緊急支援のためのBASIC Phアプローチ ――レジリエンスを引き出す6つの対処チャンネル

緊急支援のためのBASIC Phアプローチ
――レジリエンスを引き出す6つの対処チャンネル

ムーリ・ラハド,ミリ・シャシャム,オフラ・アヤロン 編
佐野信也,立花正一 監訳
新井陽子 角田智哉 濱田智子 水馬裕子 丸田眞由子 岡田太陽 柳井由美 訳

定価3,600円(+税) 296頁 A5判 並製
ISBN978-4-86616-030-6 C3011
2017年6月12日発行

イスラエルで市民のストレスケアと予防に取り組んできた中で生まれた援助モデル「BASICPh(ベーシックピーエイチ)」。本書はその理論と方法,紛争地や被災地における実践を詳解しています。

人は危機に直面した時,様々な対処(コーピング)方法を用いており,それは,Belief(価値・信念),Affect(感情・情動),Social(社会的),Imagination(想像),Cognition(認知),Ph ysiology(身体)の6つのチャンネルに分類できます。どの対処チャンネルが主に用いられるかは,危機にある人々の置かれた状況や彼らが属する文化,あるいは個人の特質や好みによって異なるのです。

BASICPh アプローチとは,彼らが主に用いている対処チャンネルを知り,それに合わせて援助を行うことで,彼らのレジリエンスを引き出す援助モデルです。予防教育,子育て支援,支援者支援,能力開発などに幅広く活用できる本書は,教師,ソーシャルワーカー,心理士,医師,看護師など様々な職種の方に必読の一冊です。


日本語版への序

   2011年の東日本大震災以前,私と日本とのつながりは映画や本,テレビ番組を通してでした。メディアを通して知る日本の文化や習慣に魅了され,私はドラマセラピストとして,日本の演劇にとくに強い興味を惹かれました。
初めて日本を訪れた2011年の秋,私はそこで日本人の勇気と誇り,底力と出会うことになりました。あのような危機に見舞われながら,彼らが穏やかな雰囲気であることにはほんとうに驚かされました。東北地方を訪れた私は強く心を揺さぶられましたが,そこでは,支援者と被災者,その両者の献身的な行動,あからさまな苦悩と深い悲しみが渾然として存在していることは明白であり,そしてそれらに対処する方法を知りたいと切望されていることもまた明白だったからです。
私は,支援者が個人のトラウマに関する知識を有しながらも,集団レベルでの心理的トラウマにレジリエンシーの観点から取り組むための知識や技術はあまり持ち合わせていないのではないかということに気づきました。
私はレジリエンシーというものを,我々が生来身につけているプロセスあるいは能力であると捉えています。というのは,この地球上で生存するのに最も不都合な動物として生まれ落ちた瞬間から,私たちは「生きていく」ということに対処していかなければならないからです。
それゆえ対処(coping)とは,レジリエンシーの表れ(行動,信念,友人など)であると考えています。レジリエンシーはとても力強いものであり,人々はそれを回復の手立てとすることができます。それは,大きな危機の後に生じる深刻な情緒的問題から心を守る心理的な免疫システムといってもよいでしょう。覚えておきたいのは,危機に直面して即座に反応する人々の8割までもが,その人自身の力で回復するということです。しかし,人生におけるさまざまな困難に対処するための心の筋肉とも喩えられるレジリエンシーには,それを危機や緊急時に活用できるように,まさに身体の筋肉あるいは上述した免疫システムと同様,メンテナンス,サポート,そして鍛錬が必要なのです。
危機に直面すると忘れられやすいのは,レジリエンシーの資源が自身の内にあるということです。セラピストもまた,こうした面を看過ごしやすく,病的な精神症状ばかりに注目しがちであることが多いのではないでしょうか。こうしたことから,BASIC Phは日本のセラピストの皆さんの目には新鮮に映ったようです。そして,その重要性と同時に,教師やソーシャルワーカー,心理士,医師や看護師などさまざまの職種の人々へ伝えやすいということが理解され始めるとすぐに,多くのセラピストからたくさんの支持を頂くようになりました。
まだほとんどの文献で取り上げられていなかった1980年頃から,どのようにして私がレジリエンシーについて研究することになったのか疑問に思われる方もいるかもしれません。その経緯については本書の中でも触れていますが,その中でも最も重要な点を一つ,ここでお伝えしておきたいと思います。それは,あなたの目に映ったものをよく見て,観察し,そして信じるということです。そうすると,学生時代に教わった諸概念は,実践の場であなたが直接見たこと,体験したことと一致していないものがあると知って驚くかもしれません。その時は,観察したことをよく調べ,研究してください。科学的な研究方法を用いて,自らすすんで確証をつかむか,あるいは観察内容の反証を試みてください。仮に観察したことが反証されたとしても,落胆するにはおよびません。自分の見ているものが一体何ごとであるか,納得いくまで観察し,見つめ,学び続けてください。これは,何かのモデル(本書が研究対象としたもののように)を検討する際にも言えることですし,またどんなクライアントに向き合う時にもとても大切な姿勢なのです。
レジリエンシーを「立ち直る能力」とする研究者もいますが,私の考えでは,それはたとえ繰り返し挫折に見舞われたとしても,危機状況に耐え,そこから回復する継続的な努力であると言えます。
つまりレジリエンシーとは,日常的に評価し,参考にすることが可能なものだと思うのです。それはある特性ではなくプロセスであり,実際的な機能を体現したものです。すなわち,対処技術(coping skill)のように,習得し,発展させ,獲得することができるようなものです。
もう一つ耳に馴染むようになった言葉に「トラウマ後の成長(post-traumatic growth; PTG)」,あるいは「跳ね返して前にすすむ」というものがあります。
トラウマが肯定的な結果をもたらす場合があり,そこから「成長」という言葉を含んだPTGという概念が生まれたと私は認識しているので,この言葉は重要だと考えています。
古代ギリシア語においてこのPTGという言葉には,分離,違いを見分ける能力,決断,選択,判決,選ぶ,決める,裁くなどの意味がありました。つまりは持ちこたえる力ということです。中国語や日本語で危機(crisis)という語は,「危険」を示す「危」と「機会」を意味する「機」という2つの漢字で成り立っています。また古代ヘブライ語で危機とは,旱魃の時に食料を手に入れることや女性のお産のための処置台の意味があります。こうした言葉はいずれも希望とつながっています。けれども現代の心理学においては,この言葉の肯定的な意味合いは失われています。例えばMerriam-Webster辞典では,危機とは,「重大な関心を寄せなければならない困難なあるいは危険な状況」と定義されています。
本書,そしてBASIC Phモデルは,精神病理学の存在に異を唱えるわけではありませんし,それがほんとうに必要となる場合には,臨床的あるいは精神医学的介入や薬物療法を否定するものでもありません。
モデルとしてのBASIC Phとは,複雑でときには堪え難いほどの状況を生き延び,そこから回復しようとする人間の努力に対する控えめなアプローチと言えるものです。BASIC Phモデルとは,そのようなレジリエンシーの表出を支援する力を大切に育み,人々が自身の力を発見し取り戻すことを応援するものなのです。トラウマの渦中にある人々が自らの体験を言葉で表現することがどのくらい困難であるかということを知っていれば,彼らと関わる際に用いる言葉について,私たち支援者はより繊細に配慮することができるでしょう。精神科の用語は彼らにも使いやすいでしょうが,それと同様に耐える力や支援に関する言葉も受け入れられることでしょう。ですから,少なくともその出来事から最初の数日間は,自らの対処やレジリエンシーの観点から,苦難を乗り越えようとする彼らの自助努力に目を向けることを提案したいのです。コミュニティや家族が災厄に襲われた時,あらゆるシステムが基本的に望むことは,滅びではなく回復し生き残ることであるがゆえに,必ずやそこに立ち現れる対処資源を観察し探し出すことを,私たちは疑いなく推奨するものです。

   話を本書,この特別な日本語版へ戻しましょう。まず,本書出版を実現に導いてくれた私の大切な日本の友人たちに,心から感謝の気持ちを表します。私が皆さんに伝えたことと同じくらい私も皆さんから多くのことを学んだということを,どの人も承知されていることと思います。何よりも,信じたことは実現するのだということを私は知っています。とくに感謝を申し上げたいのは,翻訳の労をとってくださった角田智哉先生,佐野信也先生,立花正一先生,編集出版を担当していただきました山内俊介氏と遠見書房の皆様です。また,その強い信念と献身的な姿勢でこのプロジェクトを成功へと導いた臨床心理士の新井陽子氏,素晴らしい通訳者であり,日本の人々や文化を理解することを助けてくださった国弘志保氏,そして陽子さんと共に,きめ細やかなお心遣いをくださった岡田太陽氏にもお礼を申し上げます。私たちを信頼し,熱心に学び実践している,ワークショップに参加してくださった研修生の皆さん,多くの会場で研修を担当してくださったマスタートレーナーの皆さんにも心から感謝します。
この長い旅路は,イスラエルの仲間たち―Ruvi Roge博士,Dalia Sivan氏,Tali Levanon氏にも支えられてきました。また,日本におけるこのプロジェクトを実現する上で財政的援助を頂きましたJDCならびにITCにも深く感謝いたします。この度,BASIC Ph JAPANという団体が設立され,本書の内容と一部重複するものの,それ以上の知識やスキルのトレーニングと普及を継続する仲間ができたことも誇りに思います。
最後になりましたが,私を信頼し2013年に英語版を出版してくださったJessica Kingsley出版と,今回素晴らしい日本語訳を出版してくださった遠見書房に深謝いたします。

Ofra Ayalon博士とMiri Shacham博士を代弁して
Mooli Lahad PhD


目 次
序 章 Mooli Lahad,Dmitry Leykin
レジリエンシーの統合モデル―「BASIC Ph」モデル,あるいは生き残ることについて我々は何を知っているか?
第1章 Dmytry Leykin
BASIC Phの測定
第2章 Mooli Lahad
6PSM再考―6PSMから抽出された7層の評価
第3章 Ofra Ayalon
ケアすること  子どもへの危機介入グループ―対処と癒しのためのBASIC Phガイド
第4章 Moshe Farchi
BASIC Phからトラウマ,そしてPTSDへ―正の相関
第5章 Shulamit Niv
家族療法におけるBASIC Phモデルの適用
第6章 Mooli Lahad,Nira Kaplansky
6つのチャンネルによる子育て―テロリズムの恐怖下で暮らす親たちに子どものためのレジリエンシーのスキルを教えること
第7章 Naomi Hadary
看護学校1年生のストレス対処法へのLahadのBASIC PhモデルとLandyの役割方式モデルの貢献
第8章 Miri Shacham,Mooli Lahad,Yebuda Shacham
第2次レバノン戦争中,ユダヤ人の親とアラブ人の親とが子どもたちのレジリエンシーをどのように感じ取っていたか
第9章 Judith Spanglet,Meirav Tal-Margalit,Miri Shacham
トラウマからレジリエンスまで  身体-指向性の2つの精神療法的手法の統合―STREAMとEFS
第10章 Lev Yossi,Eshet Yovav
第2次レバノン戦争におけるツェファトの住民の対処方法
第11章 Yehuda Shacham
「支援者を支援すること」―BASIC Phモデルを用いた異文化間プログラム
第12章 Gina Lugovic
スクラディンの子ども―心的外傷後反応の縦断的研究
第13章 Ljiljana Krkeljic,Nevenka Pavlicic
モンテネグロにおける学校プロジェクト  ユーゴスラビア紛争の最中とその後―思春期の生徒(中学生)のストレスとトラウマ  BASIC Ph手法に沿った予防的心理療法のモデル
第14章 Ruvie Rogel
ハリケーン・カトリーナ被災後のミシシッピー湾岸地域へのBASIC Phモデルの​適用
第15章 Dorit Elmaliach
BASIC Phモデル―起業家と事業主のビジネス・レジリエンスを構築するためのアプローチ


編者紹介
ムーリ・ラハド Mooli Lahad, PhD
テル・ハイ大学の上級医療および教育心理士,心理学教授およびドラマセラピー修士課程責任者。1980年にCSPCを創設しセンター長を務めている。惨事による心的外傷およびその対処と芸術を利用した治療とを結びつける活動における世界的指導者の一人。

ミリ・シャシャム Miri Shacham, PhD
上級教育カウンセラー,オルト・ブラード大学の心理学および教育学講師であり研究者。CSPCの心的外傷研究者。戦争の影響,ストレス反応回避,対処資源,子どもや大人,地域のレジリエンスに関する多数の研究プロジェクトに携わっている。

オフラ・アヤロン Ofra Ayalon, PhD
心理学者,トラウマ学専門家,家族療法家。トラウマ対策に関する世界的な著者でありトレーナー。ハイファ大学元上級講師であり,現在はイスラエルのチボンにあるノードCOPEセンター長を務める。

監訳者紹介
佐野信也(さの しんや)
1956年,神奈川県生まれ。精神科医。1982年,防衛医科大学校卒。1994年,医学博士。いくつかの自衛隊病院勤務を経て,1995年から防衛医科大学校精神科助手。2015年から防衛医科大学校心理学科教授。専攻は精神療法学,子どもの虐待予防臨床。
主要著訳書:『ACの臨床』(星和書店,共著),『共依存』(中央法規出版,共著),『性依存』(中央法規出版,共著),『ストレス時代のこころのケア』(保健同人社,共著),『精神科の診かた,考え方』(羊土社,共著),『自己愛の障害』(金剛出版,監訳)など。

立花正一(たちばな しょういち)
1956年,青森県生まれ。精神科医。1981年,防衛医科大学校卒。1991年,医学博士。2003年,JAXA宇宙飛行士健康管理責任者。2010年,防衛医学研究センター異常環境衛生研究部門教授。2016年から平沢記念病院。専攻は航空宇宙医学,思春期・青年期精神医学。
主要著書:『臨床航空医学』(航空医学研究センター,共著),『現代的ストレスの課題と対応』(至文堂,共著),『産業安全保健ハンドブック』(労働科学研究所出版部,共著),『宇宙飛行士はどんな夢をみるか?』(恒星社厚生閣,監修・共著)など。

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