はじめてのロールシャッハ・テスト

はじめてのロールシャッハ・テスト
編著小川俊樹
出版年月2025年10月
ISBN978-4-86616-235-5
判型A5判並製
ページ数152
定価2,400円(+税)

内容紹介

この本は,ある程度の臨床技術を持っているものであれば,本書を読み,本に沿って練習をすれば,ロールシャッハがまずはとれるように企画された入門書です。ロールシャッハには数多くのアプローチが存在しますが,ロールシャッハの基本的な行い方には大きな違いはなく,本書では学派の違いを考慮しながらも,ロールシャッハの本質を見据えつつ,ロールシャッハの方法と魅力を語ったものです。
ロールシャッハを長年,実践・研究を続けてきた小川(筑波大学教授)を中心に,各アプローチを代表するロールシャッカーに論考を依頼。だれでもがスタートできる1冊に仕上がりました。

主な目次

はじめに
第1章 ロールシャッハ・テストへの招待(小川俊樹)
第2章 ロールシャッハ・テストの実施(松本真理子)
第3章 ロールシャッハ・テストの分析(松本真理子)
第4章 ロールシャッハ・テストの解釈
第1節 形式分析(森田美弥子)
第2節 継列分析(松本真理子)
第5章 ロールシャッハ・テストの報告書とその後の活用(高橋依子)
第6章 日本のロールシャッハ技法紹介
第1節 片口法(小川俊樹)
第2節 包括システム(高橋依子)
第3節 大阪大学式ロールシャッハ法(阪大法)(石橋正浩)
第4節 名古屋大学式技法(名大法)(田附紘平)
第5節 ロールシャッハ法における精神分析的アプローチ(吉村 聡)
第6節 さらなる学習への手引き(文献紹介)(小川俊樹)
コラム1 発達障害児・者におけるアセスメントと支援《ロールシャッハ・テストが活躍する現場》(明翫光宜)
コラム2 精神科臨床(医療臨床)におけるアセスメントと支援《ロールシャッハ・テストが活躍する現場》(高桑洋介)
コラム3 小児科臨床におけるアセスメントと支援《ロールシャッハ・テストが活躍する現場》(山本陽子)
コラム4 高齢者臨床におけるアセスメントと支援《ロールシャッハ・テストが活躍する現場》(小海宏之)
コラム5 青年期・学生相談におけるアセスメントと支援《ロールシャッハ・テストが活躍する現場》(井手原千恵・工藤晋平)
コラム6 児童福祉領域におけるロールシャッハ《ロールシャッハ・テストが活躍する現場》(井上香奈子)
コラム7 司法・矯正領域におけるアセスメントと支援《ロールシャッハ・テストが活躍する現場》(津山まどか)

 

 

はじめに


ロールシャッハ・テストはスイスの精神科医ヘルマン・ロールシャッハ(Hermann Rorschach)によって1921年に発表された。今から100年以上前のことである。「え! 100年以上も昔の心理検査をまだ使っているの?」といった声が聞こえてきそうである。しかし現実には日本だけでなく,世界中でまだまだ心理臨床の場で採用されているのである。年月では漢方には及ばないが,実際に心理臨床の場で役立っているという証左であると同時に,それだけ関心を持たれているということでもあろう。本書は関心を持たれている人たちにロールシャッハ・テストとは何かをわかってもらうために著されたものである。そして心理臨床の場でどのように役立っているかはコラム欄で簡潔に紹介している。
また本書は,ロールシャッハ・テストに取り組み始めた人たちには,ロールシャッハ・テストに共通する基礎知識を提供するとともに,各種技法の特徴だけでなく,実践的知識をも提供しようと意図して著されている。第1章で述べているように,現在日本では複数のロールシャッハ技法が存在する。学んだ技法と職場での技法が異なることで苦労している人も案外多いのではないかと思う。各技法の特徴を知って,それぞれの職域で活用していただけることを願っている。
ところで,「はじめての」という本書の題名にはもう1つの意味がこめられている。前述したように,本書では複数の技法の紹介を行なっている。これまで一事例をさまざまな立場から検討するといった出版物はあるものの,本書のように各技法の実施法や分析法,そして解釈までも解説した出版物は初めてではないかという自負も込めている。その意味では初心者に限らず経験者にとっても,日本のロールシャッハ・テストの全貌理解と学び直しのために役立つことを願っている。「相違は分析の母,類似は発明の父」という言葉があるとのことだが,ロールシャッハ・テストは一般性の中に個別性を,個別性の中に一般性を読み取ることのできる心理検査である。

2025年9月
編 者

あとがき

本書を編む契機となったのは,遠見書房山内俊介社長からの強いお勧めである。各技法のマニュアル本はあるものの,ロールシャッハ・テストの魅力を伝えるとともに,一から学びたい,あるいはリスキリングを希望する学生や心理士(師)を対象に現行の技法の共通点や相違点を網羅した本を編めないかと。そのような訳で,本書出版の趣旨は以下の3点である。

1.今日,日本には4つの日本生まれのロールシャッハ・テスト技法(片口法・名大法・阪大法・馬場法)と3つの国際的技法(クロッパー法・包括システム・R-PAS)がある。もっとも日本生まれの技法としてかつては早稲田大学法や日本女子大法があったが,今日それらの採用は多くない。また国際的技法であるR-PASは現在のところ他の国際的技法ほどの広がりを日本では見せておらず,本書では簡単な紹介に留めた。これまで学会のシンポジウムで各技法の紹介がなされたり,あるいは1事例をさまざまな技法で解釈分析した書物の出版などはあったが,実施法や分析などについても具体的に紹介したものはなかったと思う。外国では,リッカー=オヴスキャンキーナ(Rickers-Ovsiankina, M., 1977)やエクスナー(Exner, J. E., 1969)が各技法間の比較紹介を行なっているが,日本ではそのような成書は見られない。そのような中で,大学での学びの技法と心理臨床の場で用いる技法が異なるために苦労することもしばしばあると聞く。また研究発表や論文においても技法がさまざまなために,共通理解が困難になることもある。しかし目を転じてみると,技法相互に共通点も多く認められるのである。「はじめに」で“相違”と“類似”について言及したが,本書がロールシャッハ・テストについてより深い理解をする手助けとなることを意図している。
2.今日心理臨床の場でロールシャッハ・テストの採用が減少してきているとの報告もある。スケールや尺度などのスクリーニング検査が経済性(時間と負担)の観点から採用が多く,また画像診断などの新たな医学的検査の誕生による影響も大きいと考えられる。しかしながら,ASDなどの発達障害や高齢者の認知症をめぐっての心理臨床におけるロールシャッハ・テストの貢献などが近年話題となっており,支援実践における有益な道具としての再認識も高まってきている。習得に時間がかかるということから大学院で十分な教育を受けることができなかった若手や卒後の学び直しを希望する人に,ロールシャッハ・テストの全体像を示すことを意図している。
3.上述した採用の減少とも関連するが,これまでもロールシャッハ・テストは何度も危機を経験してきたものの(たとえば野坂・小川(1985)),見捨てられることなく100年以上もの間,興味関心を持たれて研究が続けられてきた。本書ではロールシャッハ・テストの実践的魅力を伝えることも意図している。

このような趣旨で編まれた本書が,日々の心理臨床活動に役立つことを願っている。なお,文中ではprojectiveの訳語を執筆者の意向を尊重して,「投影」「投映」のいずれも採用して統一を図らなかった。

ところで本書の中でも述べたように,ロールシャッハ・テストは1921年の誕生以来さまざまな発展を遂げてきたのではあるが,これからはどのような発展を遂げていくのだろうか。複数形のロールシャッハ・テストが単数形に集約されるのだろうか。包括システムはその名称から統合という未来を考えていたのではないかと思われる。あるいはヘルマン(Hermann Rorschach)の作成したインクブロットと同等の心理的刺激価を持つ新たなインクブロットがCG(コンピュータ・グラフィックス)などで作成されるのだろうか,等々。これからのロールシャッハ・テストの未来を考えると,AIのロールシャッハ・テストへの影響は大きいのではないかと思われる。かつてコンピュータの発達がロールシャッハ・テストへ及ぼす影響について特集号が組まれた(小川,1991)が,AIはスコアリングや解釈分析といった水準を超えて,検査者にも被検者にもなれそうである。松本(2024)はロールシャッハ・テストを用いた創造性研究(名古屋大学創造性研究会,2024)で,人間反応(M)を手掛かりにAIの反応と人間の反応の比較検討を通して「人間とは何か」を考えるという意欲的な研究に取り組んでいる。そこではAIが身体性を確保できるのか否かが問われている。というのも,ヘルマンは人間運動反応のスコアリングにあたって身体性を重視したからである。人間運動反応という決定因をスコアリングするには,その運動に筋肉運動感覚を含むというのがヘルマンの考えであった。果たしてAIは身体性を持つのかどうか。たいへん興味深いAIとロールシャッハ・テストをめぐってのテーマである。私見を述べさせていただくと,人間運動反応の基盤は欲求であり本能であるように思われる。その点ではAIに欲求や本能を想定できるものかどうか。ロールシャッハ・テストを媒介にAIと人間を考えることは,意義深いのではないだろうか。

最後に,企画から比較的短期間に刊行にこぎ着けたのは,執筆者の方々のご協力と共に,各技法の比較照合という細かな作業を担当していただいた松本真理子先生と編集作業に深く打ち込んでいただいた山内俊介氏のおかげである。記して深謝します。

2025年秋
小川俊樹

文  献
Exner, J. E.(1969)The Rorschach Systems. Grune & Stratton.(本明寛監修(1972)ロールシャッハ・テスト─分析と解釈の基本.実務教育出版.)
名古屋大学・松本真理子ほか(2024)ロールシャッハ法からみる人間の想像する力と創造性に関する一考察─H. ロールシャッハの知見から現代のAI研究を通して.日本心理臨床学会第43回大会発表(PB4-26).
名古屋大学創造性研究会編(代表:松本真理子)(2024)天才の臨床心理学研究.遠見書房.
野坂三保子・小川俊樹(1985)心理診断の将来再考(Irving B. Weiner).ロールシャッハ研究,27; 123-131.
小川俊樹(1991)コンピュータ・ロールシャッハ解釈の実際.ロールシャッハ研究,33; 29-48.
Rickers-Ovsiankina, M.(1977)Rorschach Psychology. John Wiley & Sons.

編著者略歴

編者
小川俊樹(おがわとしき)
筑波大学名誉教授。専攻:臨床心理学・病態心理学。
1975年,東京教育大学大学院博士課程(実験心理学専攻)中退。1975年,茨城大学保健管理センター専任講師。1983年,筑波大学心理学系・保健管理センター専任講師となり,2000年,筑波大学心理学系教授。2012年,放送大学教養学部教授。
主な著書に「臨床認知心理学」(共編,東京大学出版会),「投影査定心理学特論」(共編,放送大学教育振興会),「ロールシャッハ法の最前線」(編著,岩崎学術出版社)ほか。

執筆者(執筆順)
松本真理子(まつもとまりこ:名古屋大学名誉教授)
森田美弥子(もりたみやこ:名古屋大学名誉教授)
高橋 依子(たかはしよりこ:大阪樟蔭女子大学名誉教授)
石橋 正浩(いしばしまさひろ:大阪教育大学総合教育系)
田附 紘平(たづけこうへい:京都大学大学院教育学研究科)
吉村  聡(よしむらさとし:上智大学総合人間科学部心理学科)
明翫 光宜(みょうがんみつのり:中京大学心理学部)
高桑 洋介(たかくわようすけ:自治医科大学附属病院こころのケアセンター)
山本 陽子(やまもとようこ:土浦協同病院社会福祉部)
小海 宏之(こうみひろゆき:関西大学人間健康学部・同大学院心理学研究科)
工藤 晋平(くどうしんぺい:名古屋大学心の発達支援研究実践センター)
井手原千恵(いではらちえ:名古屋大学学生支援本部アビリティ支援センター)
井上香奈子(いのうえかなこ:中部大学現代教育学部幼児教育学科)
津山まどか(つやままどか:東京少年鑑別所)


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