サイコセラピーは統合を希求する――生活の場という舞台での対人サービス

サイコセラピーは統合を希求する
生活の場という舞台での対人サービス

(帝京大学文学部教授) 元永拓郎著

本体2,800円(+税) ISBN978-4-86616-123-5 C3011 A5判並製 192頁

 

 

 

 

 

 

拡張される心理療法/心理支援の可能性

「公認心理師という国家資格ができたからこそ,心理支援の本質とは何かが問われているんだよね」(本書より)

公認心理師という国家資格ができ,保健医療や福祉,教育,司法・犯罪,産業・労働の分野などでのさまざまな専門職との協働や,多職種の中にあっての専門性,職域の広がりなど,心理支援のあり方は変革期を迎えている。そんな中,心理専門職は,どうサイコセラピーを営む必要があるのだろうか。
本書は,臨床現場のリアルを見つめながら,「密室」だけではなくなった心理臨床の世界において,セラピストが目指すべきサイコセラピーのあり方を「統合」に見出すものであり,「まなざし」「つながり」「集い」など,独自の臨床キーワードを軸に展開する。2020年代における心理療法/心理支援のあり方を問うた必読の新しい臨床理論。


主な目次

第Ⅰ部 まなざしは移動する
ダイアローグ──心理支援の本質とは?
第1章 まなざしの移動──眼-移 shifting
第2章 移動を促進するアプローチ──探-深 seeking
第3章 移動によってみえてくること──解-察 understanding
第4章 つなげること,つながること──当-繋 Connecting
第5章 集いチームとなる──集-協 collaborating
第6章 どこに重きをおくのか──価-律 evaluating

第Ⅱ部 サイコセラピーは交配する
ダイアローグ──3人のセラピスト
第7章 統合的営みをとらえる──理-築 circulating
第8章 サイコセラピーがコミュニティで展開する──地-場 developing
第9章 クライエントに資する柔軟な営みとは?──柔-貫 integrating


著者紹介

元永拓郎(もとなが・たくろう)
1963年,宮崎県生まれ,帝京大学文学部心理学科教授,帝京大学心理臨床センター長,臨床心理士・公認心理師。
1991年,東京大学大学院医学系研究科保健学(精神衛生学)専攻博士課程を経て,博士(保健学)。
駿台予備学校,日本外国語専門学校でのカウンセラー,帝京大学医学部精神科学教室助手,帝京大学文学部心理学科専任講師,准教授を経て,2013年から現職。
他に,日本公認心理師協会常務理事,日本公認心理師養成機関連盟理事,日本心理臨床学会理事,日本学校メンタルヘルス学会理事,日本精神衛生学会副理事長。

主な著書:『受験生,こころのテキスト』(共著,角川学芸出版,2006),『新しいメンタルヘルスサービス』(新興医学出版,2010),『明解!スクールカウンセリング』(共著.金子書房,2013),『心の専門家が出会う法律[新版]』(共著,誠信書房,2016),『公認心理師の基礎と実践23:関係行政論
第2版』(編著,遠見書房,2020),『心理臨床における法・倫理・制度─関係行政論』(共著,放送大学教育振興会,2021)など多数。


はじめに


この本は,サイコセラピーが統合を希求すること,すなわち統合的営みをめざしていく性質について,生活の場(コミュニティ)および対人(ヒューマン)サービスという視点から,若干の考察を行ったものである。統合という言葉を明確に定義することはとても難しい作業であるが,ゆるやかに「統合を求める(希求する)」性質に着目し,“いまここで”そして“世間で”起きていることを誠実に把握しようとするならば,クライエントに資する,そしてクライエントとセラピストの関係やセラピストの臨床家としての成長に関しても,意味ある議論ができると考えた。
私が,この本で最も強調したい1点目は,すべてのセラピストは統合的営みをすでに行っているということである。一人ひとり異なるクライエントを前にして,セラピストは自ら持っている知識,スキル,感情,言葉,声色,身体,表情,物理的空間,面接の構造,その他ありとあらゆるものを総動員し,よい方向に進むための協働作業を,クライエントと行おうとするであろう。この作業は,さまざまなことがらの相互作用に配慮した「統合の希求」に他ならない。
もちろん異論もある。最も大きな反論は,そのような作業はすでに“○○療法”として確立された理論に基づいて実践されているにすぎないと。このような考え方は“純粋主義”と言ってもよいであろうが,深くかみしめるべき指摘と思う。なぜならば,この“純粋主義”がなければ,何十年,百何十年という歴史の中で,特定のサイコセラピー理論が生き残ることはなかったと思うからである。この“純粋主義”こそが,私がこの本で”統合の希求“を扱う上での最大の貢献者である。
しかしながら,私は,“純粋主義”にみえる先人たちの営みそのものが,統合を希求していたのではという着想を土台にサイコセラピーを語りたいと思う。さまざまな“臨床の知”は,その時代のさまざまな思想や文化,社会情勢の影響を受けながら,クライエントとサイコセラピストとの相互作用の中で形作られてきたものである。つまり高度に結晶化された理論そのものが,固定的なものではなく柔軟で変化していく“中途の”性質を有していると言える。
サイコセラピーのそのような性質に着目し,クライエントに資すること,そしてサイコセラピーの発展について鳥瞰する議論を,ささやかながら行いたいと思う。実際,多くの臨床家が,サイコセラピー理論が固定的になることへのもの足りなさを感じ,さまざまな取り組みを進めている。それらの取り組みを表すキーワードの一つとして,“統合”という言葉が,近年使われるようになっているのであろう。
この“統合”という言葉は,非常に魅力的である一方で,多義的で,私にはいささか手に余るものである。にもかかわらず,この統合という言葉が指し示す世界をおぼろげに意識しながら,自らの臨床を眺めていくと,クライエントとのやり取りを,より豊かに味わい,腑に落ちる感覚で記憶に留めることが可能となるようにも思う。私は,この感覚に誠実であろうと考えた。
私が強調したい第2点は,サイコセラピーの営みは,日常での語り言葉を用いて概念や出来事を表し,クライエント,家族,そして他の対人サービスの専門家の人々と共有できて,初めてその意義を持つということである。統合を希求することは,サイコセラピーの専門家に限定された世界を越えていく。同じく対人サービスを担う医師,看護師,福祉士,教師,その他の専門職,行政関係者,NPO関係者,ボランティア,商工関係者,一般市民,そのような人々が,「腑に落ちる」言葉で語り合い共有していけるものでありたい。ましてや当事者である本人や家族にとっても,お互いに通じ合える言葉で語られるべきである。そのような多様な生活の場(コミュニティ)に開かれた共有プロセスこそが,サイコセラピーが統合を希求することの本質の一つであると考える。
この本の副題で挙げた生活の場とは,人々が日常の生活を営む「コミュニティ」のことである。いわゆる地域のことであるが,学校や職場も生活の場(コミュニティ)に含まれる。これらの生活の場において,多職種の専門家による対人サービスが提供される。サイコセラピーももちろん,生活の場における対人サービスの一つである。
しかしサイコセラピーは,生活の場(コミュニティ)に集う他の人々からみて,密室の特殊な営みとみなされることが多いようである。そのような密室性はサイコセラピーの専門性を高めるために歴史的に貢献してきたかもしれない。そのような実績もふまえた上で,サイコセラピーに関連する公認心理師という国家資格が誕生した今日において,生活の場に開かれた対人サービスとしてのサイコセラピーを論じることは重要と考える。
私の第3の強調点は,サイコセラピー理論は常に変化していくものであり,サイコセラピストという存在そのものが,生活の場における多職種,志ある人々,そしてクライエント本人との共通言語の語りの中で,その姿を変えるということである。サイコセラピストとは何なのか,サイコセラピーとはどのような営みなのか,そのことが生活の場において問われる状況が続いている。
実際,医学や教育学,看護学,福祉学,産業領域の理念(経済原則や効率性の重視)など,多くの分野で心の支援についてどう考えるかが重要なテーマとなっている。統合的営みとは,その問いに対して真摯に向き合う姿勢でもある。その姿勢を大切にしながら,私は論を進めていきたい。(ちなみに本書では,サイコセラピストとカウンセラーはほぼ同じ意味で用いる。)
これらのことを心に留めながら,サイコセラピーが統合を希求することについて,私なりの経験をもとに筋道を立てて整理し,先人たちが積み重ねてきたこととの対話を大切にしつつ,この本を執筆した。読者としては,初学者から10年目までの心理専門職の方々を念頭においたが,サイコセラピーのスタイルを深めていきたいと考えるすべての人に読んでいただくとよいかと思う。本書のプロローグなども対話形式としたが,これらは実際のエピソードに基づいたフィクションである。これらも含めて,読者の皆さんの臨床の知をめぐる長い帆船の旅路に,少しでも新鮮な風を送ることができるのであれば,幸いである。

2021年4月
元永拓郎

 


 

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