不確実性の時代を生きる親子を支えるこころのケアの実践──セラピューティックに人と生活を援助する
不確実性の時代を生きる親子を支えるこころのケアの実践──セラピューティックに人と生活を援助する
| 編者 | 松谷克彦・吉沢伸一・佐藤 剛 |
| 出版年月 | 2026年9 月 |
| ISBN 図書コード | 978-4-86616-252-2 C3011 |
| 判型 | A5判並製 |
| ページ数 | 312 |
| 定価 | 4,800円(+税) |
内容紹介
本書は,ある精神科クリニックで実践を行ってきた臨床家,そして協働・連携してきた児童福祉領域に携わる多職種による親子への「こころのケア」の実践・実際を紹介したものである。
児童精神科,保健福祉センター,児童相談所,児童養護施設,母子生活支援施設,子ども家庭支援センター,学校,家庭裁判所……。それぞれの現場の困難さにどう向き合ってきたのか。「こころのケア」をめぐる迷いの中で,親子をいかに支援してきたのかを描いた。
臨床家のみならず,こどもの臨床現場に携わるすべての支援者に読んでほしい一冊。
主な目次
第Ⅰ部 今日の児童思春期精神科医療
第1章 診察から見えてくるもの 松谷克彦
第2章 こどもをめぐる地域臨床 松谷克彦
第Ⅱ部 日常に寄り添う児童福祉の実践
第3章 ソーシャルワーカーは児童虐待にどのように向き合うのか 佐藤 剛
第4章 当事者に寄り添い,対話し,支援を展開するということ 石山智子
第5章 児童養護施設におけるソーシャルワーク 新藤千佳子
第6章 母子生活支援施設における精神科医療との連携の実際 代 裕子
第7章 父母の離婚紛争における権利主体としてのこども ―「子どもの手続代理人」を知っていますか 池田清貴
第Ⅲ部 こどもの成長を支えるための親・家族支援
第8章 こどもの心理療法を支える親面接における内省プロセス 吉沢伸一
第9章 「親子並行面接」と「同一セラピストによる並行母親面接」における内省プロセス 吉沢伸一
第10章 変わりゆく思春期のこころの分離と親面接 井本早織
第11章 こどもを抱える環境を支えるということ―従来の「親面接」とそこからこぼれ落ちるものの間で 亀居美紀
第12章 メンタライジング・スタンスからみた親とのワーク―こどものセラピーの中で「ともに考える」関係を育む 相澤みゆき
第13章 親子プレイセラピー 親子の回復と治癒プロセスを支える遊び 湯野貴子
第Ⅳ部 こどものこころを育む心理療法
第14章 「遊ぶこと」の実際―内容でも言葉でもなく 岡本亜美
第15章 ADHD様症状を呈するトラウマを抱える児童への心理療法 ―悪循環の対人相互作用から脱却するための協働 吉沢伸一
第16章 ASDと世界に馴染めない感覚について飯野晴子
第17章 小児期逆境体験とハームリダクション―思春期・青年期の臨床 飯野晴子
第18章 不登校中学生を対象とした「セラピーとしての思春期グループ」―受身的でひきこもり心性の強いメンバー間での初期不安をめぐる交流 吉沢伸一
はじめに
まえがき
本書『不確実性の時代を生きる親子を支えるこころのケアの実践―セラピューティックに人と生活を援助する』は,東京都世田谷区にあるファミリーメンタルクリニックまつたにという小さな診療所に所属する臨床家グループ(精神科医・臨床心理士/公認心理師)と,かねてより連携・協働を行ってきた児童福祉領域に携わる児童福祉司・ファミリーソーシャルワーカー・保育士・弁護士により執筆されました。
私たちは現在,ポストコロナ時代に生きています。「VUCA(ブーカ);Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)」や「BANI(バニ);Brittle(脆さ)・ Anxious(不安)・Non-linear(非線形)・Incomprehensible(不可解)」という言葉が流布していることが示すように,「不確実性の時代」を生きていると言ってもよいでしょう。自覚するにせよしないにせよ,大人たちがその中で不安定な存在ならば,こどもにもその影響が及ばないはずはありません。また,少し角度を変えて考えてみるならば,もともとあった不安定さや脆弱さが,時代の変化に伴い露呈したと言えるかもしれません。傷ついたこどものこころを支えるためのケアやセラピーでのかかわりは,マニュアルが重視される昨今においても,いつでも不確実で明確な答えのない世界で迷いながら最善を尽くそうとする営みとならざるを得えない類のものではないでしょうか。また,セラピューティック(治療的)であるということは,人と人が真剣にかかわり合う中で,何らかの変化や成長が生じることを意味しています。心理療法場面あるいは生活場面での援助行為にはそれなりの理論や技法があります。しかし,援助者はそれらを学び身に着けつつも,やはり等身大の自分としてかかわる中で実感することを手がかりに,かかわり方を模索していきます。本書は,親と子の心理的援助をめぐる迷いと模索の中から生み出された知見が集約されています。そのような想いがタイトルに込められています。
さて,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が社会と,そこに生きる私たちのこころに,そしてライフスタイルに与えた影響が大きいことは言うまでもありません。そして,必ずしも悪い影響ばかりでもありませんでした。しかし,児童精神科や児童福祉領域で働いている立場の者からすると,親や養育者が被るストレスが,こどもたちのこころの成長に打撃を与え,さまざまな問題を生じさせていることに直面もしていました(例えば,吉沢,2022)。本書第Ⅰ部「今日の児童思春期精神科医療」の第1章「診察から見えてくるもの」では,児童精神科医が診察の中で目の当たりにしているコロナ禍を経た後のこどものこころの変化について論じています。もちろん,変わらざるものもあります。コロナ禍の影響だけに還元することはできませんが,時代や社会の変化に伴う「変わりゆくもの,変わらざるもの」を考える上でのひとつの切り口となるでしょう。精神症状は,時代(の歪)を映し出す鏡の一側面があるのかもしれません。
児童精神科におけるこどもの治療は,症状に対して適した薬を処方だけすれば問題が解決するような類のものではないでしょう。こどもの症状や問題行動の背景には,器質的要因に加えて,親・家族との関係性,世代間伝達をめぐる諸問題,こどもが所属するコミュニティ(保育園・幼稚園・学校など)における対人関係,地域性や文化的風土などが複雑に絡み合っています。症状や問題の性質によりますが,医療だけのアプローチでは難しく,こどもにかかわる地域の機関と直接的・間接的に連携・協働していく必要があります。また,多くの大人たちが,さまざまな立場で,こどもたちこころの成長に携わっています。第2章の「こどもをめぐる地域臨床」では,児童精神科医の視点から,保健福祉センター,児童相談所,養護施設,学校を取り上げ,こどものこころのケアがいかになされているのか,その重要性と困難さが語られています。
本書は,上述したように,ひとりの児童精神科医の語りからはじまります(第Ⅰ部)。そして,児童福祉領域におけるさまざまな現場での実践が,執筆者のパーソナルな体験を通して語られます(第Ⅱ部)。児童相談所,保育園,児童養護施設,母子生活支援施設,離婚調停を行う家庭裁判所がその舞台です。第Ⅰ部の第2章で取り上げられた各領域での「こころのケア」が,より具体的かつ詳細に記述されています。その場に赴いたことのない読者にとって,実際の現場感が伝わってくるのではないでしょうか。
第Ⅲ・Ⅳ部は心理士スタッフにより執筆されており,ファミリーメンタルクリニックまつたににおける心理支援の実際が提示されています。第Ⅲ部は「親・家族支援」,第Ⅳ部は「こどもの心理療法」についての具体的な事例を用いた論考です。クリニックに限らず,保育園の巡回相談,スクールカウンセリング,教育相談,大学の学生相談などの実践も含まれています。児童精神科には,こどもの症状や問題行動を主訴として来院することになりますが,こどもだけが問題なのではなく,こどもを取り巻く環境も含めて生じている困難さを視野に入れなければなりません。とりわけ親・家族からは大きな影響があります。困難な関係性が生じている家族も少なくありません。しかし,親もまた苦悩して生きてきたひとりの人間なのです。親・家族の協力や支援を抜きにしては,こどもの治療は成立しません。むろん,それはこどもが所属するコミュニティにもあてはまります。本書では,こどもの心理療法について5本の論考が掲載されています(第Ⅳ部)。それに加えて,こどもの心理療法を支えたり,こどもの成長や主体性の育みを促進していくための親・家族支援についても6本の論考が掲載されています(第Ⅲ部)。
以上のように本書は,こどものこころのケアについて多層的な観点から捉えた理解を読者と共有しようとするものです。それぞれの部のはじめにイントロダクションがあり,各章の論考を簡単に概説していますので,参考にしていただき関心のある章から読み進めてもらえればと思います。昨今の心理療法的アプローチあるいは心理支援的アプローチは多様化しています。どれが正しくて,どれが正しくない,ということはないでしょう。それぞれのアプローチにメリット・デメリットがあり,クライエントと支援者(セラピスト/カウンセラー)の相性というのも大事になってきます。本書の著者たちのアプローチも一定ではありませんが,こどもや親・家族と真摯に向き合う中で実感する情緒経験を吟味し,そこからどのような支援関係が生じているのか,彼らのこころの中でどのようなことが起きているのか試行錯誤しながらかかわり続け,ときに彼らから学び,自らの過ちを修正し,共に歩もうとする,ひとりの人間としてのかかわりを大切にする姿勢は通底しています。日々こどもとかかわる中で,こどものこころの理解を深めようと苦心し,自らのかかわりを考えようとしている専門家やご家族の方々に本書が役立つことを願っています。また,こころの治療や支援を受けることを検討されている方にとって,治療プロセスについての見通しを少しでも持つことを後押し,一歩踏み出すことにつながれば幸いです。
本書は,ファミリーメンタルクリニックまつたに開業20周年を記念して執筆された論文集です。15周年に執筆された前著(松谷・吉沢,2000)とは異なる領域に光を当てています。これまで多くの方の支えのもとで臨床活動を続けることができました。また,多くのクライエントの方々とのかかわりや対話から,こころの働きや成長を考える上で大切なことを教えていただきました。その感謝の気持ちを込めて,クリニックにかかわる総勢13名で本書を執筆いたしました。読者の方々のこころに何らか響くものがありましたら嬉しい限りです。
本書における各章は,それぞれ独立した論考やエッセイです。好みの章から読み進めていただければと思います。なお,各章は執筆者の個性を重視し,執筆スタイルは担当者に任せています。読者に語りかけるスタイルもあれば,論文調のスタイルもあります。本全体で統一をはかっていないことから,読み難さをお感じになるかもしれませんがご容赦いただきたく思います。それでは,『不確実性の時代を生きる親子を支えるこころのケアの実践―セラピューティックに人と生活を援助する』をご覧ください。
執筆者を代表して 吉沢伸一
編者略歴
松谷克彦(まつたに・かつひこ)
ファミリーメンタルクリニックまつたに院長,精神科医。1985年九州大学医学部卒業。国立別府病院,国立肥前療養所,関東中央病院を経て,2005年より現職。おもな臨床実践は,思春期病棟での入院治療と病棟管理,保健福祉センターや児童相談所でのケース相談。入院治療に至る前の早期の治療を目的にクリニック開業。現在は,学校医,保健福祉センターや児童養護施設でのケーススーパーヴィジョン,世田谷区児童福祉審議会措置部会委員を行いつつクリニックでの臨床に取り組む。主な著書は『こころに寄り添うということ』(金剛出版,2020,共編),『森田療法を超えて』(金剛出版,1992,共著),『共同治療者としての親訓練ハンドブック』(二瓶社,1996,共訳),『行動療法と家族療法』(現代のエスプリNo.272)(至文堂,1990,共著)。
吉沢伸一(よしざわ・しんいち)
白百合女子大学人間総合学部発達心理学科准教授,ファミリーメンタルクリニックまつたに非常勤心理士。2004年青山学院大学大学院文学研究科博士前期課程臨床心理学コース修了。公認心理師,臨床心理士,子どもの精神分析的心理療法士/子どもの精神分析的心理療法スーパーバイザー(NPO法人子どもの心理療法支援会),心理学博士。日本心理臨床学会常任理事,精神分析的心理療法フォーラム理事,日本ワークディスカッション研究会副理事。主な著書は『セミナー子どもの精神分析的心理療法:こころのケアに生かす理論と実践』(岩崎学術出版社,2024,共著),『子どもの精神分析的セラピストになること:実践と訓練をめぐる情動経験の物語』(金剛出版,2021,共編)など。受賞:日本精神分析学会奨励賞(山村賞)(2017),日本心理臨床学会奨励賞(2022)。
佐藤 剛(さとう・つよし)
社会福祉士・精神保健福祉士。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程中退。学生時代から一時保護所の夜間指導員に従事。その後,民間の児童養護施設児童指導員,児童相談所の児童福祉司,指導教育担当児童福祉司,厚生労働省児童福祉専門官,和光大学現代人間学部非常勤講師,西日本こども研修センターあかし研修事業課長を歴任。主な著書には「子どもの安全を共に考えるパートナー児童福祉司が保健師に期待すること」(保健師ジャーナル,vol.79 No.2, 2023),「子どもの意見表明とファミリーソーシャルワーク」(季刊児童養護,vol.51 No.3, 2021)などがある。またソーシャルアクションとして,予期せぬ妊娠をテーマにした『まだ見ぬあなたに』(小澤雅人監督作品),児童福祉司の奮闘を描いた『ほどけそうな,息』(小澤雅人監督作品)の映画プロデューサー,養育里親をテーマにした小説『パルティータを鳴らすまで』(せやま南天著)の監修を務めた。
執筆者一覧(50音順)
相澤みゆき(あいざわ・みゆき):ファミリーメンタルクリニックまつたに,AF認定MBT-Cプラクティショナー
飯野 晴子(いいの・せいこ):ファミリーメンタルクリニックまつたに
池田 清貴(いけだ・きよたか):弁護士・御苑パートナー法律事務所
石山 智子(いしやま・ともこ):世田谷区児童相談所児童相談課
井本 早織(いもと・さおり):ファミリーメンタルクリニックまつたに
岡本 亜美(おかもと・あみ):ファミリーメンタルクリニックまつたに,個人開業
亀居 美紀(かめい・みき):ファミリーメンタルクリニックまつたに
佐藤 剛(さとう・つよし):社会福祉士,精神保健福祉士=編者
新藤千佳子(しんどう・ちかこ):社会福祉法人福田会広尾フレンズ
代 裕子(だい・ゆうこ):ファミリーメンタルクリニックまつたに
藤林 武史(ふじばやし・たけし):西日本こども研修センターあかし
松谷 克彦(まつたに・かつひこ):ファミリーメンタルクリニックまつたに院長=編者
湯野 貴子(ゆの・たかこ):ファミリーメンタルクリニックまつたに
吉沢 伸一(よしざわ・しんいち):白百合女子大学人間総合学部発達心理学科,ファミリーメンタルクリニックまつたに=編者
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