結びついた困難に直面しながら,環境への働きかけや他職種との連携,さらには組織や政策への提言といった形で応答しようとする取り組みが描き出されています。
こうした実践の多くは,当初から社会正義アプローチを掲げて始められたものではありません。むしろ目の前のクライエントに誠実に向き合おうとする中で,従来の心理支援の方法だけでは立ち行かなくなるという現実に直面し,そうした経験を積み重ねる中で,心理支援者は次第に環境や制度との関係に目を向けざるを得なくなります。その中で「中心」や「一般」とされるような実践を問い直し,試行錯誤が重ねられることになります。そう考えると,本書で示された社会正義アプローチとは,理念として外部から導入されたものというよりも,実践の中から必然的に立ち現れてきたものなのかもしれません。もちろん,心理支援者が関われば状況がすぐに変わるというものでもありません。制度は容易に変わらず,組織の対応にも限界があり,心理支援者自身もまた社会構造の内部に位置づけられています。本書に描かれていたのは,そうした「変えられなさ」と向き合いながら続けられる実践であったように思います。それでもなお試行錯誤を重ねながら,わずかではあっても変化の端緒を見出そうとする。そのような小さな変化の積み重ねが,社会正義に向かう実践の現実的な姿として示されていたのではないでしょうか。
本書の主題は,編者らがこれまで継続してきた議論とも深く関わっています。私たちは数年前から,日本心理臨床学会の年次大会において社会正義をテーマとした自主シンポジウムを開催してきました。当初はこのようなテーマにどれほど関心が寄せられるのかという不安もありましたが,実際には多くの方々に参加していただきました。そこでは「自分の実践の中でも同じような問題を感じてきた」という声が少なからず聞かれました。また前著『心理支援における社会正義アプローチ』(誠信書房)を刊行した際にも,似たような反応が寄せられました。しかし前著は理論的な議論が中心であり,日本の心理支援の実践にどのように位置づけていくのかという問いには十分に応えることができていなかったように思います。本書では,各執筆者がそれぞれの現場での試行錯誤の過程を率直に示してくださったことで,その問いに対するいくつかの具体的な手がかりを提示することができたのではないでしょうか。
編者の一人として各章の原稿を読み進める中で,私自身の中にも心理支援者としての自分を見つめ直す問いが生まれました。それは専門性と人間性をめぐる問いです。心理支援について専門的に学び,知識や技法を身につけたとしても,クライエントや関係者から見れば,私たちは「心理支援者」という専門家であると同時に「○○さん」というひとりの人間でもあります。そしてそのような人として,関係の中に存在しています。
スクールカウンセラーや施設心理職として現場に関わっていた頃,学校や施設の先生方から「心理職は結局,人間性だよね」と言われることがありました。その言葉は,専門的な知識や技法が不要だという意味ではないでしょう。むしろ,どれほど知識やスキルを持っていたとしても,現場の状況を理解し,他職種と関係を築きながらそれらを生かすことができなければ実践としては機能しないという経験的な感覚を表しているのだと思います。こう考えると,実践の場で語られる「人間性」とは,単に温かさや誠実さといった個人的資質だけを意味しているわけではないのかもしれません。目の前の人の困りごとを自分の課題として受け止め,その背景にある状況や環境にも目を向けながら,必要に応じて関係者と協働し,状況を少しでも変えようとする姿勢。そうしたものも含めて,現場ではしばしば「人間性」という言葉で語られているのではないでしょうか。
しかし,そうした姿勢を単に「人間性」という言葉で説明してしまってよいのでしょうか。もしそれが個人の資質として理解されるなら,本書で描かれてきた実践もまた「結局,○○さん(章の著者)だからできたこと」として片づけられてしまう可能性があります。ここで問われているのは,人間性と専門性をどのように関係づけて理解するかという点なのかもしれません。本書で示された実践を読み進めると,そこに示されているのは特定の個人の資質というよりも,心理支援をどのように理解し,どのような姿勢で実践に向き合うのかという問題であるように思われます。クライエントの困難を個人の内面の問題としてのみ理解するのではなく,その背後にある社会的・制度的文脈にも目を向けること,そして必要に応じて環境や制度との関係にも関わろうとすることは,これまで心理支援の専門性の外側にあるものとして扱われてきた面があります。しかし,本書に収められた実践は,それが現場で実際に求められており,心理支援を成り立たせるうえで欠かすことのできない要素であることを示しているのではないでしょうか。そうであるならば,これまで「人間性」や「その人だからできること」として語られてきた,心理支援の基盤をなす姿勢や実践こそ,その専門性の中心として理解される必要があるでしょう。そしてそうした専門性の捉え直しの中にこそ,本書で描かれてきた社会正義に関わる実践の意味もまた位置づけられていくのではないでしょうか。
本書が提起している問いは,社会正義という理念を心理支援にどのように取り入れるかという技法的な問題にとどまるものではありません。むしろ,心理支援の専門性とは何か,そして私たちはどのような姿勢でクライエントの困難と向き合うのかという,より根本的な問いに関わるものです。本書が提示するのは,社会正義アプローチの完成された方法というよりも,心理支援の実践を改めて問い直すための視点でありたいと考えてきました。
本書を読み終えたとき,読者の皆さんの中にそうした問いが残るとすれば,それは心理支援という営みをもう一度社会との関係の中で考え直すための出発点になるでしょう。そしてその問いに向き合う営みそのものが,私たちの心理支援を少しずつ変えていくことになるのかもしれません。
編者を代表して 井出智博
編者略歴
杉原保史(すぎはら・やすし):
京都大学教育学部ならびに京都大学大学院教育学研究科で臨床心理学を学ぶ。現在,京都大学学生総合支援機構学生相談部門長,教授。教育学博士(京都大学)。臨床心理士・公認心理師。専門は,心理療法への統合的なアプローチで,学派の垣根を超えて有効な心理支援のあり方を広く探索することに興味がある。
井出智博(いで・ともひろ):
久留米大学,東亜大学大学院,九州産業大学大学院で臨床心理学・人間性心理学を学び,特に子ども家庭福祉領域における心理支援の実践,研究に従事。現在,北海道大学大学院教育学研究院,准教授(福祉臨床心理学研究室)。文学博士(九州産業大学)。臨床心理士・公認心理師。専門は社会的養護や貧困など周縁化された子どもへの心理支援。
蔵岡智子(くらおか・ともこ):
熊本大学大学院教育学研究科で臨床心理学を学ぶ。児童心理療育施設,スクールカウンセラーを経て,現在,東海大学文理融合学部地域社会学科准教授。教育学修士(熊本大学)。臨床心理士・公認心理師。心理支援者が人権と社会正義を実践できる専門職へと成長するための教育とアドボカシーを主な研究テーマとしている。
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