喪失のこころと支援──悲嘆のナラティヴとレジリエンス

喪失のこころと支援
──悲嘆のナラティヴとレジリエンス

(日本福祉大学教授)山口 智子 編

2,600円(+税) A5判 並製 150頁 C3011 ISBN978-4-86616-159-4

 

 



 

 

 

言葉にできない/ならない哀しみとトラウマの物語を聴く──

想像を絶する困難な「喪失」を経験した人のナラティヴをいかにして聴くことができるのでしょうか。そもそも,語ることさえ困難な「喪失」を経験した人を「支援」することは可能なのでしょうか──。
本書は,「喪失と回復」の単線的な物語からこぼれ落ちる,「喪失」の多様な様相に,母子,児童,障害,生活困窮,高齢者,犯罪被害者,HIV/AIDS,ハンセン病,原爆被害など多様なケースを通して迫ります。偏見・差別など社会・歴史・文化的な文脈を踏まえながら,「喪失」のナラティヴについて深く,丁寧に考え抜くための一冊です。

山口智子編「老いのこころと寄り添うこころ[改訂版]」
山口智子編「 働く人びとのこころとケア」

 


主な目次

第1章 喪失の多様性と語り 山口智子
第2章 人生早期の出会いと別れ 永田雅子
第3章 児童虐待と社会的養護 坪井裕子
第4章 筋ジストロフィーという慢性難病を抱えること 井村 修
第5章 失業と生活困窮 山本智子
第6章 身体の病がもたらす中高年期の喪失体験とその支援 中原睦美
第7章 犯罪被害者のこころと支援 西脇喜恵子
第8章 HIV/AIDSと未知なるものへの不安と喪失 小林 茂
第9章 尊厳をめぐる傷つきの語り 徳田治子
第10章 原爆を「生き延びる」ということ 南 博文
第11章 喪失と音楽 松本佳久子
第12章 喪失の心と心理臨床 浅井真奈美
第13章 喪失体験への身体的アプローチ 西村もゆ子


編者略歴


山口智子(やまぐち・さとこ)
広島県尾道市生まれ。名古屋大学大学院教育学研究科発達臨床学専攻博士課程単位取得満期退学。現在,日本福祉大学教育・心理学部心理学科教授。博士(教育学)。臨床心理士・公認心理師。
主な著書
『人生の語りの発達臨床心理』(単著,ナカニシヤ出版,2004年)
『はじめての質的研究─事例から学ぶ(生涯発達編)』(共著,東京図書,2007年)
『ナラティヴと心理療法』(共著,金剛出版,2008年)
『働く人びとのこころとケア─介護職・対人援助職のための心理学』(編著,遠見書房,2014年)
『臨床ナラティヴアプローチ』(共著,ミネルヴァ書房,2015年)
『老いのこころと寄り添うこころ 改訂版─介護者・対人援助職のための心理学』(編著,遠見書房,2017年)
 ほか多数


執筆者
第1章 山口智子(やまぐち・さとこ)日本福祉大学教育・心理学部心理学科
第2章 永田雅子(ながた・まさこ)名古屋大学 心の発達支援研究実践センター
第3章 坪井裕子(つぼい・ひろこ)名古屋市立大学大学院人間文化研究科
第4章 井村 修(いむら・おさむ)奈良大学社会学部心理学科
第5章 山本智子(やまもと・ともこ)近畿大学教職教育部
第6章 中原睦美(なかはら・むつみ)鹿児島大学大学院臨床心理学研究科
第7章 西脇喜恵子(にしわき・きえこ)東京有明医療大学学生総合支援室
第8章 小林 茂(こばやし・しげる)札幌学院大学心理学部臨床心理学科
第9章 徳田治子(とくだ・はるこ)高千穂大学人間科学部
第10章 南 博文(みなみ・ひろふみ)立命館大学OIC総合研究機構
第11章 松本佳久子(まつもと・かくこ)武庫川女子大学音楽学部応用音楽学科
第12章 浅井真奈美(あさい・まなみ)小泉心理相談室
第13章 西村もゆ子(にしむら・もゆこ)Center for HEART/HEARTカウンセリングセンター


はじめに

喪失は人が生きていくうえでどのような意味をもつのでしょうか? また,他者の喪失に何かできることはあるのでしょうか? コロナ禍で親密な交流を抑制された生活が続き,ロシアによるウクライナ侵攻や世界情勢の不安定さが高まるなかで,私たちは何を喪失したのか,喪失からどういう意味が見出すのか,他者の喪失に何ができるのかの答えを見出すことは難しいことです。しかし,そのような時期だからこそ喪失と支援について考えてみたいと思います。

人はさまざまな「喪失」を経験します。病気,配偶者や子どもなど重要な他者の死,離婚,失業,犯罪被害,災害,戦争,故郷の喪失などは人生に大きな影響を与えます。心理臨床の現場で出会う方々のことを「喪失」という視点から考えると,心理臨床は多様な「喪失」を経験している方の「喪失のこころ」をどのように理解し「支援」するのかと言い換えることができます。
「喪失のこころ」について考えたいと思うようになったのは,2011年の東日本大震災の頃からです。臨床心理学では,喪失について,フロイトの「対象喪失と喪の作業(モーニングワーク,Mourning Work)」や分析心理学の「死と再生」のテーマで取り上げられ,震災以降,「喪失と再生」や「喪失と回復」の特集がいくつか企画されました。しかし,戦後30年から50年の頃に広島や沖縄に住んだ経験から,東日本大震災の被災も甚大な被害を受け,生き延び,生活を取り戻そうとしているとき,人は大切なものを失っていても喪失とは気がつかないかもしれないし,気づいたとしても再生や回復を期待されることは負担ではないかと考えました。そして,喪失からの再生や回復は,臨床心理学で受け入れられている一つのドミナントな物語ではないかと考えるようになりました。
また,コミュニティ心理学のアドボカシーの視点からこれまでの心理臨床を振り返ると,社会環境の改善よりも,障害のある方に「障害受容」というストーリーを強いていなかったのかなど,一度,支援を俯瞰してみることも必要です。犯罪被害支援の経験では,大切な家族の死に加え,他者の悪意,司法制度と自身の価値観の乖離を経験している方との関わりから,「支援者として,私は何ができるのか」「支援とは何か」という問いや揺らぎを経験しました。何か支援の技法を身につければよいということではなく,「喪失」「支援」に向き合う自分自身が問われます。「喪失」は個人的体験ですが制度や法律など環境の影響もうけ多層的です。このように考えると,「喪失のこころ」を臨床心理学の視点でとらえるだけでなく,さらに,発達心理学やコミュニティ心理学の視点も加えて理解することが役立ちます。
私たちは人生で多くの喪失を経験しますが,その全てが心理的支援の対象ではなく,その多くは個人の対処,親しい人との支えあい,仕事への没入,芸術作品への昇華,卒業式やお葬式など儀式を活用して対処しています。そのなかで,カウンセリングや心理療法などの心理的支援が求められるのはどんなときでしょうか,そのとき何ができるのでしょうか。私たちは「喪失のこころと支援」について,さまざまに学ぶ必要があるかもしれません。この本は,そんな営為の一助,きっかけになればという思いから企画し,心理臨床の実践や心理学の研究として,「喪失」に真摯にかかわっていらっしゃる先生方に執筆をお願いしました。

第1部の「ライフサイクルと喪失」は,発達の各ステージで生じる喪失であり,母子,児童,障害,生活困窮,高齢者という福祉5領域と関連する事柄です。医学の進歩による乳児死亡率の低下や治療の進歩,家庭状況の変化,情報機器の普及,コロナ禍による経済状況の悪化など時代的文脈が喪失の様相に影響しています。第2部の「コミュニティと喪失」は,喪失が誹謗・中傷,差別や排除というコミュニティの問題につながった事柄です。犯罪被害者やHIV/AIDSをかかえる人の支援では,歴史的・文化的文脈の影響だけでなく,自分自身のなかにある揺らぎや偏見や支援の立ち位置を考えることもできます。ハンセン病の裁判における弁護士の聴き取りや原爆被害の調査からは,誰が何のために喪失を聴きとり/語り,それをどう表現するのかという問題が見えてきます。第3部の「心理療法」では,音楽を媒介にするアプローチ,言語化を重視するアプローチ,身体志向のアプローチを取り上げました。
それぞれの章は喪失のとらえ方や語りのトーンが異なります。その違いや重なり合いも喪失の多様性や多層性を考える糸口になるのではないかと思います。

最後に,出版にあたり,執筆を快諾してくださった皆様と企画から出版に至るまでを支えてくださった遠見書房の山内俊介氏に感謝します。また,2022年4月から半年,特別研究の機会をいただいき,「喪失」を考え編集に取り組むことができました。日本福祉大学と職場の同僚に感謝します。

2022年8月  山口智子

 

 

 

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