ふつうの心理相談室──セラピストを続ける作法と工夫

ふつうの心理相談室──セラピストを続ける作法と工夫
著者青山正紀
出版年月2026年8
ISBN
図書コード
978-4-86616-253-9
C3011
判型四六判並製
ページ数216
定価2,500円(+税)
内容紹介

『現在「こころの開かれた師」を得ることが無く「模索」の段階にある,心理治療者には,最良のガイドです』(序:神田橋條治)
 

「開業したばかりの頃,同業の人が『よくこんな(何もない)ところでやっている』と感じ入ったような,あきれたような感想をもらしていました。自分でも,よくここまで続いたものだと思います」

24年前に岩手県花巻市にて心理相談室を開いた著者が迷いながらも一歩ずつ歩んできた「ふつう」の臨床の道のり。相談室の開き方,心理療法のリアル,経営の実務まで包み隠さず綴っています。
臨床の現場を知りたい人,セラピストとして歩んでいる人,そして開業を目指す心理職に贈る一冊です。

主な目次

序 神田橋 條治

第Ⅰ部 わたしの歩み
第1章 精神科で働く
第2章 皮膚科で働く
第3章 相談室を開く
第4章 アウトリーチの現場
第5章 いま思うこと

第Ⅱ部 相談室の設置と運営
第6章 相談室を開くということ
第7章 資格と臨床経験
第8章 開業のスタイル
第9章 セッションの環境と準備
第10章 外部との関係
第11章 相談室の経済
第12章 セルフケア

第Ⅲ部 わたしの心理療法
第13章 初回面接
第14章 セッションを続ける・終わる
第15章 ブリコラージュな心理療法

第Ⅳ部 心理療法は何をしているのか
第16章 ふつうの相談と心理療法
第17章 心理療法の推進力
第18章 ポリヴェーガル理論から見た心理療法
第19章 安全を図る技術
第20章 身体からのアプローチと動作法
第21章 表現のダイナミクス

第Ⅴ部 心理療法を社会の中で考える
第22章 街角の心理療法
第23章 エビデンスとナラティブ
第24章 ポリフォニーの一旋律として

まえがき

まえがき

わたしは24年前に,「あゆみカウンセリングルーム」を開きました。宮沢賢治のふるさととして知られる岩手県花巻市の,住宅街にあります。県庁所在地の盛岡市から電車で30分かかる石鳥谷駅から,歩いて20分ほどかかります。開業したばかりの頃,同業の人が「よくこんな(何もない)ところでやっている」と感じ入ったような,あきれたような感想をもらしていました。自分でも,よくここまで続いたものだと思います。
わたしが相談室を開いたのは,勤めていたクリニックの院長が亡くなったのがきっかけでした。心理療法を続けるには,自分で相談室を開くしかなかったのです。心理療法は薬で症状を取り除いたり,病気の知識を授けたりする医学ではありません。暮らし方,働き方,つきあい方,生き方……の,「方」をともに考える,あるいは変えようとする営みです。
「ふつうの心理相談室」は落ち着く部屋で,どこにでもいそうな人がセラピストとして待っています。クライエントもふだん着で訪れます。「ふつう」とは,クライエントがありのままでいられる空気です。特別なことは,セラピストとのやり取りにあります。つまり相談室に日常性と専門性があるので,「ふつう」に通えるのです。クライエントにしてみれば日常性だけでは役に立たないし,専門性だけでは通う気が失せるでしょう。セラピストに特別な才能は要りませんが,相談室を続けるにはクライエントに安心してもらうことが必要です。
わたしは若い頃に,精神科のデイケアで統合失調症の人たちに関わりました。散歩やお茶飲みなどで,利用者とのんびりと過ごしていました。明確な技法がないので,これで専門職の関わりになるのかという戸惑いもありました。でも観察しているうちに,彼らにとっては安心感がもっとも大切なことに気づきました。その時の経験が心理療法でも役に立ちましたが,教わったことではないので技術として意識していませんでした。しかし自律神経系による適応反応とコミュニケーションを説いたポリヴェーガル理論に出会ってからは,安全を図る技術として考えるようになりました。そしてクライエントの安全を図ることは,心理臨床の倫理そのものです。

本書は第Ⅰ~Ⅴ部で構成されています。第Ⅰ部の「わたしの歩み」は,あまり読者の興味を引く内容ではないでしょう。しかし客観的なデータや文献によらず,自身の体験をもとに語る以上は,著者の責任として書く必要がありました。言わばこのまえがきの延長であり,本文の読み方や受け取り方の参考になれば幸いです。
第Ⅱ部の「相談室の設置と運営」では,実用書としてカバーできる範囲を網羅しています。第Ⅲ部の「わたしの心理療法」では,セッションの構造と管理,運用についてまとめました。開業にそれほど関心がない方にも,心理療法の技法書として読んでいただけます。第Ⅳ部の「心理療法は何をしているのか」から,抽象度が上がります。わたしなりの心理療法の理解を示したものであり,理論書として読むこともできるでしょう。第Ⅴ部の「心理療法を社会の中で考える」は,心理療法が社会に根づくための思想書と言ってもよいかもしれません。
まことに欲張りなようですが,相談室や臨床実践を「続ける」という軸から離れることはありません。そして一人のセラピストが足元から室内,屋外,そして遠景と,視点を広げるような構成になっています。まだ開業に興味のない方,臨床の現場に出ていない方は,第Ⅰ部の次からは第Ⅴ部→第Ⅳ部→第Ⅲ部→第Ⅱ部と,逆向きの方が読みやすいかもしれません。
「虫めがねは語る」は,本文で削ぎ落としたものを肉づけするコラムです。本文から章末に飛んでいただいても,箸休めにランダムに読んでいただいてもけっこうです。小さなフォントで新聞組みにしたのは遠見書房さんの節約ではなく,かつて文字の仕事をしていたわたしの発案です。シニア世代からは怒られそうですが,はっきり見えないものを探っていく臨床の構造を落としこみました。裸眼で読むと目の速さに脳がついていかないので,若い方もぜひルーペを片手にじっくりお読みください。
読者には,すでに臨床心理学になじんでいる方を想定しています。とは言えポリヴェーガル理論やブリコラージュ,ポリフォニーは,耳慣れない言葉かもしれません。また身体からのアプローチや動作法についても,不思議に感じられることもあるでしょう。いずれも,わたしの言葉でお伝えしていきます。
これから心理相談室を開きたい人,もう開いている人,組織の中でセラピストとして生き残りたい人,セラピストを目指している人,そしてセラピストの養成にあたっている人,みなさんの刺激になればうれしく思います。

************* 補足 言葉の用い方について *************
本書では「セラピスト」に,心理療法を日常的に行っている有資格者(臨床心理士か公認心理師)を想定しています。「心理療法家」は,スタイルを確立して一家を成す雰囲気があるので避けました。「心理療法」は,クライエント(来談者)の心のありようを扱います。「カウンセリング」は,クライエントが抱えている課題を扱います。前者が内面的で保続的な現象を,後者が現実的で一時的な現象を扱うと言っても良いかもしれません。両者の境目ははっきりせず,心理学にもとづくサービスの総称として「カウンセリング」が用いられることもあります。わたしの「あゆみカウンセリングルーム」は,そのカウンセリングです。
心理査定(アセスメント)は,観察や構造化された面接,心理テストなどを用いて,クライエントの心理状態(適応のレベル,介入の有効性やリスクなど)を査定します。心理教育は,クライエントの適応に役立つ情報を提供します。
スーパービジョンは後進への教育になりますが,スーパーバイジーへの監督責任を負います。コンサルテーションは,特定のことがらに対応する際の助言を行います。助言の採用はコンサルティの責任で行い,コンサルタントは結果に責任を負いません。
また臨床心理学では「心理療法」,精神医学では「精神療法」が用いられて来ており,精神科医による記述を紹介する時にはそのまま「精神療法」としています。心理療法では対象者を「クライエント」と呼んで来ましたが,医療の文脈で用いられる時は「患者」を使っています。

************* 学生さんへ *************
手に取ってくださって,ありがとう。これは開業本のようでいて,心理療法とセラピストの「持続可能性ハンドブック」でもあります。それは書店の棚やオンラインサイトに,いつまでも長くいて欲しいからです。「持続するための本」が持続しなかったら,目的を果たせません。もちろん開業を考えているセラピストには,すぐに役に立つと思います。組織のセラピストや大学の先生たちにも,インパクトはあるでしょう。そしてこれから日本の心理療法を担っていくであろう,あなたにも持っていて欲しいのです。「読んで」ではなく,「持っていて」です。なぜならこれから待ち受けているであろう,資格試験の役には立ちそうもありません。臨床心理学史のテキストではなく,言ってみれば心理療法の写真集です。そして本当に役に立つのは五年後か十年後,あるいは三十年後かもしれません。
それでもいま読みたい人のためには,ちょっとしたコツを教えます。文節ごとに,写真のように眺めてください。そして浮かんできた言葉を,あなたの主語だと思ってください。そして「こうしよう」の述語は,あなたが決めれば良いのです。年数を重ねるうちに,その述語は変わるかもしれません。そして,厚みを帯びていくことでしょう。
臨床経験がないと,遠い国の写真のように見えるかもしれません。でもそんなことは,気にしないでください。読んでも分からないこと,憶えていないことは,いまのあなたには何の価値もありません。価値があるのは,あれこれ考えたり,調べたりすることです。だから人名や用語の注釈は,あえて置きませんでした。
なるようにしかならないけど,なるようにはなります。波打つ情報の海で泳ぐのに疲れたら,浜辺で焚火に当たってぼんやりしてみましょう。何かしら,新しい気持ちがわいて来ます。本書がその焚火になれば,うれしく思います。

著者略歴

青山正紀(あおやま・まさのり)

臨床心理士,公認心理師。
1959年 新潟県生まれ
1982年 学習院大学文学部心理学科卒
1984年 川室病院(精神科)
1997年 星の丘クリニック(皮膚科)
2002年 あゆみカウンセリングルーム開設

岩手県スクールカウンセラー,企業コンサルタント,岩手県立大学大学院 非常勤講師なども兼務。趣味は音楽鑑賞と写真。


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